17 晩餐と謎解き4
デザートは、ブランデーを入れたパウンドケーキ。シロップに漬け込んだカットフルーツも添えてある。
ケーキは焼いた後にフルーツと同じシロップを染み込ませていて、しっとりとした甘みと苦みが広がる。
シロップは前もって香辛料や香草を浸しておいて、香りを移したもの。複雑な香りが鼻を抜けていった。
「素晴らしい。このブランデーの熟成……15年、いや20年以上か……これほどの酒を惜しげもなくケーキに使うとは」
クリフォス卿が「すばら」と言ったあたりでシェフが給仕に目配せし、給仕はワゴンに載せてあったケーキをあらたに切り分けはじめた。学習能力が高い。
「恐れ入りました、おっしゃる通りでございます。もう一皿いかがでしょうか?」
「有難くいただこう」
コース料理のデザートをおかわりする奴を初めて見た。
食後のお茶を飲み、皆が注目する中で、話す順番を考えながらあたしは口を開いた。
余裕の笑みを浮かべているけど、内心はすごく緊張している。うう、胃が痛い。異世界の名探偵たちは何でみんな平気なんだ。
「何故、ラヴィル様が亡くなったか。気付け薬瓶を口元にもっていくところまででしたね。
先ほどあたしは、メッキ毒を水に溶かして瓶に入れてあると言いました。
ところがメッキ毒は水や酸と反応して、猛毒の気体を発生させます。酸の方が反応が強いそうですが、水に溶かしても気体は発生するんです。
だから気付け薬瓶の中は、猛毒の気体が充満していました。
しかも扇は同時に冷風を送っています。その瓶を開けて、口元に持っていけば。
冷風と共に毒の気体が顔に吹き付けられ、まともに吸い込んでしまいます」
一同が息を呑んだ。
「毒を吸って、ラヴィル様は倒れます。
さらに間の悪いことに、ミーティン卿が介抱のために彼女を抱き起こし、気付け薬を嗅がせました。それもラヴィル様が取り落とした、シャトレーンの気付け薬瓶を使って。
彼は良かれと思ってしたことですが、それにはまだ毒の気体が残っていた。
それを追加で吸い込んだラヴィル様は、ついに亡くなってしまったのです」
公爵家の人たちだけでなく、シェフや給仕たちまでどよめいた。
彼女のドレスには、点々と毒の混じったしみが付いていた。あたしは最初、グラスの毒入り水が飛び散ったものと思っていたけど、実際は気付け薬瓶を取り落とした時に瓶の中の水がこぼれたものだろう。
「何ということ……。ではラヴィル様は、シェリュア様を陥れようとしたと。
それが逆に毒の扱いを誤って、ご自分が亡くなってしまったということですの?」
ヴィエリア様が、さっくりとまとめてくれた。
「そうです」
異世界の青酸カリが、これほどの毒性があるのかは分からない。コーヒーとピピンキシのように、どこか違うのかもしれない。
彼らは異世界の知識だけで、安易に毒を扱うべきではなかった。
「では婚約者のミーティン卿は、犯人の一味ではなかったと?」
今度は公爵が尋ねてきた。
「はい。共犯なら、ラヴィル様の気付け薬瓶を彼女に使うはずがありません。
それに彼は、事件のヒントを教えてくれていました」
「ヒント?」
「はい。ラヴィル様を介抱する際、『甘い香りがした』と証言なさったのです。
気付け薬を使っていたんですよ? まず薬の、アロマオイルと酢のきつい匂いがしたはずです。でもそれには触れず、メッキ毒の甘い香りだけに言及しました。
なぜなら瓶に薬は入っていなかったから。代わりにメッキ毒が入っていたからです。だから気付け薬の匂いに甘い毒の香りがかき消されなかった。
ミーティン卿はラヴィル様に利用されて婚約破棄騒動を起こしましたが、犯行については全く知らされていなかったのです」
ハーバルク夫妻とラヴィル(もう敬称略でいいだろう)は、結局のところミーティン卿を共犯にするほど信頼してはいなかったんだろう。
ラヴィルは彼をキープしつつ、他にも金持ちのイケメンを物色していた。より良い物件がゲットできれば切り捨てるつもりで。その程度の『好き』だったわけだ。
ラヴィルが亡くなった次の日にあたしを部屋に引きずり込もうとしたミーティン卿。ある意味お似合いのカップルだったのかもしれない。
「でも、セルティ様がご覧になっても、ラヴィル様の気付け薬瓶に毒は入っていなかったのでしょう?」
「それも、トリックです。
ラヴィル様が倒れた時、両親は衝撃を受けたことでしょう。と同時に、彼女がメッキ毒の扱いに失敗して亡くなったと察した。
ラヴィル様のシャトレーンの気付け薬瓶には毒が入っています。これが警察に見つかれば、自分たちの犯罪が明らかになってしまう。
娘の死が悲しいのは事実ですが、保身のために、事実を隠蔽しないといけない。
だから彼らは行動しました」