8 お茶会1
「本来なら父公爵がお相手すべきところですが、ハーバルク伯爵におかれましては年齢もお若く、同性で年齢の近い者の方がお慰めできるであろうとわたくしを遣わせました。
ご自分の家ともお思いになってお寛ぎください」
お茶会に相応しい、暖かく晴れた午後。
夜食をいただいた大広間とは別の、大きな窓からの日差しをレースのカーテンで和らげている、広いサンルーム。
シェリュア様の義妹が亡くなった後だから、茶器や皿は華美なものを避けた白一色。
清冽な食器類の上に、小さなケーキ系の焼き菓子やらタルトやらカップに入れたスープやらが供されている。
ハーバルク伯爵シェリュア様は、背の高い女性だった。ちょっと食事を摂っているのか心配なくらい痩せている。
話に聞いていたのと違って、髪を緩やかに結い上げて落ち着いた化粧をしている(公爵家の召使いが支度したからだろう)ので、別に不美人だとは思わない。化粧で隠せないほど顔色が悪いけど、むしろ貴族的で端正な顔立ちだと思う。
シェリュア様は、喪服ではないものの黒いシンプルなドレスをお召しになっていた。ヴィエリア様は淡い緑色の、あたしは水色のティードレスに着替えている。
「フリザーリュ公爵令嬢ヴィエリア様にはお茶会にお招きいただき、感謝いたします。
また、先日は義妹ラヴィルがあのようなことになり、公爵家の皆様には大変なご迷惑をお掛けし……」
「ああ女伯爵様、そのようなことをおっしゃらないで下さいまし。
あのような恐ろしいことが起こったのはひとえに犯人の仕業、伯爵様に何の責がございましょう」
「そうおっしゃっていただけると忝のうございますわ。
ヴィエリア様、どうかわたしのことは、シェリュアとお呼びくださいな」
……あたしは空気と化して、ヴィエリア様とハーバルク女伯爵シェリュア様との美しく貴族的なご挨拶を眺めていた。
単に見物しているわけじゃない。ヴィエリア様から紹介してもらうのを待ち構えているのだ。
貴族の初顔合わせは気を遣う……女たらしのマリエス・ミーティン? あれは向こうから口説きに来たから適当でいいの。
「こちらはオスビエル男爵令嬢セルティ様。加護持ちでいらっしゃいますのよ」
「セルティ・オスビエルでございます。ハーバルク女伯爵シェリュア様、お目にかかれて光栄に存じます」
「まあ、加護を授かったご令嬢がいらっしゃるというお噂は、うかがったことがございます。お目にかかれて光栄ですわ」
ちょっと表情に乏しいというか、こわばった顔をなさっていたシェリュア様だったが、ヴィエリア様の話術で、多少気持ちがほぐれてきたようだった。
「お話に夢中になってしまいますと、お茶もお菓子も冷めてしまいますわ。皆様、お早く召し上がれ」
ヴィエリア様の言葉に合わせて、召使いたちがカップにお茶を注いだ。
「この香りは?」
普通のティーカップよりも厚手で小さなカップ。そこに注がれた黒い液体。生まれて初めての、だけど異世界知識の中にある香り。
「ピピンキシの豆です。貴重な品ですけれども、父から許可がおりましたのよ」
「まあ、これが……いただくのは初めてです」
「ピピン?」
何そのピピンの寄進みたいな名前の豆。
「他大陸から渡ってきた飲み物です。
この大陸の風土では栽培できる場所が限られているため、王侯貴族にとってさえ、大変な貴重品なのです。
これほど珍しい品を振る舞っていただけるなんて、何とお礼を申し上げて良いのかしら」
きょとんとしているあたしに、シェリュア様が説明してくださった。
「此度の事件、フリザーリュ家はハーバルク家に二心なきものとお考えください。そのしるしでございます」
……これコーヒーだ! 見た目も香りも完全にコーヒーだよ! こっちの世界にもあるんだ!
地球だと南米とか熱帯地方で栽培するイメージだから、温暖なこの大陸だと、よほど南のエリアでもないと育たないんだと思う。
「なんでもたいそう苦いのですが、慣れると病みつきになるとのことですのよ。わたくしも初めてですので楽しみですわ」
若干ドヤ顔のヴィエリア様。
シェリュア様はおそるおそる砂糖をふた匙ほど入れて、スプーンでかき混ぜた。あたしはとりあえずブラックでひと口飲んでみる。
香りも苦味も、異世界知識にあるコーヒーそのものだった。ただほとんど酸味はなく、代わりに胡椒のようなほのかな辛みがある。地球産とはちょっと違う。
「不思議な味わいですわね……。これは香辛料などを加えてあるのですか?」
「いえ、フレーバーは加えずに飲むものなのですって」
とおっしゃいながら、ヴィエリア様はコーヒー、じゃなくてピピン何とかを飲んで…………笑顔のまま固まった。
顔が固まったまま高速で砂糖を何杯も入れる。
「何と申しますか……独特の味わいですわね」
ヴィエリア様は苦いのは駄目らしい。笑顔を維持してるけど涙目だ。
給仕たちが、紅茶の準備も始めた。
この国のお茶会は、同時に複数の種類のお茶を出すのが一般的。ポットもカップも何種類も使う。ヴィエリア様は速攻で紅茶を飲み始めた。
あたしはクリームたっぷりのケーキを食べながら、コーヒーもどきを飲んだ。良き。
「苦くて香ばしいのがいいですね〜。お菓子に良く合います」
苦味がケーキの甘さと調和して、クリームの油っこさを洗い流してくれる。
信じられないという目で見てくるヴィエリア様。
「でも結構胃には刺激が強そうです〜。
シェリュア様、昨日今日とあまりお食事を召し上がってないでしょう、控えめになさった方がよろしいかも〜」
お2人が不思議そうにこちらを見る。
「何故、わたしが食事を摂っていないと?」
いやめっちゃ痩せてるし。それに。
「このメニュー、クッキーや砂糖菓子みたいな乾いたお菓子がないでしょう? 焼き菓子はしっとりしたものだけだし、お茶会としては珍しくスープがあります。喉越しが良くて食べやすいものが揃ってますね〜。
料理人がシェリュア様の食が細いのを見て、ちょっとでも食べやすいものを考えたのかなと」
「まあ……。その通りです、あんなことがあって食欲が……。セルティ様は、とても洞察力の優れた方なのですね」
あ、しまった。
このお茶会は、事件の関係者であり容疑者でもあるシェリュア様への聞き込みを兼ねている。頭がいいと思われると警戒されるかもしれない。適当に頭の悪い小娘を演じて相手の油断を誘った方が良かったかな?
「えへへ、ピンク髪で胸が大きい女は頭悪いと思いました?」
シェリュア様がすっと視線をそらした。
「い、いや別にそのような偏見はよく考えたら髪の色で性格が決まるわけではないしましてお胸の大きさと賢さが反比例などとは思って」
絶対思ってたね。
「実父も養父も髪はピンクですよ〜。一族の特徴なんです」
「ピンク髪の男性……そ、そうですよね。髪色に性別は関係ないですものね……」
微妙に笑いをこらえるような顔をしてらしたけど、不意に真面目な表情になった。
「ヴィエリア様、セルティ様。亡き母と領地の使用人たち、そして秘書を除いては、わたしにこれほど良くしていただいた方はおりませんでした。そしてお二方とも、とても聡明なお方。あなた方の優しさに甘えまして、お願いがございます。
義妹ラヴィルが殺害され、警察はわたしに容疑をかけているようなのです。わたしたちは不仲と言われておりましたから。
我が家の恥を晒すことにもなりますが、わたしの知る限りのことをお話しします。どうかわたしの容疑を晴らす手助けをしてはいただけないでしょうか」
あたしとヴィエリア様は顔を見合わせた。
「それはもちろん、わたくしたちにできることでしたら何なりと」
「シェリュア様のお話は、警察の捜査に必要と思われること以外は口外しないとお約束します〜。お聞かせくださいますか?」
シェリュア様はあたしたちの言葉を聞いてうなずき、話し始めた。
ピピンの寄進:756年にフランク国王ピピン3世が、ローマ教皇にラヴェンナ地方を寄進した出来事。
単に「なんかヨーロッパぽくない語感の単語ないかな〜」と思って適当に出しただけなので、ご存じなくても問題ありません。
よく考えたら、ピピンは思いっきりヨーロッパの人名でした。