チート転生者だからスキルスロットに制限なんてありません!
ようやくチート能力を得た二度目の転生から五年。俺は五歳になった。
生まれて早々に喋る猫であるタクシーから猫の身体能力と言語を得た俺だが、その能力は周囲にはずっと隠したまま過ごしている。何故突然喋れるようになったり動けるようになったのか、とか探られると面倒だからだ。
何しろこのチート能力、強力とはいえ不便である。いや便だから不便ではない。控えめにいってクソである。誰うま。もしこの能力がみんなにバレて色々聞かれたりしたらいったいどう答えればいい? クソ食らえ!
前回の転生時、一般的三十代男性の意識を持っていながら身体的には満足に身動きできない赤ん坊の時期が数年続いた。そのせいでかなりストレスが溜まったが、本当は動けるのに動けないというこの状況もそれはそれでストレスだった。
が、五歳にもなれば他の姉妹たちもうるさいぐらい元気にそこら辺を走り回っているし、言葉も普通に話すことができる。それに合わせて俺もだいぶ自由に行動できるようになった。今後他の姉妹たちの能力が発現し始めたら、俺の特殊な能力もおそらく自然に受け止められていくだろう。 能力の中身をバラすことだけは絶対にねえけどな。
ところで、五年間ずっと能力を使ったり試したりしていなかったため、この能力には未だに謎が多い。色々と疑問はあるが、中でも最も重要なのは、この能力が重複できるのか、そして能力の上書きが可能なのかどうかという点だ。
赤ん坊の頃から喋れるようになったことは正直あんまり役に立たなかったが、猫の身体能力、とりわけ敏捷性や跳躍力については戦闘力としても意味はあるはずだ。とはいえ、いずれ来るであろうあのロリコン王子との戦いを念頭に置けば、ただすばしっこいだけでは心許ないのも事実である。できればもう少し強い能力を得て備えておきたいとは思う。そこで問題になるのが、能力の上書きが可能なのかどうか。尋ねたくとも、タクシーはあれ以来俺の前に姿を現さないので確かめようがなかったのだ。
しかしこの点について俺は楽観的だった。もし変更も上書きもできないような能力だったら、黒猫タクシーが有無を言わさず俺に能力を押し付けるわけはないと思うからだ。何かと怪しい奴ではあるが、俺にとってデメリットになるようなことはしないはず。その意味では俺はタクシーを信用していた。つまり、おそらくこの能力は後からいくらでも変えられるものだと思われる。
となると、次の疑問は、能力の重複が可能なのかという点だ。猫の持つ敏捷性だけでは物足りない。だが、例えばもしも猫の敏捷性に加えて熊のパワーを得ることができればどうだろう? いや、仮にいくらでも重複できるとしたら、もっと色々な動物の力を身に着けられるかもしれない。
というわけで何か手っ取り早く何か動物のう〇こを手に入れたいのだが、これが意外と難しかった。
まだ五歳だから狩りには連れて行ってもらえない。屋敷の周囲にも動物がいるにはいるが、せいぜい鳥やらネズミなどの小動物ぐらいだ。猫の身体能力を以ってすればそいつらを捕まえるのは難しくないが、必要なのはそいつらのう〇こであって肉ではないのだ。
エリウが捕まえて来た小動物の丸焼きなどを食べても能力に変化はないので、おそらく死んだ動物の体内に残されたものでは無意味なのだと思われる。つまりは何としても生きている動物がひり出したう〇こを入手しなければならない――のだが、警戒心の強い野生動物が都合よく俺の前で踏ん張ってくれるはずもなく。
俺は屋敷の庭の陽だまりに寝ころびながら途方に暮れていた。
まあ、あと何年かすれば俺も他の姉妹たちと一緒に狩りに連れて行ってもらえるようになるだろう。それまでの辛抱ではあるのだが、その数年が待ち遠しい。読んでるお前らは次のページをタップなりクリックすればワンタッチで五年ぐらい飛ばせるだろうけど、普通に生活してるとガキの五年は長いのだ。
「何してんの?」
と、不意に俺の顔を覗き込んできたのは、栗色の髪のクロエだった。
五歳にもなると、知能や言葉でそれぞれ発達の度合いに差が出てくる。十人の姉妹の中でも、クロエはフィリアやフリーデルと並んで語彙が豊富な方である。が、こいつはちょっと性格がキツく、その語彙の豊富さがどちらかと言わなくてもマイナスの方向に働いているのが玉に瑕。
「タケルのことだから、どうせまた変なイタズラでも考えてるんでしょ」
品行方正な聖人君子の俺を捕まえて早速この言い草だ。小学校の頃とかクラスにいたよなあ、こんな女子。俺はすぐさま言い返した。
「んなもん考えてねーよ。つか、またって言うけど俺がいつイタズラなんかしたってんだよ」
「知ってるんだよあたし。タケルがカルラさんとかイリーナさんのお風呂覗き見してるの」
マジかよ!? 俺は思わず飛び起きた。
「は!? なんでお前がそれ知ってんだよ!」
エリウはよく一緒に風呂に入っているから割といつでも裸を拝めるが、カルラとイリーナはなかなかそうもいかない。だから屋敷の風呂場の壁に空いた小さな穴から時々二人の湯浴みを覗いたりしているわけだ。が、細心の注意を払って覗いていたはずなのに、まさか一番面倒なやつに見られていたとは!
クロエはあからさまにドン引きした。
「え、マジで……まさかと思ってカマかけてみただけなのに……あんた覗きなんかしてんの、サイテー」
「なっ……!」
なんたる不覚。つーかなんで五歳児がカマかけるなんて高等技術を身に着けてんだよ!
その時、背後からいかにも間延びした幼児らしい声が近づいてきた。
「クロエ、タケル、なにしてるの?」
振り返ると、そこにいたのはシェリーだった。シェリーはアッシュグレーの髪を揺らしながらこちらに近寄ってくる。
後々、能力の相性の良さから一緒に行動することが多くなるクロエとシェリーだが、まだ能力が覚醒していない今は特別仲がいいわけでもない。強いて言えば、年の割にやたらとませているクロエが素直なシェリーをいじっている姿を目にするぐらいか。まあクロエはフィリアのように面倒見がいいわけでもフリーデルのように説教好きなわけでもなく今のところシンプルに意地悪で腹黒いので、基本的に孤立しがちではある。
クロエは俺を指差しながら言った。
「ねえねえシェリー、タケルのやつ、みんなのお風呂覗いてるんだってよ、ヘンタイだよね~」
「え? ヘンタイ? なにそれ?」
シェリーはぽかんとしている。まあこれが五歳児の普通の反応だろう。おそらくクロエは最近どこからか新しく『変態』という概念を覚えたので、それを誰かに言ってみたかったのではないかと思われる。はた迷惑な話である。
「変態だよ変態! 知らないのシェリー? みんなのこといやらしい目で見てるんだよ!」
「いやらしい? タケル、お風呂がいやなの?」
「違うったら! タケルは男の子でしょ? あたしたち女の子の裸を変な目で見てるってこと!」
「おいちょっと待てやクロエ! 俺はお前らガキンチョのことはさすがに性的な目では見てねえぞ!」
もう俺が脳内ピンクの変態エロがっぱであることは認めよう。しかし俺はロリコンではない。変態とロリコンは似て非なる存在であり、ロリコンだけは絶対に否定しなければならん。小説のエロ描写には比較的寛容なサイトでもロリの性的描写に対しては厳しかったりするしな。
クロエがこれほどまくしたてても、シェリーはまだキョトンとしている。
「はだか? そんなの、みんな見てるじゃん」
「だから、タケルは男の子だから話が違うの! ったくほんとに馬鹿ねえシェリーは」
それまではのほほんとしていたシェリーも馬鹿と言われてさすがに気分を悪くしたらしく、少しムッとした表情にはなったものの、自分より遥かに口が達者なクロエに対して言い返すことはできないようだった。
「じゃあね。バイバイ、変態!」
クロエは吐き捨てるようにそう言うと、わざわざ右目であっかんべーをしてからトタトタと走り去って行った。後ろ姿だけはかわいいガキンチョなんだがなあ。
で、後に残されたのは俺とシェリーの二人である。俺は何気なく声をかけた。
「シェリーは何してたんだ?」
「ううん、なにも」
シェリーはゆるゆると首を横に振った。
「そっか。なんかして遊ぶか?」
「うん!」
遊ぶか、っつってもなあ。純粋な五歳のガキンチョであるこいつらは奇声を上げながら走り回ってるだけでも楽しいらしいが、中身が三十路のオッサンである俺は童心なんかすっかり失っている。遊びといえばソシャゲかパチンコか風俗である。何をどうすればガキが楽しめるのか、その感覚が全くわからない。まあ適当に鬼ごっこでもしてあやしとけばええんやろか。
「他の奴らは?」
「……わかんない。ただタケルとクロエがなんか話してるのが見えたから来たの」
「二人でできることっつったらセックスぐらいしか思いつかねえわ」
「え? なに? せ……?」
「いや、何でもない。忘れろ。じゃ、鬼ごっこでもするか」
「わ~い! じゃあタケルが鬼ね!」
言うなりシェリーは全速力で駆け出して行った。役割分担に拒否権はないらしい。やれやれ、まあガキのやることだしな。
「俺も体は五歳だけどな……」
と呟きながら、俺は空を見上げた。頭上に広がるのは雲一つない青空。ぽかぽかと心地よい日差しが眠気を誘う。一匹の小鳥が俺の真上を飛び去って行くのが見えた。自分から言っといて何だが正直鬼ごっこなんてガキの遊びはダルいだけだし、昼寝してえなあ。暖かい日光とそよ風に誘われて俺は、
「ふぁ~~~あああ」
と大あくびをした。が、その瞬間。あんぐりと開けた俺の口に、空から何かが降ってきたのだ。
「ぶえっ!?」
突然の出来事に反応できず、俺はその口に入った何かを勢いで飲み込んでしまった。重ねて言うが空は快晴。天気雨の様子もない。つーかそもそも口に広がる味やニオイが明らかに雨のそれではなかった。なんか苦いし臭いのだ。そして俺は、さっき頭上を飛んで行った小鳥の影を思い出した。もしやあの鳥の……?
いやしかしめっちゃ臭ぇ。しかし俺は思いがけず新たな能力を手に入れるチャンスを得たことに、興奮を抑えきれずにいた。マジで臭ぇけど。口から鼻にかけてめっちゃニワトリ小屋のニオイが充満してるけど。
ならば確かめなければならないことがある。俺は周囲に誰もいないことを確認し、口の中に広がる不快感を堪えながら、脚に力を込めて垂直飛びをしてみた。
「……っと」
跳んだ高さは2メートルを優に超える。身長の倍以上、霊長類の限界を突破した跳躍力。猫の身体能力はまだ残っている。ということは、鳥の能力はどうか?
鳥の能力を確かめるといえば、やっぱり空を飛ぶことである。でも俺には羽根がない。飛ぶってどうすればいいんだ?
俺はとりあえず適当に腕をバタバタと動かしてみたが、変化は何もない。傍から見れば、きっと俺はジュディ・〇ングのモノマネをしている奇妙な五歳児に見えたことだろう。
やっぱり能力を二つ以上持つなんて無理なのか――いや、まだだ。俺は鳥が飛び立つ瞬間の姿を思い出してみた。羽根を軽く羽ばたかせながら、足でも軽くジャンプしていたはず。俺には立派な猫のジャンプ力があるじゃねえか。
俺はジュ〇ィ・オングをしながら再び足に力をこめる。
「ふんっ!」
跳躍。地面が瞬く間に遠ざかる。そして一瞬の浮遊感のあと、体に纏わりつく重力の鎖。赤い彗星のシ〇アいわく、重力に魂を縛られた人間の感覚が――。
感覚が……ない?
落ちるどころか、むしろ腕を動かすごとに少しずつ体が浮き上がり、地面がさらに遠くなってゆく。まるで両手に翼が生えたみたいに、空気を掴むことができた。
気づけば俺たちが住む屋敷は遥か下方に。そして鬼ごっこのつもりで駆けてゆくシェリーの小さな背中がさらに小さく見える。
はっ、やべえ、こっからシェリーが見えるってことは、向こうからも俺の姿が見えるってことじゃねえか。さすがにまだ飛んでるところは魅せられねえ。慌てて腕の動きを止めると、俺の体はパラシュートのように空中を滑りながらゆっくりと地面に降りた。
飛べた。今、たしかに空を飛んだ。猫のジャンプとは明らかに違う、風に乗って浮遊する感覚。猫と鳥、二つの生き物の能力を手に入れたのだ。
そして俺は考えた。
二つイケるんだったら、三つ四つ、いやもっと、様々な生き物の能力を体得することができるのではないか?