1 事件
できうる限り素早く事件を起こしてみました
「ハーバルク伯爵長女シェリュア、お前との婚約を破棄する!
そしてお前の義妹のラヴィルとの婚約に変更……ラヴィル? どうした!? ラヴィルーー!!」
「……ラヴィル様の死亡を確認いたしました。毒物によって亡くなったものと思われます」
ことの始まりは、フリザーリュ公爵夫人が開催するチャリティーパーティーだった。
公爵家の勢力を現すこのパーティーは、この国において春の社交シーズンの最初に行われることが恒例となっている。
他の貴族は、その規模や趣向や招待客の顔ぶれを見て、続いて自分たちが催すパーティーの参考にするのだ。
だから公爵家の面子にかけて、決して失敗するわけにはいかない。
フリザーリュ公爵令嬢ヴィエリアは優雅に微笑みながら、会場である庭園で目を光らせていた。
女主人である母は主賓たちと談笑しており、娘の自分も会場のフォローに回らなければならない。
庭のテーブルに置かれた料理は足りているか。銀のトレイに飲み物を載せた給仕たちは、客に適切に配っているか。話し相手がおらずに手持ち無沙汰な招待客はいないか。
そこまで考えて、ヴィエリアはガゼボの中のベンチに座っている若い女性に気がついた。春の陽気に当てられて疲れたのか、グラスをテーブルに置いて腰掛けている。見たことのない顔だ。
長身で痩せている。17歳のヴィエリアとさほど年齢は変わらないようだが、きつく引っ詰めた明褐色の髪やくっきりした化粧は、ずいぶんと時代遅れだった。
ドレスも、上品だが型落ちの品と見受けられる。
──お家が困窮してらっしゃるのかしら。きっと年配の侍女しかいなくて、今流行の、緩めのハーフアップや薄めのお化粧ができないのでしょう。
でも、そんな招待客がいらっしゃったかしら?
どうお声がけしたものか……。
暗記した招待客一覧を思い返しても、該当する人物は浮かばない。いや、消去法で思い当たる人物はいるのだが、あのような装いであるとは信じがたい。
あの方は資産家であるはずですのに……?
魔道具の扇で冷風を顔に送りながら、ヴィエリアはしばし困惑していた。
と。
「お義姉様!」
そのガゼボに、少女が小走りに入っていった。少女の後ろから、連れとおぼしい青年が歩いて近づいて来ている。
金色に近い褐色の髪の、美しい少女だった。
大人になる前の、あどけなさと仄かな官能性が絶妙に合わさっている。淡い色合いの瀟洒なドレス。腰にシャトレーン(小物をチェーンで繋いで腰から下げた装身具)を下げて、アクセントにしていた。
少女は持っていた飲み物を少し飲んでテーブルに置き、立ったままで女性に話しかけた。
「お義姉様、せっかくのパーティーなのにお1人なの?」
「誰かさんの噂のせいでね」
「あら、私は本当のことをお話ししているだけよ。
お義姉様ったら、私の異世界の知識を使ってお金儲けしているのに、私たち家族のことは邪険にするんですもの。まさにヒロインを虐げる悪役令嬢ね」
「なんという女だ。容姿だけでなく心も卑しいとはな」
青年も口を挟んだ。20代前半だろうか、甘い顔立ちの美青年だが、これも座っている女性への侮蔑がうかがえる。
「マリエス様、そうおっしゃらないで。顔も性格もぱっとしない、父にも愛されない可哀想な方なのよ」
「ああ麗しのラヴィル、君は姿も心も美しいよ。シェリュアとはまさに正反対だ」
不快なやり取りだ。パーティー全体から見てもいい流れではない。無理にでも話に割り込んで、女性を2人から引き離してしまおう。
ヴィエリアがガゼボへ向かった時。
「ハーバルク伯爵長女シェリュア、お前との婚約を破棄する!」
その青年の非常識発言は、これまた非常識な大声で、残念ながら周囲の人々にもよく聞こえてしまった。
は? この者……この方は何をおっしゃっているのでしょう?
ここはフリザーリュ公爵家の庭、その威信をかけたパーティーですのよ? 婚約に何か不服があるなら、各ご家庭でお話し合いなさって下さいません?
この宴を台無しにするような宣言、公爵家に対する宣戦布告と受け取ってよろしいのですわね?
大変結構、フリザーリュ家の社交戦における優雅と苛烈、とくとご覧なさいませ。
一気に戦闘モードに突入したヴィエリアがつかつかと近寄ったが、すぐに異変に気づく。
「そしてお前の義妹のラヴィルとの婚約に変更……」
青年はシェリュア嬢を見ていて気づいていないが、隣の少女(彼女がシェリュア嬢の義妹、ラヴィルだろうが)がびくりと震えた。
顔のあたりにかざしていた扇を取り落とす。
彼女はそのまま、その場に倒れ込んでしまった。
「ラヴィル? どうした!?」
ただごとではない。自分の喉を押さえ、身体を痙攣させている。
「屋敷の治療師をお呼びして!」
近くの給仕に鋭く指示した。
神聖魔法を修めた半聖半俗の医者である治療師なら、簡単な病気は即座に回復させられる。
給仕が屋敷へ駆け出していった。
「ラヴィルーー!!」
青年が少女を抱き抱え、気付け薬を嗅がせていた。
必死の介抱だが、それで治るような症状だとは思えない。
気付け薬はただのアロマオイルに酢を混ぜたもので、失神した人間を、その強い香りで目覚めさせるだけなのだ。
「ラヴィル! ラヴィル、しっかりしろ!!」
中年の男女がやって来て、青年を押しのけるようにして少女に縋りついた。
女性のドレスや装飾品が、少女のそれに似ている。母子でお揃いにしたのだろう。両親に違いない。
魔道具で武装した警備の者たちが数人集まってきた。
「お嬢様、屋敷へお戻り下さい」
警備員の1人がヴィエリアに近づいてうながした。
「でも」
「お嬢様の身に何かあってはなりません。ここは我々が」
「……分かりました」
ヴィエリアはこの国の第一王子の婚約者だ。
いずれ王室に入る身、何かあればすぐに退避して、自身を危険から守らねばならない。
彼女は警備員に守られ、足早に屋敷に戻った。
「……ラヴィル様の死亡を確認いたしました。毒物によって亡くなったものと思われます」
ヴィエリアが自室に下がって時間を置かず、召使いの報告がもたらされた。
「お父様とお母様は?」
「公爵閣下は警察と協議しておられます。夫人は招待客の対応に」
「犯人はまだ分からないのですね?」
「残念ながら、具体的な経緯もわからぬ次第でございます。いずれお嬢様も、目撃者として警察から事情の説明を求められるかと」
「もちろん、協力いたします。
それと、オスビエル男爵へ使者の準備を」
「使者ですか?」
「オスビエル男爵令嬢セルティ様に、捜査協力のお願いをいたします」
彼女の頭脳と特別な能力。
セルティ・オスビエルなら、この事件を解決に導いてくれるだろう。
ヴィエリアはふと、婚約破棄を叩きつけられた女性のことを考えた。
彼女は座ったまま、ずっと呆然としていた。
誰だって、婚約破棄を叩きつけられて、しかもその途中で義妹が死んでしまったら反応なんてできまい。
なにしろ、『婚約破棄の理由をお聞かせください』などと言うヒマもありはしなかったのだから。
拙作『断罪探偵ヒロインちゃん』の続編となりますが、前作を読まなくとも、楽しんでいただけます