13 犯人
その後クリフォス卿が戻ってきたので、ガーディス卿とベッキラさんは警察官と一緒にシェリュア様に会いに行った。
いちおうシェリュア様は容疑者なので、警察官立ち会いの元での面会となるそう。あたしも一緒に行くかとガーディス卿に誘われたけど、お断りした。
立ち会いの警察官はともかく、部外者のあたしが身内の人たちの面会に割って入るほど野暮じゃない。どんな話をしたかは、後で聞けばいい。
それに、事件の全容は大体分かった。
あたし、クリフォス卿、おばさまメイドの3人が庭に残ったが。
あの夫妻にだいぶイラついたのか、鉄壁無表情クリフォス卿の眉間にシワが寄っていた。
「それで、改めてハーバルク夫妻の着替えが来るんですか〜?」
「さようです。いやはや、あの夫婦ときたら……×××を×××××すれば××××だろうに」
「やめて! シリアスなイケボで放送禁止用語連発すんのやめて!」
王宮警察の捜査官であるクリフォス卿のエグい罵倒に、思わず絶叫してしまった。
「放送何やらとは……? いえ失礼しました。
平民に変装して捜査することがございますので、このような言葉遣いが出てしまうのです」
「いやそれ前も聞いたけど! そこまでの言葉は普通使いませんから!」
思いきり突っ込んだ。おばさまメイドも突っ込めよ! なんであたしにしか注意しないんだよ! ズルいズルい!
はあ、なんか疲れた……。今日も春にしては日差しが強い。魔道具の扇で冷風を送っていても暑い。
待ち合わせの関係で庭にずっといたけど、いい加減屋敷の中に入りたい。
「何の話だっけ……あっそうだ、クリフォス卿にお願いと、いくつか質問があるんです〜」
「私に出来ることでしたら、何なりと」
「ラヴィル様のご遺体は、まだ警察にありますか〜? 解剖は?」
「警察に安置してありますが、今のところ解剖の予定はありません。何か気になることが?」
「口の中を見たいんです。それで分からなければ、解剖して食道と胃をあたしに確認させて欲しいです。あたしの加護の方が、鑑識よりも早いんで〜」
彼の表情がわずかに動いた。推理の方向性を察したようだ。
「何か思いつかれたようですね。他には?」
「ラヴィル様の身の回り品を全て確認して、魔道具がどれだけあるか調べて下さい。特に、魔道具の正確な機能を知りたいんです」
「警察所属の魔術師に調べさせます」
あたしはうなずいて、今度はおばさまメイドの方を向く。
「パーティーには、ハーバルク家には女伯爵シェリュア様の名義で招待状を送りました? 伯爵代行のハーバルク卿ではなく」
「さようでございます」
知らないかとも思ったけど、即答した。さすが。
「事件が起こった時、その場に……何というか手練れの使用人や警備員はいました? 倒れるラヴィル様を見ていませんでした?」
「ヴィエリア様の護衛はおりましたが、婚約破棄騒ぎの際は、彼らは陽動の可能性を考えて周囲も索敵しておりました。
残念ながら、ラヴィル様が倒れる瞬間は見ておりません」
答えを聞いてうなずいた。あたしの推理に合致する。
それから2人を見て言う。
「それと……。ハーバルク夫妻の着替えが来るんですよね。それまでに済ませないといけないことが。
お願いです。あたしと一緒に夫妻に会って下さい。
そこで、あたしはあることをしますけど、それを止めないで下さい。お2人には目撃者になっていただきたいんです」
ハーバルク夫妻の部屋。
「失礼いたします」
通してもらった夫妻の部屋は、豪華だけれども空虚だった。
扉を開けてくれたハーバルク卿も、奥の安楽椅子に座っている夫人も表情が虚ろで、悲嘆に暮れているのが分かる。
「お二方とも、午後のお茶をほとんど召し上がらなかったとお聞きしております。何かお腹に入れませんと」
クリフォス卿が言いながら部屋に入る。
なんか貴族出身の公爵家の侍女みたいな空気を出しつつ、あたしも後に続いた。さらに後ろから、食事を載せたワゴンを押して、おばさまメイドがついてくる。
彼女がテーブルに茶器や料理を並べるのを確認して、あたしは夫人に近づいた。
「ああ、さっきの子…………放っておいて」
「奥様、そうおっしゃらずに。召し上がらないと、ラヴィル様のお葬式まで身体が持ちませんよ?」
あたしも気遣わしげに声をかける。
「ラヴィル……ああラヴィル…………どうしてなの」
夫人がまた涙を流し始めた。
「あいつのせいだ……シェリュアがラヴィルを殺したんだ」
「そう、そうよ! どうしてあの女を逮捕しないの!?」
……この姉妹格差がなければ、もうちょっと同情できるんだけど……。
「さあ夫人、お立ちになって。熱いお茶を召し上がれば、もう少し気分も良くなりますよ」
ハーバルク卿はクリフォス卿に任せて、ぐったりと座っている夫人に近づいてしゃがみ込む。彼女と視線の高さを合わせて、そしてさりげなく横目で腰のシャトレーンを見た。
腰のバックルは、ベルトに通して固定するタイプだった。鉤状でベルトに引っかけるだけのタイプだったら、シャトレーンごと奪えたんだけど。
「立つのも辛いようでしたら、お手をどうぞ」
立たせながら、チェーンと気付け薬瓶を繋ぐ留め具を確認する。取り外しは難しくないはず。
夫人が立ち上がって、ゆっくりとテーブルに歩き出した。
あたしもその左横について、さりげなく指をチェーンに引っかけてーー。
気付け薬瓶を素早く取り外して掏り取った。
これはおそらく最重要の証拠品だ。
指紋をつけないように、あたしは前もって薄手の手袋をはめてあった。
「なっ!?」
気づかれたけど、そのままダッシュで窓際に移動。瓶の蓋を開ける。
瓶の蓋と本体の口は金属で縁取られ、小さな蝶番で繋がっている。親指一本で簡単に開けられる構造だ。
「返せ!」
咄嗟のことで固まって動けない夫人に代わって、ハーバルク卿がこっちに突っ込んできた。
相手をしていたクリフォス卿は、瓶を奪ったあたしも突進していくハーバルク卿も制止しない。そういう約束だから。
警察官や公爵家のメイドにこんな盗みをやらせる訳にはいかない。でも事件解決には必要だと、あたしは判断している。だからあたしがやる。
ハーバルク卿を最小限の動きで躱して、足を引っかけて転ばせる。
開け放して換気のいい窓際で、瓶の中を覗き込む。安全のために息を止めて。
中が見えた。空っぽだけれど、あたしには見えた。
「【毒を見分け、その効果を知る】加護を持つセルティ・オスビエルが申します。
この気付け薬瓶は空ですが、内側にはラヴィル様を死に至らしめたのと同じ毒が付着しております!」
これを聞いたハーバルク卿夫妻は暴れ出し、クリフォス卿とおばさまメイドに即座に拘束され、そのまま警察に移送された。
あたしもすぐにクリフォス卿と警察に行き、安置所のラヴィル様を検めた。
ラヴィル様の口腔内には、メッキ毒は一切付着していなかった。
もし付着していたら食道と胃も確認するところだったけど、もうその必要はない。推理通りだ。
ハーバルク卿夫妻は、ラヴィル様殺害の容疑で正式に逮捕された。