005
『とある年のとある日にとある神が老衰で死んだ。
神は付き添った者に告げた。
西の何処にて私は眠る。
世間に私の名前を流布し、
私の元へたどり着けたものみ、
願いを一つ、叶えてやろう。
幾万もの旅人が西を目指した。
しかし、未だ神と出会えたものはいない』
とても単調だけど、リズミカルな民族風の音楽で、とても聴きやすい声だった。俺たちはただ黙ってそれを最後まで聞いていて、 おっさんが演奏を終えたところで拍手をした。
正直この仕草がこの世界において称賛を意味する仕草なのか、少しだけ不安だったが、おっさんは歌い終えると、
『ありがとう、ありがとう』
と立ち上がってお辞儀をしてくれた。
見覚えの仕草に安心する。海外旅行に行って寿司屋を見つけた時とかって、まさにこんな感じなのかもしれないなと思った。
『さて、これからはどこへ行く予定なんだい』
おっさんは再び丸太に座るとそう尋ねる。
『その娘さんによると、君たちは異国から移住しにきたそうじゃないか』
移住? 初耳なんだけど、と梨央奈を見やる。
「その方がわかりやすいでしょ」
まぁ、たしかにそうかもしれない。俺たちは日本語なんておっさんにはよく分からない言語を使って、両方とも学校の制服であるブレザーなんて、おそらくこの世界にはない服を着ている。こんなにも異文化な自分たちを説明するには、外国人ですと説明するのが一番、最善かもしれない。
『見たところ、荷物もないようだが……』
おっさんが言う。そうだった、言われて気づく。まさか本当に異世界があるとは思ってみなかったから、他の行方不明者たちみたいにリュックを持ってきたりはしなかったのだ。無論、バッグも高校の隣にある雑木林に置いてきた。
『えっと……』
俺は梨央奈と目を合わせたまま考える。正直ノープランなわけだけど、何かしら言わないと怪しまれてしまうかもしれない。かと言って、異世界から来たって言って信じてもらえるかわからないし。
そうだなぁ……この世界のことはよくわからないが、吟遊詩人がいて、神話があって、うーん。まぁ異世界転移だし、
『実は俺たち魔王を倒すたびをしているんです。りゅ、リュックはさっき通りすがりの盗賊に盗まれてしまって』
すると男は一度びっくりしたように目を丸くして、そして笑い出した。
『はははっ、面白いことを言うね』
そして、足元のバッグに楽器をしまうと、続ける。
『君たちのいう魔王はすでに倒されているんだよ。数千年も前にね』
あ、ああ。そういう系なんすね。
『お、俺たちの国ではそれが伝わってなかったみたいですね。その、なんというか発展途上なんですよ。うち。じ、じゃあ、ここではみんなのんびりスローライフって感じですか』
異世界ものの小説にそんな感じのものがあったことを思い出す。魔王が倒された世界でのんびりスローライフ。それはそれで憧れていた。
しかし、俺がそう尋ねると、おっさんは少しためらうように、
『まぁ、一部の貴族はそうだと聞くね』
と言った。何か様子が少しおかしい気もするが、おっさんは続ける。
『まぁ、特に行く場所もないなら、とりあえず街で身なりを整えるといい』
そうだ、何をするにせよまずは衣食住を整える必要がある。
ひとまず怪しまれずに済んで少し安心しつつも(もしくは怪しんでいる上で隠しているのかもしれないが)、俺はおっさんに尋ねる。
『で、街はどういけばいいんです?』
すると、彼は俺たちの後ろを指差した。
木々の合間から見えるのは、白い建物に行き交うたくさんの人影。
それは間違いなく街の光景である。
「うぉ!」
道理でなんかうっさら騒がしいと思ったらそういうことか!
俺は興奮して、身体を起き上がらせると、そっちへ向かって走り出す。
『吟遊詩人のおじさん、ありがとう! 仮は後で返します!』
『ははっ、期待してるよ!』
「え、ちょっと待ってよ、お兄ちゃん!」
待てるか妹よ。異世界の街だぞ?
異世界の街といえば、そりゃもう西洋風の街並みに、なんだ、そう、魔法使いみたいな人や騎士みたいな人が闊歩してたり、人じゃない種族のやつらが歩いてたりするんだぞ。それこそRPGの世界みたいに。
そりゃみたら意外とがっかりなんてことはあるかもしれないけど、とりあえず見てみないと始まらないだろう!
そう思っていたから、森を抜けた先に待っていた街に、俺はさらに圧巻された。
石畳の道路に白い西洋風の建築、そして、そこに歩いている人々はそう、耳が長いエルフ、ずっしりとした図体のドワーフだったり。
そこまでは、さっき想像したRPG風の世界にそっくりだった。
しかし、彼らが来ている服は違う。彼らの中にはスカートや鎧、スーツ姿の奴もいるにはいるが、
不思議なことにその多くが和服なのである。
さらに、その和服を着たエルフやドワーフの周りには人力車が行き交い。
加えて西洋風の建築の前にはピンク色の、桜のような花を実らせた木が並んでおり、
その桜が並んでいる通りの先に広がっている空は、
茜色だった。
「明治時代みたい……」
俺の横で軽く息を切らしている梨央奈が言う。
たしかにそれは浮世絵に描かれた日本の明治時代の光景に似ている。和服に人力車に桜に、西洋風の建物。加えて夕方なのか空の赤いこと。エルフやドワーフみたいなのがいるあたりタイムスリップではないはずだけど。なんだろう、ありがちな中世風ファンタジーに和風の側を付けた、みたいな? いや、明治時代って近世だか近代だかだよな。近世風ファンタジーって奴なのかこれ。
「お兄ちゃん」
軽く頭をひねっていると、梨央奈は興奮しながら俺を見上げた。
そして、目を大きく広げたまま、俺でもあんまりみたことのない満面の笑みを口に浮かべる。
「来たんだね……新世界に」
「…………」
そうだね、君《異世界転移》を《新世界転生》と間違えて覚えたままだったね。
とはいえ、訂正する気にもなれない。
たしかにこの光景は見慣れた異世界というよりは、新世界という方が正しいかもしれないからだ。
「よし」
俺はこぶしを握って梨央奈に言った。
「一緒に新世界で無双するぞ」
彼女は頷く。そして軽く溜めると、二人で共にこぶしを赤い空に掲げた。
「「おー!」」




