一
かけ離れた時間を生きるという言葉を、俺はあの時初めて聞いた。
それは、サキの潤んだ目で震える唇から匍匐して出て来た。いかにも恐る恐るという感じで、周りの時間が止まってしまったように思えた。さて、クラスは男どもの博打にみんながたむろしていたから、それはそれは始業のチャイムみたくうるさかった。
騒音の原因を睨んだりしたが意味はない、何せ誰も気づかないのだから。
サキは涙を流して憂いの言葉を吐き続ける。何をそんなに恐れているのか、俺は気になって聞いてみた、壊れた時計に触るように。
「何が……あった?」
昔の俺にバカと言いたい。蜂の巣を突くよりも凶悪なことをしでかしてしまったんだ。
憂いの言葉は段々と罵声に近くなっていった。標的はまず、クラスメイト、次に学校、次に世間、ついには世界に向けて無理な理屈をつけて罵倒を繰り返し始める。どうしてか、標的はとても大きいのにとても小さい声だった。
俺は引くに引けなくなった。よしときゃよかったのに、俺はサキの今しか憂うことがてきなかった。
「おい?」
サキはようやくこちらを向いた。くりりとした目……とは申し訳ないが表現できない。細く、力強く、でも押しは弱い。あぁ、変なところから知識を持って来るから、負けに負けて泣いて帰って来るし、わざわざ俺の好きなキャンディーを持ってだ。全くだよ。
あの日は違った。
パッと開いた目。
潤んで弱々しい。そのくせ、俺を容赦なく突き刺しにする圧力を感じた。
「信じてくれる?」
有無を言わせぬ威力があった。
「……ただの脅しだな、あぁ、信じるよ」
チョーク臭い部屋の喧騒なんて遠くに行ってしまった。そう、空間が違う。サキの周りだけ歪んでるんだ。
内心は怖気ついていたよ。こんな状態にあったことが無かったもんで、間違えた、あんな状態にあったことが無かったもんでさ。一瞬、嘘十割の都市伝説にでも飲まれてしまったのかと思ったけど、サキの言葉で吹き飛んでしまった。
「私がこれを話すのは初めてよ。いい……私たちはもう居ないの」
はぁ?と疑問しか抱かなかった。もちろん、「はぁ?」と返した。予測済みだったんだろうな、解答用紙はびっしり埋まってた。
「ねぇ、私たちはなんでこんなことしてるんだろうって、もう足りないのよ。時間が、でも何時間もあるの。わかる?わからないよね。ごめんなさい。でも信じて、信じて!もう死んでるの!」
一体なんの話かさっぱりわからなかった。もう死んでるの。その言葉だけがぐるぐる脳を廻り続ける。えっと、うる覚えだが……サキは確かにいった。
「ねぇ、何回目、何回目?なんで私は、恨まれてるの?」
なるほど、これがかけ離れた時間の正体か。
ああ、そうか、そうゆうことか。
「なるほど、お前の心配も身に染みる」
俺は目を丸めた。