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違う違う、そうだ、あの時、俺は……?
「身に染みるよ、百を超えたあたりから数えてない」
うるうるした目が氾濫した。サキは涙を垂れ流して何かを言っていた。俺は全く聞き取れなかった。クラスの喧騒がとても大きくなったからだ。どうやら、また博打が始まるらしい。クラスの男子どもが集まっていた。観客も十分いる。
たったこれだけを、気にして……。サキはずっと繰り返される博打に嫌気がさしてたみたいだ。
「これで何が決まるの?」
「ちっぽけな将来、なんならすぐ消える未来」
博打で得られるのはおむすび二つぐらいだろう。すぐ腹に消える。
サキの目はずっと潤んだまんまだ。どうやら違ったらしい。
「……いい。ごめん」
似たような光景を何回と見た。俺はほぼ反射的に返すことができた。現代様々だな。
「俺にもっと理解力があればな、ごめん」
かけ離れた理解が偶然に通った解答を持って来たとは、その時は面白く感じた。いつもとは全く違ったサキが見えたのは幸せの一択だ。
関係のない感慨に耽っていればサキは大粒の涙を流して泣いていた。俺は裾で頬滴る涙を拭き取ってしばらく黙っていた。
教室の喧騒が無くなった気がした。きっと、しばらくすればまた博打が始まるだろう。
「ねぇ、気づかない?かけ離れた時間を生きてるんだよ、私たちは」
どうしてか、俺はその単語を初めて聞いたようだった。何も考えずに単語を連ねていた。そうするたび、サキは泣く。
思わず俺はやめてくれと口にした。何故か博打に参加したくなったからだったはず、そう、僅かばかりの未来を手に入れたくなった。したらば、サキは涙を流すのをやめて扉に向かった。
「……開かない」
外から鍵がかかっているらしい。
博打が盛大になり始める。
「鍵がかかってるからな、前の扉も無理だ」
疲れ込んだみたいで地べたに座った。俺もガタガタと扉を鳴らすが意味がない。やっぱり、鍵は外からかかっている。
ついに我慢の限界がきて、サキを博打に誘った。
「あんな化け物を見物する気にはなれない」
そうか……残念だ。
サキがいなくて博打をする気にはなれない。大人しく席に座って授業の用意をすることにした。
「あれ、忘れた」
てっきり、次の授業の用意が入ってると思ったが、全く無かった。それどころか黒い土が入っている。
……。
「サキ、サキ!」
泣きじゃくったサキは机に突っ伏していた。見物人がその声に気付いた気配はなく、博打に夢中になっている。
「サキの悲しみは身に染みてわかるよ、百回数えたあたりからもう数えてない」
さらに激しく博打をする音が聞こえる。
「信じてくれる?」
騒音がかけ離れ始めた。