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キスから始まる形勢逆転

「これは中々、大スキャンダルだな」


 屋上のフェンスに背中を預けながら、私はその写真を見つめていた。


 写真には中庭の植物に隠れるようにしながら、二人の少女が口づけを交わしている姿が映っていた。片方の少女は目をつむり、頬を赤くしながら、照れていた。


 対して、もう片方の少女は違っていた。


 頬を赤くすることもなく、その口づけを楽しむように笑顔で、照れる相手を目を細めて見ていた。そして彼女を逃がさないように、顔を両手で包んでいた。


「お熱いな、おい」


 これを陰でこっそりと私に撮られていることに気づかず、二人の口づけは一分以上続いていた。思い出すだけで、こっちが火照ってしまう。


「噂通りだったとは……やるな」


 この写真に写っている、照れていない少女・天都乙女。


 二年生で演劇部の副部長。そしてみんなが口をそろえて言う『校内で一番の美女』だ。


 母親は引退した今でも、テレビで時々名前を聞く大女優。その血を受け継いだ彼女は、その美貌で学校中の有名人だった。


 あまりの美貌のせいで幼少の頃からいろいろと危ない目にあってきて、心配した両親がお嬢様学校の女子校である、この華月女子高等学校に入学させたと噂されている。


 そしてその美貌と、これまた母親譲りの演技力で、演劇部でも活躍して多くの生徒を魅了している。


 そんな有名人のスキャンダル写真が、私の手中にあった。


 新聞部は常に学校の噂にアンテナを張っている。部長である私は特に。そしてある筋から、二年生の天都乙女が女子生徒をたぶらかせていると口コミがあった。


 美人で有名人のスキャンダル。もし本当なら大スクープだ。そういうことでここ数日、彼女に張り付いていた。


 そしてその証拠を抑えることができた。しかも……。


「何股だ、これ……」


 証拠はこの一枚だけじゃない。実はあと数枚ある。しかも、どれも相手は違う少女だ。


 しかも、たぶんそれが全員じゃない。


「プレイボーイ……じゃなくて、プレイガールだな」


 イメージとかけ離れている。天都と直接話したことはないが、彼女は常に淑女的に振る舞っている。一人称が『わたくし』で、口調は誰に対しても敬語。品行方正を絵に描いたような存在だ。


 それが、これとは……。


「いやはや、面白いな」


 思わずにやけてしまう。この事実を報じたら、間違いなく学校中が騒ぎになるはずだ。


 きっと、天都は無事じゃ済まないが、それは自業自得だ。


 久々のスクープだ。記事の書き甲斐がある。最高の記事に仕上げてやろう。


 今日は金曜日で、明日からは休日。土日の間に記事を作り、月曜日の新聞に載せよう。週明けから、大衆の退屈を吹き飛ばせる。


 新聞部部長として、これ以上ない仕事だろう。


「よしっ」


 気合いを入れて、これから学校中を騒がせる写真をポケットにしまった。


 そして首から提げているカメラを撫でて、歩き始めた。







 退屈なパーティだった。


 私の父であり、大手新聞社の社長の誕生日パーティは、つつがなく、面白みもなく終わった。一人娘として私もかり出されたが、結局は父の知り合いに頭を下げて、愛想を振り巻いているだけだった。


 大切な休日をこんな退屈なイベントで潰された苛立ちは、隠しきれるものじゃなかった。化粧室の鏡に映っている私は、眉間にしわを寄せて、今も険しい表情をしている。


「はあああ」


 深いため息とともに、ストレスを吐き出した。


 パーティ自体はもう終わった。この後は二次会などがあるそうだが、それは大人が勝手にやればいい。


 もう夜も遅いからという理由で、私は寮に帰るようにタクシーを手配してもらった。


 着慣れないドレスを、いち早く脱ぎたい。


「ったく……おっさんどもめ」


 パーティの間はずっと、父の知り合いの相手をさせられた。面白くもない話を長々とされた。しかもそれに「すごい」や「わあ」という相槌を求められる。


 控えめに言って、たまったものじゃない。


 さらにベタベタと意味のない握手を求められる。さっきから何度も手を洗っているのは、そのせいだった。


 バシャバシャと激しく手を洗う。気持ち悪い。


「何が『綺麗だね』だ。おっさんにそんなことを言われて喜ぶと思ってるのか」


 どれだけ文句を呟いても、一向に気は晴れなかった。


 手を洗い終えて、ポーチからハンカチを取り出そうとした時だった。


「どうぞ」


 ピアノの旋律のような声とともに、目の前に薄いピンクのハンカチが差し出された。


「ああ、すまない」


 突然の好意に戸惑いつつ、それを受け取って、相手の顔を見た。


 雪のような白い肌に、輝く大きな黒い瞳に、艶のある唇。


 天都乙女、その人だった。


「――え」


 驚きのあまり、ハンカチを受け取ったまま、私は完全に止まってしまった。ただ、彼女はそんな私を余裕を持った笑みで見つめていた。


 すると、急に一歩踏み出してきて、とても慣れた手つきで私の腰に手を回した。


 そのまま彼女の方に引き寄せられて、気づけば彼女の顔が目の前にあって――。


 唇が、重なっていた。


 彼女の柔らかい唇は、ピンクだったくせして、情熱的な熱を帯びていた。


完全に膠着してしまった私とは対照的に、彼女は余裕の笑みを浮かべながら、さらに唇を奪っていく。


 完全にキスに慣れた人間だというのが、慣れていない私にもわかるほどのテクニックだった。写真の少女たちが、みんなして赤面していた理由もよくわかる。


 そしてついに舌の感触がしたとき――。


 パシャッ、という聞き慣れたシャッター音がした。


 その音で我に返って、音のした方を見るとカメラがあった。


 気づかない間に伸ばされた彼女の右手。その掌にはカメラがあって、レンズがこちらを向いていた。間違いなく、私と彼女が口づけをするところを撮影していた。


 慌てて、両手で彼女を突きとばして距離をとった。


 突き飛ばされた彼女だけど、体勢を崩すこともなく、まだ笑みを浮かべて、満足そうにカメラをポーチにしまった。


「松羽先輩、素敵なキスでしたね?」


「は、は……はぁ?」


 彼女はクスッと笑うと、人差し指で自分の唇をさした。


「あら? 初めてでしたでしょうか?」


 その態度に驚きや戸惑いが、一気に怒りに変わって、全身が震えだした。


「ふ、ふざけっ」


「そんな可愛い顔で怒らないでくださいませ。せっかく真っ赤になって、より素敵なのに」


「はぁっ?」


 自分の頬に触れてみると、確かに燃えるように熱かった。鏡を見ると、そこには顔を真っ赤にした自分がまだ戸惑いを隠しきれないでいた。


 信じたくない現実だった。


「き、君っ、先輩にこんなことをして良いと思ってるのか!」


 それを誤魔化すように大声をあげてみるが、相手は一切怯むことはなかった。


「あら? ではお伺いしますが、人のキスを覗くことはいいのですか?」


 その反問にドキッとしてしまい、言い返せなかった。


 というか、気づかれていたのか?


「最近、キスをするたびに遠くから先輩が写真を撮っていらしたので、集中できませんでした。ただ、今日は存分に楽しむことができたので、満足ですわ」


「……いつから」


「ずっと、ですわ。わたくし、人の気配には敏感なんですの」


 不覚だった。今まで、こんなことはなかった。まさかターゲットに気づかれていて、いわば、踊らされていたなんて。


「松羽先輩のことは存じておりました。松羽牡丹さん、新聞部の部長で、生徒会の役員ですから。そんな偉大な先輩に気にかけていただいてるのですから、いつかちゃんとご挨拶したいと思っていたんです」


 また彼女は「クスッ」と笑った。


「今日のパーティにはわたくしの母も呼ばれていました。母はこういう場は嫌いなので、わたくしと父で参加させていただきました。素敵なパーティでしたわ」


 パーティ会場に彼女がいたことに気づかなかった。私は主役の娘ということでいろんなところに顔を出していたのに……。


 この女、絶対に私から隠れていた。ずっと私が一人になるのを待っていたんだ。


 睨みつけても、相手の笑みは変わらない。


「目的はなんだ?」


「あら? 目的は松羽先輩とのご挨拶ですわ。そう申し上げたでしょう?」


「あ、あれの! どこが挨拶だ!」


 挨拶でハグをしたり、握手したりする国はあっても、初対面の相手に口づけするような文化は外国にも、日本にだってない!


「それはだって、先輩が可愛らしいのがよくありませんわ。なんというか」


 そこで彼女は言葉を句切ると、少しだけ頬を赤らめた。そしてモジモジとしながら、恥ずかしそうに告白した。


「興奮してしまいました」


「…………」


 世に言う『ドン引き』というやつだった。


 これが大女優の娘で、淑女として知られている娘か……。世も末だろ。


「……ヘンタイめ」


「そんなひどいことを言わないでくださいませ。自分に素直なだけなんです」


「素直って言葉をそんな汚らわしく使うな」


 これはとんでもないやつだ。


「ですが、目的というか、お願いはありますわ。隠れて撮影されていた写真、新聞に掲載されるおつもりですよね?」


「もちろんだ。そのためにやってたからな」


「それをやめていただけませんか?」


「断る」


 むしろ、もっとひどく書いてやる。この女はとんでもない悪女で痴女だということを、全校生徒に知らしめる義務が私にはある。


「それは困りましたわね」


 すると彼女はさっきポーチにしまったカメラを取り出し、なぜかまた私を撮った。


「なっ」


「素敵な顔です。やっぱり可愛い……」


 再び鏡を確認すると、まだ私は赤面していて、しかもよく見ると口元に自分のじゃない口紅がついていた。


 今更とは思うが、慌てて口元を隠した。


「でも松羽先輩、先輩が新聞に写真を載せるなら、この写真やさっきの写真を拡散してしまうことになりますわ」


「お、おい、君まさか」


 新聞部を写真で脅そうっていうのか、この後輩は!


「先輩のキスでとろけた顔や、今の照れた表情、全校生徒に配って回るのは大変そうですが、仕方ありませんわ」


 ため息をつきながらも、彼女は笑みを浮かべたままだった。


「ねえ?」


 週明けの新聞で、私が彼女のスキャンダルを報じたら、彼女も報復で今の写真をばらまく。彼女も私も無傷じゃ済まない。学校中の好奇に晒される。


 しかも私には曲がりなりにも地位ってものがある。そんなことをされれば、今後の新聞に影響が出ることは避けられない。


 彼女はわざとらしく腕時計を確認すると、何事もなかったかのように頭を下げた。


「そろそろ失礼させていただきます。あまり遅いと父が心配してしまいますので――。では、ごきげんよう」


 嫌みったらしい別れの挨拶をすると、彼女は演劇部らしく、やたらと姿勢よく立ち去っていった。


 静かになった化粧室で、一人で震えながら奥歯を噛みしめていた。


「――くそっ!」


 そして力一杯、地団駄を踏んだ。

本日から連載を開始する百合小説です。


強気な少女・牡丹と、上品だけど常識のない少女・乙女の、お互いの弱味を賭けた勝負を巡る百合小説です。


全10回ほどの小説で、毎日午前8時に更新していきます。(平日のみ)


よろしければお付き合いください。

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