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セフレに対してやけにサービスいいな、とはずっと思ってた

作者: 藤崎珠里

 大学に入ってから知り合った(かえで)和泉(いずみ)という男は、女の子をとっかえひっかえする、いわゆる悪い男らしい。とっかえひっかえと言っても全てセフレであり、恋人は一人もいないのだとか。

 そんなことが許されるくらい文句なしに顔が綺麗で、優しく、おまけにスポーツ万能、背も高い。勉強は少し苦手みたいだけど、そこはご愛敬。


 格好いい、というよりは、美しいという言葉が似合う男だ。立ち姿までなんだか洗練されていて、一見しただけではまさかセフレが絶えないようなタイプだとは夢にも思わない。


 だから私は何も知らずに仲良くなって、仲良くなった後に噂を聞いて、そして本人に真偽を確かめた。仲のいい友人……しかもかなり、友情以外の好意を持ってしまった相手のことを、噂だけで判断したくなかったのだ。

 いや、誰かを傷つけていない限りそんな噂自体気にならなかったんだけど、中には『無理やりヤって妊娠させたのに、責任を取らなかったらしい』みたいなひどいものもあったから。


 もちろん真に受けてはいない。

 それでも真剣に確認を取った私に、和泉は何かを諦めたように苦笑いした。


「……セフレが何人かいるのはほんと。とっかえひっかえしてるつもりはない、けど、本気になっちゃった子とは関係切るようにしてるから、そう見えても仕方ないかな。

 でもあくまで最初はセフレって割り切ってくれる相手としかやらないから、無理やりは一回もしてない。妊娠したなんて言ってきた子もいないし、もしそうなったとしてもできるだけの責任は取る。

 ――そう言ったら、莉子(りこ)は信じてくれる?」

「うん、信じるよ。やっぱりそうだよね」


 人の噂も七十五日というけど、あの噂は七十五日で消えるのだろうか。早く消えてほしいけど、これからも和泉が同じようなことをやっていくのなら難しいかもしれない。ただでさえ目立つ男だし。

 そんなことを考え込んでいると、和泉が呆然とつぶやいた。


「……やっぱりって」

「え、だって和泉は責任感強いし、誰かが嫌がること無理にやるような人でもないでしょ? そう見せてるっていうならまあ、わかんないけど。どっち?」

「……それ、肯定するのも恥ずかしいし、否定するのも莉子に軽蔑されるだろうし、詰んでない?」

「じゃあ、私に軽蔑されたくない、って思ってる和泉の言葉なら信頼できるって言っておくね」


 だから安心してよ、と笑いかければ、なぜか和泉が泣きそうになってしまって、私は大慌てする羽目になったのだった。




 ――と、いうのが前提として。

 現在、私は和泉のセフレをやっている。あのやりとりをしたのが約一年前のことで、セフレになることを申し出たのが約三ヶ月前のことだった。


 三ヶ月前。

 大学内でもとりわけ目立つ彼の噂はいつまで経っても消えず、ついには面と向かって罵られているところに立ち会ってしまった。なんか、俺の彼女を取ったとかどうので。

 彼氏がいるのに和泉とセフレになった女の子のほうが悪いんじゃないかなぁ、と思ったのだが、和泉は言い返しもせずにそいつの怒りの言葉を聞いていたし、最後には頭を下げて誠実に謝っていた。


 縁を切ることを約束して、鼻白んだように帰っていく男を見送って。和泉はさすがに疲れたようにため息をついた。


「ごめん、お待たせ」

「……彼氏いるって知ってたの?」

「いや、全然。彼氏持ちってわかってたらさすがに何言われても相手にしないよ」

「だよねぇ」


 だったらそれを言ったらよかったのに。言ったところで火に油を注いだだけかもしれないけど。

 ……身から出た錆とは言え、こうやって和泉がしんどい目に遭うのは悲しい。それに、噂だってひどいし。和泉は気にしている素振りを見せないけど、まったく傷ついていないなんてことありえないだろう。


「口出しして申し訳ないんだけど、せめてセフレを一人に絞るとか無理なの?」

「……自分が特別だと思われたら、困る」

「あー、そっかぁ」


 顔がいいって大変だ。

 でも、つまりは勘違いをしない相手なら一人に絞ってもいいということ。


 ――それなら、私はどうだろう。

 私なら、間違っても勘違いしない。和泉も、私のことなら信じてくれるんじゃないだろうか。もはや親友って言っていいくらいに私たちは仲がいいし。


 そう考えて、私はその日、一人暮らし中の家に和泉を誘った。少し前になぜか勢いで買ってしまったたこ焼き器を理由に使って、「一人でたこパは寂しいから、和泉も来てよ」と。

 私たちはお互いの部屋に行ったことがなかった。たぶん和泉は私のことを大切に思ってくれていて、万が一にも間違えることが嫌だったのだろう。そうわかっていたから今まで無理に誘ったことはなかったけど、今回は強引にいかせてもらった。

 案の定和泉は難色を示したが、結局は折れてくれた。たこパができるような友達が和泉以外いないことは、彼も知っていたのだ。



 お酒は二人とも飲まなかった。お茶を飲みながら、たこだけじゃなくてチーズとかウインナーとかベーコンとか色々入れて、健全にたこパを楽しんだ。

 そして、そろそろ帰ると言い出しかけたところを引き留めて。


「私じゃ、だめ?」


 本当に緊張したし恥ずかしかったけど、和泉の体に抱きついてぎゅっと胸を押しつけながら、上目遣いで首をかしげた。

 和泉は、私に何をされたのかも何を言われているのかもわかっていないような顔で、ぽかんとしていた。


「……莉子? どういうこと?」

「一人に絞れば、ああいうこともなくなるでしょ。その一人に、私を選んでほしいってだけ」


 私なら、ずっと都合のいい女でいられる。絶対に迷惑をかけたりしない。



「だから、ね。――私じゃだめ?」






 そういう経緯で、私たちはセフレになったのだった。

 なんというか、色仕掛け? みたいなものには正直自信はなかったけど、「あんた胸デッカいんだからそれ押しつけときゃ男なんて一発でしょ」と以前教えてくれたいとこの姉に感謝した。言われた当時の気分はよくなかったけど、この結果で帳消しだ。


 私が初めてだと知ると和泉は優しすぎるくらいに優しくしてくれたし、リップサービスも欠かさなかった。

 なるほど、セックスの最中はそういうのも許されるんだと判断して、その一つ一つに「私も」とか「すき」とかを返した。たとえセックス中だけだとしても、口にできることが嬉しかった。


 ……ところが、和泉のリップサービスはセックス中だけに留まらなかった。


 和泉は、セックスが関係ないときにもたくさん「好き」を伝えてくれる男だったのである。

 セフレとは勘違いさせないような付き合いしかしていないという話だったのに、話が違う。大嘘つきだ。私じゃなかったら勘違いしてる。私ですら勘違いしたらどうしてくれる――と思ううちに三ヶ月が経った。

 最近では、あれが楓和泉の本命だって、と噂される始末。


 ほとんど毎日セックスをしているので、これも一人に絞れなかった理由かな、と思う。

 正直毎日はしんどい。和泉がなんか嬉しそうにしてるので断らないけど。嬉しそうな和泉を見るのは好きだ。


 そもそもどうしてセフレを作るようになったのかと以前訊いたら、「どうせ抜かなきゃいけないものだし、それなら誰かに楽しんでもらえたほうがいいかなって」という答えが返ってきた。私は正直こういうことについて詳しくないけど、たぶん絶対、一般的な考え方ではないと思う。

 あと、話を聞いてると普通に和泉の女運が悪い。逆レイプ未遂とかストーカーとか、そりゃあ程々にセフレ受け入れたほうが楽だっただろうな……と納得してしまうほど悪かった。



「莉子、ココア飲む?」

「んー、飲もうかな。お願いしていい?」

「もちろん」


 和泉は上機嫌でキッチンに向かった。

 和泉が入れてくれるのは、鍋で練って作るタイプのココアだ。和泉曰く、「そのほうが愛情こめられる感じがして好き」とのこと。

 セフレ用のココアに愛情をこめる必要があるのか? とは思うけど、まあ私は今までのセフレと比べて確実に友人として好かれているだろうし、それだろう。


 セフレになってから、私は和泉の家によくお呼ばれするようになった。よく、というか、今やほぼ毎日だ。

 割と新しいマンションの一室は、シンプルな家具ですっきりとまとめられている。

 どこを見ても過去のセフレたちの痕跡は一切なく、和泉はよっぽど掃除が得意なんだなと感心したものだ。セックスするだけなら痕跡もあまり残らないのかもしれないけど。


 和泉のココアを、二人がけのふかふかソファに座って待つ。一人暮らしなのにこんなソファって贅沢だなぁ、とちょっと思う。私も今度ソファ買っちゃおうかな。バイトしなきゃ。

 しばらくして、和泉は二つのマグカップを持って戻ってきた。以前一緒に買いものに行ったときに買ったペアのカップだ。「これ買おうよ」と言ってきた和泉がとても楽しげだったので、いらないなんて言えなかった。


「はい」

「ありがと」


 微笑んで受け取れば、びっくりするほど美しい微笑みが返ってくる。……こんなの見たら誰でも勘違いすると思うんだけど、本当に彼はセフレへの態度を気をつけていたのだろうか。

 私の隣に腰掛けた和泉は、自分のココアにはまだ口をつけず、私がココアを飲むのを待っている。じっと見つめてくる視線は毎度のことなので、特に気にせずにカップを傾ける。


「ん、今日も美味しい」

「ふふ、よかった」


 そしてようやく自分のココアを飲む和泉。何度見ても思うけど、和泉がココア飲むのってなんか可愛い。

 私の体の右側と和泉の体の左側はぴたりとくっついていて、じんわりと熱が伝わってくる。


「はー……俺の部屋に莉子がいる」

「うん、いるよ」


 謎に感慨深げに言われるセリフも、何度目のものだっただろうか。何がそんなに感慨深いのか、よくわからない。

 にこにこしながら、和泉は「莉子」と私の名前を呼ぶ。


「好き」


 流れるような動作で軽いキスをされた。

 私も好きだよと、いつもならそう返すところだけど。

 ……さすがに、言いすぎじゃないかな、と思うのだ。勘違いはしないと心に誓ってはいるが、それでも限度というものがある。


「……あの、さ」


 いつものように返さなかった私に、和泉は「うん?」と首を傾げる。

 楽しそうなところに水を差すのは申し訳ないけど、これを続けて最終的に困るのは和泉だ。私は心を鬼にして、言葉を継いだ。



「別にセックス中でもないのに好きとか言わなくていいよ」




 時が止まった。ように感じた。

 それくらい見事に、和泉は固まった。





「……え、なんで?」


 ようやく返ってきた反応は、そんな疑問。


「いや、必要ないでしょ?」

「なんで?」

「……なんでがなんで?」


 そっか、そうだね、とすぐに納得してくれると思ってたんだけど。

 だってセフレなのに。和泉だって勘違いされたくないはずなのに。合理的な提案なのに。



 こんな、悲しそうな顔をさせる提案では、ないはずなのに。



「好きだから好きって言ってるんだけど、嫌だ? 恥ずかしい? 言われすぎて気持ち悪い?」



 そう問われた瞬間、

 ――頭の中でいろいろなものが繋がった。


 繋がって、しまった。


「………………あー」


 呻きにも似た、納得の声が漏れてしまう。

 待って。え? 待ってほしい。待て。だって、そんな……うそでしょ。嘘じゃないの? なにこれ。あっココア零した白い服なのに――じゃ、なくて。



 もしかしなくとも、私は。


 ……とてもひどい勘違いをしていたんじゃないだろうか。



「わっ、莉子大丈夫!? 火傷してない!? すぐ脱いで洗濯――」

「火傷はないし、洗濯もしなくていい」

「でも染みに」

「いいから」


 悲しんでいたことなんて忘れたように慌てる和泉を、そう制する。

 染みになったらなったで、捨てるか部屋着にすればいいだけだ。今優先すべきはそんなことじゃない。


 繋がったいろいろなことが、頭の中でぐるぐると回る。

 信じたくなかった。でも信じるしかない。――私が和泉に対して、とんでもなくひどい行いをしてきたということを。


 私の顔色の悪さに気づき、和泉は「本当に大丈夫?」と心配そうに訊いてくる。

 ……こんなふうに心から心配してくれる人を相手に、私はなんてことをしてきたのか。

 心から反省しながら、マグカップをローテーブルに置いて深呼吸をする。


「一ついいでしょうか」

「……なんでしょうか」

「私たちの関係って、何?」

「えっ……あ」


 目を見開く和泉。

 たったこれだけで、察してしまったらしい。……そう、たったこれだけの確認をしていれば、防げたことだった。


「そう、いう? ……え? 本気で言ってる?」


 震えた声に胸が痛くなる。


「……今気づいてしまった真相は一旦なかったことにして、お互いの認識を正直に言おう。もしかしたら、ほんとにもしかしたら一致してるかもしれない」

「……わかった」


 神妙にうなずき合って、私たちはせーので同時に口を開いた。





「セフレ」

「恋人」





 ――予想はできていたあんまりな答え合わせに、二人して絶望の表情を浮かべる。

 私はよろよろとソファを降りて、ローテーブルを少し動かして正座をし、深々と頭を下げた。つまり土下座である。本来なら切腹レベルの勘違いだが、私が死んだら和泉が悲しむのでこれが精一杯。


「誠に申し訳なく……思っています……」

「……とりあえず俺の隣に座ってください」


 さっきまで私が座っていたところを、和泉はぽんぽんと叩く。粛々とそれに従って、私は和泉と顔を向き合わせた。

 怒ってはいないし、もう悲しんでもいないみたいだったけど、どんな表情を浮かべればいいのかわからない、という顔をしていた。

 数秒の無言の後、彼はおもむろに口を開く。



「俺、しょっちゅう好きって言ってたよね? 愛してるも言ってたよね?」

「言ってましたね……セフレに対してやけにサービスいいなって……ずっと思ってて……」

「サービス……。セフレに対しては一回もそういうの言わなかったよ」

「えっ、セックス中も?」

「セックス中も」

「そっ……うなんだ」

「そうなんですよ、莉子さん」



「それに、セフレに対してあんな甲斐甲斐しくお世話しないし。そもそも動けなくなるくらいやったり、どろどろに汚したりとかもしなかったし」

「私が悪いけどそういうことを昼間から口にしない」

「ごめんなさい」


「セフレとデートしたりしないし、万が一したとしても、喜んでくれるといいなってデートコースわくわく考えたりしないし」

「……毎度楽しませてもらっています。ありがとうございます」

「それは何よりです。どういたしまして」



「セフレにプレゼントしたこともない。喜んでくれれば何でもいいけど、莉子が消えものがいいって言わなきゃ、アクセサリーとかも買いたかった」

「残るものもらっちゃだめだと思って……でもスイーツとかお酒、すごい美味しかったし嬉しかった」

「俺も選ぶの楽しかったし、美味しそうに食べたり飲んだりする莉子が見れて幸せだった」

「……そうですか」

「そうなんですよねぇ」



「この部屋に入れた女の子も莉子だけだよ」

「あー、なるほど……。今までのセフレの痕跡全然なくて、掃除上手だなって思ってた。ごめん」

「……料理振る舞ったり、ココア作ったりしたのも莉子にだけなんだよね」

「ほんとに愛情がこめられてた……」

「そうだよ。たっぷりだよ」


「というかセフレとペアマグカップ使ったりしないと思うんだけど、そこのところどうでしょうか莉子さん」

「買おうよって言ってきた和泉さんがとても楽しそうだったもので……断るのも忍びなく……」

「……そういうのはわかるのにさぁ」

「ほんとにねぇ」

「他人事みたいに言わない」

「また土下座したい」

「しない」





「――それで。まあ、ひと通り? 振り返ってみたわけだけど。これでセフレだってずっと思ってたのは、ちょっと、いやちょっとどころじゃなく思い込み激しすぎないですか?」

「返す言葉もないですね……」


 振り返れば振り返るほど、本当にセフレじゃない。おかしい。思い込みって怖い。

 絶対勘違いしたりしない、と心に誓っていたのに、蓋を開けてみれば最初から違う意味で勘違いしていたという。いっそもうギャグだ。笑えないけど。

 うなだれる私に、和泉は小さくため息をついた。


「リップサービスって思われないような告白ができなかった俺も悪かった。それか、これで恋人だねって最初に確認しとけばよかった。ごめん」

「いや、ここまでされて気づけなかった私が馬鹿なんだよ」


 そこで謝られたら私の立つ瀬がない。


「それ言うなら、莉子にだけは絶対手出さないって決めてたのに、告白されたくらいであっさり決意投げ捨てちゃった俺が馬鹿」

「いやいやセフレになるつもりで誘った私が馬鹿だから」

「うわっ、そっかあれそういうことになるのか。そこは、ほんっとに、馬鹿」

「うん……」


 軽く頭にチョップされた。まったく痛くないのがむしろ痛い。

 確かに思い返してみると、あのときの私の一連の言葉は告白に聞こえたかもしれない。セフレにしてってはっきり言っておけば、こんな勘違いは起きなかったのに。

 後悔しながら、はたと気づく。


「……告白されたくらいで、ってことは、告白されても手出す気なかったってこと?」

「うん、だって好きな女の子だよ? しかも莉子みたいな純粋な子、セフレいるような男の毒牙にかけたいわけないじゃん」

「いや毒牙って。自分なのに?」

「自分だからだよ」


 またため息。私に呆れているのかと思ったけど、どうやら自分に対して呆れていたらしい。


「……まあ何が一番悪いって、セフレなんて作ってた俺だよね。俺の自業自得なのに、莉子も悪いみたいに言ってごめん」

「えっ、全部思い込み激しすぎた私のせいってしてくれたらありがたいんだけど……」

「思い込ませた一番の要因は何かって話だよ」


 ……もとを正せばそうなのかもしれないけど。

 でも別に、セフレを作ることは悪いことじゃない。二人の間で同意が成立してさえいればなんの問題もないことだ。

 誰かを傷つけたわけでも……ない、とは言いきれないけど、でも和泉は、誰かを傷つけて傷つかない人間ではない。痛み分けだろうし、その前段階で相手は十分いい思いをしているはずだ。


 和泉は、たとえ相手が赤の他人であったとしても、喜ばせたり楽しませたりすることが好きだから。好きな相手であればなおさらで……その気質を、私に対して目一杯発揮してくれていた。

 それなのにたかが思い込みによって勘違いしていた私を、私が一番許せない。

 けれど和泉は、私のせいだとは絶対に言ってくれないだろう。


 ――それなら。


「……わかった。自分のせいだって言うんじゃなくて、お互い一番悪かったと思ってることを謝り合って、それで終わりにしよう。まずは私からね」


 言い出しっぺの権利を行使して、和泉の返事も聞かずにそのまま続ける。


「和泉は言葉でも態度でも好きって伝えてくれてたのに、勝手な思い込みで受け取らなかった。全部まとめて今受け取ったけど、そのときそのときにちゃんと受け取れなくてごめん。

 リップサービスとかもう絶対、絶ッ対思わないから、その……図々しいかもしれないけど、これまでどおりでいてくれたら、嬉しい。私はこれまで以上に、和泉に好きって伝えていくから」


 好きも返してきた。愛してるも返してきた。

 だけどそれらはすべて『返した』もので、もとはといえば和泉からもらったもの。自分から渡したことは一度もない。セフレの私には許されないことだと思ってきた。


 だから、今から。



「大好きだよ、和泉。これからは遠慮せずに伝えていくから、よろしくお願いします」



 和泉の目を真っ直ぐに見つめて宣言する。ややたじろいだ和泉は、しかしそれでも私から目を逸らさず、はっきりとうなずいた。


「わかった」

「好き」

「う、うん」

「大好き」

「俺、も大好き」

「ずっと前から好きだった。大好きな和泉とちゃんと恋人になれて嬉しい」

「……俺だって、すごい嬉しい」


「和泉のね、人に喜んでもらうのが好きなところが好きだよ。幸せを見つけるのが得意なところが好き。私が嬉しいときに一緒に嬉しがってくれるのが好き。笑顔が可愛いところが好き! 手が冷たくて、冬場私と手を繋げるとほっとした顔してくれるのが好き。好きっていっぱい伝えてくれるところが好き。それから、」


「ごめんちょっとタンマ休憩をください。わかったって言ったけどいきなりそういうのは心臓に悪いから、徐々に慣らしてくれると……助かる……」


 なるほど。私のほうからぐいぐい来られるのには弱いらしい。

 つい笑ってしまうと、拗ねたように睨まれた。顔が赤くなってて可愛い。和泉の照れ顔は結構レアだった。レア度を保つためにも、ぐいぐい行きすぎないように気をつけよう。

 今のはちょっとこう、自分でもやりすぎたな、とは思う。嬉しさが爆発してしまった。


「一日一好きくらいから始める?」

「……一日五好きとか?」

「かしこまりました」

「よろしくお願いいたします」


 一日一好きは少なかったらしい。ふふっと笑うと、和泉も赤い顔のままふふふ、と笑う。


「よし、じゃあ私はココアの染み抜きに挑戦してくるね」

「それはしてほしいけど待って、俺の正式な謝罪がまだだよ」

「……気づかれたか」

「気づくに決まってるでしょ」

「ワンチャンを狙ったの」

「そんなの狙わないの」


 窘めるように言われて、はーい、といいお返事をする。どうせ今だろうともうちょっと後だろうと、染み抜きが手遅れなことに変わりない。

 姿勢を正して、和泉の話を待つ。

 どことなく緊張した面持ちで、和泉は口を開いた。



「……莉子の気持ちに気づけなくて、ごめん。『私じゃだめ?』って訊かれるまで、ずっと莉子には友達としか見られてないと思ってた。告白されても絶対に手は出さないっていう気持ちではいたけど、正直告白される想定なんて一回もしたことなかった。

 それくらい、莉子の傍にいるのは……なんていうか、自然で。楽だったんだ。その楽さに甘えて、莉子の気持ちを見ようとしなかった。昔から人からの好意には敏感なつもりだったのに、本当にごめん」



 それが、和泉の『一番悪かったと思ってること』。……他のどんなことよりも彼らしいと思った。

 そうして私がわかったと受け止めておしまい――かと思いきや、私が口を開く前に、彼は「あと、」と続けた。


「今までの、()()()()()()()()()()()()、って言ってくれて、嬉しかった。ありがとう」


 ――その笑顔があまりにも可愛かったから、一日五好きは今日も適用される約束なのか真剣に悩んでしまった。そうだとしたら、今日の分はもう使い果たしている。

 約束を破るわけにもいかないけど、それはそれとしても、この衝動を我慢するのは大分難しい。……あ、さっきのをひとまとめに一好きとして換算する、ってどうだろう。どうせ私が勝手に作った単位なんだし、数え方も勝手に設定していいはずだ。

 うん、そういうことにしよう。


 そんな思考をほとんど一瞬で済ませて。



「…………すき」



 言うぞ、と意気込んで口にした言葉は、へなへなと情けない響きで転がった。

 予想外のことにびっくりして目を瞬けば、和泉がぷっと吹き出す。そしてくすくすやわらかに笑って、「俺も好きだよ」と幸福と愛情たっぷりの言葉を返してくれたのだった。














「そういえば、セフレじゃないならなんでほぼ毎日セックスするの? これって普通?」

「……いや。それは、その」


 そろり、と和泉の視線が外される。


「…………好きな子とのセックスって、こんなに気持ちいいんだって。初めて知って。浮かれて、た」


 ごめん、と今まで見たことないほどに真っ赤な顔で謝られて、さすがに照れた。





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