2 依頼
「と、このような状況で、ラヴィル・ハーバルク様が毒殺されたのです。
幸か不幸か、わたくしその現場に居合わせておりましたから、このように詳細にご説明できましたけど」
と締めくくって、フリザーリュ公爵令嬢ヴィエリア様は紅茶を召し上がった。
「あの〜、展開が早すぎてついていけませんでした〜」
「大丈夫、説明しているわたくしも意味が分かりませんから」
事件の一部始終を、ヴィエリア様が目撃なさっていたのは幸いだった(ご本人的には不運だろうけど)。
彼女は公爵令嬢にして第一王子の婚約者。ご自分が見たもの聞いたことを、正確に暗記しておく訓練を受けておられる。その証言は信用できる。
ここはフリザーリュ公爵家の、贅を凝らした大広間。
あたし、オスビエル男爵の養女セルティは、正餐に使用される長テーブルで、フリザーリュ公爵令嬢ヴィエリア様に遅い夕食を振る舞われていた。
周囲には何人もの召使いが控えていて、甲斐甲斐しく料理や飲み物を給仕してくれている。
鳩のローストを一切れ取って食べる。
緻密な肉質で、脂身がないのに濃厚な旨味と柔らかさ。ソースは塩と鳩の肉汁を煮詰めたあっさりしたもので、鳩という素材と料理人の腕前だけで勝負している。脳内食レポが止まらない美味しさだった。
「この牛肉のパイ包みもいかが? うちの料理人の自慢の一品ですのよ」
ヴィエリア様(夕食はすでに召し上がっているので、お茶とお菓子のみお相伴してらっしゃる)が勧めてこられた。
銀髪に紫の瞳の、たおやかで繊細な美しさを持つ令嬢であり、あたしたちが通っている貴族子弟向けの学院の先輩でもある。ちなみに今は春休み。
「ありがとうございます、どれも美味しいです〜。
警察の現場検証に協力していて晩ごはんを食べそこねたんで、お腹ぺこぺこだったんですぅ」
お行儀よく、だけどしっかりいただく。
夜遅くに食べたら太る? 知らんな。若いうちは基礎代謝が高いんだから大丈夫……ということにしておく。お腹空いてるし、公爵家の料理だけあって滅茶苦茶美味しいんだもん。
「公爵家で起きた事件の捜査に協力していただいたのですもの。
あいにく両親は事件の対応でご挨拶出来ませんが、2人に代わってお礼申し上げます」
「いえいえ〜、市民の、いやあたしは貴族の養女になったから王の臣ですか、とにかく当然のつとめですぅ。
特にあたしは【毒を見分け、その効果を知る】っていう加護を持ってますから、こういう時便利なんですよ〜」
そう、今日の夕方に公爵家から『屋敷で事件が起きた。是非セルティ様の加護のお力で、現場や近辺に毒がないか捜索していただきたい』という使者が来た時には驚いた。
とりあえずおっとり刀で(おっとりしてるんじゃなくて、大急ぎって意味ね)駆けつけた。
あたしの加護の力が知られているのか、屋敷に着くと警察が『どうぞどうぞ』という感じで現場やら被害者のご遺体まで見せてくれた。
こと毒に関しては、鑑識より素早く発見識別できるから警察も便利だろうけど、部外者に見せて問題ないの?
「それでラヴィル様は病死などではなく、間違いなく毒殺なのですね」
「そうです〜。
あたしの加護だと毒の名前や成分なんかは分からないんですけど、かなりの猛毒です。しかも即効性が高い」
「そうですか……。
しかも、誰がどのようにして毒を盛ったのか見当がつかないと」
あたしの舌足らずの(ウザいとも言う)喋り方にも慣れたもので、ヴィエリア様は普通に会話してくださる。
「はい〜。被害者のラヴィル様、この方のグラスの水に毒が入っていたんですけど、会場の他の飲食物からは全く毒が発見されませんでした。厨房や召使いたちも、できるだけ細かくチェックしましたが、やっぱり毒は発見できませんでした。
ご存じの通り、現場は庭園での立食パーティー。料理も飲み物もそれぞれご自分で取って召し上がる形式です。
まず謎のひとつ目。犯人はどのようにして被害者だけを狙ってグラスに毒を入れたのか。それとも誰でもよかったのか。
そしてふたつ目。被害者はガゼボに現れた時にグラスの水を飲みましたが、それ以降は飲み物に手をつけておられませんでした。
つまり即効性の毒なのに、グラスの水を飲んでしばらくしてから苦しみだして亡くなったことになります。このタイムラグは何なのか?
現状では全く不明です」
さて、このあたりであたしの素性について語っておいた方がいいだろう。誰にだよ。
先ほども述べたが、あたしはオスビエル男爵の養女セルティ。16歳。ローズピンクの髪と緑の瞳、小柄で可愛い系の、溌剌とした美少女だ。自分で言うのも何だけど、客観的事実だから問題なし。
父はオスビエル男爵家の遠縁の貴族だったが、なんやかやあって(主に経済面)貴族籍を抜け、ダンジョン潜り専門の冒険者になり(なんでやねん)、女性冒険者と結婚した。
それで生まれたのがあたし。
ややこしいことに、あたしにはいわゆる異世界転生知識があった。
この世界にはごく少数ながら、『地球』なる異世界の情報を受信する人間、『異世界転生者』という者たちがいる。地球、それも20世紀から21世紀あたりの日本人の一般的と思われる知識。生活様式とか言葉とか歴史とか。
あくまで『異世界(地球)の情報を受信している現地人』であって、本当に異世界から転生してきたわけじゃない。日本に生きた特定の人間の記憶があるわけでもない。
レアな存在ではあるけど、まあ過去の異世界知識持ちがあらかた知識チートを振るっちゃったらしいから、もう特に有利な要素はないかな。
そこに、さらにややこしいことに15歳の時、つまり1年前に、神様から加護という名のユニークスキルを授かってしまった。
加護は【毒を見分け、その効果を知る】。
加護持ちというのもこれまたレアキャラだが、別に全員が聖職者になるわけでもない。そこは自由。
ただ変な話、その国に何人加護持ちがいるかというのは国家のアピールポイントであり、国威発揚になる。だから貴族にとっても、加護持ちを雇ったり養子にすることには意義がある。
父がオスビエル家の縁者だったため、男爵の養女になってはという打診を受けた結果。
『平民だったが聖なる力に目覚め、男爵の養女となった転生知識持ちピンク髪美少女』というありがちなキャラが、ここに爆誕したのだった!
……いや、我ながら設定積載荷重オーバーだろ。
「お食事中にふさわしい話題ではございませんでしたわね。ごめんあそばせ。
まだまだお料理は用意しております、遠慮なく召し上がって」
「ありがとうございます、おかげさまでお腹いっぱいです〜」
その言葉に応じて、周囲の召使いたちが素早く料理の皿とカトラリーを片付け、菓子を載せた皿やお茶を準備していく。
さすが公爵家の召使い、優雅かつ手際がいい。
「わざわざ大広間で、こんな立派なおもてなしをしていただいて恐縮ですぅ」
「セルティ様はその加護のお力と明晰な頭脳で、グラスト殿下毒殺未遂事件を見事に解決なさったお方。
内向きの食堂にお通しなどしたら、わたくし両親に叱られてしまいますわ」
そういう事件もありましたね〜(遠い目)。
あの事件も婚約破棄騒動から始まり、まあまあの修羅場で幕を閉じたんだけど、ヴィエリア様の中では美しい思い出に改竄されているようだった。最初に騒動を引き起こしたあたしとしてはありがたいけど、いいのかそれで。
卓上に並べられている調味料入れやカトラリーを眺める。
あの船の形を模した砂糖入れ、銀に宝石を象嵌している。石のカット技術からしても、百年以上前の由緒ある品と見た。
こっちのデカンタとグラスのセットはガラスじゃなくて水晶を削ったもの。この大きさでこの透明度、加えて精緻な彫刻となると家宝レベルかな。
加護持ちとはいえ男爵家の娘に対して、こんな大英博物館にでも展示していそうな国宝級の品々で接待してくるということは。
「実は、セルティ様にお願いがありまして」
「ですよね〜」
そういうことですよね〜。何か追加でお願いしてくる前フリですよね〜。
「セルティ様が明晰な頭脳をお持ちなのは、去年の秋の事件でよく存じております。
どうか、現場の毒の有無だけでなく、この事件の真相をも明らかにしていただけませんか?」
やっぱり〜。
「まあ前回は、たまたま上手くいきましたけどぉ、必ず解決するとは」
毒物を探すだけならともかく、犯人当てともなると解決できるかどうか分からない。できない可能性があることは、先に言っておいたほうがいい。変に期待させるのは良くない。
「自らの主催するパーティーでこのような事件が起こってしまい、母は大層お怒り……憂慮しております」
お怒りですか。お怒りなんですね。
まあ自分の家で殺人事件とか、公爵家の面目丸潰れだよな。早く解決しろと。
「貴族が殺害される事件ですから、王宮警察の担当ですよね。そちらにお任せしておけばいいんじゃないですか〜?」
「警察の方々も鋭意捜査なさっていますが、このような特異な事件に対応できますかどうか」
帝国産の薔薇水と檸檬を使った氷菓子をひと匙すくいながら、ヴィエリア様は憂いを帯びた眼差しをこちらに向けた。
女のあたしでも、何とか力になってあげたいと思うような儚げな表情。
「お力になりたいのはやまやまですけど〜、もっと情報がなければ推理のしようもありませんしぃ」
「父が警察のトップとお友達だそうでして、捜査資料は何なりと集められますわ」
おい。それ権力の濫用じゃないのかよ。
「それに捜査責任者はフリザーリュ家の親戚筋の方ですの。何かお知りになりたいことがあれば、そのおじさまにお願い……その方に意見を申し上げて調査していただくことも」
捜査責任者と知り合いなん?
しかもお願いって言ったな? 外部の人間に捜査情報を流してもらえるの? それって、刑事ドラマだったら権力を持った悪役がやるやつじゃん!? 公爵家こっわ!!
そういうツッコミは顔に出さず、あたしは可愛く困惑してみせた。
「でも〜、ご両親、つまり公爵夫妻の許可はいただいているんですか?」
「大丈夫、事件が解決すれば母は愁眉を開きますし、そうなれば父も許してくださいます」
「え、要するに事後承諾? ていうかご両親、あたしがここにいることもご存じない?」
現場臨場しちゃったこととか。今ゴージャスな飯食ってることとか。
「大丈夫、セルティ様のことは、公爵からわたくしに与えられた裁量の範囲内です」
大丈夫っていう言葉は、あんまり大丈夫じゃない時に使われがちという説があってですね。
「いかがです? わたくしどものお力になってはいただけませんこと?」
瞳をうるうるさせながら、こちらをひたと見つめるヴィエリア様。すごい目力。
いや、この方は第一王子の婚約者にして今を時めくフリザーリュ公爵のご令嬢。そんな人に圧をかけられたら。
「は、はい〜、あたしなんかでよければ、喜んで〜」
言うしかないだろ……!
ヴィエリア様の顔がぱあっと明るくなった。令嬢として抑制された上品な、でも興奮と歓喜が滲み出るような笑顔が花開く。
うわあ、綺麗でかわいいかよ。これ、半分は淑女教育で鍛えた社交的笑顔だよ。でももう半分は、心底喜んで、期待してくれてるんだよなぁ……。
しょうがない、やってみるかぁ……。
「ありがとうございます、セルティ様のご助力がいただけるのでしたら心強うございますわ!
もう夜も遅いことですし、今日はこちらにお泊まりになってくださいな」
「で、では、お言葉に甘えまして〜」
なんかもうそんな感じで、あたしはこの『婚約破棄序盤で毒殺事件』を解決する羽目になってしまったのだった。