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12 秘書と侍女

 あたしはやって来た警察官にお願いしますと挨拶して、それからシェリュア様の秘書ガーディス卿と侍女さんに向かって頭を下げた。


「オスビエル男爵の義娘(むすめ)のセルティと申します。

 申し訳ありません。あたしがハーバルク卿に失礼を申し上げたせいで、お2人にも不快な思いをさせてしまいました」


 2人も、あたしに丁寧なお辞儀をした。


「不快など、とんでもないことでございます。シェリュア様のために抗議していただき、感謝いたします。

 申し遅れました。私はハーバルク伯爵シェリュアの商会経営の秘書を務めております、ガーディスと申します」

「わたくしはベッキラと申します。ハーバルク伯爵シェリュアの侍女でございます」

「やっぱりガーディス卿とベッキラさんだったんですね。

 先ほどシェリュア様から、あなた方の話を聞いて欲しいとお願いされたんです」


 シェリュアという言葉に、ガーディス卿がはっと息を呑んだ。


「シェリュア様が……。シェリュア様はいかがなされていますか? 何か不自由されていませんか? ちゃんと食事を摂っておられますか? 厳しい扱いを受けてはおられませんか?」

「え、いやその」


 ちょ、待って待って。


「ガーディス卿、そのように矢継ぎ早に訊かれてもお嬢様が困惑なさっていますわ。落ち着いてください」


 ベッキラさんが止めてくれた。


「す、すいません。気が()いてしまって」

「いえいえ〜。心配ですよね〜。

 ご安心ください、シェリュア様は公爵家の客としてもてなされています。女伯爵ですから、警察も酷いことなんてしません。ただ食欲がなくてやつれてらっしゃったけど……」

「あの方は最近は事業のために忙しくしていまして、そのせいか食が細くなっておりました。

 ああ、病気になったりはしないでしょうか……枕が変わって眠れないとか……」


 秘書が侍女よりもオカンだった。デカくて実直そうなオカン。


「ですから落ち着いて」


 ベッキラさんの方が、テンパったガーディス卿をなだめている。


「シェリュア様はしっかりした方ですから大丈夫です〜。

 でも、ご自分が容疑者として疑われているんじゃないか、そういう心配をなさっておいででした。

 その疑いを晴らすために、お話をうかがってもよろしいですか〜?」

「はい、何なりと」


 シェリュア様の現状が分かって落ち着いたのか、ガーディス卿がとりあえずシャキッとなった。

 ベッキラさんも真剣な面持ちでこちらを見る。


「まずベッキラさん、シェリュア様から『ラヴィル様が異世界の毒の話をなさっていたのを、ベッキラさんが聞いた』とうかがったんですけど」

「はい、その通りです」

「どういう経緯で〜?」


 ガーディス卿とベッキラさんが顔を見合わせた。

 ガーディス卿がうなずき、ベッキラさんが話し始める。


「シェリュア様の商会は、異世界の文物を基にして商品開発をしております。当然、それには転生者であるラヴィル様の知識が必要です。

 ですが、子供の頃はともかく現在は、お2人はそのようなお話が聞ける関係ではございません。

 シェリュア様は、異世界知識は幼い頃に充分聞いた、もう必要ないとおっしゃるのですが。

 ですがわたくし共は、ときおりラヴィル様の会話を盗み聞き……いえいえ偶然漏れ聞くことがあるのです」


 偶然ね。


「なるほどそういう偶然ってありますよね〜。毒の話はどういう状況で?」

「あれは、わたくしが偶然、ラヴィル様のいらっしゃる部屋の窓の下にいた時でした」

「ぐ、偶然だな〜」

「なんとかカリなる毒は、飲みこむと命を落とすけれども、口に含んだだけなら無害だとか。その理由や特徴ですとか。

 役に立たない知識と思われましたが、いちおうシェリュア様にご報告いたしました」


 そういう経緯なんだ。


「それはいつですか〜?」

「最後のお茶会、ミーティン卿にはすっぽかされましたが、1ヶ月ほど前のことです」

「ラヴィル様が話してらしたということは、会話のお相手がいたはずですが、どなたでした?」

「ラヴィル様が一方的に話しておられたので、どなたかは分かりません。窓から覗き込むわけにもまいりませんでしたし。

 話し方からして、ご両親かミーティン卿かと思います」


 うんうん。参考になった。


「あとは、シェリュア様についてお聞きしたいです〜」

「聞きたいとおっしゃられましても、何を話せば良いやら……」

「何でもいいんです。あたしたちは、シェリュア様のことをほとんど何も知りません。普段領地で何をなさっているとか、王都の屋敷ではどうされているのかとか」


 2人の目がキラッと光った。ものすごく話したがっている。


「シェリュア様は素晴らしい方です。凛として高貴。知性に溢れ、お若い身で見事に領地と事業の経営をなさいます。それでいて、民や使用人たちにも細やかな目配りを忘れることがありません。

 領地の屋敷の者は皆、あの方の下で働ける幸運を神に感謝しております」


 ガーディス卿が熱く語り出した。ベタ褒めだ。


「ですが、王都においては」


 悔しげな口調になって、テンションが下がった。


「セルティ様もご存じかもしれませんが、ご両親と義妹君はシェリュア様をお気に召しておられません。まったく訳の分からぬことでございます」


 自分も言いたいのか、ベッキラさんが割って入った。


「タウンハウスの使用人も彼らの影響を受けて、シェリュア様を侮っております。

 シェリュア様は仕事の都合や婚約者であるミーティン卿とお会いするために、月に何度か王都へ向かわれます。

 ですが、タウンハウスに滞在する際、シェリュア様は使用人用の離れにお泊りになるのです! 女伯爵として屋敷に泊まるのではなく! 領地から随行したわたくし共使用人や、護衛の者たちと同じ離れに!

 このような無礼がまかり通るなど信じられません!」


「「はあ?」」


 何それあり得ねぇんですけど?


 思わず淑女っぽくない声が出てしまったけど、何故か誰かとハモっていた。振り返ると、後ろに制服警官が控えていたので、彼が奇声を発したんだろう。

 目が合って、警察官は気まずそうに咳払いした。でも分かる。その気持ち。

 ちなみに、例のおばさまメイドは明鏡止水の無表情だった。


 それはともかく、貴族の使用人がどこに寝泊まりするかというのは、2つパターンがある。

 屋敷の中に使用人用の部屋を用意しておく場合と、母屋の近くに小さなアパートみたいな建物を建てて、そこに使用人たちを住まわせる場合。

 伯爵家は後者ということになる。のだが。


「えっと、タウンハウスに勤めている使用人は、その間どこに寝泊まりするんですか?」

「彼らは元々は離れに住んでおりましたが、シェリュア様が領地と王都を行き来するようになり、シェリュア様が離れを使用するために母屋に部屋を与えられました。

 ですからタウンハウスに到着すると、傭兵と召使いとで離れの大掃除をし、見苦しくなく整えてからシェリュア様に入っていただきます」


 いや完全に駄目だろ。

 まずタウンハウスの使用人は離れに住んで、シェリュア様とお供のために、母屋に部屋を準備するのが筋だろ。


「ご家族との会話とか、どうするんですか?」

「ご両親とは、全く接点がございません。そもそもご夫妻は、シェリュア様がタウンハウスに来られてもおいでになりません。

 シェリュア様も、ご両親の元へ向かわれません。完全に没交渉です。

 ですからラヴィル様の異世界の話の盗み聞きが難しいのです」

「ベッキラさん言い方」


 ついに盗み聞きと断言してしまった彼女に、慌てたようにガーディス卿が突っ込んだ。


「食事とかお風呂とか」

「離れにもいちおう厨房や風呂がございますので、領地からついてきた召使いが食料を買ってそこで調理、シェリュア様に召し上がっていただきます。

 お風呂も使用人と同じものを使っておりまして、要は、女伯爵シェリュア様はずっと粗末な離れに滞在なさっておいでということです」

「マジかよ有り得ねぇ〜」

「お嬢様」


 後ろからおばさまメイドのフラットな、しかし威圧的な声が飛んだ。


「はい! そのような出来事が起こるなど、本当のこととも思われぬほど驚いております!」


 なんで他家のメイドから淑女教育を受けるんだ!?


「えっと、じゃあ〜、婚約者のミーティン卿のお茶会はどうするんです?」

「タウンハウスの使用人は何もしませんので、わたくし共が庭にお茶会の準備をいたします。

 母屋の食器や茶葉などを使うと不当に嫌味を言われますので、全て領地から持ち込み、離れで調理いたします」


 大変だな……!


「じゃあ〜、ラヴィル様とは?」

「あの方はときおり離れにいらして、シェリュア様にウザ絡み……『こんな所に住むなんてお気の毒』などとおっしゃるのが常でした。

『あら素敵な物をお持ちね、貸してくださらない?』と装飾品などを強奪するのもセットですね。もちろん返ってくることはありません。

 さらに婚約者とのお茶会の際にウザ絡み……正式に招待された訳でもないのにお茶会に現れ居座り、シェリュア様を差し置いてミーティン卿と親密にお話をなさっておいででした。

 まあ最後の方は、ミーティン卿はお茶会に出席することさえなくなったのですが」


 うわあ。果てしなく出てくる愚痴。

 まあシェリュア様が苦労していたのは分かった。


 あれ? でもこれ、シェリュア様にラヴィル様を殺害する動機があるということになっちゃう? 

 ラヴィルの奴もう許せん、逮捕されるリスクを無視してでもぶっ殺す! みたいな。


「ベッキラさん、落ち着いてください」


 あたしと同じことを考えたのか、ガーディス卿が止めに入った。


「お分かりでしょうが、ラヴィル様を手にかけて逮捕されれば、伯爵位を失うことになるでしょう。

 それに、必要ないとおっしゃっても、やはりラヴィル様の異世界知識はあるに越したことはない。いかに不仲でも、そこまでする理由はございません」


 感情的にシェリュア様をかばうベッキラさん。

 それに対して、理性的に無実の根拠を挙げるガーディス卿。彼はヴィエリア様と同様、やはり動機の薄さと殺人を犯すリスクに言及してきた。


「それはその通りだと思います〜。警察やヴィエリア様に聞かれれば、あたしもそのように申します。お話をありがとうございました」

「お役に立てれば幸いです」

「シェリュア様は無実でございます。よろしくお願いします」


 ガーディス卿とベッキラさんがあたしに深々とお辞儀をした。


「…………ところでその、セルティ様」


 真剣だった雰囲気がちょっと和らいで、ガーディス卿が大きな身体をかがめて言った。


「はい?」

「実は、シェリュア様のことで相談があるのですが」

「あたしに答えられることなら、どうぞ〜」

「ガーディス卿……初対面の方にまで……」


 質問の内容が分かっているのか、ベッキラさんが呆れたように言う。


「さっきも申しました通り、シェリュア様は2ヶ月後に18歳の誕生日を迎えられるのですが」

「そうですね〜」

「何かプレゼントをお贈りしたいのですが、どのようなものが良いでしょうか。

 シェリュア様と年齢の近い女性としてご意見をうかがいたくてですね、その」


 ごにょごにょ言いだした。

 顔が赤い。あからさまに恥じらっていた。乙女か!


「セルティ様、申し訳ございません。

 この者は以前からたいそう悩んでおりまして、是非ともお知恵を拝借したいそうです」


 ベッキラさんが恐縮しながらフォローしてきた。

 でも、う〜ん、プレゼントねぇ。


「……ぬいぐるみはどうですか? 子供くらいある大きいサイズの」

「ぬ、ぬいぐるみ? 人形じゃなくて?」

「はい。こう、シェリュア様がぎゅっと抱きしめることのできる、大きくて可愛いぬいぐるみです〜」

「ええ……そんな子供みたいなことを、シェリュア様のような気高い淑女がなさいますか」

「それですよ。それが問題なんです。

 シェリュア様は子供の頃にお母様を亡くされました。お父様とは疎遠で、召使いが優しくしてくれても主従の壁があります。

 あの方は長い間、愛する人から抱きしめられることがありませんでした。

 お母様を失い、女伯爵として家を守り、早い段階で大人にならざるを得ませんでした。

 だからせめて、代わりとなる可愛いぬいぐるみを抱きしめて欲しいんです。そういう身体的な接触は精神的にも満たされます。安心感があるんです。

 柔らかくて、暖かくて、優しい。そんな物が必要だと思うんです」


 ガーディス卿とベッキラさんは、しばし真剣な顔で考えていた。


「そう……そうですね。シェリュア様……」


 うつむいて考えていたガーディス卿が、顔を上げた。


「ありがとうございます、セルティ様。

 貴女にお聞きして良かった」


 ガーディス卿はあたしに向かって、改めて深々とお辞儀をした。



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