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6 詠唱術士の秘密と積みあがる異変

「ニナちゃん、いったい何節詠唱しちゃったの⁉ いやまだ熱い! すごい!」

「あの規模は最低六節だ! 素人の俺にでも分かる! 迷宮内では三節が基本だって知り合いの詠唱術士から聞いたことあるんだが、どうなってるんだ⁉」


 退避しながら発した俺たちの疑問に、ニナは首を傾げた。


「『せつ』、ってなんですか?」


 血の気が全て引いた。何も分からない無垢な子どもの力で、丸焼けが三つできあがるとかあるか? いやない。あってはいけない。

 とりあえず火の手からは避難して、落ち着ける場所で一息つく。

 呼吸を整えて肩を落ち着かせて、もう一度。


「ニナ、あの魔法――詠唱は何節だ? さすがに十か? それとも九? 八なら才能ありで七なら大天才、六なら伝説――」

「あの……『せつ』とは?」


 ぽかん。もしくは、きょとん。彼女の反応からは、聞こえないはずの音が聞こえてきそうだった。童女は小首をかわいらしく傾げて、むむむと散々唸って唸って――


「知りません」


 と、結論付けた。


「まじ?」


 と端的に驚愕の意を表したのはカーナタ。ちなみに俺は一言も発せなかった。驚きすぎて、喉がいうことをきかなかった。


「お二人とも、目の前でゴブリンがポエム読んだかのような、すっごい顔してらっしゃいますけど……『せつ』って、そんな大事なことなんですか?」


 ニナの目には知的好奇心が表れ、まばたきする度にその色は濃くなっていた。からかっているとか、そういうことではなさそうだ。

 少し考えて、俺はなんとか伝わるよう考えてみた。


「例えるならそうだな……馬車における手綱とか」

「――なかったら、事故になっちゃうじゃないですか!」

「薬を知らないお医者さんとか」

「患者さん治せないじゃないですか!」

「煙突のない暖炉とか」

「モクモクで大変です!」


 ここまで伝えると、聡明で小さな詠唱術士は事の重大さに気づいたようだった。


「わたし、大事なこと知りませんでした! というか、師父はどうして教えてくださらなかったのか……」


 あわあわと小柄な体躯を震わせながら、げしげしダンジョンの地面を蹴って、脳内の誰かに怒りをぶつけているらしい。

 教育係がいるのなら、俺もそいつを一発殴りたい。これだけ強大な力をどうしてそのまま野に放ってしまったのかと、小一時間ぐらい問い詰めたい。

 しかしながら、深刻に考えていない者がここに若干一名。


「まーまー、知らなかったんならしゃーないっしょ。これから覚えればいいんだし。あたしは素人だから……ラダが教えてくれる、きっと!」

「丸投げかよ」

「ほら、あたしは盗賊で前職僧侶だけど、ラダは死霊術も使えるからさ。いけるっしょ」

「いけねぇよ。どっちかっていうと、聖書詠む必要があるから死霊術士より僧侶の方が近いと思うが……」

「聖書詠むとかだるい。本バラして、紙を直で貼り付けた方が絶対ラク」

「とか言ってる不良シスターよりは、俺の方が知ってるか……じゃ、簡単に」


 ここは諦めて、教えることにしよう。


「はい、せんせー! よろしくです!」


 折り目正しく頭を下げ、呼び方まで変えられては気恥ずかしい。


「そんな大したことじゃないぞ。魔術を使う際の詠唱には、分け方があるってだけの簡単な話だ。詠唱をする際に、呼吸をひとつ入れたらそこまでが『一節』」


 俺も知り合いの詠唱術士から聞いた話だから、脳内で確認しながら続ける。


「魔術の効果は節関係なく、詠唱全体の長さで決まるんだが――節で数えた方が聞いてて分かりやすいから、冒険者全体では節で魔術の威力を示すようになってる」


 これは正直よく分からない文化で、古い慣習なのだと俺は思っていた。だが違った。

 分かりやすい基準で味方へ誤射を防ぐための文化だ、これは。もしくは敵対する人間の魔術に対抗するため。

 どちらにせよ、仲間の魔法で死にかけた今なら理解可能だ。はっきりと節を示して詠唱しなければ、味方が被害を受ける。


 一応、この発見は生徒には伏せておく。 

 今も熱心に前向きに、ふむふむと頷いていることだしもう事故はないだろう。どこからともなく取り出した紙片と筆記具で、一生懸命俺が言ったことを書き留めていることだし。


「なるほど、分かりました。『節』で分けることで詠唱構造を分かりやすくするほか、攻撃を合わせるための合図でもあるのですね、なるほど、異文化です」


 なんかちょっと違う気もするが、こうして学ぶ姿勢があれば大丈夫。


「うわ、ラダの頷きこわいなぁ……女児だからって油断してないか?」

「そんなことはない」

「まじだかあやしーな……なーんか、あたしからするとヘンな気が……」


 カーナタは火焔でひりつく肌を気にしていたが、いきなり点検を放棄してカッと目を見開いた。


「あ、気づいた。ニナちゃん――詠唱してなくね?」

「確かに」

「『確かに』じゃないっつーの」


 言われてみればその通りだった。圧倒的な力にばかり目がいっていたが、彼女の舌はまだ詠唱を披露していない。

 もしかして――


「ニナは魔術を使うとき、詠唱を必要としないのか? 俺はそんな術士、聞いたことないんだが……」

「い、いえ、そういうわけでは……でも、えっと……」


 魔女は明らかに言葉を濁していた。あちこちに視線を逃がし、俺たちと目線をあわせないよう努め、口をもごもごさせている。

 逃がさぬようまっすぐ視線を送り続けると、ニナはとうとう観念したのか、慎重に喉を震わせた。


「――わたし、噛むんです」

「えっと、なにを?」

「詠唱、噛んじゃうんです」

「……かわい」

「その反応やめてください、カーナタさん! わたしはヤなんです! 欠点を隠すために、詠唱を口で唱えなくてもいいようにしたんです!」

「いやかわ」

「やめてください!」


 茶々を入れる同僚よりも、気になることがある。


「詠唱を口で唱えなくてもいいって、どうやってるんだ?」

「わたしの生まれ故郷には、音を留めて解放できる鉱石――『(ろく)(せき)』がありましてですね。あらかじめ詠唱を吹き込んでおいて、適宜それを叩くと音が再現されて……」


 細い指がローブのボタンを外す。ひらりと布地が揺れて、裏地が見えた。ローブの裏には石板が四枚括られていて、どれも怪しく輝いている。

 謎の好機に、女盗賊は引き寄せられた。


「これ叩くと、詠唱になるんだ? へー。べんりー」

「そんな便利なものじゃないですよ。とっても重くて、あんまり数持てないですし」

「重いんだこれ。そんな感じには――」


 カーナタの悪い手がそーっと板に伸びて、触れ――


「重、え、重た⁉ 脳筋戦士の大剣持った時と同じ感じ!」

「そんなか? どう見たって手のひらと同じ厚さぐらいだから、カーナタが単に非力なだけじゃ」

「持ってみ持ってみ? ほんとやばいから」

「脅かしすぎだって」


 促されるままに石に触れ、そこからまるで持ち上がらない。力を籠めても無理に手首が痛むだけだ。引っ越しで大釜を持ち上げた時だって、こんな風にはならない。

 この重量の物体を四枚持ち運んでいる、このちびっ子は一体?


「ニナ、お前……」

「な、なんですか、その筋骨隆々のオークを見上げるような瞳は。わたし、ちっちゃい女の子ですよ! 幼くかわいく小さく愛くるしい女の子ですよ!」

「自分で言うな自分で。あと非力な俺らからすれば、その持ち運べるのは力持ちのトロールぐらいだよ」

「そんなことありません! わたしはいたって普通! 一般児童! お二人ともよわよわすぎるだけです! ダンジョン進んで体力付けましょう! さぁ、いきますよ!」


 少し不満げな顔をして、ニナは背を向けて先に行ってしまう。


「ちょっと待て。俺とカーナタで先行するから、ニナは後ろからだ」

「どうしてですか。なかよく横一列に並んでではダメなのでしょうか」

「一列て、ピクニックじゃないんだから……なにかトラップや奇襲で全滅しないように、盗賊が先に行くんだ。ダンジョン内で死んだ生物のアンデッドや呪いとかでも全滅しちゃうから、死霊術士も一緒にな。ニナは探索魔法が使えるけれど、罠とか仕掛けの警戒は慣れてないみたいだから」


 あと、大威力の魔術を反射でぶっ放されて全滅しないように。

 こちらの意図を伝えれば小さな魔女はすぐに受け入れてくれて、隊列が完成する。

 俺とカーナタが先頭で、中衛には連れてきたゴーレム五体、最後尾にはニナの陣形。


 これまで培った先遣隊の手法で敵や罠を探り、発見した脅威には速やかに対処していく。

 少し出てくるゴブリンやスライム程度なら、ニナの助力がなくても盗賊二名とゴーレムで処理が可能だった。

 人が短剣や針でチクチクと攻撃している間に、被造物の強靭な拳がモンスターたちを思いっきり破壊している。


「俺たち、必要なのかこれ……」

「まー、楽にダンジョン進めるのに越したことはないっしょ。使えるものは使ってこ」


 楽天的なカーナタに対し、


「わたし、出番ないんですけど……二十分に一回ぐらいしか敵に会いませんし、三十秒もしない間に倒されちゃいますし。いつもこんな感じなんですか?」

「いや、違う。俺の隊だと十人ぐらいで一戦闘三分ぐらいだったから、楽な方だ。今日は会敵も少ないし、少し奇妙だな……」


 言いようのない不安は迫るが、反して道のりは楽だ。

 階層を一、二と降りるにつれて多数のオークやスケルトンが押し寄せてくるが、われらがニナ=ニーニアに任せれば問題なし。


「右よし、左よし、後ろよし! やっていいぞ、ニナ!」

「なんかその方式やですけど、やりますね! 燃えて!」


 右手にて細い杖が振るわれる。分かりやすい魔女の服装と魔術用の杖に目が行くが、童女の空いた片手はローブに隠された録石へと伸びていた。左手が石を叩くと同時に、詠唱者を抱えて退却。

 ――また、迷宮内が真っ赤な炎の色に染まる。

 全力で退却しながら、同僚が叫ぶ。


「オークもスケルトンも燃えすぎててわかんない! 多分死んだ! いやスケルトンはもう死んでるけど、もっかい火葬されてるっしょきっと! わー、やば! ニナちゃんつよすぎてやばい!」


 大火に晒されテンションがおかしくなった少女のはしゃぎを、


「――待ってください。まだ、残ってます」


 招来の大詠唱術士は重々しい報告で遮って、俺に問うた。


「あの、質問なんですが――ゴーレムのアンデッドって、このダンジョンに出るんですか?」


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