18 晩餐と謎解き5
「元々シェリュア様を害する計画が成功しても、すぐそばにいたラヴィル様が身体検査される可能性はありました。
貴族ですから断ることができるのですが、凶器である瓶を彼女から遠ざける方法を用意した方がいい。
それがお揃いのシャトレーンと瓶、それに扇です。
2人の気付け薬瓶のデザインは同じです。ただし夫人の瓶は魔道具ではなく、普通の気付け薬を入れていました。扇は夫人のものは冷風のみ、ラヴィル様の方は冷風と瓶を吸い寄せ固定するもの。術式に違いがあります。
夫人は魔道具を使えませんが、後で説明するトリックのために、魔道具を用意していました。
ラヴィル様が亡くなった後、夫人はご遺体に縋り付いて号泣。ハーバルク卿は激昂してシェリュア様に飛びかかる。この時、ラヴィル様のグラスを倒します。
この時点では、グラスに毒は入っていませんでした。
皆の目がハーバルク卿に向いた隙に、夫人はラヴィル様の気付け薬瓶と扇を、自分のそれと交換しました。
シェリュア様がその場を離れて、ハーバルク卿は多少落ち着きます。彼は夫人をなだめる風を装って、ラヴィル様から夫人に渡った毒入り瓶を受け取る。
ハーバルク卿がやや冷静になったので、皆の目は今度は狂乱した夫人に向かっています。その隙に彼は倒したグラスの中に、瓶の中の毒を注ぎます。こぼれたグラスの水たまりにも。
こうして毒がグラスに入っていたように偽装しました。
彼がこの時点でどこまで考えていたかは分かりませんが、これによってシェリュア様や給仕なども、容疑圏内に入ることになりました。
その後ハーバルク卿は、こっそり瓶を夫人に返します。
この間、夫人のシャトレーンには気付け薬瓶が付いていなかったのですが、シャトレーンには他にも豆手帳や時計が下がってます。なくてもそれほど目立ちません。
結果的には、誰も気がつきませんでした」
とはいえ、おばさまメイドあたりの手練れがその場にいたなら、ラヴィルがこっそり毒を盛ろうとしたのも、ハーバルク夫妻が瓶をやり取りしたことも見破っただろう。
そういう人間が現場に居合わせなかったのは、彼らにとって幸運ではあった。
「その後は計画を調整、シェリュア様をラヴィル様殺害の犯人にしようとします。上手くいけばシェリュア様は逮捕されて爵位を失い、ハーバルク卿が次の伯爵になります。
ラヴィル様が亡くなったのは本当に辛かったでしょうが、自分たちの保身のためにも計画を続行せざるを得ませんでした」
長台詞でくたびれた。まだ続くけど、いったんお茶を飲んで休憩。
クリフォス卿がティーカップを置いて口を開いた。
「セルティ様の推理を裏付ける証拠もございます。ラヴィル嬢の口腔内には毒が付着していませんでした。
すなわち彼女はメッキ毒を飲んでおらず、発生した毒の気体を吸ったことによって亡くなったということになります。
さらに、ラヴィル嬢とハーバルク夫人の気付け薬瓶を調査しました。
夫人の所持していた毒の瓶には、扇と対になる術式が刻まれていました。セルティ様のおっしゃった通りの魔術です。
さらに夫人とラヴィル嬢の扇からは、どちらも夫人とラヴィル嬢の指紋が、そして毒の入った気付け薬瓶からは、夫婦とラヴィル嬢、そしてミーティン卿の指紋が検出されています。
介抱のために現場で瓶を使用したミーティン卿はともかく、女性の装飾品にハーバルク卿の指紋まで付いているのは不自然です。
ハーバルク卿夫妻とラヴィル嬢が事件に関わったことの証拠に他なりません」
「指紋とは、何ですかな?」
不思議そうな公爵夫妻に、クリフォス卿が指紋の説明をしてくれた。食べ終わったからか、やっとまともに起動し始めたようだ。
「なるほど、そのような捜査方法があるのですな」
「はい」
あと、何か説明することがあったかな?
「セルティ様、ハーバルク夫人の身に付けていた気付け薬瓶を、その、拝借なさったそうですが?」
「そうでしたね〜」
ヴィエリア様はおしとやかな言い方をなさったけど、あからさまな窃盗である。
なんだけど、事件解決に繋がったからか不問に付されるみたい。助かった〜!
「さて、夫妻としては一刻も早く凶器となった気付け薬瓶を処分したかったことでしょう。
中身はラヴィル様のグラスに空けましたけど、メッキ毒が内側に付着しています。見つかれば言い訳できません。
伯爵家のタウンハウスに帰れば、何なりと処分できたでしょうが、彼らは警察と公爵によってこの屋敷に足止めされました。
泊まることになったから、タウンハウスから着替えを持って来てもらう。その時に気付け薬瓶を伯爵家の召使いに渡し、処分するよう命じておく。
……となれば良かったんですが、ガーディス卿──シェリュア様の秘書ですが──彼の嫌がらせ、じゃなくて働きかけによって着替えが来ませんでした」
ガーディス卿マジでナイス。
彼らの着替えの持ち込みを許したら、そこで気付け薬瓶を処分されるところだった。
「夫妻は、自力で瓶を何とかしないといけません。
誰も見ていないところで瓶に水を注いで毒を洗い流す。そうすれば証拠隠滅はできますが、これが意外に難しい。
まず水を調達する必要がありますが、貴族なんですから召使いに頼むしかありません。自分で厨房なんかに行ったら目立って仕方ありません。
洗面用の水。食事の時のフィンガーボウル。あるいは飲み水。全て公爵家の召使いが持って来て、回収していきます。伯爵家の息のかかった召使いなら証拠隠滅の手伝いもしてくれそうですが、他家ではそうもいきません。
水を持って来させてから、いったん召使いを下がらせることはできます。そしてその水で瓶の中身を洗うことも。
でも、その毒の混じった水はどうしましょうか?
洗面用の水で洗って、それをそのまま使用人に下げさせる?
メッキ毒の危険性は予想以上でした。自分や使用人が毒を吸って倒れるかもしれません。そうなったら毒の所持がバレて、逮捕されます。
トイレに捨てる? トイレは下水道じゃない、猫トイレみたいな砂の入った箱です。そしてその箱は使用人が片付けます。
窓から外へ捨てる? 外は警察官がうようよしています。捨てる瞬間を目撃されたら怪しまれますし、捨てた水を調べてメッキ毒が検出されたら逮捕確定です。
庭に噴水がありましたね。でも噴水は事件後に、捜査のために水が抜かれていました。使えません」
夫妻と噴水の近くで会ったのは多分偶然ではない。瓶を洗えるところを探して庭に出たのだろう。そこでガーディス卿に出くわして、文句を言っていたんだと思う。
とにかく、貴族が家の中で水を調達してこっそり捨てるのは難しい。まして、警察官のうようよしている他の貴族の屋敷となると無理ゲーだ。
このあたりは平民上がりのあたしより、生粋の貴族である公爵一家の方が理解できるのだろう。皆うんうんとうなずいている。
「夫人は今日、ドレスに似合わないのにシャトレーンを付けていました。
貴族は令状がない限り、警察の身体検査や探知魔法を拒否できます。部屋に瓶を置いていれば、こっそりガサ入れ……部屋を捜索される恐れがある。身に付けていた方が安全だと彼らは考えたからです。
つまり、夫妻は気付け薬瓶の中を洗えていない。
あたしはそこに賭けました。
瓶を処分される前に奪って、毒の存在を確認しました。
説明は以上です」
ふう。長い説明は終わった。
「セルティ様……お見事ですわ。本当にセルティ様をお呼びしてようございました」
ヴィエリア様がキラキラした瞳でおっしゃった。
「いやまったく、事件をたったの1日で解決に導いて下さるとは。感嘆と感謝の念に堪えません」
公爵がうなずく。
「ええ。犯人が判明するまで、他の家は皆パーティーの延期を考えておられましたのよ。誰がどのようにして毒を盛るか分かりませんもの。
ですが、その恐れはなくなりました。王国の全ての貴族の感謝は貴女のものですわ」
夫人も熱心におっしゃった。
「恐れ入ります。でもハーバルク卿夫妻の自白はまだありません。違うところもあるでしょうけど……」
「些細な誤差はあるかもしれませんが、大筋はセルティ様のお考えの通りでしょう。王宮警察からも感謝をお伝えいたします」
クリフォス卿が紅茶のカップを置いて言う。
人好きのする笑顔を浮かべていた公爵が真顔になり、あたしに向き合った。
「貴女の功績は物に換算できるようなものではないが、私としても何か報いずにはいられない。何なりとおっしゃっていただきたい」
え。ええ〜。突然言われても。
「いえ、別に何が欲しいということもないんですけど」
『2兆円くれ』とかは駄目だろ。円じゃないけど。
「無欲なことだ。とは言え確かに、急に言われても思いつきませんでしょうな」
あたしはにっこりしてみせた。できるだけ無邪気に見えるように。
「じゃあ、またお茶会にお呼びしていただいても?
ヴィエリア様とのお話は本当に楽しくて。
それにお菓子もお料理も、とても美味しいんですもの!」
その後、先代女伯爵エミリン様のご遺体から毒が検出され、謀殺であることが確認された。
自白したハーバルク夫妻によって、あたしの推理はほとんど全部正解だったことも分かった。
シェリュア様を殺害するつもりはなかった、冤罪を着せるだけだったと彼らは主張したらしい。
けどメッキ毒なんて猛毒を持ち出してきてそれは通用しない。殺人未遂で裁かれるとのこと。
元婚約者のマリエス・ミーティン。彼は事件には関与していなかったとしてお咎めなしだったけど、社会的にはそうはいかなかった。公爵家のパーティーをぶち壊した上に、知らなかったとは言えラヴィルを毒で死なせてしまったのだから。
当然彼有責の婚約破棄。さらに奴を甘やかしてきた父侯爵に対して、年の離れた長男がついにブチ切れる。
父親を引退させて僻地に閉じこめ、自分が侯爵位を継いだ。今は事件の尻拭いに駆けずり回っているらしい。
……長男はまともだった。強く生きて!
公爵家からは、追加でなんやかやと謝礼が贈られてきた。宝石商や仕立て屋がやって来て、向こうのツケで買っていいんだと。豪快だな。義父も謝礼をもらったそう。
でも最大の報酬は、公爵とのコネができたってことだ。
でもまあ、その辺は親同士の問題になってくる。義父には上手くやっておいて欲しい。
そして春の休暇が終わり、学院生活を送っていたある日。
義父を通して申し込んでいた、シェリュア様との面会が叶った。
犯人「やることが……やることが多い……!!」