5 メッキ毒とブランチ
昨夜と同じ大広間。
朝昼兼用の時間である。
食事はフルコースではなく、最初から料理がずらっと並べてあるスタイル。
普通、毒殺事件の起きた屋敷で食事というのは怖いだろう。犯人が捕まってないんだから。
ところがあたしの加護は毒を見破るものだ。料理をさーっと見ただけで有無が分かる。
ちなみにそれが飲食物であれば、本来なら目に触れない部分、例えばチキンライスに毒を混ぜて卵で包んだオムライスとか、そういう状態でも分かる。何故。
「警察が、毒物の種類を特定したそうですわ」
ヴィエリア様が、優雅にローストビーフを切りながらおっしゃった。
本当に警察から情報を流してもらってるんだ……。
この国の貴族の食事は、午前中の朝昼兼用と遅めの夕食の1日2回が一般的だ。
午後に、お茶と一緒に軽食やお菓子を食べるからだけど、これは正式な食事にはカウントしない。
仕事などで朝が早い人は、起きてすぐ軽いものを摂ることもある(日本で言うおめざというやつだ)。
「それは良かったです〜。あたしの加護では名前までは分かりませんから〜」
ベーコンと春野菜のスフレを切り分けて食べる。
ベーコンの塩味と春野菜独特ののほろ苦さ。泡立てた卵白の気泡が、口の中でふわふわとろとろ溶けていく。
「金属のメッキ工場で使われる、俗にメッキ毒と言われるものだそうですの」
ん? 金属メッキに使う?
「なんでも、水や酸、特に酸に強く反応して有毒の気体を発生させるそうですの。
飲むと胃酸と反応して毒が発生します。ほぼ即死だとか」
有毒ガス? え、ひょっとして青酸ガス?
「ミーティン卿の証言によると、被害者であるラヴィル様から、生のナッツのような甘い香りがしたそうです。
その香りもメッキ毒の特徴なのですって」
生のナッツの香り?
それは異世界の推理もので有名な、アーモンド臭では!?
「青酸カリ……」
「はい?」
「いえ、異世界に似たような毒があるな〜と」
おいおい、この世界にも青酸カリ的な毒があるのかよ。
「ああ、セルティ様は異世界転生者でいらっしゃるものね」
キラキラした瞳で見られてしまった。
無意識のうちに異世界語を使ってしまうので、前回の事件の後、ヴィエリア様にはカミングアウトしておいた。レア度の高い珍獣だと思われてそう。
「でもぉ、犯人はどこでそんな毒を手に入れたんでしょう? 簡単に手に入らないですよね〜?」
「それが、ハーバルク女伯爵シェリュア様は貴族向けの装身具を扱う事業を行っておられるのです。その関係で、メッキ工場を所有しておられます」
「え、じゃあ関係者はメッキ毒を入手でき……いや、シェリュア様以外のご家族はわざわざ工場に行かないか」
「ところが視察に行かれることがあるそうです。まあ豪華な接待目当てのようですが」
「そんなことまで調査済みですか……」
「母の手の者は優秀ですの」
手の者が事件解決したらいいんじゃないのか定期。
冷製穀物サラダを一口。蒸した穀物と刻んだ野菜を和えてある。穀物のモチモチ感と野菜のシャキシャキ感の、メリハリのある食感が楽しい。檸檬果汁と香草の爽やかな香りが口に広がった。
「いかがですか? なにか思いつかれまして?」
ヴィエリア様がキラキラした瞳で訊いてきた。
「いや、さすがにまだ情報不足かと……」
「そうですか。お気の毒なシェリュア様のためにも、早期解決が望ましいのですが……」
ヴィエリア様は嘆息なさった。かなりシェリュア様に同情的なお考えらしい。
「でもですねぇ、一応シェリュア様は容疑者です〜。
元々ラヴィル様と不仲っぽいですし、婚約者を奪われたことですし、動機はあるんです。
それにグラスの近くにいらっしゃったんですから、毒を入れる機会もあります。マリエス様の婚約破棄宣言に皆が気を取られている隙に、グラスに毒を入れたのかもしれません〜」
ヴィエリア様がカトラリーを置き、すっとあたしをご覧になった。
「よろしいですか、セルティ様」
「は、はい」
圧が。圧がすごい。思わずあたしもカトラリーを置いて背筋を伸ばした。
「シェリュア様には、ラヴィル様を殺害する動機はございません。
思い出してください。シェリュアはあと2ヶ月で成人なさるのです。
現在は未成年ということで父君の監督下にありますが、成人すれば正式に女伯爵としての権限を振るうことができます。もちろん家人の生活に対しても、強い決定権を持ちます。
自分を虐げる家族、家族と呼べるかも怪しい関係ですが、彼らに与える金銭を思い切り制限して極貧生活を送らせることも、僻地に追いやって実質軟禁することも、いかようにも料理することができるのです。
そうそう、彼らの生活からして伯爵家の財産を横領していそうですわね、そこを突いて両親を監獄送りにできるかもしれませんうふふふふ。
それなのにわざわざ逮捕され爵位を失うリスクを犯してまで、殺人に手を染める必要がありまして?」
「おっしゃる通りでございます!」
その恐るべき威圧に、深々と頭を下げてしまった。
ヴィエリア様怖い。あたしの、舌足らずなしゃべり方をするキャラが吹っ飛ぶレベルの殺意の高さだ。
「あら、でも両親の目の前でラヴィル様を殺すことによって、彼らに甚大なダメージを与えることはできますわよね。
愛娘の死は、自分の死よりもつらい……そういう苦しめ方をするなら、殺害はありえるのでしょうか?」
「ヴィエリア様殺意高い殺意高い」
美しく小首をかしげるヴィエリア様に、突っ込みを連呼してしまう。
「ま、まあ確かにシェリュア様犯人説にも無理はあります。
ラヴィル様が最後に水を飲んだのは、ガゼボに到着した直後。その後テーブルにグラスを置きましたから、シェリュア様が毒を入れたのならそれ以降のタイミングになります。でも、それではラヴィル様が毒を飲む機会がありません。
ともかく、関係者の証言を聞かないと、これ以上は推理が煮詰まらないとは思います〜」
「それなら好都合ですわ。実は警察の要請もあって、シェリュア様とご両親、ミーティン卿は事件の後からずっと、この屋敷に逗留しておられますの」
「え、そうだったんですか」
「シェリュア様とご両親はそれぞれ別の棟にお泊まりいただいて、お顔を合わせないようにしておりますが」
「じゃあそれとなく各人に接触して、聞き込みでもしてみましょうか〜」
「なるほど、そのような捜査方法があるのですね!
それではわたくし、シェリュア様を午後のお茶にお誘いいたしますわ。元々大変な思いをされていたところへあのような事件ですから、お慰めしたいとは思っておりました。
セルティ様もご一緒なさって、色々お話をお聞きすればよろしいではありませんこと?」
「それはいい考えです〜。では遠慮なく参加させていただきますね」
「ええ、よろしくお願いします。
わたくしはこれから、グラスト殿下と通信具でお話いたしますのでご一緒出来ませんの」
婚約者の第一王子か。そりゃこんな事件が起きたら、殿下も心配されるよな。
ことヴィエリア様に関しては、全肯定ボットと化すくらいベタ惚れだもんな〜。
「お気遣いなく〜。侍女かメイドを付けて下されば、関係者に面会して回れますので〜」
とりあえず、お茶会まで各自別行動ということになった。
そろそろ皆様も疑問を持たれていることでしょう。
『いつになったら春の推理2024のテーマ『メッセージ』が出てくるのか?』
と。
最終話ですm(_ _)m