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2 追放仲間の少女と、新型ゴーレムの秘密

「やっぱさ、ダンジョンで祈るのなんてアホっしょ。あたし、そーりょに戻るとかムリムリ。聖書持ち歩くのがバカらしくて盗賊になったのに。だからさ、ラダのとこで手に職つけよーと思うんだよね。お嫁さんってやつ」


 同じ先遣隊の少女、カーナタ=カティスは妄言を空に吐いていた。赤髪を不機嫌そうに揺らして、同じ色の双眸を夜空に向けている。目を細めなければかなり可愛らしいと思うのだが、この悪い人相がなければ彼女ではない。

 夜の森も相まって、美しくも恐ろしい魔女のようだった。


「――カーナタ、前職は僧侶だろ? 拾われる先はいくらでもあるっていうか、実際ロディスもお前のことは引き留めてたし――」

「いや、スルーすんなって。あと、ヤだって二回も言わせんなってバカ。神に捧げる言葉なんてとっくに無くしたっつの。詠唱するぐらいだったら、その辺の鳥相手にぴーちくぱーちく歌ってたほうがマシ」


 気ままに口笛まで吹き鳴らし、カーナタはこちらに笑いかけた。悪友に向ける類の微笑みなのに、破壊力がやけに高い。

 ――少し彼女のことを見すぎたかと、思い至ったときには既に手遅れだ。腐れ縁の友人へ見せる自然体から、からかうための仮面に彼女は切り替えている。


「あはは。突然、お目目背けちゃってかわい。別に、見たっていいっしょ。あたしは嫌な気分になんないよ」

「なんの話だ? 俺はさっきから、この後どうするかを話し合ってだな――」

「だからいったじゃん、お嫁さんって」

「冗談だろ」 

「本気だよ」

「――――まじ?」

「う・そ」

「やっぱりな」

「――ってのも嘘って言ったら、どーする?」

「どうって……」

「ま、これも嘘なんだけど」

「……ほんとに、俺は愚かだ……」


 やっぱりこうだ。なぜドキりとしてしまったのだろう。こう言ったやりとりを、何度繰り返したか覚えていないのに。


「分かっていたはず、俺は分かっていたはず……」

「いつもあたしの軽口に引っかかってるよね、ラダは。女の子の言うこと、ぜんぶ真に受けちゃダメだよ~?」


 わざわざ甘ったるい声色を作って、一々こちらを煽ってくるのにも慣れた。ここで激しく反応すると更にからかわれるから、さらっと受け流すのがコツだ。


「女性の発言なら何でも信用するなんてあるか。俺は先遣隊だぞ、慎重な方だ。カーナタの言うことだから、つい信じてしまうってだけでだな……」

「――いやズル! ズルすんなって。卑怯。そーいうとこ。ありえないってマジ。これは永久就職しかない」

「離婚届、準備しとくな」

「ひど。慰謝料は年収の半分でいいよ」


 にっこにこの隣人を見て、俺は嘆息をひとつ。


「はぁ、行く当てがないってのに、よく笑えるな」 

「行く当てがないから、笑うしかないしバカ話するんっしょ。この一週間、近場のどのダンジョン行ってもハーケンの新型ゴーレムだらけ。あたしたち盗賊の需要はどこにもなくて門前払い。にゃはは、ってあざとく笑うしかないって」


 手際良すぎでしょ――と、まじめな顔でカーナタは呟いた。


「ほんとにな。予め各地のダンジョンとその経営母体に話を通していたんだろうけど、それにしても早い。ロディス、そういうとこは有能だったよな……」

「一緒に仕事する分には楽だったなぁ。ま、ちょーっとウザかったけどさ、ほんと」

「そんなにだったか? 臆病なまでに安全重視ではあったけど、俺からすればウザいって程じゃ――」

「いやいや、ありゃヤバかったって。あたし引いたもん」


 意味深にやんわりと語りながら遠い目になったところからすると、色々あったのかもしれない。というか、いま様々に語られようとしていた。


「危険がどうだのリスクがあるだの、身体に傷が付いたらどうするだの、肌が焼けたら良くないだの毒があったらどうするだの――お前はおかーさんかよって思ったもん」


 いやあたし、親いないけどさ――なんて、彼女は平然と付け足した。

 それを不思議な事だとは思わない。


 冒険者になる人間というのは、大抵親がいないものだからだ。俺だってそう。

 ダンジョンの周辺には大抵孤児院があって、その施設で育った子供たちの半分ほどは冒険者になる。施設の運営は冒険者からの拠出金で行われていたし、身近な存在だし、実入りもいいから。

 ただ俺は、それ以上の理由が存在すると思う。

 幼いころ、屈強で聡明な戦士たちと底知れぬ迷宮の入り口に出会ってしまえば、どうしようもなく憧れてしまうものだ。


 ダンジョン探索そのものに憧憬を抱き、先人を尊敬し、恩返しをしたくなる。

 追い出されたからといって簡単に諦められるか。


 第八ダンジョンは追いかける夢であり、帰るべき家だ。

 暗く長い夜の森を抜け、今まさに目の前に見えてきた風景こそが、俺たちの故郷。


「はは、結局あたしらここに帰ってきちゃうんだもんね。まだまだ子供だなー。ひとり立ち、出来なかったかー」

「昔のころと一緒だな。子供のころも、ダンジョン探索したいって密入しようとしたっけ」

「あー、あったあった、捨てられたオトナの服拾って着て、ぶかぶかなまま迷宮の入り口に突っ込んでって、ひょいって追い出されたなー」

「今回はあの時とは違う。ちゃんとあのゴーレムのことを調査し準備して、先へと繋げるんだ」


 迷宮前の大通りに足を踏み入れ、決意を新たにする。

 育ててもらった孤児院やお世話になった酒場、愛用の武具を作ってもらった鍛冶屋、多くサービスしてくれた道具屋、相棒たちと出会わせてくれた牧場――馴染み深い店を通り過ぎるたびに、思い出が蘇って意思を強固にする。

 隣では、カーナタが明かりの点いた窓に目を向けていた。


「あたしらはいなくなったけど、お店は一応やれてるみたいだね。ま、二職種がいなくなっただけだし? 盗賊・死霊術士に――」

「追放されたのは三職種だ。昨日今日で収集用ゴーレムも導入されたみたいで、収集者もダンジョンから追い出されてる。他の役割だって、将来どうかは怪しいな」

「え、まじ。ここら一帯衰退しそー。やっぱ嫁かあー、嫁なのかぁ……」

「客足は確実に減るだろうし、大変だろうな……鍛冶屋の爺さんとか酒場のおじさん、大丈夫かな……」

「スルーすんなって。さすがに泣く。号泣」

「はいはい。飴あげるから」

「あたし子供じゃないんだけど!」

「いらない? 結構俺も好きなやつなんだけど」

「……いる」


 迷宮探索時の栄養補給に優れた一粒を渡しながら、近くにあった店の様子を丸窓から探ってみる。


「やっぱり、一週間前に比べると客入りは少なそうだな」

「はむ、ふむふむ……へー、ふぉんとだ……ぼくじょーはつーじょーえいぎょーみたいだけどね。どーぶつ、へってるし」


 飴玉を口内で転がしながら、彼女は牧場の方を指し示した。 敷地内の小屋には猟犬がおり、毒ガス検知用の小鳥の鳴き声もする。荷車用の馬や牛なども健在だ。個体数は、少し減っているが。


「先遣隊そのものは排除されても、先遣隊の相棒たちは必要か……」

「コタロンとかアキランとか、わんこたち元気しとるかなー?」


 パートナーたちとの日々を思い返しながら、牧草地の脇を通り過ぎる。そのまましばらくすると、目標が見えてきた。

 ダンジョン入り口を守る、二機の自動探索ゴーレムだ。

 直方体に四本の腕が付いた姿は、相変わらず不気味極まっている。


「いたな。前回は手ひどくやられたけど、今回こそ――」

「ダメだって。めーだって。調査が先っしょ? 熱くなっちゃ、また同じことになるよ」

「……忠告助かる。少しだけ、冷静じゃなかった」

「いいっていいって。まずは、じっと色んな方向から観察が基本かなーっと。だるいけどしゃーないしゃーない」


 二人で手分けして、様々な方向から被造物を観察する。家三軒分もの距離を取る、安全策を採用した。十分ほどじっくり眺めた後、再集合。


「どうだった? 俺から確認できる角度じゃ、接続部とか強度の怪しそうなとこは見つからなかった」

「こっちもダメダメ。分かりやすい弱点とかなさそー。やっぱ――外から見るだけじゃだめっしょ」


 カーナタの瞳の色が変わる。くすんだ赤が怪しく輝き、


「威力偵察、やっちゃお」


 その辺の小石を拾い、ゴーレムの一体に投げつけた。命中。同個体が、消えた。


「なにやってんだ馬鹿!」


 死霊術士の探知魔法で接近を感知し、短剣で躯体を受け止める。以前とは違う。距離を十分に保っていたから、反応する時間があった。


「下がれ、カーナタ。すぐに俺も撤退する」

「おっけ。下がりながら、あたし投擲で支援する」


 目の前で振るわれるゴーレムの剛腕を寸でのとこで回避。二本の腕を脚のように使って踏ん張り、残る二本での殴打だった。殴る度に風を切り裂く音がするし、まともに受ければ病床送りか。

 こちらにできることは、躱した隙に剣先を突き立てるぐらいだが、


「少ししか刺さんない、か……」


 親指の先しか金属が入っていかない。これで有効打だったら奇跡だ。

 俺は無機物による一撃を避け、


「ラダ、跳んで!」


 仲間の声に合わせて退く。背後からの投擲物は拳大の鉄球で、重たい投球はゴーレムに入った。一時よろめいている。


「相変わらず、肩いかれてるな!」

「うるさい! もっと素敵に褒めろっつーの!」


 この隙にと二人で一気に距離を取れば、追ってくるものはなかった。呼吸を整えながら、彼女は笑う。


「いやぁ、ヤバだ」

「お前の頭がヤバだ。あんな雑に威力偵察するやつがあるか」

「距離はかなりあったし、大丈夫かなって思ったんだけどなー。よく反応できたね、ラダはさ」

「俺はただ、死霊術士の探知魔法があったから反応できただけで――」


 口にしていることが、おかしい。死霊術士の術は悪霊や亡霊など、霊に対抗する技術であるわけで――無機物であるゴーレムに反応するのは、異常だ。


「ラダ、もしかして、なんか見つけちゃった?」

「ああ、少し試したいことができた」


 後退していくゴーレムの後を追い、今度は指向性のある探知魔法を放ってみる。


「やっぱり、間違いじゃない」


 被造物の純白で画一的な中央部には、ぼんやりと白い霊魂が埋まっていた。

 


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