17話 力の保存法則
工場の煙突から溢れ出る灰色の煙が空を染める。
蚊神とダールのいる工場地帯跡地はまさしく工場の墓場だった。
白骨死体のように鉄骨だけが残った錆だらけの建物。骨すらも砕けてバラバラになった工事の残骸が転がっていた。
「……それは猫か?」
ダールは毛並みの色が目まぐるしく変わるペルシャ猫を指差す。
「さあな。どうせすぐ忘れる」
蚊神はトレンチコートを脱ぎネクタイを外した。
「……最後に聞きたい」
トレンチコートを地面に置いて蚊神はワイシャツの第二ボタンまで外した。
ズボンにしまっていたワイシャツはさっきの走りではみ出していた。
「なんだよ」
ダールは全身に力点を発生させながら復讐者の手元の能力で力点が溢れ出ている右手を見る。
「弟の事を覚えているか?」
蚊神はワイシャツの袖をまくる。
「…そんな話をしたいのか?俺を殺すんだろ?知ってても知らなくても変わんねえだろ」
「どっちなんだ!」
ダールの頭に血管が浮き出る。
力点が更に発生する。
「お前の弟なんて知らねえよ」
蚊神はほくそ笑む。
バカだな。こいつ感情に揺さぶられて力点の発生量を上げやがった。
「ただ、どうせお前の弟の事だ。くだらねえ…」
「…もういい。喋るな」
ダールは踏み込んで右手を振り上げた。
蚊神は先程、置いたトレンチコートをダールにぶつける。
「なッ!」
ダールは左手でトレンチコートを防ぐ。しかしトレンチコートについていた砂が目に入る。
「ファイル!No.4 オープッ」
ダールが突進してくる。トレンチコートはまだダールの左肩にくっついている。
クソッ集点!
蚊神はまた右腕と左腕に力点を集めて防ぐ。だが衝撃で後ろに下がる。
「…言わせろよ」
「……言わせるわけねえだろ」
ダールはトレンチコートを地面に叩きつける。
「探偵の職技は自在に物をしまえるって能力だ。しかし出す時はそのファイル名を口で言わなきゃならねえ」
「説明どうも──そういえば猫は覚えてる?」
「は?」
突然、ダールの左足首に刃物で切られたような痛みが襲う。
「ニャー」
ダールは左足首をチラリと見る。
しかし予想に反して傷口は浅く血も殆ど出ていなかった。
「お前が出した猫!なんで忘れてたんだ」
窃盗猫は血がついた前足を舐めていた。
「さあな?また忘れるさ」
蚊神は鼻を掻きながら答える。
チッ!やっぱり力点で守られてたら窃盗猫の引っ掻きじゃあダメージ入んないか。うまくいけば左足のアキレス腱を切れたのに
ダールはまた右手を振り上げる。
ワンパターンの攻撃。右手のメリケンサックは怖いけど当たらねえなら意味なし
ダールが右手を振り下ろす……かのように見せた。
蚊神は反射的にダールの右手に目を向ける。
そこを狙われた。
死角になった右脇腹そこにダールの蹴りが飛んだ。
瞬間的に蚊神は脇を締める。右腕に力点を送る。
しかし効果は薄かった。
蚊神が送った力点よりダールが発生させていた力点の方が量が優ったのだ。
蚊神は吹き飛び鉄屑の残骸に当たり倒れ込む。
「俺も馬鹿じゃない。右手ばかり振り回すガキの喧嘩じゃあねぇんだ。俺は喧嘩請負人だぜ?言わばプロだ」
蚊神の右腕は赤くなり軽い痙攣を起こしていた。
「ふぅー。ちょっと不意打ちが成功したからって調子乗んなよ」
ダールはすぐに残骸まで走り今度は右手を横に振り下げた。
鉄屑が右手に当たり蚊神の視界だとまるで鉄屑が波になって襲ってくるようだった。
ガガガガッ
鉄屑が鉄屑に当たる音がする。
しかしダールは動きを少し止めた。
その時を見逃さず蚊神は鉄屑の残骸から起き上がりダールから距離を取る。
あの復讐者の手元とか言うメリケンサックの嫌なところは右手全体が能力の力点に覆われている所だ。
メリケンサックに当たるのはやばいが振り回してる右手に当たってもやばい。
ダールはまた左足首を見る。
同じ所を切り裂かれてるせいでさっきより傷口は深くなっていて血も吹き出ていた。
「な、これは?お前が……いや猫か!」
「どうだろうな?」
窃盗猫の相手の意識から自分自身を消す技は攻撃する回数が多いほど相手の意識から消えにくくなる。
今は2回。そろそろだな。
ダールの右手で吹き飛んだ鉄屑が蚊神とダールの間に落ちていた。
それを見ながら蚊神は少し頭の片隅に違和感を感じる。
ダールはどんどん距離を詰めようとしてくる。
蚊神は自分の後ろにあった廃工場に入る。
入った瞬間にダールの右手による裏拳が飛ぶ。
蚊神は寸前のところで避けて裏拳は鉄柱にぶつかる。
ガーーンという音が廃工場に響く。
ダールはまた復讐者の手元を思いっきり振り下ろす。
蚊神は今度は余裕を持って後ろに下がる。
拳は廃工場の床に当たり バンッ! という音が今度は響く。
「……お前、何してんだ?この廃工場を壊す気か?」
「今にわかる」
先程、ダールの裏拳が当たった鉄柱のちょうど真ん中が何やら水面のように揺らいでいた。
その揺らいでいる所は裏拳が当たった所と全く同じだった。
揺らぎが大きくなり水面の真ん中から突然、大きな力点が光線のように放出された。
ガガーーンッ!!
その光線の衝撃で鉄柱は粉々に崩壊する。
そして鉄柱の断末魔のような叫び声が廃工場に広がる。
そして放出された光線の先には蚊神がいた。
「あ、ファ」
蚊神は右腕と左腕をクロスさせて防御の体制に入る。
蚊神はその光線に直撃し廃工場の鉄ドアにぶつかる。鉄ドアは衝撃でへこんだ。埃と砂埃が舞う。
「よし!うまくいった。直撃しやがった」
ダール・ドッコイ
【拳士 ☆3】 点能力 増強型
能力名 "力の保存法則"
能力者が力点を込めて攻撃するとそのダメージと力点を攻撃した物に保存する事ができる。
保存したダメージと力点は光線のように放出される。
生物には保存が出来ないし保存していた物も光線のダメージを受けてしまう。