4 寝起きの考察
翌朝。
あたしは公爵家の客室、天鵞絨の天蓋付きベッドで目を覚ました。
ベッド横の小テーブルに置かれた銀のベル型魔道具に触れ、魔力を流す。
『おはようございます、お嬢様』
「おはよう〜」
通信魔道具を通して、メイドさんとご挨拶。
『何かお召し上がりになりますか?』
「苦味の強いお茶を。冷たいミルクたっぷりで、砂糖なし。30分後に、着替えと一緒にお願い〜」
『かしこまりました』
貴族はいちいち朝食をどうするだの着替え時間だの、指定しなきゃいけないのがダルいわ……。1人でちゃっちゃとやりたいわ……。
寝巻きのままストレッチをやり(冒険者時代の習慣だ)、終わったあたりでメイドたちが来た。
洗顔用の水差し(この世界はまだ上水道はない。ちなみにトイレも、砂を入れた箱が下にある猫トイレ方式だ。残念)とタライ、お茶のセット、それに旅行用トランクが大量に運びこまれてきた。急遽泊まるとなって、男爵家から送られてきたあたしの着替えだ。
貴族の服としては軽くて動きやすいデイドレスを、メイドさんAに着せてもらう。ダルいけど『こんなん慣れてますけど?』という顔をして耐える。
その間他のメイドさんたちは、大量の着替えをワードローブやら衣装箱にしまい込んでいた。
みんな大変だな……。貴族令嬢の服はかさばるし、1日に何度も着替えるからね。
「何かございましたら、何なりとお申しつけ下さい」
「ありがとう〜。ご苦労様〜」
メイド集団が洗顔セットを持って撤収した後、着替えと一緒に送られてきたメッセージカードを見る。
義父であるオスビエル男爵から。
『事件解決を依頼されたのかい? 土産話を楽しみにしているよ〜』
……相変わらず軽い人だ。しかもあの人もピンク髪なんだよな〜。親戚だから。
ちなみに実父もピンク髪。
義父であるオスビエル男爵は30代のイケオジなんだけど、髪がピンク。
その息子、あたしから見て義弟がいるんだけど(ラノベのピンク髪ヒロインって、何故かひとりっ子が多いよね)、その子もピンク髪。というか、オスビエル一族はおおむね髪色がピンク系統。当然男もピンク。
めっちゃウケるんだけど、こっちの世界は『ピンク=女の子色』というイメージはない。珍しい赤系統の色という認識でしかない。
義父がシリアスな顔をしていても笑いをこらえるのが大変で、こういう時は異世界の常識に引きずられて困る。
お茶のポットは保温、ミルクピッチャーは保冷の魔道具になっている。ミルクを入れたお茶を飲んだ。
ふう。
なんで事件の捜査なんか依頼されるの。
あたしは飛び抜けて頭が良い訳じゃない。身体能力だって魔力だってそこそこ、満遍なく中途半端に高い器用貧乏。それがあたしのスペックだ。
加護を持ってるということは神聖魔法の素質があるということだけど、いかんせん魔力が微妙。プロの魔法使いになるほどではない。だいたい加護や神聖魔法を維持できるほど品行方正じゃない。加護だっていつ消えるか分からない。
以前、学院の事件を解決した時も、この世界にはない推理小説知識を駆使して、何とかかんとか犯人の尻尾をつかんだだけ。
間違ってたらどうしようという不安を、頭ユルいお花畑女の演技で押し隠して立ち回っただけ。名探偵なんてガラじゃない。
いや本当、なんであたしに加護があるんだろう。
「…………まじで謎いわ」
まあいい。あるものはありがたく使う。それはそれとして、事件の概要についておさらいをしておこう。
春は豊穣や平安を祈念する神殿の行事が多く、その関係でチャリティーも盛んになる季節だ。今回のパーティーもその1つだった。
ちなみにあたしは加護持ちなので、昨日は神殿行事に出席していた。専用の衣装を着て、下町の神殿でみんなにビスケット(お菓子じゃなくて、味気ない雑穀の保存食だ)やお守りを配るのだ。
家族も同行していたので、オスビエル家は事件の現場には居合わせなかった。
あたしがヴィエリア様の要請でこの公爵家に来たのは夕方。
警察はびっくりするほど協力的だった。
あたしが加護持ちなこと、その加護が明らかに捜査向きなこと、以前にも事件を解決したこと。そしてヴィエリア様が話を通していたこと。……それでいいのか王宮警察。
客はあらかた帰っていて(異世界の感覚だと全員足止めさせるべきだけど、主催者や警官が貴族にそこまで指図するのは難しい)、パーティー会場である庭と開放されていた部屋、飲食物を作っていた厨房、召使いたち、そして被害者のご遺体を加護で総チェックさせてもらった。
総チェックしたんだけど……。
毒が入れられたルートが分からない。
ラヴィル様が倒れたタイミングも謎だ。
ご遺体は、グラスに入っていたのと同じ毒によって亡くなっていた(さすがに違う毒だったら謎すぎる)。
あまり近寄らせてもらえなかったが、ドレスの前面、胸元やスカートにも点々と毒が飛んでいた。グラスが倒れた拍子に飛んだのだろうか。
ラヴィル様が身につけていた物も見せてもらった。イヤリングにネックレスに指輪、髪飾り、扇、そしてシャトレーン。
全部白。
扇は普通の冷風の魔道具で、毒はなし。
シャトレーンは小さな蓋つき時計と豆手帳、それに気付け薬瓶が下げてあった。留め具ともども銀に真珠をあしらったデザインで、瓶はいかにも毒が仕込めそうで怪しい。
が、しかし。中身は普通のアロマオイルに酢を混ぜた気付け薬で、これも毒は混ざってない。
豆手帳には何人か男性の名前が書いてあった。
これはパーティーで会った人物や出来事などの覚え書きに使う物なので、もっと以前に書いたメモかもしれない。事件に直接関係するかどうかは分からない。
意外なところで、指輪がいわゆる毒の指輪だった。
銀に(砒素に反応すると言われている銀に、毒を入れるのかよ)翡翠を嵌め込んだ、ごついアンティーク指輪だったけど、石の台座部分が蓋のように開く。中が空洞になっていて、毒をしまっておける仕組みだ。
だけど中身は空っぽ。毒の粉なり雫の一粒なりが付着していれば、あたしには分かる。ここに毒は入っていなかった。少なくとも直接入れてはいない。
では小さな紙にでも包んで指輪に隠した? いや、指輪から包み紙を出して開いて、グラスに入れて……そんな悠長なことをしたら即バレる。
じゃあ、小さな丸薬にして指輪に入れたら。
あたしの加護では、さすがに水に溶けやすいかどうかは分からないけど、丸薬がグラスにごろんと入ってたら、いくらなんでも被害者が気づくんじゃなかろうか。水だから透明だし。
そう、毒は水の入ったグラスに投入されていた。
これは間違いない。
ラヴィル様のグラスは騒ぎのせいか倒れていたが、幸い割れてはいなかった。
中身はあらかたこぼれていたけど、グラスのふくらんだ部分に残った水と、テーブルや床に飛び散った水に毒が含まれていたのを、あたしが加護で確認した。
だからまず考えられるのは、飲み物を渡した給仕。毒を投入してラヴィル様に渡せばいい。
しかし動機がない。
いきなり、ラヴィル様狙いだか誰でも良かった的無差別殺人だかに走る意味が謎。
公爵家の召使いなら、身元はしっかりしているはず。誰かに依頼されて、というのも否定はできないけど、考えにくい。
だいたい使用人は、警察もあたしも徹底的に身体検査した。でも毒を入れて持ち運んだ容器なり包み紙なりは見つかっていない。
なので、身体検査できない貴族の出席者も怪しいんだけど。
次に怪しいのが、同じガゼボにいた義姉シェリュア様か、ラヴィル様のすぐ隣に来たマリエス様ことミーティン卿。
だけど本人の目の前で毒を盛るというのは何気に難しい。手品師じゃあるまいし。
それに彼女は、グラスの水を飲んでしばらくしてから倒れている。即死する毒を飲んだのに、この時間差は何なのか。
異世界の推理小説でよくあるのは、前もって中身を毒に換えられたカプセル剤を飲んでいた、というやつだ。
時間が経って、胃の中で溶けた時に亡くなる仕組み……なんだけど、あいにくこの世界にカプセルの錠剤はない。
あるいは飛び道具。吹き矢……は目立つので、針を射出する魔道具を使うとか。
あたしは冒険者時代にシーフ的な役割だったので、暗器のたぐいは詳しい。そういうのは、だいたい短いストローみたいな形状をしていて目立たない。魔力を流せば、中に入れた物がまっすぐ飛んでいく。
婚約破棄宣言で集まった野次馬として近寄る。そういう暗器型魔道具の消費魔力は小さいから、他に使われている魔道具(貴族の装飾品系魔道具とか、料理の保冷や保温の魔道具とか)に紛れれば、魔術師でもない素人は気づかない。
その飛び道具で、毒を塗った針をラヴィル様に打ち込んだとしたら。
いや。針が被害者に刺さってたら、警察が一発で気づく。
じゃあ氷で作った溶ける針。……いやいや、そんな材質では、皮膚に刺さるほどの強度は出せない。
だいたいこの説だと、グラスの水に毒が入っていた説明がつかない。
つらつら考えてたが結論が出ないまま、食事の時間になってしまった。
シャトレーンとは
上の挿絵のラヴィルさんが腰からじゃらじゃらと下げているのが「シャトレーン」です。
ベルトに留め具を掛けて、チェーンで時計とか鍵、鋏など何種類かの品物を吊るします。わりと実用的かも。