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11 両親

 お茶会の後。

 あたしは予定通り、捜査官であるクリフォス卿と庭で落ち合った。


「……というお話でした〜」

「なるほど、大変参考になりました。ご協力ありがとうございます」

「いえいえどういたしまして〜。

 シェリュア様は、秘書と侍女に話を聞いて欲しいとおっしゃってたんですけど、やっぱりタウンハウスにいらっしゃるんでしょうか?」

「その2人でしたら彼女との面会を申し込んでいて……。

 ああ、噂をすれば」


 庭のどこかから声が聞こえてきた。


 噴水の傍らで、40歳前後の夫婦とがっしりした体格の青年、30代くらいの侍女がいた。夫婦、主に夫の方が青年と侍女に怒鳴り散らしていて、青年が冷静に何か言い返している。

 あたしとクリフォス卿は、どちらからともなく近くの生垣の影に隠れて聞き耳をたてた。

 おばさまメイド? あの質量であたしたち以上に気配を消してますけど、何か?


「だから何故わしらの着替えがないのだ!」

「何をおっしゃるのやら。私はシェリュア様の秘書であって、ハーバルク家の家令ではございません。主人であるシェリュア様の身の回りの支度はいたしますが、ご夫妻のことは管轄外です。

 伯爵家の家令たちの不手際でありましょう」


 なるほど、まあまあ事情は分かった。

 会話からしてこの夫妻はハーバルク卿とその夫人、青年はシェリュア様の秘書であるガーディス卿だろう。女性は多分シェリュア様の侍女。ベッキラさんかな?


 夫であるハーバルク卿はちょっと太っ……ぽよっとした体格のおじさま。夫人は痩せ気味だけど妖艶な感じ。どちらも貴族らしい整った顔立ちや物腰だが、怠惰な生活とか傲慢な性格とかが感じられた。そういうのって顔つきに出てくるものだ。

 どちらもひどく泣き腫らした目をしているし、ろくに寝ても食べてもいないような憔悴した顔だった。ラヴィル様の死がだいぶこたえている。


 青年の方は20代だろうか、赤毛で実直な雰囲気の、華はないけどまあまあイケメンだ。多分ハーバルク卿より下位の貴族で、慇懃だけど冷淡な口調で返している。

 飾り気のないドレスを着た侍女は、シェリュア様の母親のよう、と言うにはちょっと若い。30歳前後かな? 年の離れた姉みたいな小柄で優しそうな人。

 メイドのお仕着せでなくドレスなので、より立場が上の侍女のはず。青年の後ろに静かに控えている。


 夫婦は急遽この屋敷に泊まるとなって、王都の自宅に連絡して着替えを持って来させようとした。あたしが今朝着替えを持って来てもらったのと同じことだ。

 ところがやって来たのは娘のシェリュア様の着替えだけで、自分たちには着替えが来てないと。それは困るわ。


 確かに、夫のハーバルク卿はパーティー用の礼服で、平時の今着る衣装ではない。

 夫人はさすがに公爵家から借りたのかデイドレスを着ているけど、サイズが微妙に違うし、昨日から使い回してるらしきシャトレーンも似合ってない。


「ならどうして、我が家の召使いが来ないの? 貴方が嫌がらせで、うちの召使いの邪魔をしたのかしら?」


 と夫人が顔を扇であおぎながら、刺々しく言った。

 体型が対照的でも、発言の内容的に似た者夫婦だな。


「とんでもない。私はただ、家令や召使いたちに本当のことを申しただけ。

 ラヴィル嬢が亡くなったことと、本当の伯爵家当主はシェリュア様であること、2ヶ月後には後見人に過ぎない貴方様が当主代理の権限を全て失うことを、懇切丁寧に教えてやっただけです。

 いやはや、彼らが事ここに至るまで現実を理解していなかったとは、ほとほと呆れた次第でございますね」


 なるほど、事情は分かった。


 ドアマットヒロインものにありがちな状況だけど、この毒パパことハーバルク卿は、実際には伯爵代理であるにもかかわらず、自分のことを伯爵であると勘違いしている。

 その影響で、使用人たちも同じ勘違いをした上にシェリュア様を軽んじていた。それは青年の皮肉な言葉から窺える。

 ところが、ラヴィル様の死の知らせと共に、青年に現実を突きつけられた。これから伯爵家の実権を握るのはシェリュア様だと。

 つまり使用人たちからすれば、この毒親夫妻の肩を持つ意味がなくなったわけだ。むしろ彼らを切り捨てて、本来の伯爵であるシェリュア様に媚び媚びしないと首がヤバい。着替えを持ってこないのはその現れだ。


 これは流れ変わったな。

 ガーディス卿らしき青年、ナイス嫌がらせ。ナイスざまぁ。 


「どうなさいましたか、ハーバルクご夫妻にガーディス卿?」


 クリフォス卿が出て行って声をかけ、一同がこちらを向いた。秘書の青年はガーディス卿で合ってた。


「ああ、昨日の警察の者か。この者が下働きの分際で、伯爵家当主であるわしを侮辱したのだ。これが許せるか!」

「そのようなことはいたしておりません」


 澄ました口調で青年ことガーディス卿が返す。


「それより貴方、わたくしたちはいつになったら屋敷に帰れますの?」

「恐れ入りますが奥様、捜査に一定の進展があるまではこちらに滞在をお願いいたします」


 おばさん、もといハーバルク夫人がキリキリと音のしそうな険しい顔で、扇を両手で握りしめた。へし折りそう。


「なんて横暴なの。わたくしたちは、社交界の名士の方々とも仲良くさせていただいているのよ?

 彼らにお願いして、貴方を閑職に追いやってもよくてよ」

「警察へのご意見ご批判は常に歓迎するところであります。何なりとおっしゃって下さい。

 ですが、それによって捜査に影響が出ることはございませんので悪しからず」


 鉄壁の無表情には脅しも効かなかった。

 上層部は公爵家に情報漏洩するようだけど、現場は真面目だった。上層部……。


「まあ、生意気な……犯人などあの娘、シェリュアに決まっているでしょう?

 あの子をさっさと逮捕して、早くあたくしたちを解放なさい」

「まだそうと決まったわけではございません。

 鋭意捜査中でありますが、何故そのようにお考えですか?」


 逆に聞き返して、何か情報を引き出そうとするクリフォス卿。


「何故とはな。シェリュア以外に誰が毒を盛ることができたというのだ?

 よいか、ラヴィルの飲み物に1番近かったのはあやつだ。毒を入れられる指輪を持っていたのも。普段からラヴィルを憎み虐げていたのも。

 さらにはあの時、ミーティン卿に婚約破棄をされたではないか。自分がどこまでもラヴィルに劣ることを思い知らされ、醜い嫉妬と絶望から毒を盛ったのだ。

 そうに決まっておる」


 う〜ん。トリックが分からないことと動機がビミョいことを除けば、そのシナリオはそれなりに説得力があるんだよな。

 ハーバルク卿がずいと前に出て、青年を指さした。


「それが最近になって、あやつが伯爵を僭称(せんしょう)しておることが明らかになった。

 さらにこのガーディスなる者は、下位貴族の分際で真の当主であるわしを差し置き、女伯爵を自称する小娘と結託しておるのだ。伯爵家の乗っ取りをたくらんでいるのは明らか。

 こやつを逮捕せよ!」

 

 ………………。


 冷めた空気が漂った。


「昨日から何度も申し上げましたが、法に照らしても、シェリュア様が正当なハーバルク伯爵であることは間違いありません。

 むしろ何故ご自分が伯爵家当主であるとお考えなのか、理解に苦しみます」


 クレーマーに対応するプロのオペレーターの口調で、クリフォス卿が聞き返した。


「何度も言わせるな。先代伯爵であった妻エミリンが死の直前に、わしを次の伯爵に指定する旨の遺言書を遺しておる。

 ほら、これだ。公爵閣下にお見せして助力を得るために、パーティーに持って来たのだ」

「えっ」


 遺言書? そんなのあるの!?


「昨日の事情聴取の際も、その文書なるものを拝見させていただきました。『次代のハーバルク伯爵家当主を、アムルード・ハーバルクに指定する』といった内容の文と署名があり、確かに先代伯爵エミリン様の筆跡と思われます」


 クリフォス卿がこちらを向き、あたしに説明するように言った。


「しかし、それにはエミリン様の花押(かおう)も、伯爵当主の印章もありません。

 法的な効力は一切ない、言わばただの書き付けに過ぎないのです」 


 なるほど、納得いかないけど事情は分かった。

 ドアマットヒロインお約束の存在、毒パパ。『入婿で血が繋がってないクセに、娘を差し置いて自分が当主だと勘違いしている』というのがよくある展開。

 だけどこのハーバルク卿は、実際に先代伯爵と血が繋がっている。相続権もあるし、証言を信じるなら奥さんである先代伯爵からも言質(げんち)を取っていた。勘違いする根拠はある。

 だけどさぁ、普通気づくよね? 仕事とかしてたら周囲に『伯爵代理』としか認識されてないって分かるよね?

 ああ、仕事してないのか。最悪。


「それがシェリュアの仕業なのだ!

 わしが正当なる伯爵当主であり、いずれはラヴィルに伯爵位が受け継がれるはずだった。叔母から娘エミリンの血統に奪われた爵位が、ついに父とわし、さらには娘ラヴィルの本来の血統へと戻される。

 それを嫌ったあの性悪のシェリュア。あれが我らの宝、ラヴィルを殺したのだ!」


 なるほど、分からん。


 ガーディス卿と侍女も、非難する目でハーバルク卿を見ているが、立場上言い返せないみたいだ。


「失礼いたします〜。

 でもシェリュア様もハーバルク卿、え〜とごにょごにょ自称……伯爵様ですか? 貴方様の実のお子様でしょう?

 彼女が伯爵当主になったとしても、貴方様の血統が当主であることに変わりはないのでは〜?」


 一歩出て、質問してみた。


「なんだ君は」


 憔悴した顔で、不機嫌そうにこっちを見た。


「公爵令嬢ヴィエリア様の友人です〜」

「ああ、ならば無下にもできんか……。

 いいかねお嬢さん、あれは憎き叔母とエミリンの血を引いておる。彼女たちの血を伯爵家から取り除くのが、父とわしの悲願。正当な伯爵位の後継者はわしであり、娘のラヴィルだったのだ。

 このことはしっかりと公爵令嬢にも説明してくれたまえ」


 はあ? 同じ一族内で何言ってんの? そんな訳分からん理由で実の娘を憎んでるの?

 イラッとしてさらに食い下がる。


「でもシェリュア様は、ご家族のために働いておられます」

「あれはラヴィルの知識のおこぼれを漁って浅ましく金儲けをしているに過ぎん。

 本当に価値のあるのはラヴィル、我が最愛のラヴィルだけだ」


 ああ!? てめえ、シェリュア様が苦労して稼いだ金で贅沢してるくせに、なんでシェリュア様を全否定してんだよ!


「ちょっ……!」


 思わず言いかけたあたしを、クリフォス卿が軽く手を上げて止めた。


「お話は承りました。ともかく着替えを何とかせねばなりません。改めてタウンハウスに連絡を入れさせましょう」


 近くにいた制服の警察官を手招きし、それからメイドさんに向かって言う。


「私はハーバルク卿ご夫妻と同行します。あなたはセルティ様とそちらのお2人をお願いします。警察官をつけますので、その者と行動して下さい。

 お2人とハーバルク女伯爵との面会を許可しますが、それも警察官立ち会いのものでお願いします」

「心得ましてございます」


 メイドさんが一礼し、クリフォス卿は夫妻を連れて屋敷の中へ入っていった。自分はハーバルク卿じゃないハーバルク伯爵だとわめく声が遠ざかっていく。

 クリフォス卿が毒親夫婦をあたしから遠ざけてくれた。やべえ、あやうく奴の顔面にグーパンするところだった。ありがとうクリフォス卿。


「お嬢様、公爵家において紳士の顔面を殴るのは」

「分かってます大丈夫、頭の中でしかやりません」


 高レベルメイドおばさまの牽制に答えて、深呼吸した。奴が紳士かどうかは意見の分かれるところだけど。

 感情的になるようじゃ、あたしもまだまだだ。

 冷静に、聞き込みをしていこう。


 それにしてもこの世界、やたら異世界小説に酷似した状況が発生するよね。

 地球の近隣世界ではあるらしいんだけど、本当にゲーム世界とかじゃないんだよね? 


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