戦争のススメ
3
週明けの新聞は、至って穏やかな記事で落ち着いた。
書いていて面白くもなかったので、私は掲示や配布といった雑務を後輩に押しつけて、一向に消えない苛立ちを孕ませたまま、月曜日を過ごしていた。
苛立ちが周囲にも伝わったせいか、誰も私に声をかけてこなかった。
ただ、昼休みに一人で食堂でそばをすすっていると、真向かいに誰かが座った。
「音をたてずに食べなさい。みっともないから」
「……それは、副会長としての命令か?」
「ええ。生徒会の威厳を守るための」
威嚇して質問したつもりだったが、あっさりと肯定された。
尖った目つきに、腰まで伸ばした光沢のある黒い髪。そして右腕にはめられた『風紀員』という腕章。それが彼女、弥江咲良の特徴だった。
風紀委員会の委員長にして、生徒会の副会長。この学校でナンバー2の地位に君臨する少女だった。
「副会長の命令なら、きかないわけにはいかないな」
私はふてくされたように、まだそばが残っていたが箸を置いた。
「これで満足か?」
「別に私はそれでもいいわよ。あなたが満腹なら」
いや、実は食べ足りない。しばらく私と副会長は睨み合ったが、私が再び箸を持って、静かに食事を再開した。
「どこで誰が見てるかわからないわ。品位のかけることをして、生徒会の看板に傷をつけるような真似はよして」
「政治家の娘だな。そんなに他人の目が怖いか」
「新聞部に言われるなんて光栄ね。二度とその嫌らしい目で私たちを見ないでくれるの?」
かなり憎しみのこもった目で、そう睨まれてしまった。
彼女は現役閣僚の娘。将来、父親の地盤を継ぐことが決まっている、政治家の卵だ。そして私は新聞社の社長の娘。同じように、将来が確約されている。
今は同級生だが、大人になれば仲良くできないことが決まっている間柄だ。
「善処してやる」
「そう。期待しないでおくわ」
私たちが二人でいると、食堂にいた多くの生徒は興味がありそうにこちらを見ながらも、一様に距離を置いていた。
この学校では生徒会は特別扱いされている。そのメンバーが二人もいて、しかも片方が副会長じゃ遠慮するのも無理はない。
「あなたのクラスメイトが、機嫌が悪そうで怖いって怯えていたわ。それが会長の耳にも入ってね、心配していたの。あの人が出るまでもないと思ったから、私が様子を見に来たのよ」
「機嫌が悪いことくらい、ほっといてくれ」
「日頃から人の秘密を暴こうとしてるせいで、嫌われているのよ。だから不機嫌だと、何をしてくるかわからないって思われているのね。ま、自業自得かしら」
髪をさらりとかきあげて、彼女は平然と人の痛いところをついてきた。
確かに、私はあまりほかの生徒からいい目で見られていない。新聞部として、日頃から色んな人の秘密を暴いてきた。そのせいで恨みだって買っている。
嫌われ者、というか、危険人物という扱いだろう。
でも仕方ない。メディアというのはそういうもので、私はこの高校のそれだ。
「それで、何かあったの?」
「副会長自ら相談に乗ってくれるとは、ありがたいな」
「風紀が乱れているから、それを正すだけよ」
「そりゃご苦労様」
別に傷付きはしない。彼女と私の関係は、友達といえるほどのものじゃないから。
「安心してくれ。風紀委員に迷惑はかけないし、生徒会の看板にも傷はつけない。約束してやる」
「何かトラブルにあってることを自白した自覚はある?」
……やってしまった。イージーミスだ。日頃ならこんなことはあり得ないが、あの日からどうも頭のネジが緩んでいる。
「……気にするな」
「そう。ま、私も暇ではないし、迷惑をかけないと言うならそれでいいわ」
揚げ足をとっておいて、副会長は勝ち誇るわけでもなくクールだった。
「副会長こそ、また会長をいじめているんじゃないだろうな? 最近、よく学校中を駆け回っているけど、休んでるのか」
「仕事を分け合おうと提案しても、自分の目で見たいとか、自分でやってみたいと言って、こちらの言うことを聞いてくれないのだから仕方ないでしょう。あなたの件だって、どうせつまらないことだからと説得して来たのよ」
どうせつまらない要件とは言ってくれる。いや、それでいいが。
「会長には心配ないと言っておくわ。あなたこそ、気遣うくらいなら噂にならないようになさい」
そう忠告して、彼女は立ち上がった。そして別れも告げずに歩き出す。
その背中を見ていたら、思わず声をかけていた。
「副会長、思わぬ相手に先手を打たれたら、君ならどうする?」
ぴたりと、彼女は足を止めた。
彼女は自分の目的のためなら、どんなことでもしてきた。教師とやり合っている姿も見たことがあるし、去年まではどんな先輩相手にも怯むことはなかった。
今年は盛大に会長と喧嘩をしていた。そんな彼女の意見を聞いてみたかった。
「決まっているわ」
そう言って彼女は首だけで振り向いた。
「戦争よ」
未来の政治家はそう断言した。
「相手を徹底的に屈服させるわ。もう二度と、同じことができないようにね」
彼女は笑っていなかった。真顔で、大真面目にそう答えていた。それが彼女の信念であるかのように。
「……ありがとう、参考になった」
あまり敵に回さないようにしないといけない。そう再認識した。
「言い忘れていたわ。二年生の演劇部員から言付けを預かっているの。放課後にお時間くださいですって」
…………。
踊らされた。彼女がどこまで知っているかわからないが、少なくとも私が誰のせいで不機嫌だったかを知っていたくせに、あんな態度をとっていたんだ。
「政治家も女優も、大嫌いだ」
「政治家と女優も、マスコミは大嫌いよ」
第二回の更新となります。
本日は天都さんはお休みでしたが、明日からは頑張っていただきます。