3 新型ゴーレム捕獲と、魂の中身
「うそ、あのゴーレムの中に、魂入ってんの? きもいって! 終わってんじゃん!」
「馬鹿、これから始まるんだよ! 演算部分の小型化に成功とか言ってたけど、ゴーレムのみの純粋な技術革新じゃない。多分、霊魂方面の技術を利用してるんだ」
ロディス=ハーケンは俺たちの元同僚だ。当然先遣隊の一員であり――元死霊術士、現副班長。
色々と器用な奴だったが、やはり得意分野は変わらないのか。
「で、ど、どうする⁉」
「霊関係だって言うなら、ほんの少しやりようはある。呪符と共に一撃、このナイフを演算部分に差し込めれば……‼」
「てことは、もっかい戦うっしょ?」
「ああ、もちろん!」
俺が頷くよりも早く、カーナタの手で石が放られて飛んでいく。目標に投擲物が当たる前に、符へと魔力を通す。礫がこつんとゴーレムの頭頂部に当たって、跳ねる。直後、また姿が見えなくなった。
「『死霊呪縛!』」
呪符を掲げ、唱える。一帯を魔力の波が席巻し、ある一点が揺れる。姿かたちを消していた敵が露わになり、目で追える速度になった。
効果あり。
希望に口元を緩める暇はない。迫る真っ白な拳を短い刀身で受け止める。
「っ、まじかよ……!」
効果はあったが、いまだゴーレムの一撃は重い。殴打を受け止めた瞬間、衝撃が手どころか頭部から足先までを駆け抜けた。連続で二発受ければ、確実に隙を晒すことになるだろう。
風を押しのける音がする。耳を頼りに身体を捻ると、さっきまで俺の踏んでいた場所が拳により砕け散る。地面に残った跡は子供がすっぽり入りそうなほどで、中心には剛腕が深々と突き刺さっている。
一度判断を誤ればよくて一瞬で病院送り。最悪冷たい棺桶行き。
頭の片隅にどん底の事例を残しながら、もう片腕の一撃はいなす。斜めにした短剣でまっすぐな握り拳をそらすと、またもや地面に打撃が炸裂した。これで両の腕は大地にめり込み、縛られた。この隙に反撃を――
「――うそだろ、おい!」
一機のゴーレムは、両腕を両足とした。打撃で地を打つ行為は攻撃であり、踏み込みでもあった。深く突き刺した身体を軸に、人造物の全力が放たれようとしている。
まずは右拳。
「『――死霊呪縛!』」
俺は咄嗟にもう一枚符を切り、とにかく横に跳んだ。
局所的に暴風が吹き荒れる。右の一発はどうにか直撃を免れたが、付随する衝撃波に身体を浮かされた。
まずい。あと一撃、空中じゃ避けられない。
「――よく引き付けたラダ! あたしがおいしーとこ貰うっしょ!」
夜闇に、赤毛が靡いていた。
ぐるりと回り、敵の懐に回り込んだカーナタは、その手に何やら輝くモノを握り込んでいた。
正体は祝福された針。構えられた細く長い金属は、既にひとつの紙片を刺し貫いている。
「聖書を読むのがヤなら、切り取って直で貼り付ければいいってね! 『簡易聖典!』」
輝ける金属先端を敵側面に打ち込み、刺突の勢いそのままに、少女は聖なる紙を打ち付ける。
パシンと乾いた音がして、そこから無音が訪れた。
真っ白で穢れのない無生物は、動きたくとも動けない。まるで全身を痺れさせた人のように固まっていた。
「うっし、束縛の章きまり! 霊関連の技術があるなら、僧侶の技も効き目アリと思ったけど、ばっちし当たったかなー? 子供のころの試験とかでは勘当たんなかったのに、やるなーあたし」
宣言通りイイところを掻っ攫い、手癖の悪い元聖職者は自画自賛。
だが、助かった。
「やっぱ、持つべきものは同僚か」
お膳立ては終わっている。
あとは俺がきちんと役割を果たすだけ。
手にした呪符に魔力を籠め、刃に纏わせて構える。
――突然のノイズは、顔の横を通り抜けた。左拳は、紙一重のところで回避。
「ほんと、優秀なゴーレムだ。聖典の拘束も抜けて、惜しかったよ」
呪われた刃を演算部分に差し込み、ありったけの生命力を刃先に注いで呟いた。
「『死霊操作』」
ゴーレムへの干渉を試み、感触があった。魂を思い切り五指で鷲掴みにしたような、確かな感覚。
奇妙で、気色悪く、対象を掌握する全能感に溢れる行為だ。ダンジョンにてモンスターたちに行使する際も、溺れてしまわないように細心を払わなければならない。
しかし、相手を存分に支配できるというのは――心地が良すぎるもので。
「よし、やった!」
成功すれば声が出てしまう。
へなりと白い躯体が崩れ落ちるが、
「起きろ、ゴーレム。とりあえず一回転」
俺の声があるとすぐに起き上がり、命令に忠実な行動を取った。
利口な飼い犬さながらで、それを目のあたりにしたカーナタは声をあげた。
「ひゃっ」
虫を間近にしてしまったお嬢様の驚きは、一瞬で不愛想な振る舞いに上書きされる。
「あ、変な声出た、やば……。にしても、従順だぁ……。ね、これ完璧に操れてるの? ずっとこんな感じ?」
「いや、俺の技量じゃ数分だけだ。死霊術は術者と縁の深い魂なら長い間操れるんだが、この魂はなんだか分からないからな。多分効果が切れれば、ガラクタに戻る」
「へー、そなんだ。じゃあ、こいつの力も借りてもう一体いっちゃう?」
「それがいい」
俺たちは仲間にした新形ゴーレムをお供に添えて、ダンジョン入り口へと向かう。すると、ダンジョン入り口には二体のゴーレムがいた。
「俺たちが最初に来た時と変わんないな」
「陽動対策に自動補充されるってこと? だるー」
「確かに面倒だが、やることは変わらない。さっきの方法が通用するのか、もう一度試すまでだ。ゴーレム、向かってきた敵の拘束を頼む」
命じると、そばに待機していた僕が身体を揺らした。なんだか奇妙な振る舞いだが、これにも意味があるのだろうか?
「ラダ、ぼーっとしてないで! もう石投げちゃったから!」
「行動するときは声かけろ馬鹿!」
「ゴーレム操れる時間短いんだから急げバカ! バカ! ほんと鈍くてバカ……」
ひとつ言ったら三倍になって帰ってきたが、迅速に動く。
といっても、初戦に比べたら遥かに戦闘は楽だ。作業といってもいい。
同じ性能である使役ゴーレムに拘束させ、カーナタが『簡易聖典』で動きを鈍らせて俺が支配する。
二回目の試みは、なんなく成功した。
「せっかくだから、もういっこ、いくっしょ」
彼女の提案に同意し、新たに湧いてきた三体目も捕獲。
「三体いたら四体ほしいっしょ」
断る理由もなく、四体目も支配。
「五体目、ほしーなー?」
おねだりに負けて、五体目。
「偶数って綺麗だよね」
謎な理由で六体。
「いけるとこまで行きたいのが女子っしょ」
まんまと口車に乗せられ、七、八、九――。
「おいこれ、どうすんだよ……」
気づいたときには、十五体も捕らえて大漁だった。村ひとつを防衛する分の、小規模な部隊が組めてしまう。
「あたし的には、数いればいるだけイっかなぁって。減るもんじゃないし」
「俺の実力じゃ数分しか見知らぬ魂は繋ぎ留められないって――あれ?」
突っ込むことで、自分自身が異常に囲まれていたと分かる。
捕獲作業は時間単位に及んだはずが、ゴーレムは一機たりとも力尽きていない。
「ありゃ、ほんとだ。ラダ、意外とつよかった? 隠された最強能力持ち?」
「いや、違う、これは――」
見知らぬ魂は、繋ぎ留められない。
だが縁のある魂は、繋ぎとめられる。
「このゴーレムの魂、もしかして、牧場の動物たちか……?」