14 晩餐と謎解き1
その夜。
再び、フリザーリュ公爵家の贅を凝らした大広間。
あたしはディナー用のドレスに着替え、他の出席者と一緒に長テーブルの前に腰かけていた。
出席者たちの前に置かれているのは、スープ皿に盛られた海老のすり身とクリームを固めたゼリー寄せ。
そこへ給仕が、銀の鍋に入れたスープを玉杓子でよそって回しかける。ゼリー寄せはスープの熱で溶け、溶けたゼラチンとクリームでとろみがついたスープに変わった。
晩餐の主人であるフリザーリュ公爵がスプーンを取るのに合わせ、皆も一斉にスプーンを取ってスープを混ぜ始めた。晩餐開始。
ふう……食事のスタートが分かりにくい。それに、最初から混ぜたスープを出せばいいじゃないよ。どんだけ演出が大事なんだ。海老の旨味とこってりしたクリームのスープは美味しいけど。
晩餐はコースと一品料理の折衷スタイル。スープ、メイン、デザートの3品が順に出るけど、長大なテーブルには他にも肉料理や魚料理やサラダやらがずらっと並んでいて、給仕に言って取り分けてもらうことができる。
上座のフリザーリュ公爵を横目で見る。
ヴィエリア様のお父様。背が高くて重厚なイケオジ。優しい微笑みを浮かべているが、その目は笑って……いる! これは本当に肚が読めないやつだ。さすがマナアクシス王国貴族最大派閥の領袖。格が違う。
「セルティ嬢、此度はお忙しい中、わが娘の我が儘にお付き合いいただいて感謝いたします」
公爵からご挨拶。あたしは神の加護を持っているので、相手が格上の公爵であっても尊敬語を使われることになる。
「とんでもないことでございます。こちらこそ、いつもヴィエリア様には学院でお世話になっております。
あたしに出来ることなら喜んでお手伝いさせていただきます」
「まあ、しっかりしたお嬢さんですこと。セルティ様は、社交界デビューは?」
今度は笑顔の公爵夫人が話しかけてこられた。
とても高貴な美しさを持つ女性。ヴィエリア様のお母様だけあって、よく似た、ほっそりした身体つきと繊細な美貌の持ち主だった。
しかし、自分のパーティーで殺人事件が起きて激怒していたのはこの人である。エレガントな笑顔で敵をボコボコにするタイプだ。怒らせてはいけない。
「いいえ、まだでございます。
貴族社会に籍を置いてまだ2年ほど。所作やマナーはなんとか形になってまいりましたが、まだまだ足りぬところが多く、デビューにはまだ早いと義父が申しておりました」
「とてもそうは思えませんことよ。所作もマナーも見事なものですわ。
でもオスビエル男爵は軽妙洒脱にして思慮深い方、彼がそうおっしゃるなら何かお考えがあるのでしょう」
「恐れ入ります」
あたしは謙虚な微笑みを浮かべてみせた。
……何これ。圧迫面接?
このゴージャス晩餐会のメンバーは公爵夫妻、ヴィエリア様、王宮警察捜査官クリフォス卿(いつの間にか礼服に着替えている)、そしてあたしの5人。
ヴィエリア様にはお兄様もいらっしゃるけど、今日は仕事か何かで欠席。
これ以上セレブが増えなくて良かった。
死体安置所から出た後。クリフォス卿と推理の説明や細部の詰めを話し合っていたら、公爵家の使いがやって来て急遽晩餐の招待を受けたのだ。そのまま屋敷へとんぼ返り。
大人たちが社交界の噂だのワインの選択だのの話に移ったので、向かいのヴィエリア様にこっそり話しかけた。
「あのぉ、何であたしがここに?」
「ごめんなさい。ハーバルク卿夫妻が逮捕されて、セルティ様のご活躍が両親の知るところとなりまして」
「まあバレますよね〜」
「お礼に、是非晩餐にご招待しなさいとのことでした」
「なんでまた急に……」
お疲れ〜とか言って男爵家に帰ろうと思ってたのに。
「セルティ様から直接事件の説明をうかがいたいのでしょう」
「後でレポートにして提出とかじゃ駄目ですか……?」
スープが終わって肉料理が来た。低温の油で何時間も煮込んだ鴨肉。
最後に高温で表面を焼いてあるから皮目がパリパリして熱い。食べるとほろほろと口の中で肉がほどけていく。しっかり油抜きがしてあって、鴨の香ばしい風味にベリーと熟成酢の甘酸っぱいソースがからむ。
量が多いけど、いくらでも食べられそう。
「この熟成酢は……100年以上寝かせたものですか」
クリフォス卿が無表情に、しかしマッハのスピードで平らげながら、横に控えるシェフに訊いた。
「さようでございます。公爵家に伝わるもので、代々のシェフが仕込んでおります」
何故かグルメっぷりを見せつけるクリフォス卿。
「セルティ嬢、楽しんでおられますかな?」
「ええ、とっても」
すいません嘘です。めっちゃ緊張してます。顔には出さないけど。
公爵がふとカトラリーを置き、一同を見回した。あたしたちも彼を注視する。
「さて、食事も終わらぬうちにこの話題を持ち出すのは無作法だと承知しておりますが。聞かぬことにはどうにも落ち着きませんからね」
「事件のお話ですね」
クリフォス卿が呟くように言った。カットしたパンにレバーペーストをたっぷり塗っている。もう鴨を完食してるよ、この人。
食べ方はすごく優雅だけど、食べるのが滅茶苦茶早い。
「ええ、クリフォス卿。なにしろ我が家で大変な事件が起きたのです、一刻も早く真相を知らずにはいられません」
「その通りですわ。ハーバルク夫妻が逮捕されたのですね?
一体何が起こっていたというのでしょう」
公爵夫人もクリフォス卿に流眄をくれた。早く喋れとせっついておられる。
「事件の謎は、セルティ様が全て解き明かしてくださいました。私などよりセルティ様の方が、公爵閣下に説明する栄誉に値するでしょう……そこの鳥の詰め物焼きをいただこう」
ちょっと待てクリフォス卿! 自分が食べるのに集中したいからって、説明をこっちにぶん投げやがったな!? 覚えてろよ!!
ぐるりと一同を見回す。
どうしよう。あたしの推理は合っているのかな。
違う人を犯人呼ばわりしてしまったらどうしよう。
不安がよぎる。
真実が人を傷つけることへの恐怖も湧く。
「大丈夫です、セルティ様。王宮警察はあなた様の推理を支持いたします。
何か誤りがあったならば、責任は全て警察のものであり、それを正すことに全力を尽くします。どうぞ、お考えを披露なさって下さい」
よそ行きの笑顔を浮かべていたつもりだったけど、緊張しているのが分かったのだろう。クリフォス卿が声をかけてくれた。
クリフォス卿……無表情で、やべえスラングを使って、公爵への説明より鳥料理を選ぶ人だけど、いい人だ。
あたしは改めて余裕っぽい微笑みを浮かべ、うなずいて見せた。
「ありがとうございます、クリフォス卿。それでは大変恐縮ですが、あたしが分かる限りのことを説明させていただきます。
まだハーバルク夫妻の自供を得た訳ではありませんので想像に頼るところもございますが、よろしくお願いします」
一同がうなずくのを見てから、あたしは話し始めた。
まず、事件の不可解性について説明した。何も飲食していないのに突然毒で亡くなったこと。
「口を挟んで御免なさい……でも、何故実の娘を? 彼らはラヴィル嬢を愛していたはずです」
公爵夫人がいぶかしげに訊ねてきた。
「はい、確かに。ハーバルク夫妻がラヴィル様を喪ったあとの嘆きと絶望。あれは本物です。彼らにはラヴィル様の命を奪う動機はありません。
でも、シェリュア様に危害を与える動機ならあります」
水を一口飲んで、再び口を開く。
「順を追って、動機の説明から始めます。
先代女伯爵エミリン様が亡くなり、ハーバルク卿は自分が伯爵位を継いだと勘違いしていました。
シェリュア様の成人まで伯爵代行の立場を持ち、周囲もそのように遇していたこと。実際には仕事をせず、代行に過ぎないと気づく機会がなかったこと。そしてエミリン様が次代の伯爵を彼に指定する書き付けを……法的な効力のないものでしたけど……遺したこと。
これはハーバルク卿がエミリン様を脅したのかもしれませんが、エミリン様の意思でもあったと思います。
なぜならこの書き付けによって、彼は自分が次の伯爵だと勘違いしたからです。
だからエミリン様の血筋であるシェリュア様を蔑ろにしても、本格的に敵視するには至りませんでした。
成人してしまえばシェリュア様の立場は盤石になりますから、それまでハーバルク卿の勘違いが続けばいい。
彼女はこの書き付けによって、父親の悪意から間接的に守られていたのです。
ところが最近になって、自分が伯爵ではないと嫌でも理解させられる出来事が起きました。
春の社交シーズンを前に、『ハーバルク女伯爵シェリュア様』宛の招待状が舞い込んだのです」
はっ、と公爵夫人が息を呑む。
「確かに、成人前ですが女伯爵にお送りしました。そのことが?」
「他にも前倒しでシェリュア様を成人扱いした家があったのかもしれません。ともかくハーバルク卿は現実に気づきました。
シェリュア様が誕生日を迎えて、完全に実権を握ればどうなるか。
今まで散々彼女を蔑ろにしてきたんです、その報復……と言っていいのか、とにかく贅沢な生活はさせてもらえないでしょう」
「当然だ」
公爵が我が意を得たりとうなずく。
「まあ僻地にでも住まわせて、思い切り質素な暮らしをさせてやれば良い」
「伯爵家の資産を横領している可能性もありますわね。監獄送りも一興ですことよ、おほほ」
夫人も優雅に笑う。さすが親子、ヴィエリア様と完全に同じことをおっしゃってる。
「ま、まあそれでですね。では、もしシェリュア様が亡くなれば、次の伯爵はどなたになりますか?」
「シェリュア様にはお子がおられず、ご存命の係累も少ない。
従って、3代遡った伯爵の直系の子孫、すなわちアムルード・ハーバルク。シェリュア様の父君です」
クリフォス卿が即答した。鳥の中に詰めた穀物や野菜や茸やらを優雅にスプーンですくっている。
「料理によって塩を変えていますね。鴨肉は諸島連合の粗塩、鳥の詰め物は旧王国の紅岩塩ですか、見事です……それで彼らは伯爵位の簒奪を狙ったのですか?」
「えっと、そういうことです」
急にグルメ蘊蓄をぶっ込まれて動揺してしまった。塩の話、いらなかったよね?
「シェリュア様が亡くなれば、次の伯爵は父であるハーバルク卿です。娘からのざまぁを回避しつつ、悲願である伯爵位の継承ができるんです。
ハーバルク卿にとって、シェリュア様は実の娘である前に、不当に――と勝手に主張してますけど――伯爵位を継いだ叔母と、従姉妹にして妻のエミリン様、その血統を持つ、言わば敵でしかなかったのです。だから排除することにも躊躇はなかった。
彼女が成人するまでに排除する。夫人と、おそらくはラヴィル様と共に、その計画を練ったのです」