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戦争のススメ




 週明けの新聞は、至って穏やかな記事で落ち着いた。


 書いていて面白くもなかったので、私は掲示や配布といった雑務を後輩に押しつけて、一向に消えない苛立ちを孕ませたまま、月曜日を過ごしていた。


 苛立ちが周囲にも伝わったせいか、誰も私に声をかけてこなかった。


 ただ、昼休みに一人で食堂でそばをすすっていると、真向かいに誰かが座った。


「音をたてずに食べなさい。みっともないから」


「……それは、副会長としての命令か?」


「ええ。生徒会の威厳を守るための」


 威嚇して質問したつもりだったが、あっさりと肯定された。


 尖った目つきに、腰まで伸ばした光沢のある黒い髪。そして右腕にはめられた『風紀員』という腕章。それが彼女、弥江咲良の特徴だった。


 風紀委員会の委員長にして、生徒会の副会長。この学校でナンバー2の地位に君臨する少女だった。


「副会長の命令なら、きかないわけにはいかないな」


 私はふてくされたように、まだそばが残っていたが箸を置いた。


「これで満足か?」


「別に私はそれでもいいわよ。あなたが満腹なら」


 いや、実は食べ足りない。しばらく私と副会長は睨み合ったが、私が再び箸を持って、静かに食事を再開した。


「どこで誰が見てるかわからないわ。品位のかけることをして、生徒会の看板に傷をつけるような真似はよして」


「政治家の娘だな。そんなに他人の目が怖いか」


「新聞部に言われるなんて光栄ね。二度とその嫌らしい目で私たちを見ないでくれるの?」


 かなり憎しみのこもった目で、そう睨まれてしまった。


 彼女は現役閣僚の娘。将来、父親の地盤を継ぐことが決まっている、政治家の卵だ。そして私は新聞社の社長の娘。同じように、将来が確約されている。


 今は同級生だが、大人になれば仲良くできないことが決まっている間柄だ。


「善処してやる」


「そう。期待しないでおくわ」


 私たちが二人でいると、食堂にいた多くの生徒は興味がありそうにこちらを見ながらも、一様に距離を置いていた。


 この学校では生徒会は特別扱いされている。そのメンバーが二人もいて、しかも片方が副会長じゃ遠慮するのも無理はない。


「あなたのクラスメイトが、機嫌が悪そうで怖いって怯えていたわ。それが会長の耳にも入ってね、心配していたの。あの人が出るまでもないと思ったから、私が様子を見に来たのよ」


「機嫌が悪いことくらい、ほっといてくれ」


「日頃から人の秘密を暴こうとしてるせいで、嫌われているのよ。だから不機嫌だと、何をしてくるかわからないって思われているのね。ま、自業自得かしら」


 髪をさらりとかきあげて、彼女は平然と人の痛いところをついてきた。


 確かに、私はあまりほかの生徒からいい目で見られていない。新聞部として、日頃から色んな人の秘密を暴いてきた。そのせいで恨みだって買っている。


 嫌われ者、というか、危険人物という扱いだろう。


 でも仕方ない。メディアというのはそういうもので、私はこの高校のそれだ。


「それで、何かあったの?」


「副会長自ら相談に乗ってくれるとは、ありがたいな」


「風紀が乱れているから、それを正すだけよ」


「そりゃご苦労様」


 別に傷付きはしない。彼女と私の関係は、友達といえるほどのものじゃないから。


「安心してくれ。風紀委員に迷惑はかけないし、生徒会の看板にも傷はつけない。約束してやる」


「何かトラブルにあってることを自白した自覚はある?」


 ……やってしまった。イージーミスだ。日頃ならこんなことはあり得ないが、あの日からどうも頭のネジが緩んでいる。


「……気にするな」


「そう。ま、私も暇ではないし、迷惑をかけないと言うならそれでいいわ」


 揚げ足をとっておいて、副会長は勝ち誇るわけでもなくクールだった。


「副会長こそ、また会長をいじめているんじゃないだろうな? 最近、よく学校中を駆け回っているけど、休んでるのか」


「仕事を分け合おうと提案しても、自分の目で見たいとか、自分でやってみたいと言って、こちらの言うことを聞いてくれないのだから仕方ないでしょう。あなたの件だって、どうせつまらないことだからと説得して来たのよ」


 どうせつまらない要件とは言ってくれる。いや、それでいいが。


「会長には心配ないと言っておくわ。あなたこそ、気遣うくらいなら噂にならないようになさい」


 そう忠告して、彼女は立ち上がった。そして別れも告げずに歩き出す。


 その背中を見ていたら、思わず声をかけていた。


「副会長、思わぬ相手に先手を打たれたら、君ならどうする?」


 ぴたりと、彼女は足を止めた。


 彼女は自分の目的のためなら、どんなことでもしてきた。教師とやり合っている姿も見たことがあるし、去年まではどんな先輩相手にも怯むことはなかった。


 今年は盛大に会長と喧嘩をしていた。そんな彼女の意見を聞いてみたかった。


「決まっているわ」


 そう言って彼女は首だけで振り向いた。


「戦争よ」


 未来の政治家はそう断言した。


「相手を徹底的に屈服させるわ。もう二度と、同じことができないようにね」


 彼女は笑っていなかった。真顔で、大真面目にそう答えていた。それが彼女の信念であるかのように。


「……ありがとう、参考になった」


 あまり敵に回さないようにしないといけない。そう再認識した。


「言い忘れていたわ。二年生の演劇部員から言付けを預かっているの。放課後にお時間くださいですって」


 …………。


 踊らされた。彼女がどこまで知っているかわからないが、少なくとも私が誰のせいで不機嫌だったかを知っていたくせに、あんな態度をとっていたんだ。


「政治家も女優も、大嫌いだ」


「政治家と女優も、マスコミは大嫌いよ」

第二回の更新となります。


本日は天都さんはお休みでしたが、明日からは頑張っていただきます。

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