19 誕生日プレゼント1
「セルティ様、ようこそおいで下さいました」
女伯爵シェリュア様のタウンハウス。そのエントランスホール。
さすがに公爵家ほど広々としていないけど、高い天井には絵が描かれ、艶出しされた寄木細工の床や磨かれた大階段など、美しく年代を感じる空間だった。
「お久しぶりです、ベッキラさん」
お迎えしてくれたのは、シェリュア様の侍女のベッキラさんだった。あたしは男爵家からメイドを連れているけど、この家の召使いは見当たらない。人手不足なんだろうか。
「恐れ入ります。召使いを大幅に削減いたしましたもので、至らぬところがございます」
あたしの視線に気づいて、ベッキラさんが頭を下げた。そうか、冷遇してきた召使いたちを解雇ざまぁしたのか。そりゃするよな。
「お久しぶりでございます。先日はシェリュア様の容疑を晴らしていただき、感謝の言葉もございません」
「いえいえ〜、ベッキラさんの証言のおかげですよ〜」
「セルティ様!」
あたしたちの声を聞きつけたのか、扉を開けてガーディス卿がホールに入って来た。
何か大きな物を抱えていると思ったら、花束とぬいぐるみだ。
「先日は有難うございました! もう何と申し上げて良いやら」
「お久しぶりです。ガーディス卿が着替えの持ち込みを阻止してくださったおかげですよ〜。
ところでそれは、シェリュア様へのお誕生日プレゼントですか〜?」
「ええ。セルティ様のアドバイスを参考にしました」
ぬいぐるみは、包装されていないむきだしの状態で抱えられていたけど……何というか、絶妙に可愛くなかった。
犬のぬいぐるみなんだけど、リアル路線で脚がぴーんと長く伸びている。そのくせ縫製技術や彩色の問題なのか、顔とか耳や尻尾とかが変に手抜きされているので、リアルとデフォルメの間の不気味の谷にハマりかけていた。
駄目じゃん。
「召使いではなくご自分でお持ちということは……プロポーズですか〜?」
貴族なら、普通は荷物は召使いに持たせる。あたしも今、男爵家のメイドたちに誕生日プレゼントを持たせて、後ろに連れて来ている。もう何でも使用人にやらせるんだよね、貴族って。
それを贈り物を自分で持って自分で異性に渡すというのは、まずプロポーズと思っていい。
「えっ!? ええ、はい、恐れ入りました、セルティ様に隠し事はできませんね」
顔を赤らめて声を上ずらせる。相変わらず乙女だ。
でも、そっか……。その可愛くないぬいぐるみで勝負するのか……。
最近まで平民だったから、貴族のおもちゃ事情を知らなかったんだけど……この世界のぬいぐるみがこんなに可愛くないと分かっていたら、絶対薦めなかったよ!
「シェリュア様との面会はセルティ様の後なのですけれど、ガーディス卿ときましたら、先ほどからずっとこの調子でして」
苦笑まじりにベッキラさんが説明してくれる。
「あっ、そうなんですか……。健闘を祈ります……」
玉砕したら、骨はベッキラさんに拾ってもらってくれ。
というわけで、ガーディス卿より先に、あたしがシェリュア様とお会いできた。というか彼が来るのが早すぎだ。
「セルティ様。事後処理で遅くなりましたが、改めてお礼を申し上げます」
応接室で、シェリュア様がお辞儀をしてくださった。
食事を摂るようになったのだろう、事件の時よりはふっくらしている。ドレスや髪型も、現代風のおしゃれなものだ。
でも身内が殺人事件(自爆だけど)を起こすわ、ご自分が成人して正式に伯爵としての実権を持つことになるわで忙しいのか、相変わらず顔色が悪い。
あたしもお辞儀を返す。
「いえ、あたしが口出しせずとも、警察は事件を解決してくださったと思います〜」
「もしそうだとしましても、まさか1日で事件の真相を言い当てるなどできはしませんわ。
セルティ様、このご恩は忘れません」
いえいえ、そんなそんなと感謝と謙遜のラリーを続けながら椅子に座った。伯爵家のメイドさんたちがお茶とお菓子の準備を整える。うちのメイドたちも、サイドテーブルに荷物を置いて、包みを解き始めた。
「そう言えば、あの後あたしは学院の寮生活に戻ったんで、その後どうなったかよく分からないんですけど〜」
「ああ、そうでしたわね」
シェリュア様は一口お茶を召し上がり、砂糖と柑橘のピールを入れて味を調節した。
「父だけでなく、義母も母の殺害に関与したと確認されました。毒の入手などで父に協力したとか。
家臣による当主の弑殺は、基本的に極刑となります。国家の定めた秩序に対する反逆ですもの。
前当主エミリンの殺害、現当主であるわたしへの殺人未遂……2人とも死刑が確定しました。執行されるのも時間の問題です」
「そうですか」
……別にあたしは悪いことをしたとは思っていない。死刑は当然だとも思うし、何ならざまぁとも思う。
でも、自分の言葉で2人の人間が死ぬ。
それは重かった。
それが顔に出たのだろうか。
シェリュア様が立ち上がってあたしの横にひざまずいた。こちらを見上げ、両手であたしの手を取る。
「セルティ様、お気に病まないで下さい。貴女はすべきことをなさいました。母の無念を晴らし、わたしを冤罪から救って下さいました。
ありがとうございます」
あわわわ。女伯爵にひざまずかれてしまった!
「お立ちください、シェリュア様。大丈夫、貴女様のお役に立てて、とても嬉しかったんです」
慌てて笑顔を作る。あたしも大急ぎで立ち上がって、シェリュア様を立たせながらサイドテーブルにいざなった。メイドたちが脇に下がる。
「ほら、少し早いですけどお誕生日プレゼントです。ご覧ください」
鳥籠のような形状と大きさのオルゴール。
底の3分の1くらいがオルゴールになっていて、上部がガラスのドームになっている。
中にはドレスを着た少女の人形。地面に数羽、色鮮やかな小鳥たちが少女を囲んでいた。
「素敵ね。オルゴールですの?」
「ええ。絡繰りの魔道具になっていて、ここから魔力を流すと、ほら」
明るいメロディーが流れ、少女がくるくると踊り始めた。
ドレスにいくつも縫い留められた、砂粒ほどの真珠が光る。レースのように繊細な銀のティアラ。虹彩が美しいガラスの瞳。本物の羽を植えこんだ小鳥たちが、翼を広げたり閉じたりして興を添えた。
「まあ、なんて素晴らしいの。ありがとうございます、大事にしますわ」
感嘆した声だった。気のせいか涙ぐんでいた。
え、貴族だからこういうの見飽きてると思ってたんだけど。ひょっとして、誕生日プレゼントをもらったことがないとか……? 今までずっとドアマットだったから?
だとしたら、ああ、悪いことしたなあ。
これ、シェリュア様を追い込むメッセージとして選んだのに。
胸が痛むが、気に入ってはもらえたようだ。『こういう人形が欲しい』と注文をつけて義父に取り寄せてもらった甲斐があった。
「喜んでいただけて、嬉しいです〜」
そして、出来るだけ能天気で頭悪そうな口調で続ける。
「そうだ、家からお茶の葉を持って来たんです〜。
うちのメイドも付けますから、皆さんで淹れていただいてもよろしいですか〜?」
「…………?」
シェリュア様がいぶかしげな顔になる。
『お茶を淹れてきてくれ』は人払いを頼む時の定型文だ。実際に、茶葉をメイドに持たせてはいるけど。
「ええ。では皆、お茶をお願い。
呼ぶまで待機していて頂戴」
メイドたちが一礼して出ていった。
あたしたちは彼女たちが出ていったのを確認して、改めて椅子に座り直した。
「一体、どのようなお話がございますの?」
即答はせずに、あたしは踊り続ける人形を見た。
「綺麗な踊りですよね。あのお人形は、自分が誰かの魔力を流されて踊ってるだけだなんて知らないですよね。きっと、自分の意志だと思ってる」
シェリュア様はあたしを見ている。
「シェリュア様は『犯人の操り』という言葉をご存じですか?」
「?……いいえ」
本当だろう。あたしも元冒険者だ。あのおばさまメイドほどじゃなくても、相手の身体の動きで反応は読める。
「あたし、不思議に思ったことが色々あるんです」
お茶を一口飲む。馥郁とした香り。苦味が少ないから、後から果物の皮やハーブを加えて味を変えられる。
「ヴィエリア様のお茶会の時、コーヒーをいただきました。とても貴重なもので、あたしたちが飲むのは生まれて初めてでした。
でもシェリュア様、召し上がる前に砂糖をふた匙入れましたよね。
紅茶は味を確認した後でフレーバーを足したのに。
まるで、飲む前からコーヒーがどのくらい苦いのか、ご存じだったみたいに」
「え……?」
一瞬、シェリュア様の身体がこわばった。
「それはヴィエリア様が、前もって苦いとおっしゃっていたから、適当に」
「そして飲んですぐ、『香辛料を入れているのか』とお聞きになった。
どうしてそれが本来の味だと思われなかったんですか?
自分の記憶にあるコーヒーの味と違ったから?」
「あらかじめフレーバーを入れてある紅茶もありますから、同じことなのかと」
「シェリュア様」
女伯爵に対して無礼ではあるけれど、あたしはやんわりと遮った。
「『コーヒー』とは何なのか、お聞きにならないんですね」
「…………」
シェリュア様の身体が再びこわばった。
間違いない。
「貴女方義姉妹のうち、異世界知識を持つのは、ラヴィル様ではありませんでした。
シェリュア様だったんですね」