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魔眼の始祖

 ──これから語る話において、真偽は然程重要ではない。

 どんな話でも、重要なのは『可能性を知る』という事だ。

 

 こういう状況は現実に起こり得る。

 ああいった変人も、実在し得ると。


 大抵の物事は、知っておけば覚悟できる。

 逆もまた然り。


 所詮、追い詰められた人間が最後に頼れるものは、既知の手段だけなのだから。




 ※※※




 これは、かつて魔王が生きていた頃。

 やがて魔王を倒した侍も、まだこの世界に転移する前の話である。


 この世界に、1人の勇者が降り立った。

 勇者といっても、先の侍とは異なり、彼は戦いに特化した逸材ではなく。

 戦士というよりは、研究肌な男だった。


 通常、異世界から転生及び転移してきた勇者は、女神より何らかの特殊能力を授かる。

 言うなれば特典の様なものだろうか。

 侍が魔王と渡り合えていた理由にも、それは密接に関わってはくるのだが……それはさて置き。


 彼が授かった能力は、『あらゆる魔眼を持つ』というものだった。

 あらゆる魔眼、というだけあって──石化、発火、未来視、透視、千里眼等々……文字通り、能力の幅は多岐に渡る。この世界にある全ての魔眼を、コインの表裏を引っ繰り返す様に自在に選択可能であった。

 実質的に、彼1人で一般的な魔術師十数人分にも匹敵する能力である。

 

 紛れもなく強い能力である事は間違いないのだが、本人の資質とは嚙み合っていなかったのだろう。

 武力として数えられる事を良しとせず、彼は人を避ける様になった。その能力を悪用する連中から逃げるべく、彼は魔王を倒すという使命も投げ捨て、旅に出た。

 

 世界中を転々とする中で、彼はその旅の目的を誰にも打ち明ける事はなかった。

 人を避ける様になったからというのも理由の一つではあるのだろうが──消耗品の買足し目的にと稀に訪れる人里ですら、彼は会話とも呼べない最低限のやり取りしかしなかった。

 それが本当に後天的な理由なのか、先天的な理由なのかを知る者は、誰もいない。




 ※※※




 旅を始めてから数年の年月が経とうとも、彼の人間嫌いは止まることを知らなかった。

 それどころか、悪化していた。

 理由は単純で、心の拠り所ができた為である。


 手に余る力を有してしまい、他者から畏怖の対象で見られる彼だからこそ、似た様な存在に惹かれていったのは、極めて自然な事だったのかもしれない。


 彼は、旅の途中で出会った1匹の魔物に恋をした。

 そしてあろう事か、共に暮らしていたのである。

 料理や洗濯、掃除といった家事は折半し、山奥の小さな小屋で暮らしていた。

 まるで人間の夫婦がそうする様に。


 魔物が彼の意思や言葉を理解できていたかは定かではないが、彼自身はどうだったのか。

 彼は一度だけ、人里でこう吐露していた。

 

 ──悪くはない、と。


 満足そうに、微笑する彼の顔を見て、質問した者はぱちくりと瞬きした。

 なにせ、彼の口角が上がる瞬間を、その人物は初めて見たのだから。



 

 人類の敵である魔物と人間との共存。

 しかし、そんな奇跡の体現者である彼らの暮らしは、あまり長く続かなかった。


 或る日、彼が食料を持って住処に帰ると、魔物は腕を負傷していた。

 幸い、命に関わる怪我ではなかったが、どうやら他の魔物に襲われたらしかった。

 彼はすぐにでもその魔物を倒しに行こうと立ち上がったが、それに何の意味も無い事を、彼は知っていた。


 何故なら、その魔物はひどく弱かったからだ。

 魔物の身体能力は一般的な村娘と遜色なかった上に、魔術も不得手であった。軽い怪我を治す治療魔術ですら、苦手とするレベルだったのだから。


 彼がいない時に、再び今回の様な出来事が起きてしまえば、次はこの程度では済まないかもしれない。

 いつでも彼が守れるとは限らない。自分の身は、自分で守れなければ意味がないのでは。

 けれど武術も魔術も、鍛錬するには時間がかかる。仮にそれらを会得したところで、半端な付け焼き刃など役に立たない。


 どうすれば──と、そこまで考えた上で、彼はあるアイデアを思い付いた。


 ──そうだ。これなら、時間は要らない。使い方も、自分が教えられる。


 彼は思い付くなり、すぐに行動に移した。

 自分の眼窩に指を突っ込み、その右目をもぎ取っていた。

 ブチブチと血管が引き千切れる音と共に、鮮血が噴き出した。


 ──!!??


 突然の事で事態を把握できていない魔物は、彼の奇行に声にもならない悲鳴を上げた。

 そして、彼を止めようと手を伸ばした魔物だったが、その顔面に彼は自身の右目を押し込んだ。

 反射的に閉じようとしている瞼をこじ開け、彼は力づくでその魔眼を譲渡した。

 

 かつての自分が女神に、そうされた様に。


 ──ァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!


 血の涙を流して、痛みに悶絶する魔物に、彼は笑いかけていた。

 もう、これで誰にも傷つけられる事はなくなる、そう言いたげに。

 ぽっかりと空いた右目の出血は、何時の間にか止まっていた。




 ※※※




 魔眼を譲渡してから数カ月、彼は憑りつかれた様に、魔眼の使用方法を教授していた。

 最初は1日に1時間程度だった授業は、次第に2時間、3時間と伸びてゆき、最終的には一日の間の6分の5以上を占めていた。


 残った左目を血走らせ、講義をする彼に、かつての物静かだが優しかった面影は残っていなかった。

 食事や睡眠が疎かとなった事で頬はこけ、枯れ木同然に痩せ細った身体には、誰の目にも死相が映っていた事だろう。

 やむを得ぬ理由で人里に降りる時、通り過ぎた村人は全員ぎょっとした顔を浮かべるくらいに。


 ──早く覚えさせなきゃ、早く覚えさせなきゃ……。


 授業以外の時間は念仏の様に、ブツブツとその言葉を唱えていた。




 すっかり頭がどうかしてしまった彼とは裏腹に、魔物の方は何て事のない涼しい面で日々を過ごしていた。

 身体能力が低いといえど、結局魔物なのだ。彼とは比にならない程の体力を持つ魔物に、オーバーワークという言葉は無縁だった。

 20時間以上の勉強を涼しい風で乗り切り、空いた時間で家事をこなす。


 料理や掃除については、魔物が1匹で全てやる様になった。

 それがまるで義務であるかの様に、粛々と済ませていく。

 

 けれど、不満が溜まっていなかった──とまでは言い切れない。

 なにせ、これから起こった事の真偽を、判断するに足る材料がないのだ。

 ひょっとすると、魔物は彼に対して愛想を尽かしてしまったのかもしれない。あるいは、そんなものは最初から無かったのかもしれない。


 人間でも、怪物と真に心を通わせられる──そんな確証、この世界の何処にもない。




 ※※※




 その日も普段通り、深夜まで勉強は続いていた。


 ──こ、こ……この通り、せンり里眼は……魔力の消費が多すぎるゥゥゥウゥ。故に、可能な限り……………………透視で代用するヨぉぉおおーーーに──ってぇええ、なぁんだ?


 舌が回らず、目の焦点も定かではない彼の肩を、魔物はポンポンと叩いた。

 最後に水を浴びたのは、もう1カ月は前になる。彼の身体からは異臭が漂っていた。


 しかし、魔物はそんな彼に聖母の様な笑みを向けていた。


 ──ん。


 次いで、彼の身体を胸元に抱き寄せる。

 出会ったばかりの彼であれば、これで赤面していたはずだが、もう昔の彼は居ない。

 ここに居るのは、彼の姿をした抜け殻でしかなかった。


 ──いぃぃいいまあああは! 俺がぁああ、話てんだろうがあああ!!


 彼は抱擁から抜け出すと、魔物を力の限り突き飛ばした。

 魔物は重心を崩す為、自然と床板に尻を打ち付ける。

 次いで、転んだ魔物に向け、彼は拳を振り下ろした──はずだった。

 振り下ろしていた拳は、中途半端な位置でその場に留まっていた。


 ──な、何だ何何何ッだ!? これ、は…………?

 

 ピタリと静止した拳に、彼自身も驚きを隠せぬままに声を荒げ──しかし、すぐに声を失った。

 いつの瞬間からか、その拳は開かなくなっていた。

 形状だけではなかった。色も材質も強度も、全てが一新していた。


 その拳は──炭化して塵になっていた。


 

 

 ※※※




 彼が死んだのは、魔眼を渡して半年後の事だった。

 

 第一発見者は付近を訪れた旅人。

 道に迷い、彷徨った先で入った古ぼけた小屋で、その焼死体を発見したらしい。

 そう、焼死体である。


 魔眼の一種──『発火眼』によって、彼は焼き尽くされた。

 かつての己自身の力で。

 魔眼を自分自身の力として、完璧に使いこなした魔物によって、彼は殺された。


 最初から彼の魔眼を奪うために、魔物は彼と一緒に暮らしていたのか。

 あるいは、本当に彼という個人を好いていたのか。

 答えを知る者は、もう居ない。


 


 しかし、これだけは確かな事である。


 それから間もなく、この世界で魔眼を持つ『魔物』が発見される様になったのは。

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