15 晩餐と謎解き2
「残念ながら、この犯罪にはラヴィル様も関わっておられました。
シェリュア様が成人すれば彼女もざまぁ……報復されるのですから、犯罪を犯してでも、となったのでしょう。それは、後々の証拠からも明らかになります。
では具体的にどうするか。
例えば、シェリュア様が領地と王都を行き来する時に、野盗に見せかけた殺し屋に襲わせる。
これは無理です。
この移動ルートの近くには、魔物の生息域があります。そのためシェリュア様は、精強な傭兵を雇って護衛をさせている。生半可な暗殺者では返り討ちに遭います」
「そもそも伯爵の馬車が襲われれば、王宮警察は真っ先に謀殺を疑います。大量の現金や高価な品を輸送する馬車ならまだしも、貴族の馬車を狙うなど今時ありません」
クリフォス卿が補足してきた。魚のムニエルの卵黄ソースがけを食べている。いつの間に取り分けたんだ。
「夫妻が選択したのは、毒でした。
パーティーでシェリュア様に毒を盛ることにしたのです」
「パーティーで……? 何故そのような目立つ場所で? こう言うのも何だが、家族を毒殺するなら人目につかない自宅などではないだろうか?」
公爵が困惑気味に聞いてきた。あたしはうなずく。
「そういうイメージはありますね。ですが、シェリュア様とご家族は別居なさっていました。
シェリュア様が普段いらっしゃる領地の屋敷。そこの召使いは皆彼女の味方です。ハーバルク夫妻は完全にアウェイ……え〜と、地の利がありません。
では王都のタウンハウスに来られた時は?
シェリュア様は、連れて来た召使いと共に離れにお住まいになります。食事も、彼女の召使いが食材を調達して調理と給仕をします。婚約者とのお茶会でも、です。
ここでも毒を盛る機会はありません。
では、両者が一堂に会して飲食する機会はどこか?
社交シーズンの始まったパーティー会場しかないんです」
聞いていた人たちから、「おぉ……」みたいなため息が漏れた。周囲の召使いたちは直立不動だけど、耳をそばだてているのが分かる。
ちなみに、『前もって離れに致死的なトラップ(ベッドのマットレスに毒針を仕込むとか)を仕掛ける』も多分通用しない。
ベッキラさんは離れに入る時、『傭兵と召使いとで離れの大掃除』をすると言っていた。
掃除を傭兵がする、それも召使いより先に傭兵と言う……これはトラップ解除をしていると思っていい。程度は分からないが、過去にそういう嫌がらせがあって、その対策をしているのだろう。
外聞が悪いから、ベッキラさんははっきりとは言わなかったけど。
「とは言え、衆人環視の中で毒を盛るというのは至難の業です。何かしら工夫が必要になる。
しかも他の家が主催するパーティーですから、伯爵家の子飼いの召使いは入り込めない。
自分たちで毒を盛るしかありません。
それで思いついたのが、メッキ毒を利用することです。
ラヴィル様の異世界知識によると、メッキ工場は猛毒を扱っているらしい。しかもその毒は、飲み込むと死ぬけれども口に含むだけだと無害。
もちろん異世界とこちらの世界は違います。でも調べてみると、こちらの世界にも同じような性質の毒物が存在することが分かりました。
彼らは視察と称して工場に行き、首尾よくメッキ毒を入手します。まあ自分じゃなくて使用人にやらせたんでしょうけど。
使用人も大変だ……」
遠い目になってしまう。
「しかし……いかに何でも大胆に過ぎませんかな? 我が子を殺害するという発想にしても、パーティーという人目の多い場所で殺害を図ることにしても。
いかがでしょうか、クリフォス卿?」
ワインのグラスをゆったりと転がしながら公爵が言う。あたしが喋りっぱなしだから、彼に振ってくれたようだ。ざまぁ。
クリフォス卿が軽くナプキンで口を拭いた。幸いその問題はクリフォス卿が推理した部分なので、彼が説明した方がいい。
よし、今のうちに鴨を食べてしまおう。
「犯行の大胆さについては、我々警察も疑問に思いました。
しかし犯罪者というものは、一度成功すると味を占め、慎重さを失いながら犯罪を繰り返すものです。我々は、彼らが過去にも殺人を犯したことがあるのではないかと考えました。
すなわち、先代女伯爵エミリン様は、彼――アムルード・ハーバルクに毒殺され、病死として処理された。
犯罪の成功に気をよくした彼は大胆さを増し、より困難な状況での殺人に手を染めたのではないか。
これが、警察がセルティ様の推理を元に導き出した仮説です」
「「!」」
驚きに息を呑む公爵一家。
クリフォス卿はくいっと眼鏡を押し上げて話を続けた。
どうでもいいけど、眼鏡キャラ御用達のあの動作、今頃になって出してくるんだ……。
「でも、エミリン様は癌で亡くなったとうかがっていますわ」
「毒の中には、癌のような重篤な病気を引き起こすものもございます。伯爵家に治療師がいながら悪化の一途を辿ったのは、元々の原因が病でなく毒だったからではないでしょうか。
毒に気づかず病気だけ治療しても、対症療法でしかありません。治らないのも無理はない」
公爵夫人の言葉に冷静に返すクリフォス卿。
「さらに女伯爵シェリュア様の証言にも、それらしき箇所があります。
夫婦の仲は冷え切っていたにも関わらず、ハーバルク卿はたびたび屋敷に戻っていたとのこと。女伯爵に毒を盛るためとも考えられます。
無論実行したのは彼の息のかかった召使いでしょうが、その采配のために屋敷へ通う必要はあります。
また母君エミリン様から引き継いだ毒の指輪。
それを奪ったのは、ラヴィル嬢ではなくハーバルク卿です。
彼が奪いたかったのは、指輪でなく、中に入れたエミリン様の遺髪であった。
髪に蓄積する毒もありますから、万が一にも鑑定されることを恐れたのでしょう」
「だが、それらはあくまで状況証拠、いや証拠とも言えない仮定の話に聞こえるのだが」
「エミリン様の墓を掘り返す許可を裁判所に申請します」
おお……というため息が、再び一同からもれた。
ここであたしが割り込む。
「あたしは加護の力でラヴィル様のご遺体を拝見して、何の毒で亡くなったか分かりました。
なら、エミリン様のご遺体を拝見しても、毒があるかどうか、あればその種類まで分かるはずです。
たとえ6年前のものであっても」
「セルティ様! 貴女は貴族令嬢であり加護を持つ方、そこまでなさらなくとも……!」
心配そうな声を上げるヴィエリア様。
まあ6年前の遺体を見るって、ねえ。
「お気遣いありがとうございます、ヴィエリア様。
でもあたしは平気です。それにあたしの加護の方が、素早く正確に分かるんです」
「それに毒が存在して種類が特定できれば、その情報を元に捜査ができます。毒の入手経路、当時の召使いたちの尋問などですね」
イケボでキメながら、クリフォス卿はテーブルの貝ときのこの香草バター炒めをチラッチラッと見た。
それを察した給仕が『いやまだ食うのかよ』みたいな顔で取り分け始める。
美食家で大食漢とか、そういう引き出しを何故推理シーンで出してくるの……?
公爵一家も突っ込まないけど『こいつ食い過ぎじゃね?』みたいな目でチラ見し始めた。
「え〜と、とにかくエミリン様の死因については、これからの捜査次第です。
なのでその話はここまでにしまして、いよいよラヴィル様が亡くなった経緯を説明していきたいと思います」
さて、ここからが正念場だ。