7 捜査官
やって来たのは、昨日現場と遺留品を見せてくれた私服の警察官だった。
「セルティ様。改めまして、ご挨拶を申し上げます。
クリフォスと申します。王宮警察の捜査官にして、神の忠実な僕でございます。
昨日は捜査にご協力いただき、ありがとうございました」
びしりとお辞儀をしながら、クリフォス捜査官が名乗った。
銀髪をオールバックにして眼鏡をかけた、20代半ばくらいの男性。細身に見えるが、鍛え上げているのが動きから分かるし、隠し武器や攻撃系魔道具で武装しているのが窺える。さすが王宮警察。
地味だが高級な服といい、礼儀作法といい、明らかに先祖代々からの貴族だ。鋭くて知的な顔立ちだが、表情筋が仕事してないタイプのイケメンだった。
「丁寧なご挨拶、痛み入ります。セルティ・オスビエルです。昨日に引き続き失礼いたします〜」
「とんでもないことでございます。加護のお力をもって捜査に協力していただけることは光栄の至り」
あっそうか、神の僕うんぬんという挨拶は、あたしが加護持ちだからか。
そんなに畏まらなくても。
「そう言えばヴィエリア様が、捜査責任者が公爵家ゆかりの方だと。その方ですか〜?」
「いえ、それは私の上司です。彼は現在本部にて、国中の貴族からの問い合わせと叱咤激励の矢面に立っております。
何しろ事件が解決するまでパーティーが開けませんから」
ああ。自分のパーティーで無差別毒殺事件とか起こったら大変だもんな。今は社交シーズンだけど、怖くて開催できないよな。
つまり上司は、貴族たちから『早く事件を解決しろ』と吊し上げをくらっているんですね?
「それは……お疲れの出ませんようにとお伝えください……」
「暖かいお言葉ありがとうございます。申し伝えておきます。
セルティ様の第一王子殿下の事件においてのご活躍は、よくよく存じ上げております。あの件に関しましては、私も捜査に関わっておりましたから……ところで先ほどのミーティン侯爵令息の所業ですが、2度とあのような真似が出来ないように、締め上げておきましょうか」
丁寧な挨拶から、いきなり攻撃的な話になった。
発言の落差が激しいよ?
「いやいや、警察の方がそんな怖いことを」
「警告によって性犯罪をあらかじめ抑止しておくのも、警察の仕事です」
「警察の仕事だったら、お願いしていいかしら〜」
警察の仕事なら、別にいいよね〜。どの程度のお仕置きか知らないけど〜。酷い目に遭えマリエス。
「心得ました、ではそのように」
ちゃっちゃとマリエスの消えた方へ行こうとする。
「あ、ちょっと待ってください〜。お聞きしたいことがいくつか。
あれから新しく、毒の痕跡や容器なんかは見つかりました〜?」
クリフォス卿はこちらを振り向いた。
「残念ながら。セルティ様のお陰で毒の種類を特定できましたので、それを対象にした探知魔術で捜索したのですが。
毒のような少量しか使われない物質ですと、探知に引っかからないことはよくあります。残念ながら、見落としているのか存在しないのかもはっきりしません」
「なるほど〜。もう一度、明るい時に現場を見たいんですけど、よろしいですか〜?」
「喜んで。こちらへどうぞ」
クリフォス卿があたしの横へ来て、エスコートしてくれた。マリエスをしばき倒すのは後回しのようだ。
「それともうひとつ。
さっきミーティン卿がおっしゃってましたけど、昨日あたしが加護で確認した毒の指輪、あれはシェリュア様の物だったんですか?」
「さようです。セルティ様に先入観を持たれぬよう、何も説明せずにお見せしました」
「なら警察は、シェリュア様を怪しんでおられます〜?」
「なんとも言えません。指輪に毒の痕跡はありませんし、当主が家人を衆人環視の元で殺害する意味も不明です」
確かに。
現場のガゼボに到着。残念ながら、飲食物や皿、グラスは片付けられている。春なのに昨日今日と結構暖かいから、腐るのを恐れたのだろう。
改めて机や周囲の地面を見て回る。
「でもハウダニット……手段だけで考えると、指輪からグラスに毒を盛って、その後ご自分のグラスの水か何かを少し指輪にかけて、洗い流すことはできそうですよね〜」
「興味深いお考えですが、それは難しい。
シェリュア様のお飲み物は炭酸水でしたが、見たところほとんど中身が減っておりませんでした。
近くにあったラヴィル嬢の飲み物も炭酸水でしたが、まさかメッキ毒を入れた炭酸水で指輪を洗わないでしょう」
ああ。あの毒入りグラスの中身は炭酸水だったのか。
この国の水は比較的質が良く、炭酸水も普通の水もある。
「それ以外の水は? 手洗い用のフィンガーボウルとか、他の客のグラスですとか」
「洗うのに適した水は周囲にありませんでした。被害者が倒れる前に指輪を洗うのは不可能です。
倒れた後は、シェリュア様は酷く動揺され、ずっと公爵家の使用人たちが付き添っておりました。やはり証拠隠滅の機会はありません」
「毒の入っていたグラスの指紋は?」
この世界にも指紋の概念はある。警察くらいにしか知られていないマイナー知識だけど。
「グラスを洗って拭いた下働きとサーブした給仕、被害者のものが検出されました」
う〜ん。普通だ。
あ、そうだ。
「ヴィエリア様から、事件が起こった時の様子は聞きました。その後は?
ラヴィル様が倒れた後、皆さんどういう行動をとられました?」
「そうですね」
クリフォス卿の説明によると。
マリエスの介抱もむなしくラヴィル様は亡くなった。ヴィエリア様の指示で、屋敷にいた神聖魔法の使える医師が呼ばれたけど間に合わず、死亡を確認するだけになってしまった。
そこからが修羅場だった。
まず駆けつけた両親が、へたり込んだマリエスを押しのけてラヴィル様にすがりつく。彼女の名を呼びながらの絶叫と号泣。特に母親の狂乱ぶりが凄かったらしい。……そりゃ突然娘が亡くなったんだからな、察するに余りあるわ……。
シェリュア様は事態についていけずに、座ったまま呆然となさっていた。……そりゃ婚約破棄宣言からの義妹の突然死だからな、状況についてこれないわ……。
そこへ突然、父ハーバルク卿がシェリュア様を睨みつけ、
『貴様がラヴィルを殺したんだな!?』
と叫んだ。
『お父様……?』
『人殺しめ! どこまで我々家族を苦しめれば気が済むのだ、この呪われた魔物の裔が!』
……この世界では、魔物呼ばわりはかなりの罵倒語だ。さすがのクリフォス卿も、この部分で眉間にシワが寄った(表情筋があったんだ)。到底我が子に言う言葉ではない。
あと、我々家族って言い方、シェリュア様を家族にカウントしてないよね? 超ひどくね?
それから暴言を吐きまくったハーバルク卿がテーブルを回り込んで、シェリュア様につかみかかろうとした。シェリュア様は硬直して動けなかったけど、周囲にいた男性客や給仕たちが彼を押さえ込んで何とか引き離すことに成功したらしい。
「マジでク……」
危ない。『マジでクソだな』って言うところだった。今のあたしは淑女淑女。
「マジでクソですね」
二度見してしまった。
「あの、クリフォス卿?」
「失礼。仕事上平民に変装して捜査することもございまして、時おり平民の言葉遣いをしてしまうのです」
マジか。
その後、色々と衝撃を受けたシェリュア様は茫然自失、メイドをつけて屋敷の一室で休んでいただいた。
パーティーは当然お開き。公爵夫妻(さすがに公爵も出てきた)と使用人の大半は、そっちの対応にもてんてこ舞い。
もちろんパトカーみたいな緊急車両のある世界ではない。警察がやって来たのは、客があらかた帰った後。
当事者であるシェリュア様と両親、婚約破棄騒動を起こしたマリエスを、半ば無理矢理公爵邸に留めて宿泊させただけ上出来だったんだろう。
「客の足止めや身体検査が出来れば良かったんですけど〜」
「貴族に対しては、出来ないのが現実です。特に身体検査は、令状がなければ許されません。
幸い、ハーバルク伯シェリュア様から指輪の提出をしていただけましたが、拒否されればそれまででした。
セルティ様に招待客をご覧になっていただければ、毒を所持する者が分かったかもしれませんが」
「あたしの加護って、視覚的なんです。毒そのものは、不透明な容器に入れてしまうと見えません。毒に冒された人や、毒の入った飲食物はすぐ分かるんですけど〜」
割とあやふやな加護なのだった。
夫人はラヴィル様にすがりついて狂乱したまま。シェリュア様が退場したことでハーバルク卿は多少落ち着いたものの、夫人は泣き喚いている。
結局、彼らは警察が来るまでご遺体と一緒に現場にいた。その場に残っていた召使いたちも、夫人につきっきりになってなだめていたらしい。
「シェリュア様よりも、給仕が怪しいのかなぁ……」
「我々もそう考えましたが、それも難しいのです。被害者にグラスを給仕した者は特定しておりますが。
証言によると、まず被害者がシェリュア様を指し、『あの人と同じものをちょうだい』とおっしゃったので、庭に設営したドリンクサーバーで炭酸水の入ったグラスを5本ほど用意しました。
その5本を盆に載せて運ぶ途中、他の客が1つ取り、残りの4本の中の1つを被害者が選びました。
このことは、他の給仕たちの証言からも確認されています」
うっ、そ、そうか。
「給仕するグラスを、狙った相手に渡せるとは限らないんですか。いくつもあるグラスから1つを取ってもらったり、横から他の客が取ったりするから。
……それに給仕には動機がないですよねぇ。だいたい、ラヴィル様を殺害する動機を持ってる人なんているんですか?」
話を聞く限り性格は悪そうだけど、殺されるほど憎まれるか、普通?
「被害者は過去に何人か、男性と付き合ったのちに手酷く振ったことがあります。中には婚約者のいた男性も含まれています。
が、彼らは昨日のパーティーには出席していません。メッキ毒の入手も難しい」
「豆手帳に書いてあった名前の方たちですか」
「いえ、それはミーティン侯爵令息マリエスと並行して接触を図っていた、いわゆる財産持ちのイケメンたちです」
「ラヴィル様、なかなかアクティブですね……」
義姉から婚約者を奪っただけじゃ足りないのか?
とりあえずマリエスをキープしといて、本命を探していたのかな?
「あとは、被害者はいわゆる異世界転生者だったのですが」
そうだった。ヴィエリア様の説明にも『私はヒロイン』みたいな台詞があった。
あれって乙女ゲーム転生的な発言なんじゃ。
「ハーバルク女伯爵シェリュア様は、被害者から異世界の生活や文物の話を聞いており、それを参考にして商品を開発しておられるとのこと。それがヒットして事業拡大に繋がっています」
「冷風の扇とかですね。なるほど〜」
手持ちの扇風機を元にしたっぽいやつね。
「じゃあ商売敵が、シェリュア様にネタを提供してくれるラヴィル様を排除……迂遠ですねぇ。シェリュア様を狙った方が早い」
「その場合、犯人は女伯爵シェリュア様を狙って、誤ってラヴィル嬢を殺害した可能性もあります」
お? なんかいい感じの推理?
「……でもないかぁ。シェリュア様と間違えてラヴィル様の炭酸水に毒を入れるって、どういう状況です?」
「謎ですね」
結局『トリックが分からないと犯人の見当がつかない』と『犯人が分からないとトリックの見当がつかない』がぐるぐる循環するだけという状態である。
加護パワーでガゼボの周囲も見ているけど、特に新しい発見もない。シェリュア様の座っていた席の周囲も毒の痕跡はないので、『毒の指輪を飲み水で洗った説』は消える。
「お嬢様、そろそろお着替えなさいませんと。お茶会の時間が近うございます」
時間切れとなってしまい、またお茶会後に落ち合おうということで、クリフォス卿といったん別れることになった。
この後、元婚約者マリエスはクリフォス捜査官によって無事ボコられました
※捜査官も変な人になりました。
「セルティ様は元冒険者なのでしたね。では実戦経験が?」
「あたしはまだ低レベルだったし、戦闘は支援系の立ち回りだったんです。だから、それほどモンスターを倒したことはないんですよ〜」
「いえ、その若さで大したものです。私は犯罪者しか殺したことがありませんので」
「そっちの方が怖いわ!?」
みたいな。