1、《過去のこと》
「うそでしょ。お前ドラクエやったことないの?」
マサトは僕に、この世のものとは思えない、ゲスいものでも見たかのような声で聞いた。
「ないよ。悪いかよ」
「いや悪かないけど。まさかこの日本国内において、ドラクエしたことがない高3男子が存在してると思わなかったから、びっくりしただけ」
山ほどいるぜ。ドラクエしたことがない高3男子、山ほどいるぜこの国に。
「お待たせいたしました。塩つけめん大盛りのお客様」
「あ、俺でーす」
マサトが手をスッと上げた。
んー、いい匂いだ。最近ネットでも噂になっている塩つけめんの大盛りが、マサトの目の前に置かれた。
僕が注文した、ごま豆乳坦々麺大盛りはまだなのかな。腹が減ったな。
「それじゃお先に。いっただっきまーす」
「あーい」
ずるずると麺をすすりながら、「うわマジ超うまいんですけどヤベ!」と叫び散らすマサトを横目にした後、店内をちらっと眺めてみる。
僕らが入店したときも結構お客の入りが多かったが、今はさらに増えている。
出入り口のところに、入店待ちの人も現れていた。さすが噂のラーメン店。晩ご飯時だし、これからもっと増えてくるんだろうな。
「お前の坦々麺、まだ来ないな。遅くね?」
「そうだな。腹減ったな」
「で、なふでドラクエしたことなひんだ?」
ずるずると麺をすすりながら、急にドラクエの話題に逆戻りしたマサト。なんでと言われても。
「興味がないからだけど。あ、でもファイナルファンタジーは好きだよ。あと、キングダムハーツが好きだな僕は」
マサトは冷たい水を飲み干した後、ガンッと強めにコップを置いた。
「ファイナルファンタジーだと?お前そんなものに時間さいてる暇あったら、ドラクエをやれよ!ただキングダムハーツについては俺も好きだぜ同士よ!」
キングダムハーツは好きなのかよ。そしてファイファンを馬鹿にするな蹴飛ばすぞオイ。
「好みのゲームなんて人それぞれだろうよ。お前は出会った時から3年間、人に自分の趣味思考を押し付ける癖が抜けなかったな本当に」
「押し付けるとは失礼な。オススメしてやってるだけだよ」
「お待たせいたしました。ごま豆乳坦々麺大盛りでございます」
僕の前に、ごま豆乳坦々麺大盛りが置かれた。んー、なんていい匂いなんだ。
さっそくスープをひと口。マイルドな口当たりだ。豆乳のクリーミーな舌触りが心地いい。そして少し後にやってくる上品な辛味と、ごまの香ばしい風味。ああ幸せ。大盛りでも足りねえ。倒れるまで食いたい。
さて、いよいよ麺を……
「おいしいか坦々麺?」マサトが横から聞いてくる。
「あのさ、まだ麺に到達してないからさ。せめて麺をすすってから聞いてくれるかな?ね?」
そういえばマサトは、辛いものが苦手だったな。
「試しにちょっと食べてみるか?そんなに辛くもないぞ、これ」
「いや、けっこうです。俺は塩つけめんでけっこうでございます」
こいつはいつもこうだ。
自分の好みのものは、すぐ人に半ば無理やりにオススメしてくるくせに、自分の趣味に合わないものや苦手なものは、どんなに人に勧められてもスルー。自分勝手だ。
「そうだ。明日学校に持ってきてやるよドラクエ。貸してやるから、やってみな。絶対ドラクエの方がファイファンより面白いからよお。1回やってみたら分かるから」
「なんとしてでもファイファンを蹴り落としたいんだなオイ。……まあいいやもう。どっちにしても遠慮する。貸してもらわなくてけっこう」
「えー、なんでだよ」
「ありがとうございましたー!」
威勢のいいスタッフの掛け声が店内に響いた。元気な掛け声がマニュアル化されているのだろう。元気なのはいいが、僕に言わせれば、うるさかった。
「なんでって、明日はもう卒業式だぜ?最後なんだよ学校生活の。もう僕らも、こんな風に会ったりするかどうかなんて分からない。借りたものだって、いつ返せるか分からないだろうよ」
「いつって……遊び終わったら返してくれたらいいだろ。次に会った時に」
「だから、その頃には僕ら別々の場所で過ごしてるんだからさ。もう会わないじゃん」
高校を卒業したら、僕は福岡に引っ越して進学する。マサトはこのまま東京で進学。別々の街で、別々の生活が始まるのだ。
「もう会わないの?俺ら」
「……会いたくたって、そう簡単には会えないって言ってるの」
「……そっか。」
マサトは小さくそう呟いて、つけめんを口元に持っていった。
僕はそれ以上のことは言わなかった。そして1つ、小さな嘘をついた。
簡単には会えないというが、本当に会おうと思えば、たぶんいつだって会える。年末年始などに僕が東京に帰ってくるなら、そのときに会えるし。そうでなくとも、今の時代、福岡と東京の距離なんて実は大したことはないのかもしれない。
僕は距離感のことを言っているわけではないのだ。
僕は基本的に、永遠の友情とか、そうゆうものをあまり信じていない。少なくとも、自分にはそんな都合のいい人間関係は巡ってこないのだろうと思っている。
その時にどんなに仲が良くたって、お互いの新しい世界が出来れば、その世界の人間関係に埋もれてしまって、過去は消えていくものだと思っている。
中学のとき仲良くしていた友達だって、高校で別々になったら、結局自然と疎遠になっていった。決して嫌いになったとか、そういうことではないけれど。
だんだんお互いの新しい世界が広く大きくなっていって、過去の世界の繋がりを気にすることが、少しずつ無くなっていく。
結局、友情も、現在この時。この先もずっとなんて、幻想でしかないのだろう。
「だから、借りたって返せないから。持ってくるなよ。ドラクエ」
僕は静かにそう言いながら、ごま豆乳坦々麺をすすった。
マサトは特に反応も示さないまま、塩つけめんをすすった。
「ありがとうございましたー!」
威勢のいいスタッフの掛け声が店内に響いた。元気な掛け声がマニュアル化されているのだろう。元気なのはいいが、僕に言わせれば、うるさかった。
うるさかったけど、別にいいか、と思った。