002
少々の間があった。佐藤さんは両目を点にしてこちらを見つめている。
「え?」
そして、はっきりとそんな驚きの声を上げた。俺は続ける。
「だから、異世界に行く用事があるんだ。もちろん、しばらく帰ってくる気はない。
そういうわけだから、もし恋人に――恋人ができても悲しませることになると思うんだよね。それに……」
次の言葉を言うか言うまいか少し迷って、結局口にする。
「それに俺、シスコンなんだ」
「……」
「2つ年下の妹がいるんだけど、めっちゃ可愛いんだよなこれが。だから、妹も可愛がってくれる人じゃないと付き合えないんだ」
「……」
「ていうか、そもそも、恋愛は二次元にしか興味ないんだ」
「…………」
「しかも、二次元でも日常系アニメのキャラクターしか愛せなくて」
「………………」
「百合要素がないと無理なんだ」
「は?」
俺は足元に置いていたバッグを掴むと、屋上の入り口に向かって歩き出す。
「じゃ、そんなわけだから」
しかし、
「待って」
背後から彼女が再び静止する。
俺は一度足を止めて振り向く。
「ごめん、さっきも行ったけど、この後用事があって」
「私、大丈夫だよ! こだまくんがシスコンでオタクでも、大丈夫!
だって、大好きだから!」
そこで彼女は一度、言葉を止める。茶色の両目の端から小さな雫が太陽の光に反射して流れていくのが見えた。彼女は再び同じ言葉を繰り返す。
「大好きだから!」
俺はあくまで自分のことについて語っただけだ。しかし、拒絶されたと感じたのか、その声はかすれていて、必死さが滲み出ている。
「……」
正直あんなにも情けないことを言った上で、こんなにまで自分を肯定してもらえるなんて思ってもみなかった。
嬉しい、はっきりとそう思う。
「それでも」
だからと言って、彼女にぬか喜びをさせるわけにはいかない。
あえて声のトーンを下げて、答える。
「無理なんだ。ごめん」
「…………」
俺は黙って扉へと向かった。その扉を開けた際に聞こえた彼女の最後の言葉は、さっきと比べ物にならないくらい震えていた。
「ばか」
☆
東側の踊り場はさすがに陽が陰っていた。背後の悲しみから逃げたいのか、それともこれからの予定に浮き足立っているのか。俺は特に制限時間があるわけでもないのに、慌てて階段をかけ降りる。
『新世界転生に行こう!』
数日前、そう言い出したのは妹の梨央奈だ。つっこみどころがある彼女の言葉はさておき、なぜ彼女がそのようなことを言い出したのか、説明させていだたこう。
発端は異世界というファンタジーな話とは全く無縁に見える、《神隠し事件》の話題だった。
高校生の男子が7日前から数人、具体的には4人ほど、立て続けで行方不明になっているのだという。
普通、そんな話もあれば、一般人や捜査当局としては、彼らがなんらかの意図により拉致されたと見るのが妥当だろう。
が、おかしなことに、被害者のいずれも、行方不明になる前から、まるで家出を企むような兆候があったらしい。なんでも旅行の予定もないのに、リュックに荷物を詰めるなどの身支度をしていたのだ。
さすがに同年代の男子が4人も連続して家出を企てたという偶然はあり得まい。4人のうち2人は同じ学校だが、学年も違い、大した接点があるわけでもないし、それぞれが違う日にちにいなくなっているあたり、よくわからない企みのために結託している線も、うすい。
さらに奇妙なことに消えた4人がどこか別の街に行った形跡もないのである。今の時代、別の街に移動しようものなら電車といいバスといい、監視カメラなどに何かしらの痕跡が残るものだ。ここがちょうど田舎であるならまだしも、人口数十万人の街で忽然と消えるなんて中々に怪しいものである。
となると、これは超自然的エネルギーによって4人がどこか別の世界へ誘われた、すなわち、《神隠し》しかないと地元の新聞記事が大げさに書き綴ったわけである。
数日前の夜、俺は梨央奈と帰りの遅い両親を待っているリビングで、この事件について話していた。
まだ地上波では話題になっていないが、近隣の住民が形成したSNS内のコミュニティでは十分に知れ渡っていて、友達の少ない梨央奈でさえ、聞いたことがあるとのことだった。
警察では拉致事件として捜査しているが、時間や場所は不明としている。おそらく警察は割り出しているだろうが、捜査の都合上まだ公表していないのかもしれない。
しかし、少なくとも、その神隠しが行われた場所が、
『俺が通っている高校のとなりにある雑木林の中』
であることを俺たち二人は知っていた。
というのも、新聞には書かれていなかったが、
俺と妹の両方の教室では、ある噂が流行っていた。
『雑木林の敷地の北の角から、敷地に沿って西に256歩、そこから直角に曲がって346歩歩くと、知られざる世界への扉が開かれる』
さらに幸運にも、いや笑えるほどに幸運なことなのだけど、
その雑木林に警官が数人入っていったのをある時、俺は高校の教室から偶然にも目撃したのだ。
となれば、その雑木林が件の場所であることは間違いないだろう。
そして、もし噂が本当だとすれば――
『おい、これマジで別の世界いけんじやないのか』
そう冗談交じりに言った俺だったが、
想像以上に興奮していたのか、妹は目を輝かせて、
『新世界転生に行こう!』
と言ったのだ。
新世界転生なんて単語は正直俺も初めて聞く。おそらくだが、俺は数日前に《異世界転生》小説の話をしていたことから、その単語が彼女の中でなんかの素材と核融合を起こした末にとんでもないキメラが生まれたのだと思う。
『新世界じゃなくて、異世界転生だし、この場合転生じゃなくて転移とかじゃないか』という疑問こそ芽生えたが、俺の中では友達も少ない妹が自発的にこう言ってくれたに対する喜びが優った。それに妹と共に異世界というのも悪くあるまい。
そう考えて、俺は彼女に『おう、そんじゃ準備しないとな!』と勢いよく答えたわけだ。
俺は急いで上履きを脱いで靴に履き替えると、校門へと走る。校門前で待っていた梨央奈は俺を確認するなり、
「もう、お兄ちゃん遅い」
と笑いながら言った。
「別に急いでるわけでもないんだからいいだろ」
と答えると、
「じゃあなんでお兄ちゃんもそんなに息を切らしてるの」
と言う。たしかに、階段を駆け下り、校門まで走ったせいで、息がだいぶ荒くなっていた。
「うるせぇ。ほら、いくぞ」
俺は梨央奈の手を握ると、雑木林の方へ再び走り出す。
☆
「歩幅とかって関係ないかな」
高校に隣接する雑木林、その敷地における北側の角へたどり着くと、梨央奈が言った。
「適当でいいんじゃないか」
といいつつ、俺は梨央奈に敷地の角を示す。
「一緒にいくぞ。合わせるから、ほれ」
梨央奈は敷地の角に立ちつつも、横目で俺を見るとこんなことを言った。
「お兄ちゃん、本当に異世界に行っていいの」
「なんだ今更」
俺は苦笑する。梨央奈は少し恥ずかしそうに続ける。
「私はいいけどさ、
お兄ちゃん、別に現実が嫌ってわけでもなさそうじゃん。
顔イケメンだし、コミュ障ってわけでもないし」
「……」
そう面と向かって言われると照れる。俺はそれをごまかすため、むしろ自慢げに言ってみせる。
「さっきも告白されたばっかだしな」
すると梨央奈は驚いたように言った。
「えっー、もったいない。なんでオーケーしなかったの」
なんでと聞かれると困ってしまう。これから異世界にいかなきゃいけなかったのもあるし、シスコンなのも日常アニメ大好きなのも事実だ。けど、中学生のカワイイ妹に面と向かってそんなパンチのあることを言うわけにはいくまい。
俺は言葉を少し選ぶことにした。軽く考えて答える。
「お前を、放っておくわけにはいかないだろ」
「……そりゃどうも」
梨央奈は軽く顔をそむける。照れているのだろう。
俺は梨央奈の横に立つ。
「そんじゃいくぞ」
☆
梨央奈に合わせたテキトーな歩幅で、256歩、そして345歩を歩き終えると、俺は手を繋いでいた彼女に言う。
「346歩目いくぞ」
梨央奈がうなづき、右足を上げた。
俺はそれと同時に左足を上げ、
一緒に一歩を踏みこんだ。
その時、俺たちの足元にまばゆい光が走る。
「……!」
「お兄ちゃん」
梨央奈は俺の腕にしがみつく。
光は俺たちの前で一つに集まって淡い光の点になると、まるで数学の問題に登場する点Pのように高速で動き出し、2つの扉を形どる。
俺たちは固唾を飲んだ。いよいよ異世界への扉が開かれるのかと覚悟したその時、
俺たちが立っていた足元の土が消え、ぽっかりと丸い穴が空いた。
ツッコミを入れている暇さえない。
「ちょっ、うわああああああああああ」
あまりの恐怖に腹の底から叫び声が出る中、
俺たちは重力の法則に従って暗い穴の底へと落ちていく。
いろいろつたない部分があるとは思いますが精進していきます。
よろしくお願いします。
2019/1/2:推敲、修正しました。




