5 小さな魔法使いと大きな魔法
「あの石ころたち、なんど追いやってもキリがなかったんです! ぽいって風魔法で飛ばしてもドシドシ音立てて戻ってきちゃいますし、重力魔法でふわって浮かせても新しいのが次々補充されますし。で面倒だなーと思って、百五十体ぐらい浮かせたところで諦めたんですけど――」
魔女帽子のつばを跳ね上げて、童女は瞳をキラキラと輝かせた。おもちゃを目の当たりにした時のように、無垢なまなざしを送っている。
「おにーさんたちの捕獲方法だと、ゴーレムの在庫が尽きるみたいです! 四階分ぐらい深部探索してみたんですけど、増援途絶えてました!」
「深部、探索? えっと、君が、地下深くまで? 四階分も?」
「ええ、はい! ちゃちゃっと唱えて、ぱぱっと調べました!」
そう言われても、子供の口から述べられたことだ。まだ小さな学校か店の見習い雑用にしかなれないような年齢で、それほどの魔術を?
言ったようなことが可能なら、俺たち先遣隊どころかそれを代替するゴーレムまでが不要になる。幼いゆえの空想だと、断じたいが……。
訝しんでいると、カーナタが問うた。
「ちょっと確認するね。第八ダンジョン四階層中心部には大きく空いた穴があるんだけど、その周りに何があるか言ってくれる?」
大穴などない。引っかけだ。
元僧侶とは思えない問いかけに対し、童女は首を傾げた。
「あれ? おっきな穴なんてなかったですけど……? 四階の真ん中にはランタンが等間隔に十六、中間拠点っぽくて木箱が五、だったような……?」
正解だ。途中休憩用の地点の詳細まで正しいとくれば、信じざるをえない。
俺たちは顔を見合わせ、こくりと頷いた。頷きと共に心中も重なる。
この子に協力してもらおうと、意見が無言で一致した。
「ごめ、さっきあたしが言ったことはうそ。キミのこと試しちゃった」
「ああ、なるほどです。こんな得体の知れない小っちゃいこどもの言葉なんて、信用できませんよね。そちらの意図まで読み切れなかった、わたしが浅慮でした」
カーナタの謝罪を受けて表情を微塵も変えず、しれっと童女は自戒した。
「で、正直に打ち明けてくださったと言うことは―――一緒に密入、していただけるんですか?」
期待に満ちた目そのままだった。これでいいえと言える奴がいたら、人間じゃない。
「ああ。言葉は悪いが、共に密入しよう。君の力は頼りになると見込んで、頼みたい」
「その観察眼、生涯誇ることになりますよ。なにせわたしは、幼くして大詠唱術士ですからね」
力まずにさらりと豪語し、小さな口が名乗りをあげる。
「我が神名は、ににゃ=ニーニア! いずれ遍く歴史書に記述される名です、覚えておくと良いでしょう!」
名前、噛んだ? ちょっと分からなかった。微妙に噛んでそうだけど、そういう音ということもありえる。
「ね、ラダ。今あの子噛んだっしょ?」
「いや、わからない。見守ろう」
「――我が神名は、二ナ=にーにゃ! いずれ遍く歴史書に記述される名です、覚えておくと良いでしょう!」
やり直しがあった。こちらが何も言わずとも仕切り直されたということは、たぶん一回目の名乗りは失敗だったのだろう。やり直したからと言って、二回目が必ず成功するわけでもないのが世界の残酷さだ。
「ね、あの子の家名ニーニアなのかな、にーにゃなのかな」
「察してやってくれ……」
首を傾けるカーナタと、ニア? ニニャ? との間に俺は立った。疑問符を浮かべている聴衆の姿を見せまいとしたが、その配慮はすでに失敗していた。
もう一度、童女は名乗りをあげようとしていたから。
「我が神名は――」
今度こそ成功しますようにと俺は祈り、
「ににゃ=にーにゃ! いずれあまねく……」
盛大に失敗した。続く口上はみるみるうちに元気を失い、子猫の鳴き声よりも小さくなって聞こえなくなる。しかもしゃがみ込んでしまった。
「か、かわい。あのいきもの、かわいくない……?」
「その辺にしておいてやれよ、カーナタ……」
無意識に追い打ちを喰らわせる悪い盗賊は置いといて、俺は童女のそばに駆け寄った。腰を落として出来るだけ目線を合わせて、交流を試みる。子どもと話し合うときは目線を同じにするのが大事だと、確か孤児院の院長が言っていたから。
彼女は何やら、筆記具大の杖で地面にガリガリと何かを書いている。盗賊として夜目がきいているから、なんとか読み取れた。
「『ニナ=ニーニア』、か」
土に書かれた文字を読み上げると、この世の終わりみたいな表情がぱあっと明るくなる。
よかった。
胸中に押し寄せるのは二つの感情だ。
悲しい顔が華やいだことからくる、やわらかな喜び。それと、自分の存在意義を無くすかもしれない人間の精神が、まだ子どもであることに対する安堵。
「よろしくな、ニナ。俺はラダ=ホーエス。あっちの怖いお姉さんが――」
「カーナタ=カティス。初対面で怖いとかいうのはなしっしょ。それ、せんのーだよ? ――このバカの言うことは真に受けないようにね、ニナちゃん」
軽口を叩きつつ彼女はニナに手を差し伸べ、ちっちゃな指が掴み取った。
「よろしくおねがいします、ラダさん、カーナタさん!」
立ち上がると、先ほどの意気消沈を取り戻すかのように童女は杖を構えた。
「ではさっそく、残るゴーレムを捕獲しましょう!」
「ちなみになんだが、あと何機で増援が尽きるんだ?」
「わたしの見立てでは、あと四十六です」
は?
一瞬頭の回転が止まったが大丈夫だ。合計九十八機、うん、小さな都市の防衛が出来そうな戦力だけど、一二機ずつだし、いける、たぶん。
「え、あたしらが今まで捕まえた分の、二倍……?」
「はい! だいじょぶです! わたしが百五十無力化した時も朝まではかかりませんでしたし、お空が暗いうちに密入できます!」
純な笑顔はもはや脅迫だ。そのうえ頑張りましょうと言われては、逆らえない。
「やるぞ」
「ま、あの子たちの魂だし――うっし、やるっしょ!」
「えいえいおー、ですよ!」
――そこから先は記憶が摩耗している。
これまで仲間にした五十二機の助けと、ニナの重力魔法によって一機あたり一分ほどで終えられたが――流れ作業になっていく工程と一歩間違えれば死にかねないゴーレムを相手にしているという実感で、頭がおかしくなりそうだった。
終わった時には、疲労困憊。
「はぁはぁ、俺たちは成し遂げたぞ……」
「この子たち連れてさ、大工さんとか農家さんとか傭兵隊とかやればもう楽々スローライフなんじゃないかなってあたし思うんだけどー?」
カーナタに至っては、よく分からないことを口走っている始末。
唯一まともで狂っているのはニナだ。
「何言っているんですかお二人とも! 今からが本番ですよ! お供に何体かゴーレム連れて! いざ念願のダンジョンへです! 密入! み・つ・にゅー、みつにゅー!」
ちんまりした手に俺たちは両腕を引っ張られ、いざ迷宮の内部へ。
懐かしくも愛おしい、湿った土の香り。
鼻腔を馴染んだ匂いが満たすだけで、疲労が飛んで緊張が身体中を駆け巡る。
ようやく戻ってこれたのだから、気合を入れねば。
「いいか、ニナ――」
「あっ、スライム! 燃やしますね!」
――赤。
童女がひとつ杖を振るった瞬間、目の前が真っ赤だった。息が苦しい。空気まで燃え尽きたのか⁉ 急いでニナとカーナタを連れ、後ろに跳びのく。
「ど、どうしましたラダさん⁉」
「バカ、燃やしすぎだ!」
「迷宮内がオーブンになってる! あたしらまで焼け死ぬ!」
「あれ、わたし、加減したんですけど……ダメでした?」
まずい。味方に、殺される。