4 ゴーレムと魂の出所、童女の魔女
先遣隊と共にあった相棒たちが、ゴーレムの素材として利用されているとしたら?
命を預けあった動物たちの霊魂が、部品として扱われているとしたら?
怒りが満ちる。脳内を一瞬で、心からせりあがった感情が占領する。
「だと、したら――」
だが俺以上の激怒が隣に遭って、
「ふっざっけんな‼」
身が竦む。力任せに叩きつけられた大音声が俺の感情も叩き潰した。
「あたし見てくる!」
声に振り向いたときには、既に牧場の方向へとカーナタは駆けだしている。後ろ姿はもうとっくに小さく、遠い。
「俺も行く!」
後を追って全力で駆けだすと、背後に夥しい数の足音が。十五機ものゴーレムが、懸命にドタドタついてきていた。
俺を先頭にぞろぞろと行列になっていて、さすがに大所帯だ。滑稽な光景だが、これでは目立ってしまう。
一旦停止、
「あー、えっと、ゴーレムはそうだな……周囲にある茂みや森の方に隠れててくれるか?」
命じるとすぐに、忠実に被造物たちは動き出した。大半はきちんと隠れてくれている。
一部個体は、ダンジョン前の町を思いっきり通り抜けようとしているが。
「ちょっと、ちょっと待った!」
ばたばたと四つ腕を動かし、小さな地震を引き連れて人家を突っ切ろうとする奴らに追いすがり、制止する。盗賊の歩法を全力で用いて、ようやく声が届く距離に近寄れた。
「人のいない方迂回してくれ、頼む」
ずしずしと、地面が踏み鳴らされた。演算部分が上下に揺れていて、これが返答の反応なのか悩むところだ。
「ともかく、よろしくな」
再び声を掛けると、今度は指示した通りの方向にゴーレムたちは移動していく。彼らがしっかり森林や大きな茂みに入ったことを確認して、俺は牧場へと急いだ。
人の背丈ほどある牧草地の柵を飛び越えて、一気に本棟へ。
猟犬や魔導猫、手増猿などといった、ダンジョン探索支援動物がねぐらとしている建物の前で、俺は足を止めた。止めざるを得なかった。
少女がひとりぼっちで、入り口のところに立ち尽くしていたから。
「カーナ――」
「――いなかった」
予想はしていたが、数文字が心を押しつぶす。
「コタロンもアキランも、トーノもハクリンもターナンもキューニもカリルンも――あたしが一緒にお仕事しなかった別の班の子たちも、だれもいなかった」
ひとりぼっちで建物に寄りかかりながら、呟いた。ひとりでに様々に零していく。
「こんな一気に、いなくなるわけないじゃん。あたしらダンジョン探索には手順があるからさ、ちゃんと守ってれば一気にお別れするようなことにはならない、そのはず……‼」
「そうだな。俺たちのダンジョン探索は、他の冒険者と比べれば安全だった。危険な斥候の仕事でも、一週間で全滅することなんてない」
もしあるとすれば、班全体が即座に壊滅するほどのモンスターや迷宮機構が発見された場合だ。大騒ぎとなることは間違いなしで、俺たちにまで聞こえてこないことは絶対にありえない。
「あたし、一生懸命探した。動物たちのご飯も水もきちんと残ってた。装備させる防具も道具もそのまんま。こんなことってさ、おかしいよ。どこかのダンジョンに譲り渡したとか逃がしたとか、そういうことじゃないっしょ、これは……‼」
肩を震わせて、彼女は必死に訴える。
一音一音に感情が揺さぶられて、こちらまで激情に身を任せてしまいかねない。
冷静に平静にと自分に語りかけ続けていないと、すぐにゴーレム作成者を探しに出てしまいそうだ。
自分の代わりに激昂してくれるカーナタがいるから、どうにか正気を保っている。彼女の感情と言葉を余すことなく受け取ろうと、俺はいつしか必死になっていた。
「もちろん、お別れはあるじゃん。寿命だってそうだし、あたしら危険な目にも遭うんだから、あの子たちだって亡くなる時は亡くなっちゃう。でもそれは人だって同じことで、とにかく平等で……ただ素材にされるのとは、全然、ちがうよ……」
彼女はぎゅうっと両手を握りしめ、足元を強くにじる。抑えきれない力をあちこちにぶつけてから、カーナタはまっすぐ前を見た。
「ハーケンの野郎を、問い詰めなくちゃいけないっしょ」
「ああ。だけどその前に」
「悠長にしてる暇――」
「あのゴーレムが俺たちの相棒を用いて作られたのなら、俺は全て仲間にしたい。なんの救いにもならないかもしれないけど、やりたいんだ」
戦力の増強という意味も当然ある。解析するにあたって、ゴーレムの数が多い方が良いという面だってある。
だけどそれ以上に、世話になった彼らと一緒にいたい。
死霊術で従えている以上、俺とロディス=ハーケンのやっていることは本質的に近いのだろう。
それでも相棒たちを、一部品として一瞬で消費した人間の支配下には置いておきたくないのだ。彼らのためにちゃんと怒れる、カーナタの近くにいさせてやりたいという気持ちもあった。
だから。
「だから、俺を手伝ってくれ。カーナタ=カティス」
「……そんなこと言わせてごめん。あたし、柄にもなく熱くなって正気を失ってた。手伝わして――というより、手伝わせろ。ってか、拒否ったら怒る。めっちゃくちゃ怒る。わかった?」
「ああ、カーナタの気持ちは死ぬほどわかった。もうダメ疲れたって言ってもこき使うからな」
「――いつもそれぐらい理解度高めとけ、ばか」
普段通りの罵倒を聞けたところで、心おきなく俺はダンジョン入り口へと向かった。途中で待機させておいたゴーレムたちも呼び起こして、また捕獲作業へと入る。
隣には怒りをやる気へと変換し続け、『簡易聖典』と針を大量に構えるカーナタ。握った五指の間に紙と金属を挟み、手が針山みたいになっている。
「こういうのは速攻がイイっしょ。じゃんじゃん持ってきて。あの子たちの魂に飽きるぐらい聖句を聞かせてあげよ」
「りょーかい、じゃ、二機まとめて呼び寄せるか」
手近な石でまた門番ゴーレムをまとめておびき寄せ、既に仲間になっている十五機の力を借りて拘束、カーナタが僧侶仕込みの技で敵を麻痺させ、俺が死霊術で従える。
ダンジョン内部から補充された機体に、また同じことを繰り返し続ける。
段々と流れは洗練されていき、作業速度は上昇。俺たちの周りにいるゴーレムの総数が五十二を越したところで、同僚は言った。
「いなくなったあの子たちより、ゴーレムの数、多い……よね。あたしの記憶違いは、うん、ないはず……」
「俺の記憶でも、五十二頭以上はいなかったはずだ。だけど補充され続けているのは、俺が従えられるような、『縁ある魂』を持つゴーレムたち……」
どういうことだろう。頭を抱えたくなる。
「とりあえず、俺が従えられるゴーレムが出てくる限りは続けよう。夜が明けたら一旦退いて――」
「わーっ、おにーさんたち、ゴーレム大漁ですね! わ、こんなにたくさん……‼」
あどけない声のするほうに振り返り、飛びのく。足音もしなかったはずだ。
視界の中心には、声質にぴったりな子供がいた。小さな背丈に似合わぬ、肩幅を超すつばが特徴的な魔女帽子。その下には夜闇色のウェーブした髪の毛と、やけに青くてクリクリした眼球がふたつ。
――本能が告げる。
見た目は幼いが、魔女だ。それもとんでもない、悪いタイプの詠唱者。
唱える声は甘く、紡ぐ術式は難解で、もたらすのは破壊と破滅――そんな魔法使いだと直感がびしばし訴えていた。
「ごのちびっ子、やばいかも……」
思わずひきつった笑いを浮かべるカーナタを前に、魔女服の童女は手を差し伸べた。
「こんなとこで夜遅くにコソコソ作業しているってことは、ダンジョン密入者さんですよね。わーっ、奇遇、幸運!! わたしもそうなんです、同業です! ぜひぜひ、ご一緒しましょう!」
後ずさった俺たちに、魔女は語りかけた。
「無限に増えるゴーレムに、手を焼いていたんですよ、わたし!」