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彼女の告白


 次に私が移動したのは、彼のマンションだった。


 一夜を女性と過ごしたのなら、その彼女を送り届けたら家に帰るだろう。そうなれば、こっちのものだ。監視しやすい。


「やはり、来ましたか」


 そしてこちらも予想していたことだが、マンションの近くには天都がいた。マスクにサングラスという、いかにもな変装をしていた。


 その姿が面白くて、思わず笑ってしまう。


「……なんですか」


「似合わないし、変装になってない。やっぱり女優だな。オーラを隠せてない」


 その指摘に彼女は不服そうに腕を組んだ。


「そういう先輩はどうなんですか? 顔を見られているのに、何も隠されていませんけど」


「私は君ほど顔見知りじゃないし、顔を見せるつもりもない」


 そんな三流なことをするつもりは毛頭なかった。


「それより……忘れろと言ったはずだが?」


「返事をした記憶はございません」


「ったく」


 そう言うとはわかっていたから、それ以上の追求はやめた。どうせ言い合いになるだけだ。


「隠れるぞ。二人でいると目立つから」


 彼女が何か言う前に手を引いて、物陰に隠れた。


 そこからでもマンションの入り口は十分に見えたので問題ない。


「さっき、幹本が帰ってきたか?」


「はい。一人でしたが」


「そりゃそうだ。この人を送り届けた帰りだよ」


 私がさっき撮ったばかりの写真を見せると、彼女は「え」と声を漏らして、その写真を私から奪い取った。


 そしてまじまじと幹本と見知らぬ女性が二人で歩いてる写真を見ていた。


「こ、これは」


「あの男が行きつけのホテルがある。そこから出てきた瞬間だ。二股は確実だな」


 彼女は写真から顔を上げると、瞳を震わせていた。


「す、すごい……」


 率直にそう褒められてしまい、思わず赤面してしまう。


「ま、まあな」


 憎まれ口の一つでもあると思っていたから、素直に感心されて動揺してしまった。


「それくらいはできる。学生の部活動でもな」


「はい。わたくしが間違っていたようですね」


「……調子が狂うな」


 一転した彼女の態度に、うまく反応できない。


「いいよ、私もきつく言い過ぎたからな」


「では、お互い様ということでよろしいのですか?」


「ああ。だから……いつも通りでいてくれ。気持ち悪いから」


 そんな私の困った姿が面白いのか、彼女はクスッと小さく笑ったあとに「かしこまりました」と答えた。


「それで、この後はどうされるおつもりですか?」


「私たちの目的は幹本の危険性を不知火先生に知らせることだ。正直、それはこの写真だけでもできる」


「そうですね」


「だが、君はそれで満足か?」


 彼女は静かに首を左右に振った。


「承知しかねます」


 実に彼女らしい返事で、思わずニヤッと笑ってしまう。


「ならあともう一枚、先生と幹本が付き合っている証拠をおさえる。それで幹本の悪事は暴かれる」


「それだけですか?」


「私の知り合いには週刊誌の記者や編集者がいる。撮れた写真は売りつける」


 そのとき、彼女は「うわぁ」と、明らかにひいていた。


「マスコミはやはり嫌いですわ」


「君らみたいな人に嫌われるようになったら、一人前の記者だ」


 いつか母親のように大女優になった彼女から、記者として嫌われたのなら、それは光栄なことだろう。


「それで幹本は社会的に終わりだ。これで手打ちとしないか?」


 あの男から実害を受けて、その事実を消された彼女からすれば、それでも足りないかもしれない。


 天都は少し考えたあとにフッと小さく笑った。


「いいでしょう」


「よし決まりだ」


 私たちは合図もしないのに、目の前のマンションを見上げた。


「さっさと終わらせて、勝負に戻ろうか」


「そういたしましょう」



 動きがあったのは、夕方を過ぎてからだった。


「出てきました」


 天都の報告に囓っていたパンを喉に詰まらせそうになった。


 急いでミルクを飲んで、口元を隠しながらマンションの入り口を確認する。ちょうど幹本が出てきて、どこかへと歩き出したところだった。


「ふぉし、いふぉう」


「先輩、ちゃんと飲み込んでください」


 うるさいやつめと思いながら、私はごくんとパンとミルクを飲み込んだ。


「よし、行こう」


 天都が神妙な顔で頷いて、幹本と距離をとりながら二人でその背中を追う。


「どこに向かうと思いますか?」


「女のところだろうな」


 ざっくりとした回答で悪いが、外れてもないと思う。彼はブランド物の高価な服を着ていた。買い物に行くとは思えない。


 車を使ってないということは、お酒を飲む予定なんだろう。


「先生でしょうか?」


「今朝の女でなければ、先生じゃなくてもいいけどな。私たちが欲しいのはスキャンダルだ」


 九分九厘、今朝の女ではないとは思う。まさか朝に分かれて、夜に再会なんてことはしないだろう。


 偉そうに歩く後ろ姿を見ながら、私はあの夜のことを思い出していた。天都に対して、嗜虐的な笑みを浮かべていた。あれは、どういう笑みだったんだろう。


 もしかしたら、諦めるしかなくなった女が、無防備に現れた喜びだったのかもしれない……。


「先輩、どうかされましたか」


 天都が私の顔をのぞき込みながら尋ねてきたので、すぐに「なんでもない」と返事をした。


 彼女はその返事に不思議そうな顔をしていた。その顔を見ていると、あの男が欲しくなったのも無理はないなと思ってしまった。今朝の女もそれなりに綺麗だったが、彼女には遠く及ばない。


「君、綺麗だよな」


「――は?」


 私がそう呟くと、彼女はぽかんとした後、ゆっくりと顔を赤くしていった。


「な、何を急に」


「いやそう思っただけだ。顔が間近にあったから」


「キスの時だってあったでしょう!」


「そ、それをここで言うな!」


 忘れかけていたことを思い出し、私も顔が一気に紅潮した。


 あの日、化粧室で迫ってきた彼女の顔と、唇の柔らかさやぬくもりを想起してしまう。


「い、いいから、調査に集中しろっ」


「最初にボーッとされていたのは先輩です」


 なんだか変な雰囲気のまま尾行を続けることになった。


 どうして急にあんなことを口走ってしまったのか、自分でもわからない。ただ、気づけば言ってしまっていた。というか、不意打ちになってしまったとはいえ、どうせ彼女は言われ慣れているんだから、あんな反応することないじゃないか。


 無言のまま追跡していると、幹本がたどり着いたのは、見覚えのある店だった。


「あの店だな」


「そのようですね」


 彼が行き着いたのは、不知火先生と会っていた店だった。


 小さなバーに入っていたのを確認すると、また物陰に二人で隠れる。どうやら今夜の相手は先生らしい。


 ほんと、運が良いな。


「また待機ですか?」


「それしかない。店に入るわけにはいかないだろ」


 未成年だけで入れる雰囲気の店じゃない。


「退屈ですね」


「なら、話しでもしてくれ」


「先輩がしてくださればいいのに」


「退屈と言ったのはそっちだろ。私はこういうのに慣れっこだよ」


 こういう待機を苦にしているようでは記者なんかやってられない。プロなんてこういうことを何日も続けるんだから。


 天都は壁に背を預けると、どこか遠くを見つめて、ぽつりぽつりと語り出した。


「わたくしは、あの男に犯されかけました」


「…………」


「知っていましたか?」


「……取材は、途中でやめたんだ」


 実はそれにたどり着きそうだったから、取材を途中でやめた。


 私が頼った人たちは明らかに話しをぼかしていた。何か裏があることはわかって、それは予想できた。


 記者失格だが、知りたくないと思ってしまった。


「部屋に連れ込まれて、本当にあと一歩のところでした。忘れもしません、獣のようなあの男の顔は……。怖くて、なんとか逃げ出しても、路上で捕まって……。はっきり申し上げて、そこからの記憶は曖昧です」


 彼女は悲観しているわけでも、同情して欲しそうにしているわけでもなかった。


 遠くを見つめながら、懐古してるようだった。


「あれ以来、わたくしは父以外の男性と接するのが苦手になりました。母も父も華月に入れて、とりあえず傷を癒やして欲しいと言いましたが……方法がまるでわかりませんでした」


 恐怖を、トラウマを忘れる方法があるなら、きっとそれはもうみんなが実践しているだろう。そんな魔法みたいなものがあれば。


「思い出すと、ただ怖くなりました」


 天都が小さく震えていることに、そこでやっと気づいた。彼女は自分を抱きしめるように腕を組み、その細い腕に爪を食い込ませていた。


「忘れたくて……色々しました」


「それが、あの写真か?」


 私が撮った数々の彼女のキスシーン。彼女が多くの女子生徒を虜にしている証拠。


「はい」


「天都、こういうときに優しい言葉をかけてやれなくて悪いが、やってることはあの男と一緒だ」


 別に断罪をしたいわけじゃない。私は記者だが、正義の味方じゃない。ただ一人の女として、そう思っただけだった。


「わかっておりますわ……ただ、ああしていると、忘れられました」


 汚れた欲望の記憶を、似たような行為で上書きし続ける。それは苦行でしかないと思う。そんなことで本当に癒やされるはずがない。


 ただ、それだけが唯一、一時的に記憶を消せる方法なら、どうだろうか?


 彼女はきっと、自分に夢中になる少女たちと、過去の自分を重ねていたんだ。


 多くの少女に手を出している彼女だが、少なくとも少女たちは幸せそうだった。きっと、それは彼女が気をつけているからだろう。過去の自分と同じような傷だけはつけないようにと。


「……ま、面白い話しだ。記事に書き足しておこう」


 気の利いた言葉をかけてやれなかった。だからといって、今みたいなことを言うのもどうかと思うが。


「先輩が勝負に勝てば、そうしていただいて構いませんわ」


「勝つから覚悟しておけ。どうせ記事が出れば、君の虜になってた生徒たちも目を覚ますだろう。君はもう、彼女たちを使ってトラウマを忘れることはできない」


 天都が寂しそうに笑って「そうですね」と言った。もしかしたら、彼女自身、それに罪悪感を覚えているのかもしれない。


「代わりと言ってはなんだが……そのトラウマは今日、退治してやる」


 それが本当に『代わり』になるのかわからない。ただ、私は正義の味方ではないが、敵でもない。


 迷える後輩に何かしてやれることがあるなら、やってやってもいいとは思う。


 そして今の私にできることは、それだけだ。


「お願いいたしますわ」


「ああ」


 それで彼女の話は終わった。


 それからはまたお互いに無言で、監視を再開した。息を潜めながら、じっと店から彼が出てくるのを待つ。


 そういうことを二時間ほど続けた。


「――おかしくありませんか?」


 その疑問を最初に口にしたのは天都だった。ただし、私も内心ずっとそう感じていた。


「……遅いな」


「ええ、遅すぎます。あの男が店に入ってから、もう三時間ほどたっています」


 前回は二時間もしないうちに店から出てきたから、確かに今日は遅い。


「それに、わたくしたちが見張りをはじめてから、誰も入店していません」


 そう、それも気になっていた。


 何か嫌な予感がした。


「天都、ここで待機しておけ」


「……行くんですか?」


「それが手っ取り早い。怪しまれそうになったら、すぐに店を出る」


「私も行きます」


 やめろと言っても聞きそうにないので諦めた。彼女は再びマスクをして、顔を隠した。


 二人で店の入り口に近づいていく。こんな経験は初めてじゃないのに、さっきからやけに鼓動が早い。本能が何かを知らせようとしている。


 店の入り口まであと一歩というところだった。


 急に扉が開いた。


「――っ!」


 そしてそこには、幹本が嫌らしい笑みを浮かべて立っていた。待っていましたと表情が語っている。


 頭の中で警報器が、最大の音量で鳴り響いている。


 咄嗟に天都の手を取ろうとしたが、もう何もかもが遅かった。私の後ろに誰かがいて、羽交い締めにされ、口元を抑えられる。


 そんな私を天都が助けようと手を伸ばすが、彼女は幹本に捕まった。

仲直りしてくれたと思ったら重たい告白にピンチ。

ついてない二人ですね。

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