16 晩餐と謎解き3
「夫妻とラヴィル様は、メッキ毒にある魔道具を組み合わせることを思いつきました。
魔道具。それはシェリュア様の開発した扇です」
それから簡単に、お茶会でシェリュア様に見せてもらった魔道具の説明をした。
扇は対になる豆手帳を磁石のように引き寄せること。追加で、手帳のページをめくるような簡単な動きをさせられること。
「魔道具とは、道具に術式を刻んで一般の人でも魔術を使えるようにした物。魔術師なら、元になる術式があれば複製や改造ができます。そして伯爵家のタウンハウスにも、お抱えの魔術師がいるはず。
ラヴィル様は以前、シェリュア様から扇と豆手帳の魔道具を取り上げたことがあります。
そしてハーバルク卿夫妻は魔術師にこの魔道具を解析させて、他の扇と装身具に複製、改造させたのです。ただし扇と豆手帳ではなく、扇と気付け薬瓶がセットになるように。
メッキ毒は飲食物に混ぜやすいように水に溶かしておき、魔道具に改造した気付け薬瓶に入れます。その瓶はシャトレーンに付けて、腰から下げます。
でも、いきなり相手の飲食物に毒を入れるのは難しい。
彼らも練習してみて、その難しさに気付いたのでしょう。シェリュア様と対面すればずっと見られることになりますし、パーティーだから他にも人目があります。
実際の段取りはこうです。
ミーティン卿が婚約破棄宣言を始めます。当然周囲の耳目は彼に集中します。
その隙に、ラヴィル様は扇の魔道具を広げて瓶のあたりまで下ろし、発動させます。すると磁石のように気付け薬瓶が引き寄せられます。
手の届く腰あたりの高さまで持ち上げたら、扇で隠しつつもう片方の手で蓋を開ける。瓶の口は片手で開けられる構造でしたし、術式の効果で瓶は常に口を上にしていますから、中身がこぼれることもない。
そのまま瓶を扇の裏に隠しながら、自然に顔、それも口元まで持っていく。
……オリジナルの扇は、ここで術式をさらに作動させると手帳のページが自動的にめくれるようになっていました。
その要領で、瓶が口元の方へ傾くように術式を仕立て直していたのです。
ラヴィル様は魔道具の扇で口元を隠しながら、こっそり気付け薬瓶に入れた毒を口に含む。
そしてご自分のグラスを取り、飲むと見せかけて逆に口の中の毒を水の中に吐き出す。
そうやって、グラスに毒を盛るという計画でした」
公爵家の方たちは、しばし無言でトリックの把握につとめていた。
クリフォス卿はシリアスな眼差しで次の料理を物色している。彼は一体何しに来たのか。
「……ですが、ラヴィル嬢が危険ではありませんかしら? 飲みこまねば無害とはいえ、一旦口に含むのですもの。両親が愛娘にそのようなことをさせますでしょうか。
親ならば、せめて自分が代わりにと思うものでございましょう?」
夫人が眉をひそめながらあたしに質問してきた。
「はい。確かに親の気持ちとしてはそうでしょう。ですが、他に選択肢はありませんでした。
扇で口元を隠す必要がある以上、男性であるハーバルク卿はこのトリックを使えません。
次に夫人ですが、彼女は魔道具が使えません」
場がわずかにざわついた。今、給仕たちまで声が出たよね……。
「何故そのようにお考えを?」
「今日は春の陽気が強く、扇を使うほど暖かい日でした。
あたしが夫人にお会いした時、あの方はこう、ぱたぱたと扇であおいでおられました。今は魔道具の扇で冷風を送るのが流行なんですよ? 何故そうしないのでしょう?
貴族が魔道具を使うようになったのは最近です。夫人は大人になってからの魔力操作が身につかず、魔道具が使えなかった。
だからこのトリックは使えませんでした。ラヴィル様が行うしかなかったのです」
「なるほど。そこは理解できました。
ですがその手法ですと、単にラヴィル嬢のグラスに毒を入れるだけですな? どのようにして、女伯爵シェリュア殿を亡き者にできますかな」
さあ、そこだ。
「ここからは、かなりの部分があたしの想像になります。
まずパターンの1つは、この毒入りグラスをシェリュア様のそれと交換するというものです。ラヴィル様は給仕に『彼女と同じ物を』と注文していますから、中身は同じです。
シェリュア様はそれを飲んで死亡。
前もってハーバルク卿は家令を通して、昔に取り上げた毒の指輪をシェリュア様に返しています。指輪の返却は家令の好意ではなく、この計画の一部でした。
それをシェリュア様は身につけておられますから、指輪の毒を自分に使って亡くなったと判断される。
シェリュア様の自殺ということで幕を閉じます。完全犯罪成立……という読みだったのでしょう」
とはいえ毒の指輪に毒の痕跡がなかったために、不可能犯罪っぽくなってしまったんだけど。
シェリュア様はお茶会で、『返却された指輪は薄汚れていたので磨き直した』とおっしゃっていた。返す前に指輪に毒を付着させておき、彼女が毒を盛ったように見せかけるつもりだったのかも。
綺麗に磨いちゃったんで意味なかったけど。
「自殺? パーティー会場で彼女が自殺するという筋書きは、無理がありませんかな?」
公爵が質問し、夫人とヴィエリア様が同意するようにうなずいた。
「そのための婚約破棄です。
ミーティン卿はあらかじめラヴィル様に、パーティー会場でシェリュア様に婚約破棄宣言をするようそそのかされていました。
シェリュア様は愛する人から婚約破棄を伝えられ、絶望のあまり衝動的に毒の指輪の毒を飲み物に入れ、自害するのです」
「「………………」」
みんなやめて!『お前何言ってんの?』みたいな目でこっち見るのやめて!
「はい? ミーティン卿と婚約破棄できるなら大喜びではありませんこと? どうして自害などなさいますの?」
ヴィエリア様が心底分からないという顔で訊いてきた。
それには同意するけど!
「違うんです! あたしの考えじゃなくて! ミーティン卿やハーバルク卿夫妻が、そう考えたということです!
彼らはシェリュア様がミーティン卿にベタ惚れだと思い込んでいました。だから、婚約破棄はシェリュア様が自害する動機になると思っていたんです。
ただ、このトリックは問題山積です。
バレないように交換というのが難しい。
交換しても、お二方の口紅の跡のあるなしで入れ換えがバレる可能性がある。
さらに、婚約破棄宣言をされた後に飲み物を飲むかどうか微妙。飲食どころではなくなりますから。
そこで、2つ目のパターンとして考えられるのが、シェリュア様の毒殺から他の筋書きに切り替えるというものです。ここまで毒殺毒殺と言っておいて何なんですけど。
すなわち『シェリュア様が、ラヴィル様を毒殺しようとした』という冤罪を着せること。
元々ラヴィル様はシェリュア様に虐げられているという噂を流して、それがまあまあ信じられているそうです。その延長線上にある作戦ですね。
婚約破棄宣言時にラヴィル様が自分のグラスに毒を入れ、
『おかしな匂いがする。義姉が婚約者を奪われた嫉妬から毒を盛った』
と騒ぐ。
実際に毒が入っていて、シェリュア様は毒の指輪を嵌めておられる。
ラヴィル様はシェリュア様の元へ行くと、水を飲んでいました。この時点で自分のグラスに毒はなく、この後シェリュア様が毒を入れたという根拠になります。冤罪の布石とも取れます。
いくら伯爵でも、義妹への殺人未遂となれば逮捕、爵位を失うことでしょう。そして父親のハーバルク卿が伯爵位を継ぐ。このパターンでも、彼らの目的は達せられます。
さらにこれは殺人ではないので、ラヴィル様の心理的なハードルが下がる……え〜と、罪悪感を減らせます。まあ社会的に殺すには違いないんですけど。
結果的には、ラヴィル様が計画の途中で亡くなってしまったので、どちらのプランだったのかは分かりません。
どちらのプランも実行できるように準備して、状況によってアドリブで対応するつもりだったのではないかと思います」
成功すれば効果が大きいのは、グラスをすり替えて毒殺してしまうこと。死人は反論できないから、そのまま自殺として事件の幕引きをはかれる……犯人目線では。実際は動機が不自然極まりないけど。
もう一方の冤罪作戦。人はネガティブな情報に強く反応する。不仲の義姉が義妹に毒を盛ったと騒げば、周囲もそれを信じた可能性はある。
成功率で言うなら後者だろう。
あたしがジュースを飲んで喉を潤している間、しばらく沈黙が続いた。皆、情報を反芻している。
クリフォス卿は上品に肉のパテのパイ包みを片付けていた。あれは肉の密度が高くてだいぶお腹に溜まるんだけど……捜査官って、食い溜めができないと駄目とか?
「ですが実際には、ラヴィル嬢が亡くなりました。一体何が起こったのでしょう?」
ややあって公爵がおっしゃった。
「次は、その説明にまいりましょう。
でもその前にすいません、デザートをお願いできます?」