13話 "21〜22" (1)
21区 労働の街 バアルリン───
その煙と砂埃に包まれた街の末端に一軒の服屋があった。
店の中は小さいながらも品質は安定はしている上に金額はとても安いのでお客の入りはよかった。
カランカラン
店のドアが開く音がして店主の口髭を生やした爺さんは座りながら目を向けずに新聞紙を見ていた。
店の中は今、入ってきたお客を入れて二人。
そのお客はパーカーを頭から被って金額を見ずにコートを手に取っていく。
もう一人のお客が怪訝そうに見ながら何も買わずに店を出た。
「これ」
声が聞こえて店主は新聞紙からその客に目を向ける。
「はいよ」
店主は眼鏡をかけながらコートや服の値札を確認していく。
そこでコートを持ち上げた時に女性用のワンピースが下から出てきた。
店主は苦笑いしながら
「お客さんこれ女もんですよ?」と言った。
カランカラン
また一人、お客が入ってきた。
レジの前に立っているスキンヘッドの男は一枚の紙をカウンターに置いた。
そこにはこう書いてあった。
この店にある金を全部、持ってこい。
後ろの客は仲間だ。変な事したらお前を殺す。
店主はその紙を二度見ながら突然のことに口角はまだ上がったままだった。
「……え?どうゆう事ですか?」
スキンヘッドの男は果物ナイフを店主の首元に近づいた。
「早くしろ」
店主は急いで机の下にあった金庫から200万ほどを取り出して机に置いた。
「い、今はこのぐらいしか無くて」
スキンヘッドの男……ダール・ドッコイはすぐに200万が出てきた事にある疑惑を胸に潜めた。
大型店でもない。自宅を改造して作ったであろう服屋ですぐに200万が出てきた。
それに机の下に金庫があったのも不自然だ。
そして支払い前で金があるとは考えていたが…何のためらいもなくこんな大金を渡せるか?普通は無理なんじゃねえか?
後ろの客がレジまで来ようとしていたのを気配で感じダールはその200万Gの紙幣の束をパーカーのポケットに捩じ込んだ。
足早に店を後にする。
店を出る直前に客に当たるが振り返りもしなかった。
店を出て走り始める。
その振動で札束が三束、落ちる。
ダールは拾おうか迷ったが拾わずにそのまま走り始めた。
服屋から少し離れた所まで行くとやはり落とした札束の事が気になった。
おそらく30万ぐらいはあったか。
………クソッ!まだ騒ぎになってなかったら何食わぬ顔して拾おう。
遠くから見ればバレる事ないだろ。
ダールは来た道を今度は殆ど走ってるのと同じぐらいのペースで戻った。
服屋の近くに戻ると既に30万の札束は消えていた。
どこにあるのか辺りを見回すが近くにいたのは白髪が少し目立つ女だけだった。
その女はカバンを胸に抱え込むように持っていて辺りをキョロキョロと忙しなく見ていた。
走らないように気をつけてはいるが声が聞こえたらすぐに逃げてしまうような感じの歩き方だ。
その女の後ろを1匹のペルシャ猫とその背中にウサギが乗っていて女を追いかけているようにも見えた。
ダールはその女をどこかで見たような既視感を感じたがそれよりも店の前に21区の騎士団員では無く怪しげなスーツを着た男が二人いた事の方が関心が向いた。
あの店主、騎士団を呼ぶんじゃなくてあの二人組を呼んだのか……
そこでダールはさっきよりも速く走り始める。
やべえ!この金、マフィアの金か!
200万の紙幣に恐らく肉眼では見えないような細工がされてやがる!恐らく誰かの能力かも知れねえ!
ダールは止まっていた運送馬車に乗り込む。
「どこまで?」
「22区!」
運送馬車の運転手はダールの焦りようとポケットから見え隠れする札束を見た。
「お客さん。22区は今、区間検問してますよ?──いいんですね?」
ダールは自分の頭を擦る。
ポケットから札束が落ちる。
「と、とりあえず進んでくれ!いいから!」
「わかりました」
しくった!あんな古そうなとこがまさかマフィアが経営してる所だなんて!
仮にこの札束が補助型の能力者によって作られた物なら追尾機能があるかも知れねえ!
そうなったら俺は、復讐すら出来ずにこの世とおさらばだ。急いでヴェニスとかいう商人、見つけねえと──仮にいなかったらすぐに13区に戻らねえといけねえ
「お客さん。そろそろですよ」
「あんたツテあるのか?」
「……ありますよ」
ダールは落ちた札束を運転手に渡す。
「これでどうだ?」
運転手は馬を触らずに操縦していた。
「まあ……いいですよ。それで」
ダールは運転手に札束を4束渡すとマフィアの金だと気づかないようにと祈っていた。
少しすると若い検問官と無精髭を生やした検問官の二人組が運送馬車を止めた。
検問官の前には能力で作られた網の壁があった。
「あんた、21区で仕事してんでしょ?ダメだよ22区まで客乗せちゃあ」
若い検問官は運転手に言った。
しかし無精髭の検問官は運転手を見ると口元に笑みを浮かべた。
「20だ」
「分かってます」
運転手は無精髭に2束渡した。
「ん…問題なし」
「ちょっと!」
若い検問官は抗議する。
しかし網の壁は開かれてそのまま運送馬車は進んで行った。
「どこまで?」
ダールは出来るだけ誰にも見られないように下を向いていた。
「どこまで?」
「え?なんだよ」
「お客さんダメだよ。マフィアに手ェ出しちゃ」
ダールはまだ止まっていない運送馬車から飛び出した。
今度は札束を一束、運送馬車に落とした。
ダールは裏路地に入る。
そこには若い男女が何やらよからなぬ事をしていたがダールが睨むと逃げていった。
ポケットを確認すると12束だけになっていた。
数えると120万。
ダールは笑った。
ものの数十分で80万消えた。
ふざけんなよ。しかもこれはマフィアの金ときてる。
「ついてねえ。何も」
その時、ズボンのポケットから骨粉が入った小さな袋が小さい水溜りに落ちた。
ダールはすぐに拾い上げた。
その袋は濡れていた。まるで泣いているかのように。
ダールは袋をパーカーで拭いた。
「……本当についてねえのはオメェだよな。安心しろ。兄ちゃんが必ず仇うってやるから!」
ダールは立ち上がった。
そこでダールは気づいた。
自分が入ってきた所からは当たり前だが光が差し込んでいるのに反対側は真っ暗だった。
ダールはその暗闇に向かって進み始めた。
その路地は予想に反して長く続いていた。
そしてようやく路地を抜けると一軒のカフェがあった。
スカルガーデンでは珍しくとても綺麗でまるでミニチュアのようだった。
しかしダールは拳を強く握りしめた。
そのカフェはガラス窓で店内が見えた。
子供が走り回っていたり、窓際には裕福そうな老婆が珈琲を飲んでいた。
しかしダールはそのカフェが普通じゃない事を知っていた。
ダールは躊躇いもせずにカフェの中に入って行く。
カフェのガラス窓に開店時間、閉店時間それに張り紙があり今日のおすすめメニューが貼ってあった。
そしてもちろんこのカフェの名前も……
"ノクターン"
それがこのカフェの名前だった。
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今度からGの表記をGに変更します。