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21 誕生日プレゼント3

「ああ、今まで、ここまでわたしのことを分かる人がいたかしら。長い間溜め込んでいたものを洗いざらい話すなんて初めて。ガーディス卿やベッキラには、こんなこと言えないものね……。

 そうそうご存じ? あのマリエス、元婚約者ね、あいつったら北の修道院に送られたわよ」

「『北の修道院』!?」


 あの、婚約破棄ざまぁ物のお約束コンテンツ!?


「この世界にアレがあるんですか!?」

「あるわよ。男性用と女性用の2カ所。と言っても本物の宗教施設ではなくて、修道院の体裁をした貴族用の集団座敷牢なんだけれど。

 寄付金を出しておけば、いつまでも閉じ込めておいてくれるんですって」

「貴族社会の闇に触れちゃったよ」

「元々あいつに手を出されないように、わざとメイクもドレスも最悪なチョイスにしていたのよね。あいつ、女たらしどころか性犯罪者レベルだったから。

 事件の後、ロミオメールだったかしら? あいつから、よりを戻してくれだの本当に愛してるのは君だのいう手紙がしつこく送られてきて、辟易(へきえき)したものよ。

 今はぱったり絶えたから、無事修道院に放り込まれたんでしょうね。ざまぁ」

「うわ〜一生出られなさそう〜」

「フリザーリュ公爵の面子を潰したんだもの、まあ一生出られないわね。せいせいするわ」

「じゃあシェリュア様の結婚は」

「当分無理じゃないかしら。何しろ公爵家のパーティーを台無しにした上に、家から殺人犯まで出してしまったもの。相手なんか見つかりませんって」


 なんだか他人事みたいな口調だった。


「それって大丈夫なんですか?」

「大丈夫ではないけれど、今は家族も一掃できて解放感にひたっているところ。

 わたしは被害者ということで世間の目も同情的だし、養子を迎える手もあるし、まあ何とかなるでしょう。

 そんなことより聞いて頂戴!」


 突如テンションが上がったシェリュア様。そんなことって。


「うちの父は死刑ということで、今貴族用の牢に入っているのだけれど」

「それ、ガールズトークのノリで出すネタじゃない」

「手紙のやり取りはオッケーなのよ。最初は減刑嘆願をしろとか釈放させろとか言ってきたんだけれど、そんなのわたしにも無理じゃない? だから無視。

 でも意外に牢の中って質素らしいのよ。だから服を寄越せだのまともな食事を送ってこいだの要求が変わってきて。

 文句や要求の手紙は無視して、わたしの話題を書いた時だけ差し入れしてあげたの。暖かい毛布とか服とか、日持ちするパイや干し果物とか。

 そうしたらね。

 手紙でご機嫌うかがいをしてくるようになったのよ? わたしを毛嫌いしているあの父が!」


 同じく牢で処刑を待っているはずの義母の話は全くなかった。ラヴィル同様、彼女の中では完全に終わってしまった人なのだろう。放置だ。


「わたしを褒めれば褒めるだけ、差し入れが貰える。つまらなければ何もなし。心にもない癖に、愛しているだの自慢の娘だの。エサが欲しくてもう必死。

 あっは、犬みたい。いえ犬以下ね」


「…………」


「あの人がわたしに物乞いをしている。あの人がわたしにひざまづいて媚びている。あの人がわたしを見ている! わたしの名前を呼んでいる! わたしに感謝している! ラヴィルの話をしない! ラヴィルよりわたしを愛している! あっは! あっははは! あはははははははっ!!」


 目を見開いてどことも知れない虚空を見つめながら、彼女は哄笑した。(たが)が外れたような笑い方だった。

 いや本当に(たが)が外れたんだ。もう彼女を締め付ける親も義妹もいないから。


「──もうやめなよ」


 彼女がきょとんとした目でこちらを見る。


「…………なんで? 何をやめるの? どうせあの人は死んでしまうのよ? それまでの間の思い出作りをしたらいけないの?」


 どうせ、本当には愛してくれないんだから。

 無音で、唇がそう動いた。


「実の父親を弄ぶとか引くわ。どうせ死んでしまうんだから、せめてそいつの尊厳くらいは守ってやりなよ」

「何がいけないのよ。あの人はわたしの尊厳なんか気にもしなかったわ! 

 愛してくれないなら、憎むしかないじゃない……!」

「鏡で自分の顔を見てみなよ。あんた今、全然楽しそうじゃないし幸せそうじゃないよ」

「楽しいわよ! これが本当のわたしなのよ! 母が亡くなった時も涙なんか出なかった。今まで悲しいとも寂しいとも思ったこともない。父の血が流れている、父と同じ人でなしなのよ」

「それは、悲しくないんじゃなくて」


 悲しくないんじゃなくて、悲しみを一時的に麻痺させているだけだ。

 だって耐えられないから。

 だから悲しさを凍らせて、先送りにしているだけ。


 シェリュア様が貴族らしくなく、音を立てて椅子から立ち上がった。


「善人ヅラして説教するんじゃないわよ偉そうに! 

 人が死んだ後になって推理なんかベラベラ喋ったって意味ないのよ! 誰も救われないのよ! 黙りなさいよ! 貴女にわたしの何が分かるのよ!」


 あたしも勢いよく立ち上がる。


「分かるわけないだろ!? あんたがお母さんを亡くして、お父さんは自分のこと嫌いで、何もかも自分1人でやるしかなくて。そんな子の気持ちがあたしなんかに分かるわけないだろ!? こっちはテレパスじゃないんだよ! 

 ああ、あんたは頑張ったよ! めっちゃ頑張ったよ! あんたが苦しんでることにずっと気づかなくてごめんなさい! あんたが困ってる時にクソの役にも立たなくてごめんなさい! 

 誰もあんたの苦しみを、本当には理解していなかった! だからあんたは1人で戦って1人で勝った! 文句なんかあるわけないだろ!? ちょっとは苦労しただけ報われればいいんだよ畜生!」

「ち、畜生って何よ! 後出しで中途半端に同情されたって響くわけないでしょう!? 訳分からないわよ! もう帰って! 帰ってよ!!」

「ああ帰るよ! でもまた会いに来るよ! せっかくの転生者仲間なんだから話したいじゃん!? じゃあね!」


 あたしはそのまま足早にドアへ向かった。

 後ろで、座り込むような衣擦れの音と、嗚咽をこらえるような小さな呻き声が聞こえた。

 あたしは振り返らずに、扉を開けて出て行った。

 その場にいたら、彼女が泣くことができないから。


 先送りにされた、母を(うしな)った悲しみが。

 愛されなかった悲しみが。

 今。やって来る。


 後ろ手で扉を閉める。閉めた瞬間に、全力で玄関ホールへダッシュした。

 ああもうドレスの裾が邪魔だなマジで! ガーディス卿が待機してた部屋の扉はどこだっけ? ここか? よっしゃビンゴ!


「ガーディス卿!」

「セ、セルティ様!? どうなさいました?」


 あたしが突然走り込んできて、ガーディス卿ドン引き。


「大変なんです! シェリュア様が!」


 シェリュア様の名前を出した瞬間に彼は血相変えて立ち上がり、花束とぬいぐるみを抱えたまま走り出した。あたしも追う。


「応接間ですか!?」

「そうです!」


 ガーディスが応接間に飛び込む。あたしは部屋に入らずに、扉を開けたまま中を見た。


 シェリュア様は床に座りこんで号泣していた。


「ああああああっ! いやああああああ!!」

「シェリュア様!?」


 ガーディス卿が花束とぬいぐるみを放り投げて駆け寄る。膝をついてシェリュアのお顔を覗きこみ、どういうことか聞きたそうにあたしを見た。


 抱きしめろ!


 声には出さず、思いっきり身振り手振りでガーディス卿に指示した。

 目を丸くしてぷるぷるかぶりを振るガーディス卿。

 乙女か! 今乙女モードは要らないんだよ! いいから抱きしめろ!!


「シェリュア様……」


 彼がおずおずとシェリュア様の上腕に触れると、シェリュア様が彼に抱きついた。


「うわああああああん! おかあさまが! おかあさまが亡くなってしまったああぁ! おかあさまあああ!!」

「シェリュア様……おつらいですね……あの時は私も悲しかったです」

「おとうさまも! おとうさまも死んでしまう!!」

「たった1人のお父様ですから。あのような方でも、シェリュア様にとって、かけがえのない方ですから」

「あんなにがんばったのに! どうして? どうしてわたしがきらいなの? わたしがわるい子だから?」

「何をおっしゃいますシェリュア様! 貴女様ほど努力家で皆に優しくて素晴らしい方が、世界のどこにいるというのですか!」

「わ、わたし…………わたし、そんな人じゃない。そんな立派な、完璧な人間じゃない。完璧じゃないから、きっとあなたもわたしを嫌いになる……ううっ、がんばらないと……がんばらないと……あなたもベッキラも、わたしのこと」

「そのようなことはございません!! シェリュア様、申し訳ございません! 私たちが貴女様をそのように追いつめていたなんて……。

 完璧でなくて構いません。いや、完璧でない貴女が好きです。好きなんです!」


 シェリュア様に遠慮して中空をさまよっていた彼の両腕が、しっかりと彼女を抱きしめた。


「シェリュア様、シェリュア様とベッキラさんと私とで、どこか旅行に行きましょう。視察でも仕事でもない、ただの旅行です。私はどこへでもお供いたします。

 どうでもいい話を沢山いたしましょう。他にお友達を作られるのもいい。仕事をしていない貴女様も素敵です。

 恋人を……恋をなさってもいい。

 そして……出来ることなら、シェリュア様……その相手は、私でありたい……!

 シェリュア様、私は……!」


 あたしがでしゃばっていいのは、ここまでだ。

 そっと扉を閉じて、玄関に向かう。


「……セルティ様? 恐縮ですが、ガーディス卿をご覧になりませんでしたか?」


 廊下の向こうからベッキラさんがやって来た。


「彼は応接間です。シェリュア様をお慰めしています。本当に色々あって、あの方は疲れていらっしゃいましたから」

「シェリュア様を?」

「あたしは帰ります。馬車の支度を。

 それが済んだら、ベッキラさんもシェリュア様のところへ行ってあげて下さい」


 シェリュア様とガーディス卿。

 彼女は彼が思っていたような、ただ耐え忍んで報われる、無垢で完璧なヒロインじゃない。

 彼も、彼女のトラウマを癒すために都合よく存在する脇役じゃない。

 だから、『2人は結ばれて、いつまでも幸せに暮らしました。めでたしめでたし』だなんて期待するのは、傍観者の勝手な願望でしかなかった。その方が見ていて楽だから。


 だけど、それでも。


 2人の関係が上手くいって欲しいと願わずにはいられなかった。

 シェリュア様にとって、ガーディス卿が柔らかくて、暖かくて、優しい。そんな存在になってくれれば。

 そしてガーディス卿にとっても、シェリュア様がそうであれば。

 あたしだって16の小娘だ、そんなご都合主義が欲しいと思ったっていいじゃない?


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