“男爵令嬢”、真実の愛を見付ける!!
「ディアン、いい加減にしてくれ!」
思わず声を荒らげてから、ティガスタ王国の王太子ルロは、下唇を嚙む。
目の前では、婚約者のディアンがちょこんと椅子に腰掛け、項垂れている。チョークチェリーの実の色の巻き毛が滝のように流れていた。ここは、王都にある魔法学校の、懲罰室である。
ルロは黒髪を乱して頭をかきむしる。今月にはいってもう何度、婚約者の起こした問題に対処しているだろう。
ディアンはガルグ伯爵家の次女だ。ルロとは同い年で、魔力を持っている為、辺境にある地元を離れて王都の魔法学校に通っている。
ディアンとルロの婚約が結ばれたのは、ふたりがともに二歳の頃だ。当然、お互いの意思のもとにかわされた約束ではない。ルロの父王と、ディアンの父親であるトルヴァン卿の意思だ。
けれど、ルロはディアンという婚約者に文句はなかった。というよりも、ディアンのように朗らかで、何事も明るく考えられる、貴族女性らしからぬ快活でさわやかな女性が自分の婚約者であることを、喜んでいた。
ルロは生まれると同時に母を亡くしている。母が命をかけてうんでくれたのだ。ルロは幼い頃から、ことあるごとにそれを聴かされてきた。
だからこそ、正しくあろう、王子としてはずかしくないように己を律していよう、と、常にそう考えている。
それでも、十六にもなれば様々な誘惑はある。
魔力がある以上、王族であっても、十五になれば魔法学校へはいらないといけないのだ。魔法学校は全寮制で、それは王子であってもかわらない。そうなれば、貴族以外とも接触することになる。
なかには、親の犯罪の片棒を担がされていた、本来なら王子と知り合うことなどないような生い立ちの子ども達も居た。親が犯罪者だから子どももそうなるということではないが、腹が減ったら盗んでこいと育てられた子ども達が、魔法学校にはいったからといってすぐに、ごく普通の暮らしをできる訳ではない。
食堂、教室、寮では頻繁に、誰かが隠していた食糧がかびが生えたか腐った状態で見付かるし、食べものをいつでも食べられる環境に慣れていない子どもは食べ過ぎて吐くことが多々ある。個人用の戸棚にいれておいてものを、「錠が外れてたから」と、特に罪の意識なく持っていってしまう子どもも居る。
そういう子ども達は、ルロは知らないことを知っていたり、面白い場所も沢山教えてくれる。それで、ルロにはいろいろな誘惑があるのだった。
だからルロは、ディアンのことを、気がゆるみがちな自分に天が授けてくれた唯一無二の女性だと、そう考えていた。十五で魔法学校にはいって以降、大きな問題を起こさずにこられたのは、ディアンが陰日向に見守り、導き、助けてくれたからだと。
だがそのディアンは、この数ヶ月、問題行動ばかりしている。
ルロは溜め息を吐いて、自分で乱した髪の体裁をどうにか整えようとしていた。ディアンはまだ項垂れていて、揃えてななめにした脚は震えている。魔法学校の女生徒の制服は少々、丈が短すぎる。
ディアンがすねから下をさらさざるを得ないことについて、ルロは一度ならず腹をたてていて、学校にも申し入れたのだが、魔法の練習に適した形状であり結界魔法がかかっているとかで、制服の形がかわることはなかった。王族といえど、注文をつけられることではないようだ。
ルロは目を閉じ、心を落ち着けようと一度深呼吸して、目を開いた。
「ディアン。君がソーヴァアをきらうのはかまわない。だからといって、俺と彼女が会おうという時を狙って、こうやって問題を起こすのは、もう辞めにしないか?」
「そのようなことは……」
ようやくと喋ったディアンは、まるめているせなかを少しだけ伸ばしたが、まだ項垂れている。ルロは舌打ちしたいのをこらえる。
「いいか。学校での君の身元引受人は、君が望んでいようといまいと、俺なんだ。君が問題を起こせば、俺がこうやって走りまわらされる。君が壊した修道院の鎧戸の修繕を依頼し、建物の持ち主である大叔父さまに謝罪し、おどかしてしまった修道僧達を宥め、ガルグ伯爵家の上邸に遣いをやって事情を説明させた。君のおかげでソーヴァアとの約束は、もう……数えられないくらいに反故にしてしまっているんだ」
婚約者はか細い声でいう。
「わたくしは、魔法の練習をしていただけで、殿下に迷惑をかけるつもりはございませんでした」
「君がなにをほのめかしたいのかは知らないが、俺と彼女はなにもやましいことなどない」
ディアンがぱっと顔を上げた。なにやら挑戦的な眼差しに、ルロはちょっとひるむ。
ディアンはけれど、目を逸らした。「そのような邪推はしておりません」
「それじゃあ、君が修道院を襲撃していたいけな修道僧達をおそろしがらせたり、学校の鐘楼から飛び降りて脚を折ったり、同級生と喧嘩して教室を吹き飛ばしたり、学校を抜けだそうとして門衛の鎧を粉々にしたりする日が、俺がソーヴァアと約束をしている日に限られているのは何故なんだ。ディアン?」
ディアンは口を開き、しかしなにもいわない。
ルロは小さく鼻を鳴らす。「もういい。とにかく、今日はもう、寮へ戻ろう。君は少し眠ったほうがいい。魔力をつかいすぎだ」
踵を返した。王子として、いや婚約者として大人げないことに、どうしても、ディアンに腕をさしだす気分にはなれなかった。
ディアンはルロの二歩後ろを歩いている。
学校の懲罰室から出て、校舎を北へゆき、渡り廊下を通ると寮だ。寮は這入ってすぐの大広間を中央において、女子寮と男子寮に分かれる。魔法がかかっているので、男子が女子寮に這入ることはできないし、女子が男子寮に這入ることもできない。
今日は、六日に一度の休日で、授業はない。ティガスタ王国の国教である、シクラダ教の創世神、ルウジャンとツェンズの祭日だ。
ルウジャンとツェンズは男女の双子で、それぞれが天と地を司っている。六日に一度、ルウジャンとツェンズの力が拮抗するので、どちらにも敵対しないように休みにしないといけない、という考えがあるのだ。
ルウジャンとツェンズは双子でよく似ているし、人間という子どもを持ったが、最終的には仲違いして天と地に分かれた。なので、子どもである人間達は、父にも母にも味方することはよくない。天と地、どちらがなくなっても困るからである。
勿論、今では完全に休みにする人間は居ない。仕事や学校は休みになるが、聖廟へ寄付をしておけば主日に働いても問題はないとされている。
それでも、伝統的には休みの日だから、芝居や興行が大々的に行われるのは主日なのだ。この日に限っては、学校傍の街であっても、芝居やなにかで華やかな雰囲気になる。生徒達も、ほとんどが外出して、まちなかで日頃の憂さを晴らしている。
だから、ルロはソーヴァアを芝居に誘った。この間、放課後に図書室で勉強するという約束を違えてしまったから、その穴埋めのつもりだった。あの日はどうしてだか突然鐘楼にのぼりたくなったらしいディアンが落ちて怪我をし、今日はディアンがあらぬところで魔法の練習をして修道院の鎧戸を破壊した。
ルロは、ちらりとディアンを振り返る。ディアンは俯きがちで、長いまつげが震えていた。こんなに美人だったらそれを鼻にかけていそうなものなのに、ディアンはそんなそぶりを見せない。もしかしたら、俺がそういう態度をきらうと思ってしていなかったのだろうか? 本当は彼女は、ソーヴァアのような子でも、俺の傍から排除したいと思っているような、気性の荒い女性なのだろうか?
ルロは寮の玄関扉を開けて、玄関広間に這入った。ディアンがかげのように、そっとそれに続く。
ルロはディアンを見、口を開いたが、言葉を発しはしなかった。なにかまずいことをいってしまう予感があったからだ。学校の端にある、子羊のような修道僧達が暮らす修道院を何故襲撃したのか、なんて皮肉をいいそうだ。
もしくは、ソーヴァアのことをどうしてきらうのか、というこれまで散々繰り返してきた不毛な議論をまたくりひろげるか、だ。
ルロは自分が不機嫌だと自覚していた。ソーヴァアとのことを邪推されるのは、不愉快だ。ソーヴァアに対して、恋愛感情はない。
結局、ルロは、おやすみ、とだけいった。まだ日が落ちていないのにだ。ディアンは首をすくめるみたいにお辞儀して、女子寮へと小走りに行った。
ルロは鼻を鳴らして、男子寮へ向かった。もう芝居の時間は終わってしまった。ソーヴァアは、ひとりで芝居に行くといっていたが、不備はなかっただろうか……。
ソーヴァア。ソーヴァア・ノファル。
由緒ある、ノファル男爵家の娘だ。ルロやディアンと同い年で、魔力を持っている。魔力を持っている、ということは、魔法学校にはいる義務があるのだ。
ソーヴァアはノファル家の領地のなかで、人生のほとんどをすごしていた。男爵である父親のベル卿は、ソーヴァアが魔法学校にはいることを渋ったという。しかし、聖廟で審査をし、魔力がわかった以上は、貴族だろうと王族だろうと、一律で魔法学校にいれられるのだ。
そして、長期の休み以外は学校傍の街までしか移動することはできない。王都内にある、魔法学校生の為の街だ。そのまわりには防壁が張り巡らされていて、王都のなかであるというのに王族でさえ出入りは自由にならない。
ノファル男爵家は、ティガスタ王国のなかでも非常に歴史のある家である。歴史だけでいえば、ガルグ伯爵家よりも長い。
肩書きこそ男爵だが、侯爵であってもノファル男爵には礼を尽くす。ガルグ伯爵家と同格か、ガルグが少し上か、という扱いだ。
だが、ほとんど領地から出たことがないというソーヴァアは、王都や貴族の事情に疎く、貴族同士の会話にもなかなかなじめない。かといって、一般家庭出身の子どもや、孤児とも、また話が合わない。それで、学校内ではういていた。
学校にはいって半年ほどは、ルロも特にソーヴァアに注目していた訳ではない。
たまたま、彼女と口をきいたのは、ディアンが熱を出して休んだ日だ。そう、あの頃は、彼女はソーヴァアに優しかった。それがどうして……。
ソーヴァアは、泉のほとりに居た。熱冷ましのフーという草をさがしに。
ソーヴァアは、ディアンに熱冷ましの薬をさしいれようと、それをさがしていたのだ。ルロも、ディアンが熱を出したと聴いてまっさきにフーをさがそうと思ったから、一緒にさがした。
ソーヴァアには婚約者は居ないが、ルロはルウジャンとツェンズに、ディアンと結婚することを誓っている。女生徒と一緒に居たくらいで大騒ぎする者は居ない。
だが、首尾よくフーを見付けて、治癒室に居るディアンへさしいれると、ディアンはルロとソーヴァアがふたりでやってきたことに不快感を示した。少なくともルロには、彼女が不快に思っているように見えた。
その、二月くらい後からだ。貴族の生徒達が、ソーヴァアにそっぽを向くようになった。班になるのもふたり組になるのも、皆、ソーヴァアを避ける。貴族達がそんな態度なので、一般市民の子も、孤児達も、ソーヴァアと距離を置くようになった。
だから、ルロはソーヴァアと一緒に居るようになった。彼女が孤立しているのは、見ていられなかったのだ。まるで自分のことのように、淋しさやつらさが感じられた。
ふたり組で調べものをしたり、魔法の練習をしたりしていると、ソーヴァアと気があうことに気付いた。ソーヴァアの好きなものは、ルロも大概好きだし、きらいなものは大概きらいだ。一緒に食事をとると、示し合わせたように同じものを選ぶ。
驚いたのは、昔飼っていた犬の種類と名前が同じだったこと、ほぼ同時期にねずみを飼っていたこと、八歳の誕生日に同じような黒い馬をねだったことなどで、彼女と話していると自分の話を聴いているように感じた。それくらい、共通項が多いのだ。
違うのは、利き手や利き足だけだった。ルロはほとんど左利き、ソーヴァアはほとんど右利きだ。お互いの手がぶつからないように隣に座ると、なんともいえない安心感のようなものがあって、その奇妙に心地いい感覚がルロは好きだった。母が生きていてくれたら、こんなふうに安心できたのだろうか、と思った。
それなのにディアンは俺が彼女と居ることをきらう。
ルロは課題の小論文を書き終え、両主神に祈りを捧げた。主日に勉強など罰当たりだが、つい三日前にディアンが教室内の机をふたつ吹き飛ばしてしまったので、その所為でその日の午後が潰れてしまったのだ。それで、今日にまで課題を残してしまっていた。
ルロは数分間の祈りを終えて、寝台へ寝転がった。もうそろそろ、祭礼の日だ。去年の今頃、十六になったら祭礼の日にディアンに結婚を申し込むのだと思っていた。いや、今だって、彼女と結婚したい気持ちはかわらない。けれど、ソーヴァアのことだけ、どうしてもひっかかる。どうしてディアンは、ソーヴァアをきらうのだろう? わたしの唯一無二の、かけがえのない友人なのに。
ソーヴァアが貴族達にそっぽを向かれているのは、ディアンが彼女に冷ややかな態度をとるからだ。ガルグ伯爵家とノファル男爵家なら、そこまで差はないが、ディアンは「王太子の婚約者」である。ディアンが右といえば右だという生徒は存在する。
「ルロさま、昨日は申し訳ございませんでした」
午前の授業が終わると、ディアンが走ってきて謝った。ルロは魔法円についての講義をかきとった帳面を、右脇に抱える。
「いや。昨日は俺も、頭に血がのぼっていた。君に怪我がないか、ききそびれていた。ごめん。大丈夫だったか?」
「あの……とりけしましたから」
「ああ」
ルロは軽く、肩をすくめる。ディアンは苦く笑った。
ルロとディアンが婚約したのは、同じ魔力を持っているからだ。「とりけし」といって、一日に一回だけ、自分に対して起こったことを強制的になしにできる。
例えば大怪我をしたら、それをなかったことにできる。そういう魔力だ。勿論、事象によっては大きく魔力を失うので、実際になんでもなしにできるかといえば難しいが、意識さえあれば、転んで怪我をした程度ならすぐになかったことにできる。
誰もが持っている魔力ではない。「とりけし」同士が結婚すると、子どももその力を持つという説があって、ディアンはルロに丁度いい妻として選ばれたのだ。
ルロはそのような思惑で、ディアンと結婚したいのではない。彼女に対してほかの人間に対するのとは違う、特別な感情があるのだ。それがなんなのかはよくわからないが、彼女と一緒に居たい、と思う。
ソーヴァアと一緒に居るのも楽しいが、それはなにか、また別の感情なのだ。
ディアンは巻き毛を耳にかける。
「ルロさま、祭礼の日のことですが」
「ああ……」
ルロは口を噤んだ。毎年、祭礼はディアンと一緒に聖廟に参っている。祭礼の前後三日は学校は休みになり、日中で許可証を持っていれば一般市民でも学校へ這入れるし、生徒達は自由に学校を出て聖廟に参れるようになっている。
ルロは微笑む。
「今年も、菓子を寄付しようか。それとも、くだものを? 去年はチョークチェリーと、甘いパンを納めたな」
「あ、……あの……」
ディアンは何故か、戸惑ったような顔をする。毎年、祭礼までに手配をして、当日にふたりで聖廟の僧に目録を渡すのがいつものことだ。寄付は連名でしている。
「なんだ?」
「……ソーヴァア嬢と、おいでになるのかと思っていました」
小さな声だった。まるで、ルロとソーヴァアが一緒に居ることは、秘密にするべき、とでもいうように。
ルロはそれで、むっとした。大人げないが、頭にきた。
「俺が、婚約者が居るのに、ほかの女性と祭礼に出掛けるような、ばかな真似をする人間だと? そういいたいのか?」
「いえ」
ディアンは怯えたような目で頭を振る。ルロはふんと鼻を鳴らし、教室の出入り口へ向かった。ディアンを見ずにいう。「祭礼の寄付は俺が手配する。俺だってそれくらいはできるから、君は余計な心配をせずに、休むといい。魔法の暴発なんて、君らしくない失敗だ。俺のようなそそっかしいばかな男と婚約していて、疲れているんだろう」
ディアンの返事はない。
「ソーヴァア!」
「ルロさま」
くさくさした気分で食堂へ向かっていると、窓辺にたたずんでいるソーヴァアを見付けた。ルロは思わず、笑顔でソーヴァアへ近付いていく。ソーヴァアはふたつにくくった黒髪を揺らしてルロを見、にこっとした。
「どうした? 昼食へ行かないのか」
「あれ、見てください。きつつきが居るの」
どれ、と、ルロは開いている窓から身をのりだす。ソーヴァアがゆびさしたほうには、大きな楠があって、幹の中頃にきつつきがとまっている。
「頭がぼさぼさ。今起きてきた子どもみたい。縞の寝間着」
「そうだな」
ソーヴァアの表現は、きつつきの状態をよくあらわしていた。ルロの考えていたことと、そっくりそのまま同じだ。ルロはだから、くすくす笑う。
「ルロさま……」
ルロとソーヴァアは、同時に声のほうを見た。そこには、ルロを追ってきたのだろう、軽く息を切らしたディアンが居た。
ディアンは目を瞠って、なにかに怯えているようだった。
ルロの機嫌は最悪だった。
祭礼の前日、ルロは王城に呼び出されていた。祭礼では、陛下が王都一の聖廟に参るのだが、明日その一大行事があるというのに、陛下はルロを呼び出してなにかを話そうという気分になったようだ。
だからルロは、ソーヴァアとの約束を反故にして、王城の小広間に居た。学校の決まりがあるので、いつもは長期の休みにしか会えないが、距離でいえばたいしたものではない。学校の庭から王城は見えるし、王城から学校は見える。
アーチだけの出入り口から、陛下がいらした。ルロは席を立って、それを迎える。陛下は苦しそうな呼吸で、上座に座った。従僕がマントを調え、さっと姿を消す。
前の長期休みでお会いした時よりも、やつれておいでだ。ルロはそう思って、表情にそれを出さないように気を付けた。陛下はそういったことに敏感だ。
「王太子」
「はい、陛下」
陛下は咳払いし、数回深呼吸した。ルロは、陛下が四十をすぎてからの子だ。だから陛下は今、もう六十歳に近い。本当ならば、孫が居てもおかしくない年齢である。
以前なら、陛下が子どもと遊べるくらいにお元気なうちに、孫を見せてさしあげるのだと思っていた。今は、ディアンが自分をどう思っているかがわからないから、のんきにそんなことを考えられない。
ルロはゆっくりと瞬いて、思考を追い払う。祭礼の前日、という重要な日に、陛下から呼び出しがあったのだ。なにかとても、大きなことを告げられる。
そう思ったのに、陛下はいった。
「ノファルの娘のことだが」
ルロは胃をむかむかさせながら、陛下の言葉を聴いていた。ノファルの娘……ソーヴァアと、親しくしているのは、何故か。ディアンという婚約者が居ながら、どうしてほかの令嬢と芝居などに行く必要があるのか。自分達がどう見えているか、わからないのか。
わかる訳がない。
「お言葉ですが、陛下」
ルロは尖った声を出す。陛下が片眉をつり上げた。「わたしはなにもやましいことなどありませんと、今までも何度も申し上げています」
「ルロ、お前の気持ちが問題なのではない。ノファルの娘や、まわりの者達がどう思うか」
「ソーヴァアはそのような勘違いをする子ではありません。それに、まわりの者が邪推するのは、その者らが卑しいからでしょう」
「ルロ!」
陛下が声を荒らげる。
その反応で、ルロは察した。これは、ディアンから話がいったのだ。
ルロは顎を軽く上げ、いいはなつ。
「わたしはルウジャンとツェンズに、ディアンと結婚すると誓っています。両主神への誓いを破るような愚かな人間と思われるとは、信用のない王太子で、まったく申し訳もたちません。陛下にもはじをかかせてしまったでしょう。一国の王太子が、両主神への誓いを反故にして、幼い頃から連名で寄付をしてきた令嬢との結婚をしないと思われているのですからね。まったくはずかしくて、表をまともに歩けません。それにしてもどうして、そのような邪推をされたのでしょうか。俺はソーヴァアと話していただけです。どうして、ソーヴァアだけが問題になるのですか? 魔法学校にはソーヴァアとディアン以外にも女性は居る筈ですが、俺の勘違いでしょうか」
陛下は言葉に詰まり、ルロ、とだけいった。ルロは鼻に皺を寄せる。
「お話はもう宜しいでしょう。長居をしては、祭礼の前日に陛下を疲れさせたと、また陰口を叩かれます。これ以上信用を損なわないように、俺は学校でおとなしくしていますとも」
ルロは挑戦的にいってお辞儀をし、小広間をあとにした。くだらない邪推で陛下までひきずりだして、本当に彼女の考えがわからない。
ルロは溜め息を吐いて、王城を出る。
祭礼の日は、朝からどこも、にぎやかな笑い声とおいしそうな匂いでいっぱいだ。
それは学校でもかわらない。ルロは、聖廟へ向かう前にすこしだけ、と、校庭で生徒達が出した屋台を覗いていた。校庭は祭礼の前後三日、特別に解放される。生徒だけでなく、普段は魔法学校に這入れないひと達でごった返していた。
王太子といえど、顔がみんなに知られている訳ではない。ルロは軽装で、あしどりかるく歩いていた。聖廟には、特別な格好で参ることはしない。両主神は人間の外見にこだわらないし、分不相応な贅沢を戒める。聖廟を参る人間は、だから寧ろ、いつもよりも簡単な格好をしていく。
氷菓子や焼き菓子を売っている店もあれば、刺繍をした手巾を売っている店、花をかたどった壁飾りを売っている店もあった。ルロは焼き菓子をふたつ買い、かじりながら屋台の間を歩く。
髪飾りの店の前で、ルロはあしを停めた。ディアンのチョークチェリーの髪によくあいそうな、くすんだ金色の薔薇を見付けたのだ。素人のつくったものとは思えない仕上がりだった。ほんものの金ではないだろうが、綺麗ではある。
髪飾りは様々な種類があった。どれも、細くて尖ったピンに、綺麗な飾りがついている。
「ルロさま、ひやかしですか」
「ソーヴァア」
ふわふわと、聖廟参り用の簡素な衣装に身を包んだソーヴァアが、歩いてきた。ルロと同じ焼き菓子を買い、同じくらいかじっている。本当に彼女とは気があうな、と、ルロはくすっとする。
「いや、ディアンに似合いそうなものを見付けたから」
「あ……これね」
ソーヴァアは、くすんだ金色の薔薇を指さす。商品はあまたあるのに、ルロが目をつけたものをすぐにあてたのだ。やはり、ソーヴァアとは特別に心が通じ合っている。
店番をしている生徒は、孤児だ。貴族だの王族だのはよくわかっていないし、おそらくありがたみも感じていない。その気楽な調子が、ルロは好きだ。
「殿下、これ、銀貨2枚でいいよ」
「3枚じゃないのか」
値札を示すと、店番はすきっ歯を見せて笑った。「殿下からそんなにとれないよ。ほんとの金でもないんだし。それに今日は祭礼の日だよ。いいことしなくちゃあ」
「そうか。それじゃあ、俺もいいことをしないとな」
銀貨10枚を台において、金色の薔薇の髪飾りを手にとった。「ソーヴァア、お前もなにか選ぶといい」
「いいの?」
「ああ」
ソーヴァアはにこっとして、銀色の薔薇を手にとる。ルロはまた、笑う。ソーヴァアの黒髪に、銀色の薔薇は合いそうだと思っていた。或いは、雫のような形の珊瑚色の飾りが。
ソーヴァアが、銀の薔薇か珊瑚の雫かを吟味していると、人垣が割れた。その向こうから、ディアンがやってくる。顔色はあまりよくなく、なにか心配ごとでもあるのか、あしどりがおもい。
きょろきょろしていたディアンは、ルロに気付いた。それから、ルロの隣で軽く腰をかがめているソーヴァアにも。
ディアンの顔がもっとあおくなった。
「ルロさま」
ディアンが喘ぐようにいい、走ってくると、ソーヴァアの腕を掴んだ。ぐいっとひっぱる。「ディアン?」
「ソーヴァア嬢、ルロさまとなにを……」
「ディアン、彼女から手をはなせ」
「ソーヴァア嬢、まあ」ディアンは呼吸が浅い。「ルロさまに髪飾りを買ってもらったの? どうしてそのような」
「ディアン! 俺の言葉が聴こえないのか!」
ディアンが怯えた顔でルロを見た。
ルロはそれを睨む。
ソーヴァアの手から銀の薔薇が落ちた。
「ディアン嬢」
「ディアン、もう一度いう。いい加減にしろ」
ディアンは目に涙をうかべて、ソーヴァアの腕をぱっとはなした。
不幸だったのは、ディアンがかなり強くソーヴァアをひっぱっていたこと、ソーヴァアがディアンの力に負けないように踏ん張っていたこと、ソーヴァアが祭礼用に、いつもよりも粗末な靴を履いていたことだ。
突然ディアンの力がなくなったことで、ソーヴァアはたたらを踏んだ。ルロがなにをできる間もなく、ソーヴァアは髪飾りの置かれた台の上に倒れ、彼女の首に髪飾りが突き刺さった。
ルロは聖廟のなかで両膝を突き、両主神に祈りを捧げていた。祭礼用の部屋ではなく、銀貨を払えばかりられる、個人で祈る為の小部屋だ。両主神の像が飾られ、ろうそくが立てられて火が揺れている。
ソーヴァアは治癒室に担ぎ込まれ、今、処置がなされている。治癒の魔法をつかえる人間は居るから、なんとかなる筈だ。きっと。だが、あんなところにあんなものが刺さって、助かったとしてもどうなるか……。
ルロは祈っていた。ソーヴァアが無事ですみ、ディアンが責めを負わぬように。ガルグ伯爵家とノファル男爵家とでもめたら、どんなことになるかわからない。ディアンがすべての責任をとって、死ぬようなことになったら、俺は生きてはおれない。
気付くと、ルロは泣いていた。ディアンが何故いやがるかなど、考える必要はなかった。ディアンがいやがるのだから、ソーヴァアと親しくしなければよかったのだ。ディアンがソーヴァアを誤って傷付けることも、ソーヴァアがあのような怪我をすることも、ディアンが危険な立場に置かれることもなかった。俺が軽率だった。
「殿下」
はっとして、ルロは顔を上げる。従僕が来ていて、陛下が呼んでいると告げた。
「ルロ。大変なことになったな」
「陛下……」
ルロは涙を拭い、父親の顔をしっかり見ようとした。次から次にあふれる涙の所為で、うまくいかない。
陛下はルロの肩を軽く叩く。祭礼を終えたようだが、まだ祭礼時の格好だった。王冠も、マントもない。
祭礼の当日、陛下が使用する控え室に、ルロは居た。普通なら従僕達が居るだろうが、今はふたりきりだ。ルロはすすり泣き、陛下は沈痛な面持ちをしている。
「俺が愚かでした。ディアンにとんでもないことをさせてしまった」
陛下はなにもいわず、ルロのせなかを優しく撫でている。ルロは喘ぐ。
「でも、ソーヴァアと居ると、居心地がよかったんです。彼女はいつも、俺と同じことを考えていた。同じものを食べて喜んで、同じものを見て笑って、同じことで怒って、同じことで哀しみました。彼女はまるで、俺の鏡のようで、安心できた……まるで、俺がもうひとり居るみたいで……」
「ルロ」陛下が驚いたような声を出した。「ではお前は、ノファルの娘と恋仲ではなかったのか」
「違うと何度も申したではありませんか」
思わず強い口調でいいかえし、ルロは大きく息を吐いた。
「申し訳ありません。ああ、でも、どうして陛下もディアンもわかってくれないのですか。俺はソーヴァアには、……ああ、そうだ。家族のように思っているんです。彼女を。きっと彼女も、同じ気持ちです」
ルロはそこで、意外なものを見た。
陛下はあおくなって、怯えている。
「陛下?」
「ルウジャン、ツェンズ、ああ、欺いたことをおゆるしください」
ルウジャンと、ツェンズに、わびを……。
ルロは顔を拭う。「陛下、なにをおっしゃっているのですか」
「ルロ。わたしはお前に、隠していることがある。いや、国を欺いている」
穏やかではない言葉だ。ルロは涙がひいていくのを感じた。
「陛下、一体どういうことですか」
「わたしは……妻が命がけでうんだ子どもを、殺すことはできなかった」
こどもをころす?
ルロは眉を寄せる。子どもを、殺す。なにをいっているのだろう。俺は生きている。生きてここに存在している。
陛下、といいかけたルロは、父親の言葉に動きを停めた。
「ルロ、落ち着いて聴きなさい。ソーヴァア・ノファルは、ノファルの娘ではない」
父王はひと呼吸、間をいれる。「あの子はお前の、双子の妹だ」
ルウジャンとツェンズは、男女の双子の神だ。
はじめは手をとりあって世界をつくり、ひとをつくり、いきものをつくり、国と法を与えた。
だが、ルウジャンが人間へ過干渉になり、ツェンズがそれを咎めたことから大きな争いに発展した。地を日の光で焼き、嵐と大雨が天を揺らし、人間達はとてつもない損害を被ることになる。
最終的に両主神は袂を分かった。今では傍に近寄らないよう、片方が天に、片方が地に居る。どちらがどちらに居るかは明言されない。
そうやって最後には大きな争いを起こして喧嘩別れした両主神が、男女の双子だったことから、ティガスタ王国では男女の双子は忌むべきものとされている。その為、片方を殺してしまって、それが発覚しても、大きな罪には問われない。男女の双子が生まれて、すぐに片方が死んだ場合は、医者は「自然死」と診断してくれるのが普通だ。死んでしまったほうは、聖廟で特別に弔われる。
男女の双子は、先に生まれた子どもが殺されるものだ。
「お前達が双子だとしれたら、大事になる。その上、双子で恋に落ちたなどということになったら……ソーヴァアを預けたベル卿の話だと、お前達はよく似ているし、見る者が見たらわかるかもしれないとこわかった。だから、ディアンにルロを見ていてほしいと頼んだのだ。事情も話してしまった」
それならば、わかるところはある。
ソーヴァアが魔力を持っているのに、ノファル男爵が彼女を学校にやるのを渋ったのは、同学年にルロが居るのが確実だからだろう。
ディアンがたまに、怯えた顔をしていたのは、ルロとソーヴァアがよく似た仕種をしたり、同じものを同じように食べていたりしたから。
そして、ルロとソーヴァアの気があったのは、双子だから当然なのだろう。
「俺は、ソーヴァアを王家から追い出して、生き残ったんですか」
「ルロ、そのようにいうものではない」
「ですが、そうでしょう」
陛下は激しく頭を振り、絞り出すようにいった。
「妻がとりけしの魔力を持っていた。それを持つお前を手許に残すと決めたのは予だ」
「とりけし……」
……とりけし。
ルロは立ち上がると、そのまま走った。聖廟を飛び出す。
「ディアン」
ディアンは廊下に座りこんで泣きじゃくり、肩を震わせていた。治癒室の扉は閉ざされていた。
「るろさま」
ディアンは祭礼用の粗末な服のスカートで、顔を拭った。
「ディアン、もういい」
「ごめんなさい、るろさま」
「いいんだ。君のいっていたことは、わかった。俺が襲撃をうけないように、配慮してくれたんだろう」
忌むべき男女の双子だ。先に生まれたのがルロだと発覚すれば、どこで誰に襲われるかわかったものではない。最悪、殺されていただろう。
ディアンはなにもいわず、両手に顔を埋めている。華奢な肩がぶるぶると震え、チョークチェリーの髪がゆらゆらしている。
ルロはそれを目に焼き付けて、治癒室の扉を開いた。どうなるか、わからない。
血の匂いがする。
「ソーヴァア・ノファル、気を強く持って」
「しっかりなさいソーヴァア嬢!」
治癒の魔法をつかえる先生がたが、必死に治療にあたっていた。だが、あまり芳しくないようだ。床には血だまりができ、ソーヴァアの腕が寝台からとびだして不気味に揺れている。
「先生がた」
先生の数人がルロを振り向いた。「殿下、はいってはいけません」
「でんか」
「出ていってください」
ルロの言葉に、先生がたの目がまるくなる。抗議の声が上がる。
ルロは大声で、はっきりと発音した。
「王太子が命じているのだ。出ていけ」
治癒室内が静まりかえった。
先生がたはなにもいわず、出ていった。
ソーヴァアにはもう処置のしようがないということだろう。
ルロは妹を見る。血の気のない白い顔、力の入っていないぐんにゃりした体、そういったものを見ている。
それから血を。
ルロはソーヴァアの手をとった。
「とりけし」
ルウジャンとツェンズは、もともとひとりだった。それが分かれてふたりになった。
ふたごとはそういうものなのだ。
「ディアン、来なさい」
扉は閉まりきっていない。ルロがそう云うと、ディアンが泣きながら、ふらふらと這入ってきた。
ディアンがぴたっと、動きを停める。
「ディアン嬢、そんなになくと、あとがひどいですよ」
寝台の上で上体を起こし、ソーヴァアは苦く笑っている。ルロと同じ黒の髪が、さらさらと動く。
「ど……どうしてですの……」
「ディアン、原初の極より両義を発する、だろう。双子というのは、もともとひとつなんだ。俺のとりけしは、彼女につかえた」
一か八かの賭けだった。それの成功は、ふたりが双子であるなによりの証拠だ。とりけしは普通、自分にしかつかえない。
ディアンが泣き崩れた。ルロはそれをそっと抱く。
彼女はここしばらく、どれだけつらく、苦悩していただろう。忌むべき男女の双子なのだ。婚約を解消してほしいといえばよかったのに、それをしなかった。彼女は優しいから。
気力だけで立っていたルロは、ディアンのぬくもりと匂いに安堵して、血で汚れた床に倒れ込んだ。死ぬかもしれないような怪我をとりけすのには、膨大な魔力を必要とした。ディアンに安心してもらえたら、それでいい。
祭礼の日の翌日の翌日、ソーヴァアが登校すると、学校の妙な雰囲気はなくなった。ソーヴァアはたいした怪我ではなかったのだということになっている。
ディアンとのことが怪我の原因だったが、ソーヴァアは自分がよろけて勝手にこけた、ディアン嬢は寧ろ助けようとしてくれた、といい、ディアンはおとがめなしですんだ。騒ぎの時に周囲に居た人間も、ソーヴァアがけろりとしているので、その話を信じた。
ガルグ伯爵家も、ノファル男爵家も、問題を大きくするつもりはないようだった。問題にしようにも、ソーヴァアは怪我をしていなかったみたいにぴんぴんしているし、もめごとの種には絶対にならない。
ノファル家の当主はソーヴァアの出自を知っているし、ガルグ伯爵家側もうっすらと事情を察しているらしい。だからか、何事もなくちゃんちゃんだ。
ソーヴァアに、男女の双子だったことを告げたが、彼女はたいした衝撃もないように見えて、これは俺と違う、と思った。
ソーヴァアは鐘楼の上で風にあたりながら、にこにこしていう。
「わたし、ルロさまといると、楽しいから、なんとなく思ってた」
「そうなのか?」
「うん。わたし、お父さまにもお母さまにも全然似てないんだ。おとうと達にもね。わたしは黒髪、家族はみんな、金髪か淡い茶髪。だから、よその子なんだろうなって、ずっと思ってたの」
返答しかねて、ルロは口を噤んだ。ソーヴァアは笑う。
「ルロさまは、陛下や、なくなったお妃さまに、似てるんでしょ」
「……母に似ているといわれる」
「そか。じゃあ、わたしも似てるのかな」
ルロは微笑んで頭を振った。「君の魔力は、陛下に似ているそうだ」
「そうなの? へえ……」
ソーヴァアは目をぱちぱちさせ、それから苦笑いした。
「あのね、勿論、ノファルの家で居心地が悪いとか、いじめられてたとかじゃないよ。でも、やっぱりわたしは、ノファルの家ではよそ者なんだよね。食べものの好みは違うし、わたしができることはノファルの家族にはできなくて、ノファルの家族にできることはわたしにはできない。それに、ノファルのひと達は、犬やねずみを飼いたがらない」
「それは、俺達とはたしかに違うな」
ルロは微笑み、ソーヴァアもそうする。鏡をそんなに見ないので、似ているかどうかわからないが、見るひとが見ればふたりはかなり似ているのだそうだ。
ソーヴァアは鐘楼の縁から身をのりだす。
「ルロさま」
「ああ」
「わたし、お兄ちゃんを見付けたし、お姉ちゃんもできそうで、嬉しいな」
ルロはびくっとする。ソーヴァアは振り向いて、にんまり笑った。「わたし達、お互いになんでもわかるよね。こういうの、家族愛っていうのかな。今までのが嘘って訳じゃないけど、真実の家族との愛だね」
彼女には隠し事はできない。ルロは苦笑した。
学期末、ルロはディアンを捕まえ、手巾の包みを渡した。
「これを、君に」
「あの、ルロさま……?」
ディアンは戸惑ったふうだ。ルロは冷静に見えるように表情を取り繕い、いう。
「似合うと思って、あの日、買ったんだ。それなのに君は、俺の気持ちを疑ったんだったな」
「あの……もうしわけも……」
頭を振る。ディアンが持つ包みを、強引に開いた。中身は勿論、金の薔薇だ。ルロはそれをとって、ディアンの髪のあみこみにそっと挿す。
「ディアン、お願いがある」
「はい……」
「俺に隠しごとをしなくていいように、結婚してほしい。二度と君ひとりにつらい思いはさせない。だめだろうか?」
ディアンは小さくだけれど、頷く。ルロはほっと、長く、息を吐いた。だめだった場合に備えてとりけしを残しておいたが、必要なかったようだ。