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第四章 マスター・ブレイカー

 9月2日


 統京湾を疾走する一隻の小帆船があった。

 全長十メートルの中型ヨット〈シーメイド〉号は、昭乃がはじめて離島へ渡ろうとした際に、知りあいの漁師からもらい受けたものだ。海を行く船だけに磯臭さはしかたないところだが、それを差し引いても、どことなく生臭い感じの船だった。

〈シーメイド〉は船尾デッキに凹みがあり、そこが操縦席コクピットとなっている。舵を握るのは艇長スキッパーの昭乃。向かいに乗組員クルーのミーヤが腰かける。クルーはバクと二人で交代制だ。訓練期間が取れず、二人あわせてやっと一人前といったところだった。

 コクピットの前方には船室キャビンがある。入ってすぐ小型キッチン(ギャレー)があり、ロングソファが向かいあう居食兼用スペースがあり、その奥の突きあたり……。

 収納扉の前でルウ子は壁鏡と格闘していた。

 ルウ子の目立ちすぎる容姿と肩書きは離島連盟にも知れ渡っている。思い切った変装が必要だった。ルウ子は金色のダブル竜巻毛から一変、黒髪の少年のような姿になった。ヘアメイクは出航に間にあったが、服の選考がまだだった。

 バクはロングソファの端に腰かけ、ルウ子の華奢な後ろ姿に見入っていた。

 こうして無駄な武装を取り除いてみると、なにかこう、包んでやりたくなるような頼りない背中だ。老いを忘れた体を授かったとはいえ、あんなか細い双肩でこの国の過去と未来を背負い続けて無理が出ないわけがない。ある日突然、ルウ子は線香花火のように潔く燃え尽きてしまうんじゃないか……。そんな不安にかられた。

 バクの沈思はそこで乱された。

 ルウ子が後ろ向きに放り投げた割烹着が、バクの顔を覆い隠したのだ。

 バクはそれを引っつかむと、衣装で散らかった手前のテーブルに放った。

 野良着にツナギに作業着に迷彩服にオヤジジャージ。なにやら倒錯系コスプレ大会の様相を呈してきている。衣装は富谷の民からかき集めてきたものだ。

 下着姿のルウ子。鏡にバクが映っていても気にもとめない。それよりもショーツのズレのほうを気にしている。

 鏡越しにバクと目があうと、ルウ子はふり返った。

「なに? 履きたいの?」

「履くか!」

「じゃあ、なんだってのよ」

「あんたには男に対する恥じらいとか恐怖とかないのかよ!」

「ああ、そういうこと……」ルウ子は頭をぽりぽりとかいた。「ずっと前に、置いてきたまんまになってるわ」

「置いてきた? どこに?」

「捨てられたガレージとか橋の下とか、いろいろよ」

「なんでまたそんな人気ひとけのないところに……」

「人の目があったら作業に集中できないじゃない、『お互い』」

「!」

 バクは目に入った衣装をさっと手にした。動揺を悟られぬよう無理をしたせいで、鼓動が高鳴っている。

 あのときよぎった破滅の予感は、そういうことだったのか。もし、あのまま眠れる裸のルウ子に触れていたら俺は……。

 一瞬、目頭に熱いものがこみ上げた。

 ルウ子の過去には、誰も深入りすべきじゃない。誰も。

 バクは衣装をまさぐりながら、ふと上に目をやった。

 壁の小窓に昭乃とミーヤの顔があった。二人は身をかがめて頬をすりあわさんばかりに顔を寄せ、無言でキャビンの様子をうかがっている。

 昭乃はバクと目があうと、さっと姿を消した。

 ミーヤは物憂げにこちらを見ていたが、一人になったと気づくと、あわてて昭乃に倣った。

 結局、ルウ子は事務服姿に分厚いフレームのメガネを装着、という出で立ちに決まった。


 その日の夜は凪で、ヨットは停滞していた。

 バクは一人見張りを任され、コクピットの暗がりに立っていた。

 開け放しのスライド式ハッチ。キャビンの仄かな明かりと、ソファで語りあう女たち。

 あのメンバーでまともに会話が成立するのはミーヤの存在があってこそだ。ルウ子も昭乃も、ミーヤを中継して話をしている。

 ミーヤは笑顔をふりまく。

 昼間の憂鬱そうな顔はどこへ行ってしまったのか。

「ミーヤ。おまえのこと、よくわからなくなってきた……」



 9月3日


〈シーメイド〉は統京湾を抜け、ひたすら南へ進んだ。その先には、九つの有人島をはじめ島々が南北に縦列する、伊舞いぶ諸島がある。離島連盟の東の玄関だ。

 ヨットが領海に近づくと、朝霞の向こうに海軍らしき船影をいくつか認めた。さらに近づいて海図上の境界に差しかかると、三本マストの帆船がこちらへ寄せてきた。富谷と連盟とはすでに書簡で話がついており、彼らに張りつめた様子はない。ヨットと帆船は平行にならぶと、互いに帆を下ろし錨を海へ投じた。

 バクと昭乃がデッキで待っていると、帆船の船室からジャージ姿の厳つい男が出てきた。

 虎髭をたくわえたその男は、昭乃に目をとめるなり、親しげに声をかけた。

「よぅ昭乃、久しぶりじゃねぇか」

 昭乃は男のふくれた腹に目をやった。

「大村さん、ずいぶん暇そうな腹だ」

 大村はたるんだ腹の肉をつまみむと大笑した。

「ダッハッハ! 相変わらず手厳しいな。近頃は平和すぎて呑んでばかりよ」

 男の名は大村猛おおむらたけし。そこらの漁師となんら変わらない風貌だが、これでも離島海軍の一将である。

「そんなことでは変装した工作員の潜入を許すぞ。味方にも少しは注意を払わないとな」

 昭乃が言ったのと、ルウ子がキャビンから出てきたのとは、ほぼ同時だった。

 ルウ子に続いたミーヤが、はらはらと気を揉んでいる。

 昭乃はそれを横目に見ながら愉快そうに目を細めた。

 一方、事務服姿のルウ子は、なに食わぬ顔でメガネをふきふきしている。

 昭乃はむっと眉をひそめたものの、瞳が正面を向いたときにはもう、いつもの仏頂面にもどっていた。

 ささやかな抵抗も、通用したのはミーヤだけのようだ。『NEXA局長・橋本ルウ子』の風貌はよほどインパクトが強かったのだろう。そこから少しでもズレがあると、誰も本人だとは気づかない。

「他ならねぇ昭乃チャンの忠告だ。ありがたく受け取っておくぜ。なぁ?」

 大村がふり返ると、船員たちは鼻の穴を広げて激しくうなずいた。

 バクは思わず空を仰いだ。

 彼らといい富谷の警備隊といい……。見た目はともかく、あの行きすぎた武人肌の性格を知らないわけでもないだろうに。

 昭乃の生まれ持った色香に、大村はすっかり緩みきった顔で話を続けた。

「で、社会見学したいってのがそこのガキどもかい?」

「ああ。二、三日迷惑をかけてしまうが……」

「しかしよぅ、なんでまた一番ちっぽけな赤ヶ島なんだ? 見学なら七丈島しちじょうじまのほうがガイドもいるし、見所も多いし……」

「ああ……それはその……」

 昭乃の目が泳いだ。

 すかさず、ルウ子がすまし顔で代弁を務める。

「えー、富谷コミュニティーといたしましては自然のままの土地が一番多く残っている島が最も見学に適しているだろうという結論に至り赤ヶ島を希望させていただいておりまして島を二度訪問した高森先輩の正確無比な記憶を頼りに我々独自の趣向を凝らした地図を作製いたしましたのでガイドのほうもご心配には及びません」

 大村はぽかんと突っ立っていた。

「な……」そこで正気にもどった。「なーるほどな。にしても、若けぇのにしっかりした嬢ちゃんだ。いい後輩を持ったなぁ、昭乃」

 大村は朝日に向かって笑った。

「ま、まぁな。やかましくて困るくらいだ」

 昭乃は引きつった笑顔でルウ子の肩に手をやった。

「……」

 ルウ子はメガネの縁に手をやり、ふっと口もとを緩めた。



 9月4日


赤ヶ島。伊舞諸島の最南端に位置する、人口わずか四百ほどの小さな島である。地図で見ると雫のような形をしており、尖ったほうが北を差している。

〈シーメイド〉が領海に入ってから島南部の港につけるまで、まる一日かかった。なにもない海(たまに小さな島はあったが)ばかり見ていたせいか、長い航海に不慣れな昭乃以外の三人は、遠いところへ来てしまったのだ、という旅情とも旅愁とも言えぬ思いを顔に浮かべていた。

 一行は船を降りると、昭乃を先頭に、海沿いの縦断道路を一時間ほど北へ歩いた。崖路を行けば無数の海鳥たちが縦横無尽に舞い、山路を行けば小さき営みを見守る原始の森が広がっていた。この島では人間のほうが脇役だった。

 北の岬に着くと、昭乃は皆に向かって両手を広げた。

「ここは理想郷と言ってもいい。すべてが大いなる循環の中でまわっていて、無駄なもの、ゴミになるものなど一つもない」

「あの城壁は無駄なものに入らないのかしら?」

 ルウ子は海岸をきれいに縁取っている石垣を見渡した。

 離島連盟は結成して間もなく、本土民の襲撃に備えるべく、諸島を次々と要塞化していった。この赤ヶ島も例外ではなかった。

 昭乃は力無く手を下ろした。

「もし……世界がこの島だけだったなら、どれほど素晴らしいか」

 それはバクが感じた富谷の印象と同じだった。

「わかってないのね」ルウ子はイラついた顔で言った。「じゃあたとえば、天の悪戯で世界がこのちっぽけな島だけになったとするわ。食べものや資源は海に求めれば豊富にある。暮らしが豊かになれば自然と人口が増える。でも、土地はここしかない。建物は二階から三階になり十階になり、いずれは超高層マンションが建つようになる。それでも足りなくなる。森や山を削ってまた建てる。そしていつしか第二の統京になってる。この巨大天空都市で暮らしていくには、水一杯飲もうとするだけでも、どうしたって文明の、電気の力が必要……」

「そんなことにはならない!」

「ならない? ホントに?」

「互いの目が行き届く小さな社会では、どんな愚行もすぐに正せるものだ」

「ふーん。ところで富谷の若者たちって、豊作が長く続かないよう密かに『儀式』をするっていうじゃない?」

「な! なぜそれを……」

 昭乃は腹痛をこらえるような顔になった。

「村が豊かになれば人口が増え、やがて共生社会が維持できる限界に達する。すると人口が減るまでの間、夫婦はたとえ適齢期であっても子作りを禁じられる。自然保護を謳っている連中が、自然の摂理に反することをやってる。これって正さなくてもいいことなのかしら?」

「我々は大地とともに生きる道を選んだ。自然を破壊するくらいなら、その宿命を受け入れたほうがマシだ」

「あんたはまだ女になってないから、そんなことが言えるのよ」

「どういう意味だ」

「女になれば、わかるわ」

 昭乃は胸に弾でも食らったようにうっとなった。

 気持ちを立て直したのか、昭乃はくいと顔を上げた。

「富谷のやり方が万人にとって正しいかどうかは、私にもわからない。だが、少なくともこれだけはたしかなことだ。電気には魔性が宿っている。人の欲望に巣くって本当に大切なものを破壊していくだけだ」

 昭乃はバクに歩み寄り、肩に手をまわした。

「惑わされるな、バク。ルウあれは電気さえもどってくればそれでもう満足なのだ。緑の大地が砂漠になろうと毒の空気に包まれようと、それ以外のことはどうでもいいのだ」

「……」

 ルウ子は表情を作らず反論もしない。

 ミーヤは昭乃に言った。

「そんなにルウ子さんを責めないで。ルウ子さんは電気を取りもどしたい一心だけで人生のなにもかもを犠牲にしてきた。他のこと考えてる余裕なんかなかったんだよ」

「数知れぬ尊い命のこともか?」

 どこで調べたのか、昭乃はルウ子の過去を責めた。

 ルウ子はメガネを外し、昭乃を直視した。

「あの日止まってしまった、あるべき時の流れを取りもどすことができたなら、あたしを煮るなり焼くなり、皮を剥いで悪党博物館に展示するなり、好きにすればいいわ!」

「そんなもの、建てるまでもない!」

 ルウ子と昭乃は、天地も裂けんばかりに激しく睨みあった。

 小さな地震があった。

 揺れが収まると、ルウ子は険を緩めた。

「ま、なんにしても、今は今のことを考えましょ。あんたも責任ある立場なんだから、一度決めたことを前にぐずぐず引きのばさないの。いいわね?」

「クッ……」

 昭乃は斜めにうつむいた。


 バクたちは来た道を少しもどり、島北部の小さな集落に足を踏み入れた。そこから少し行った山裾の林の縁に、島の頂へ通じる登山口がある。アルの片割れはその頂にいるらしい。

 今にも崩れそうな古い平屋の民家が道沿いに連なっている。その中のある軒先を通りすぎようとしたとき、庭にいた老婆が一行を呼び止めた。

 バクは緊張した。バレたか?

 老婆は言った。

「疲れとるようだの。休んでいきなされ」

 バクとミーヤは顔を見あわせた。

 信用していいものかと、バクが皆に相談を持ちかけようとしたとき。

「ありがとう。お世話になります」

 ルウ子は疑うことも遠慮もなく、厚意に甘えた。

 一行は用意された和室で荷を解いた。その最中、バクは不用心な決断についてルウ子を責めたが、いっさい耳を貸そうとしないので、しつこくつきまとって口撃を加えていった。

 ルウ子はそんなバクをひと言で黙らせた。

「世の中はね、敵と味方だけで成り立ってるワケじゃないのよ!」

 あるときはNEXAのトップとして、あるときは女子学生として、またあるときは飢餓地獄のサバイバーとして、ルウ子はあらゆる種類の人間を見てきている。

 直感。それは持って生まれた才能よりも、経験の積み重ねが決定的にものをいうらしい。バクは早く大人になりたいと思った。


 老婆の言うとおり、一行は慣れない船旅で疲れていた。

 夕食後、ルウ子は布団を敷いて横になると、五分もしないうちに寝息を立てはじめた。

 それを見ていた昭乃は、「男なら弁えろ」とバクを部屋から追い出した。

 バクは部屋を出るとき、捨てゼリフを吐いた。

「拳は男前のくせに、そういうことは別なんだな」

「……」

 昭乃はさっと障子を閉めた。

 するとミーヤは昭乃の前を素通りして、隣部屋へ移っていった。

 昭乃はそれをとがめはしなかった。むしろ、微笑をもってそれを見送った。

 その部屋は、昭乃とルウ子の二人きりとなった。

 ルウ子は口からかすかによだれをたらしながら熟睡している。

 昭乃はルウ子のすぐそばに正座した。懐に手をやり、隠していたナイフを抜く。

「バク、おまえの批判はまちがっていない」

 昭乃は持ち手をふり上げた。

「ん……」

 ルウ子は顔をしかめる。

「!」

 昭乃は思わず手を止めた。

 ルウ子の顔中に汗の玉が湧き出していく。

「利き銀行券なんてもうたくさん……」「十円しゃぶっても銅臭いだけだし……」

 などと、わけのわからない寝言を言いはじめた。

 暗殺の気配を察したわけではないようだ。

 昭乃は聞き耳を立てた。



 * * *



 蝉の声なのか、耳鳴りなのか……。どっちでもいいけど、もっとボリューム絞ってくれない?

 誰も使わなくなった郵便局。無惨に壊されたATM。

 防犯用ミラーに映った自分。出来の悪いミイラがなんか睨んでる。

 地べたにすわって装置に寄りかかる。

 額面入りの紙きれはもうたくさん。プレーン。汗ひたし。昆虫サンド……いろいろやったけど、続けられる味じゃあないわね。

 ふと、鼻がひくついた。

 かすかな甘い匂い。これは……干し柿。工場が動いてた時代の加工品。持っているのは若い男。風上のビルの陰にいる。

 この辺はくまなく漁ったのに。どこで見つけたんだろう。

 どうでもいい。そんなこと。だって、もう、それは、あたしの……。


 正気を取りもどすと、歩道に男が一人横たわっているのを認めた。

 幾筋にも分かれた赤い支流が緩い坂道を下っていく。

「ああ、ひっつかまえて、在処を吐かせるんだった……」

 頭を小突いた。

 でも、明日になるともう、今日のことは忘れてしまってる。刺したことも、刺さずにすます方法があったと省みたことも。

 誰もいない高架下で干し柿を頬張った。

 目眩がした。その甘さに酔いしれるよりも先に、味覚そのもののメーターがふりきれてしまった。久しく触れてなかった芳香にあたったのか、鼻の粘膜がひりひりする。ついでに耳もおかしくなった。頭上でガタゴト電車が通りすぎる音。

 いったいいつまで待てば、エアコンの効いた部屋で見もしないテレビをつけケータイをいじりながら冷蔵庫から取り出したアイスをお腹が下るまで食べまくれる日がやってくるのだろう。

 涙は出なかった。代わりに鼻水をすすった。

 しまった。鼻づまりは嗅覚を鈍らせる。

「!」

 人の気配にふり返ったときはもう遅かった。

 飛びかかってくる大きな影。

 為す術もなく歩道に転がされる。

 六本の青臭い手が衣服を剥いでいく。

 果実が露わになる。

 荒げた息。血走る目。

 正面の手が熟しかけの果実をつかもうとした、そのとき。

 すべての手が凍りついた。

 生唾が三つ、喉の奥に流れ落ちた。

 正面のふるえる手が、そっと果実を包み直していく。白き大地の上を縦横に走る、赤き山脈に注意しながら。

「ご、ごめん……なさい。まちがえました!」

 悲鳴と足音がいっせいに遠ざかっていった。

 握っていた手を開く。キラリと光る銀色の欠片。

『作業』を諦めてくれたおかげで、こちらも『作業』せずにすんだ。

 お腹の干し柿がなかったら、ちがう運命だったかもしれないけど……。



 * * *



 9月5日


「ハッ!?」

 昭乃は正座のまま目覚めた。

 窓の外はもう白みがかっている。

「同じ夢を、私も見ていたのか?」

ルウ子が日課と称していたのは、これのことだったのか。時を奪われたルウ子は、あんな苦い夢を、果てしなく……。

「クソッ!」

 昭乃はナイフをふり下ろした。

 刃はルウ子の耳をかすって枕に突き刺さった。

「もう少しだけ、時間をやろう」


「あれか」

 バクは朝日が照らす山頂に目をやった。

 ゆっくりとまわり続ける白い風車。木々のすき間からプロペラの上半分だけが見える。

 ルウ子は手にしていたケータイに話しかけた。

「あんたの片割れはたしかにあそこなのね?」 

 ソファに横たわるアルは、前肢をなめながら言った。

「そうらしいね」

「ところで、そいつもあんたみたいな猫の姿なの?」

「さぁね。パートナーの趣味次第じゃないの?」

 それからしばらく山道を行くと、低木に囲まれた草深い広場に登りつめた。

 遠目にはおもちゃのようだった風車。今は開いた口を塞ぐのに苦労する。

 バクたちは風車を横目に、古びた二階建ての施設に足を向けた。

 そこは風力発電の研究所だった。電気が使えなくなってからは誰も通っていないはずだと、宿の老婆は語っていた。離島の民は自給自足生活の維持に忙しく、たいした眺望もない山頂に遠足するような暇人などいなかった。

 見たところ、施設の一階は職場で二階が宿舎のようだ。一階はどの扉も窓もブラインドも閉め切ってある。人の気配はない。

 バクたちは錆びかかった外階段を上がった。

 二階は玄関らしきドアが三つならんでおり、アパートのような造りだ。

「ん?」ルウ子の鼻がひくついた。「奥から生活のニオイがする」

 ルウ子はだっと通路を駆け、ターゲットの前に立つや、ノックもせずにドアノブを引っ張った。

 金属棒が二度抵抗した。

 ルウ子は鼻をならすと、ついてきた者たちに予言した。

「本土からの逃亡者が隠れてるわ」 

「なぜわかる?」

 バクは訊いた。

「離島の暮らしに鍵なんか必要ないもの」

 そのとき、さっとドアが開き、手斧を持った白髪頭が吠えた。

「なにしに来た!」

 バクとミーヤと昭乃は反射的に飛び退いていた。

 ルウ子だけは何事もなかったように老人と相対している。

「ブツを取りにきたわ。隠しても無駄よ」

「わ、私はなにもやっていない」

「諦めなさい。証拠はあがってんのよ」

「私はむしろ……被害者なのだ」

「は? なんのこと?」

「離島事件にはいっさい関わっておらん!」

「そうじゃなくて!」ルウ子は地団駄を踏んだ。「ああもう、自分で探すから!」

 ルウ子は一歩踏みこんだ。

「く、来るな!」

 老人は目を剥き、手斧をふり上げる。

「待った!」

 バクがそこに割って入った。

 刃はバクの鼻先一センチのところで止まった。

 バクはハッとした。体が勝手に動いてしまった。まだ死ねない体だというのに。

「どきなさい」

 ルウ子はバクの背中をぐいと引っ張った。

「な!?」バクはかっとなった。「礼ぐらい言ったらどうなんだ!」

「この男に人殺しの根性なんかないわ。そんなことも見抜けない役立たずなら、今すぐ泳いで帰ってもらうしかないわね!」

「根性はなくても手もとが狂うことはあるだろ!」

「そのときはそのときよ」

「強がんのもいい加減に!」

 バクが平手を上げたとき、ミーヤがその肩にすっと手をのばした。

「ルウ子さん。そんなに焦らなくても……」

 ミーヤは二人をなだめると、挙動のおかしなケータイについて老人に尋ねた。

 老人は思いあたる節があるのか、手にしていた斧を玄関の壁に収めた。

 作業服が妙になじんでいる。仕事がないときでも着ているのだろう。根っからの職人といった感じだ。

「入りなさい」

 老人は言って、奥に姿を消した。

 バクは目配せしてミーヤを引きとめ、ルウ子と昭乃を先に行かせた。

「ミーヤ。俺……」

 ミーヤを一人にさせないと約束しておきながら、他人のために身を擲つような無茶をした。その言い訳をしようとしたのだが、どう言えばいいのか、急にわからなくなってしまった。

「気持ちはわかるけど、もうちょっと冷静にね」

 ミーヤは微笑むと、足早に部屋へ上がっていった。

 バクは独り言った。

「自分でもわかんないのに、なんでミーヤがわかんだよ」


 部屋はがらんとしていた。紙切れで散らかった事務机、古びた理工学書がならぶ書棚、折りたたんだシミだらけの布団、電気回路の残骸が山盛りの段ボール箱が一つ。物らしい物といえばそれくらいだ。

 老人は机に収まっていたイスに腰かけると、バクたちを畳にすわらせた。

「私は平賀源蔵ひらがげんぞう。お嬢さんの言うとおり、逃亡者だ」

 平賀に妻子はなく、自称仕事人間。2016年の大停電当時は電力会社の技術顧問をしていた。パワーショックに入ってしばらくは本土で配給生活を送っていたが、旧政府が倒れ治安が悪化したことを機に赤ヶ島へ逃亡。事情を話して島人の世話になろうと思っていた矢先、難民を装った暴徒による例の『離島事件』が各地で起きた。

「本土者とわかれば、もはやなにを言っても命が危うい。私は住む場所に困り、山をさまよっていたところ、この放棄された研究所を見つけたというわけなんだ」

 平賀が話をしめくくると、すかさず昭乃が口を開いた。

「無駄と無駄。同類はよく引きあうというが、本当だな」

 バクは頭にきた。

「爺さんのどこが無駄だ!」

 昭乃はため息をついた。

「まったく、出来の悪い生徒だな。そんなに私の補習を受けたいか?」

「悪いが遠慮しとくぜ。頭突きの王者になっても自慢にならないんでな」

「なんだと!」

 立ち上がろうとする昭乃に先んじて、平賀は言った。

「君の言うとおりだ。私は無駄などころか、存在自体、有害な人間だ。島にとっても、世界にとってもね」

「そこまでは言ってない」

 昭乃はどかっとすわり直した。

 と同時にルウ子がすくと立ち上がった。

「世界にとっても、って言ったわね。その偉そうな神経はどこから来るのかしら?」「私はこの山に籠もり、パワーショックの原因を考え続けてきた。これは電気の問題だ。世界屈指の電力会社にいた私には、解決する義務があると思った」

「それで?」

 平賀はふっと疲れた顔をした。

「四半世紀かけてわかったことは、ただ一つ。自分はこの世に何一つ影響をあたえられない、ということだけだった」

 ルウ子はいつになく穏やかな顔を見せた。

「そんなに落ちこむことないわ。あたしのブレインたちもお手上げだったから」

 平賀は偉そうに語るメガネ少女に怪訝な顔を向けた。

「ルウ子さん、と言ったね。あなたはいったい……」

「実はあたし、NEXAのトップ張ってんの。ミーヤ!」

「は、はい」

 ミーヤは組織の概要を手短に語った。

「……」

 平賀は難しい顔のまま聞き入っていた。

 ルウ子は眉を段にした。

「あら、あんまり興味なさそうね」

 バクも意外に思った。平賀は時機到来と目を輝かすものとばかり……。

 平賀は低く言った。

「そんな大事なこと、私に話してもよかったのかね?」

 四人は息を凝らした。

 バクは老人を睨め上げた。

「あんた、まさか……」

 平賀はバクを一瞥すると、明るく言った。

「それでブツというのは、これのことですかな?」

 平賀は作業服のポケットから青いケータイを取り出すと、ぽいと床に放り投げた。 すると、ケータイは物理法則を無視して平賀の手もとに舞いもどった。

「パワーショックがはじまったあの晩のことだ。会社に状況を聞こうと私はケータイを手にしたのだが、これがうんともすんともいわない。頭にきた私はケータイを床に投げつけた。するとこれだ。無論、停電事件との関わりを疑った。だが、電気を失った電気屋はあまりに無力だった」

「……」

 バクは一気に疲れた。てっきり平賀は、ルウ子一味を売る代わりに島民として認めてもらうつもりなのかと思っていた。

 一方、ルウ子は老技師との駆け引きを楽しんでいるようだった。

「ところで先生、お歳はいくつ?」

 平賀は遠い目をした。

「六十から先はもう忘れてしまった」 

「とぼけてもダメよ。あたしの見たところ、リアルで九十六、七ってところかしら? 会社を定年退職して技術顧問になった。それから数年して急に歳を取らなくなった。ちがう?」

「な、なぜそれを……」

「そんな怖い顔しなくてもいいわ。あたし、こう見えても2000年生まれよ。んで、原因はコイツらしいの」

 ルウ子は懐からケータイを取り出し、広げてみせた。

 緊張しているのか、画面の中のアルは写真のように固まっている。

「!」

 平賀はガタッと立ち上がった。

「さっそくだけど先生、そのケータイ、起動してもらうわよ」

「う、うむ」

 平賀はルウ子に言われたとおり、自分自身の電話番号を押した。画面に明かりが灯ると、彼は異境の新奇術に狼狽える老賢者のような顔になった。

「こ、こんなことがあっていいのか……」

 ケータイが起動すると、ケージの穴から顔を出すマウスの画像が映った。

 マウスの名はニコ。平賀に動物を飼う趣味はなかったが、友人が勤める研究所を訪ねた際に、箱の中で孤立していた一匹が妙に懐くので、つい持ち帰ってしまったのだという。

「詳しいことは後で話すわ、先生。その前に、ごたーいめーん」

 ルウ子はアルを、平賀のニコと向きあわせた。

 アルはぎこちない笑みを浮かべた。

「や、やあ……ニコ」

「運がなかったわね。転がりこんだところが、マヌケ女のオモチャだったとは」

 ニコはかぶりをふった。

「……」

 ルウ子の額にびきっと青筋が走った。

 アルは島へやってきたことについて言い訳をした。

「その……抵抗はしたんだけどね。彼女、口が上手くって……」

「いいんじゃない? 私は電気があったほうが、早く問題が解決してくれる気がするわ」

 そこにミーヤが割りこんだ。

「あ、あの、お取りこみ中のところアレなんだけど、先生が……」

 平賀は立ちつくしたまま、真っ白な灰になっていた。

 無理もない。ただの遺影にすぎなかったはずのニコが、いきなり人間の生中継のようにふるまったのだから。

 しばらくして平賀が蘇生すると、バクはこれまでの経緯を語った。

 技術畑の平賀は『テスラン』の存在という、科学理論から逸脱した話になかなか納得しなかった。悩んだ末、彼は暗黒物質ダークマターを一つの例に挙げた。直接観測はできないが、そこにあるとしなければ辻褄があわないもの。宇宙にはそういう謎が山ほどある。テスランもその類であろう。平賀は自分に言い聞かせるように語っていた。

 ニコは地属性、つまり地球由来の電気の伝わりを仲介する者たちの代表だ。彼女を起動したことで、長らく続いていたパワーショック時代に幕が下りようとしていた。

 平賀は興奮した様子で部屋を飛び出し、階段を駆け下りていった。

 バクたちも階下へ急いだ。


 一階は風力発電の研究室(兼管制室)だった。フロアの大半は研究区画だ。職員用の机、プロペラ式や垂直軸式風車の模型がならぶ実験台、電力や力学関係の資料が収まった書棚などがある。

 官制区画はというと、部屋の奥の隅っこの二畳ほどのスペースに、一人用ロッカーのような色形の制御盤と監視用のデスクトップパソコンが一台あるだけ。これで充分だった。

 窓の外では風車の白い羽根が勢いよくまわっている。

 平賀はすでに準備を終え、制御盤の前に立っていた。

 バクたちが見守る中、平賀はスイッチを一つ入れた。

 三十年の眠りから目覚めた計器針は、二度三度と身ぶるいして立ち上がっていった。

「おおお……」

 平賀はふるえる手を手で押さえつける。

 やがて計器針は右四十五度のあたりで落ち着いた。

 風速は十メートル毎秒。出力値が定格に達する。試験運転は成功だ。

 ルウ子は壁際に走り、蛍光灯のスイッチを一つ一つ入れていった。

「電気よ! 電気がもどってきた!」

 手に手を取りはしゃぐ、電化文明世代のルウ子と平賀。

「……」

 一方、若い三人は声もなく驚いていた。

 太陽やロウソクの炎とはまったくちがう、白々とした光。科学が作り上げた血管に、今、電気という名の血が通ったのだ。

 バクはその雪のような白さに寒気を覚えた。

 試運転を終えると、ルウ子は平賀に声をかけた。

「平賀源蔵。本日付けであなたをNEXAの特別技術顧問に任命します。異存はないわね?」

 いきなりの抜擢に平賀は顔をひきつらせた。

「い、いいでしょう。望むところです」

「正式な辞令は本部に帰ってからね」

 ルウ子は満足そうに微笑んだ。

 平賀はそばにいたバクに耳打ちした。

「君のボスはいつもこんなに唐突なのかね?」

「そうなんだ。神経回路の長さが他人ひとより短いらしい」

 びたーん!

 ピンクのケータイがバクの頬に張りついた。ルウ子が投げつけたのだ。

「な?」

 バクは共感を求める。

「なるほど」

 平賀は苦笑を返した。

 ケータイは空中をふらつきながら、ルウ子の手もとへ帰っていった。

 ルウ子がケータイを開くと、アルは前肢でおでこを押さえていた。

「あ、あんまり乱暴に扱わないでくれよ……」

「念のために聞いとく。ケータイを壊したらあんたたちはどうなるの?」

「ボクらがこの器に閉じこめられたとき、器自身もすっかり性質が変わってしまったみたいだよ。たぶん、爆弾を落としてもびくともしないだろうね」

「ならいい」

「よくない! もの言わぬ機械とはもうちがうんだ!」

「はいはい、悪かった悪かった」

 ルウ子は面倒くさそうにケータイの背中をさすってやった。

 

 ニコを手に入れたバクたちはさっそく本土へ帰ることにした。

 平賀は荷物を取りに二階の自室へ上がっていった。

 バクたちは風車のそばで彼を待っていた。

 ルウ子は帰京が待ちきれないのか、今後の構想を一人口にしている。

「やっぱ火力が使えるのは大きい。発電所の整備しといて正解だったわ。問題は燃料よね。外交が冷え切ってる限り、化石燃料の輸入は期待できないし……。となると、炭坑の再開発が急務ね。なんといっても発電は火力よ」

 それまで石油や天然ガスや原子力に頼っていたものを、石炭一手でまかなおうというのだ。発電所一つならともかく、それが全国に広がったらどのようなことになるのか。

 アルとニコは、ルウ子のケータイ画面を半分に割り、通信で議論を交わしていた。

「ああ、この緑でいっぱいの国が煤だらけになってしまうよ」

 アルはごろんと横になった。

 ニコは言った。

「そんなのたいしたことないわ」

 アルはむくと頭をもたげた。

「そうかな?」

「自然に任せておけばいいのよ。人間が勝手に自滅することも含めてね」

 人間に協力的かと思われたニコだが、あれは皮肉だったようだ。

 リュックを背にする平賀がケータイ片手にやってきた。

「耳の痛い話ですな、局長」 

 平賀は耳の裏をかいた。

「……」

 ルウ子は黙ったまま、広場を取り巻く木々の揺らめきを見つめていた。

「局長?」

「ううん。なんでもない」

 ルウ子は目を伏せると、ふっと息をついた。

「ところで昭乃はどうした?」

 バクは新しい事実のことで頭がいっぱいで、メンバーがそろっていないことに今ようやく気づいた。

「あれ?」

 ミーヤは左右に首をやった。

「まーったく、いつまで拗ねてんのかしら」

 ルウ子は一人、施設の裏手へ足を運んだ。


 昭乃は裏庭で気ままに咲く野花を見つめていた。

 ルウ子は両手を腰にあてて言った。

「なーに黄昏れてんのよ。帰るわよ」

「……」

「あたしらを無事帰還させるまでが約束でしょ?」

「なにかを燃やしてまた地球を汚そうとする。作った電気でまたなにかを壊そうとする」

「そういうことはね、電力で食糧危機を救える見通しが立ってから議論すべきことよ」

 昭乃はキッとルウ子を睨んだ。

「それでは遅い! 一度ふくらみはじめた人間の欲望は、爆発して、自ら滅ぶまで止まらない」

「将来そうなったとすれば、それははじめっから人類の宿命だったのよ」

「そうはさせない! 今ここでおまえを倒せば、歴史を変えられる!」

 昭乃はナイフを抜いた。

「フフ……あんたにあたしは殺せない」ルウ子は丸腰のまま昭乃に歩み寄っていく。「あたしの背中には何億もの命がかかっているもの」

「フン! 愚か者の命など、いくら集めようと虫一匹にも値しない!」

 ルウ子は立ち止まった。

「差別……するわけね?」

「命を助けるためなら、腐った腕は切り落とすだろう? おまえたちはその腕のほうだ。まずは私が執刀してやる!」

 昭乃はルウ子の胸もとめがけてナイフを突き出した。

 達人の早業に、ルウ子は為す術がない。

 昭乃はルウ子を貫いた。

 ルウ子はがくと首をたれた。

 一筋の風が吹き抜ける。

 昭乃は低く言った。

「今のは最後の警告だ。電気のことは生涯忘れると誓え。即答なら許す」

「……」

 ルウ子はふるえていた。

 昭乃はルウ子の脇の下からナイフを引き抜いた。

 ルウ子は顔を上げると、こらえきれずにククと笑った。

「優しいのね。見かけとおんなじで」

「!」

 昭乃は真っ赤になって歯がみし、切っ先をふるわせた。

「どうしたの? あたしは警告を無視したのよ?」

「人の厚意を!」

 昭乃は今度こそとばかりに、持ち手の腕をぐっと引く。

 と、何者かが昭乃の二の腕を捕まえた。

「隙だらけだな。昭乃らしくないぜ」

「バク!? 止めるな!」

 昭乃は腕をぐいと揺する。

 バクの手は離れない。

「な!?」昭乃は見張った瞳をそこに向けると、カクと脱力した。「その力……」

「俺がいきなり超人になったわけじゃない。昭乃、あんたの問題だ」

「ク……」

 昭乃の持ち手が開いていき、ナイフは草間に紛れた。

「俺が知ってるモグリの医者は、腐りそうなところも最後まで諦めなかった。その姿を見ていた患者も最後まで病と戦った。治った奴はなにかが吹っ切れたように、それまでになく元気になった。ダメだった奴も、現実を受け入れて見ちがえるほど強くなった。今の世の中に肝心なのは、そういうことなんじゃないのか?」

「……」

 昭乃は再び腕を揺すってバクの手を外すと、ざくざくと草むらの向こうへ去っていった。

 バクとルウ子は顔を見あわせた。二人はあえて昭乃を呼び止めなかった。


 NEXAの四人は山を下りた。

 港に着くと、一行は〈シーメイド〉のデッキに女を一人認めた。

 昭乃は帆をいじりながら、しかめっ面で言った。

「なにをぼやぼやしている。さっさと帰らないと連盟に怪しまれるぞ」



 9月7日


 昭乃は統京の港でバクたちを降ろすと、富谷をめざし一人海路を帰っていった。昭乃は航海中いっさい無駄口をきかなかったが、別れ際、一つだけ言い残した。

「電気など無いままのほうがよかった。そう思うときが必ず来る。必ずな」



 9月8日


 NEXA本部にもどった一行は、赤ヶ島の調査報告会を開き、そこでアルとニコを紹介した。会議室に集まった各部門の代表者たちは、人間の力では認識できないという、テスランの存在をなかなか信じようとしなかった。そこでルウ子は議論の場を、統京の西湾岸にある大品発電所へ移すことにした。百聞は一見にしかずだ。



 9月9日


 ルウ子はバクとミーヤと平賀を引き連れ、発電所に出向いた。

 大品火力発電所。かつては電力会社が管理していたが、今は研究用としてNEXAが所有している。外交回復の見こみは薄いと判断したNEXAは四年の歳月をかけ、この発電所を国内でまかなえる石炭仕様に改造した。あとは電気の源が見つかることを祈るばかりだった。

 副局長であり電力開発部長でもある孫は、管制棟の玄関で一行を出迎えた。

「発電試験の準備はすでに整っています。ところで、その……」孫は平賀の手もとでたたずむニコに目をやった。「そんな小さな器の中に、地上のほとんどすべての電気を操る力が宿っているなど、未だに信じられないのですが……」

「別に信じなくてもいいわよ。そのほうが悩みが少なくてすむわ」

 ニコは赤い瞳を細めた。

「う……」

 孫は苦手な食材を前にしたときのような顔つきになった。

 彼もまだ、アルやニコのような非科学的存在を受け入れられないようだ。

「と、とにかくやってみましょう」


 三十分後。

 所内の照明がいっせいに輝いた。カバンの底で眠っていたu・Podユーポッドは三十年前のダンスミュージックをならし、空調はダクトにたまった埃を吐き出し、資料室に展示してあった裸のエンジンはうなりをあげた。これまでは同じような手順を踏んでも、うんともすんともいわなかったものばかりだ。

 アルとニコが本土にやってきて、世界は一変した。特に地属性ニコの人類に対する影響力は計り知れない。火力や水力をはじめとするほとんどすべての発電方式は、ニコの如何にかかっているのだ。

 ルウ子とアル、平賀とニコは、人の手に負えないほど強い引力で結ばれており、完全にユニット化していた。二組のユニットは、いわばこの世の電気の大元締めである。テスランのふるまいはともかく、見た目上、スイッチ一つですべての電気がオンオフするところは、配電盤の遮断器によく似ていた。

 ルウ子はこのユニットを『マスター・ブレイカー』と名づけた。

平賀は技術顧問としてニコとともに発電所に残ることになった。ルウ子はアルとともに本部へ帰っていった。バクとミーヤは特務研究員の任を解かれ、付き人兼ボディガードとしてルウ子に同行した。



 9月21日


 平賀源蔵が四半世紀ぶりに本土の土を踏んでから二週間がすぎた。平賀は大品発電所で充実した日々を送っていた。彼の豊富な経験と知識をめぐって、あちこちの部署で引っ張りだこなのだ。その一方で、彼は連日ニコの小言を浴びていた。


 その日の午後。

 平賀は休憩室で一息ついていた。

 職員たちは皆忙しいようで、今はニコと二人きりだ。

 平賀がソファに腰かけるなり、本日のニコの小言がはじまった。

「電気なんか作ったって、愚かな使い道に浪費されるのがオチね」

「私の目の黒いうちは、そうはさせんよ」

「あなたはずっと黒いままじゃない」

「……」

「?」

「そのことなんだが……」

 平賀は立ち上がると、さっと窓を閉め、ドアに鍵をかけ、ソファにすわり直した。

「一つ教えてほしい。私や局長から時を奪ったのは、君たちなのか?」

「私たちじゃないわ。私たちをこんな風にした、あなたたちでしょ?」

「いつもながら容赦の欠片もないな……」

 ニコたちが能力を獲得したときの副作用なのだろう。平賀はそう考えていたが、実際のところ、真実は誰にもわからなかった。

 歳を取らなくなったことは、短い目で見れば喜ばしいことだが、その先には重大な落とし穴が待っている。

 平賀は問わずにはいられなかった。

「私には、死は許されていないのだろうか?」

「病気をしたことは?」

「パワーショック時代に入ってからは、まったく。一度も」

「ま、老衰や病死は諦めるにしても、物理的に破壊すればなんだって死ぬでしょ?」

「それもそうだ」

 平賀はほっと一息ついた。

 いつの日か、世の中を知りすぎて心が壊れてしまっても、自分で命日を決められるということだ。ただ、気がかりなことが一つあった。

「運悪く、私や局長が死んだ場合、君たちはどうなるのだ?」

「スイッチをオフにしたときと同じことが起きるわ。そして、次にケータイを起動した人が、私たちの新たなパートナーになるのよ」

「番号は?」

「そのまま引き継がれるわ」

「なら、誰かに伝えておかなくてはならんな。ええと番号は……あれ?」

 平賀は首をかしげ、腕組みした。

「あきれた。自分の電話番号よ? 私を起こすときに一度思い出してるじゃない」

「若さを永遠に保てるといっても、六十八ではな」

 平賀は笑うと、思い出した自分の番号を確実に暗記すべく、何度か紙に書いたり暗唱したりした。



 9月25日


 幹部会議が終わり、ルウ子は席を立った。

 会議室の出入口で控えていたバクとミーヤは、すかさずルウ子の両脇を固めた。

 ルウ子はぐいっと二人を押しのけた。

「そんなにベタベタされたら、暑苦しいわ」

 マスター・ブレイカーの存在を政府に報告するか否かで、会議はいつにも増して紛糾した。NEXAが手にした力のスケールがあまりにも大きすぎて、これから起こる事の予測がつかないのだ。

 バクはルウ子を睨みつけた。

 イラついているのはわかるが、こっちだって真剣にやってるんだ。幹部の連中さえいなければ、噛みついてやるところなんだが……。

 ダークな思念に感づいたのか、ルウ子はバクを睨み返した。

 ミーヤがそこに割って入る。

 二人が互いにそっぽを向くと、ミーヤはため息をついた。

「こんなときに限って副局長が欠席だなんてね」

 孫は政治や経済、広報面などのこみ入った問題を収める能力に長けていた。

 一方、ルウ子は責任感の強さやタフな精神力、達者な口においては組織のトップとして申し分ないものだったが、実務面では特に優れているわけではなかった。

 孫は発電所で問題が起きたといって会議を急遽欠席した。大きな問題ではないが、部下に任せるにはいささか支障があるというのだ。発電所の者がそれをルウ子に直接伝えに来た。電話はまだ復旧していない。新たに導入した本部の無線は、部品の一部に不備があったらしく、すべて故障していた。

 幹部たちが去り、部屋にはバクとミーヤとルウ子の三人だけとなった。

 バクはルウ子に訊いた。

「マスター・ブレイカーのこと、新政府には教えないのか?」

「その前に、独立を考えてるわ」

「独立? 民間の団体になるってことか?」

「そうよ。手はすでに孫が打ってある」

「……」

「なんでそこまでする必要があるのか、って今思ったでしょ?」

「政治のことはよくわからないな」

「先生とニコが政治家なんかに渡ることになったらどうなるか……。そういうあんたみたいのを、クソ難しい名前の法律作って巧みに騙して、自分らだけは権力も豪邸も欲しいままにできるよう、国のシステムを作っていくのよ」

「そんなの、今も昔もたいして変わってないんじゃないのか?」

「だからよ!」

 ルウ子が叫んだとき、会議室の出入口に女が現れた。電力開発部の和藤栄美だ。

 ルウ子は言った。

「あら、和藤。発電所そっちの問題は解決したの?」

「万事順調です」

 和藤は笑顔で言った。

「で、なにがあったわけ? 詳しく説明してちょうだい」

「聞こえませんでしたか? 私は万事順調だと言ったのです」

 和藤は懐から拳銃を抜くと、銃口をルウ子に向けた。

 すると、和藤の両脇から戦闘服の男たちがなだれこんできて三人を取り囲み、いっせいに銃をかまえた。

 それには目もくれず、ルウ子は笑顔を返した。

「ほほーん。謀反ってワケ?」

「いえいえ、ちょっとした人事異動ですよ」

 黒光りする銃身。ニコの目覚めは発電所だけでなく、長らく沈黙してきた雷管まで蘇らせてしまったようだ。 

 ルウ子はわざとらしく辺りを見まわした。

「孫はどこ? あいつが首謀者でしょうに」

「よくおわかりで」

「そりゃわかるわ」ルウ子は笑った。「あんたを使いによこしたんだから」

「黙りなさい!」

 和藤は撃鉄を引いた。

「で、あたしをどうしたいワケ?」

「ケータイの電話番号、教えていただきましょうか。従っていただけるなら、『局長の名において』、命だけは保証しますよ」

「なるほど、そういうこと……」

 ルウ子はパズルが解けたと言わんばかりに、何度となくうなずいた。

 ルウ子と和藤は見つめあった。

 十秒、二十秒、三十秒……。

 ルウ子は息一つ乱さない。

 一方、和藤は唇の先を次第にひくつかせていった。

 和藤が目配せすると、兵隊たちはバクとミーヤの後頭部に銃口を突きつけた。

「選択の余地などないはずよ」

「フフ」

 ルウ子は唇の左端をきゅっと上げ、いびつな笑みを浮かべた。部下の命など装甲板くらいにしか思っていない非情な司令のごとく。 

「……」

 和藤は銃口をふるわせた。

 怒りに任せてトリガーを引けば、アルの秘密は永久に闇の中だ。

 ルウ子はふっと笑みを消した。

「殺したのね?」

「!」和藤は腑に落ちないという顔で銃口を下げた。「本部に缶詰だったあなたが、なぜそれを……」 

「いったいなにがどうなってんだ!」

 バクが怒鳴ると、和藤は平賀とニコが交わした密談の要点を語った。

 二人の会話はすべて盗聴されていたのだ。

 和藤に笑顔がもどった。

「休憩室を出た後、平賀せんせいは自分の犯したミスが世界を脅かしかねないと、機密を口にしたことを自室で反省していたわ。先生はお疲れのようだったから、よく眠れるよう素敵なお香を焚いてあげたそうよ」

 バクはようやく事件の展開が読めた。

 契約の秘密を知った孫は、平賀をガスで毒殺。パートナーを失ったニコは、自動的にスイッチがオフとなり眠りについた。すかさず、孫は聞いた話の通りニコを起動し、新たな契約を結んだ。本部の無線が壊れるよう手を加えたのも、孫と和藤の仕業なのだろう。二人の連絡用だけを残して。

 ルウ子は言った。 

「ニコが先生に話したように、あたしもアルから同じことを聞いたわ。そのときから、いつか誰かがやるんじゃないかと心配だった。あたしは先生のピンチを予感していながら多忙に負け、本部へ異動させることを怠った」ルウ子はうなだれた。「あたしの一生の不覚よ」

 和藤は言った。

「もう一度だけ言うわ。ケータイの番号を教えなさい」

 ルウ子は顔を上げた。

「誰を撃っても同じことよ。あたしの口からはなにも出てこない」

 和藤は苦笑した。

「さすがは他人の人生を土足で踏み越えてきただけのことはあるわね。ま、番号の件は保留にしておきましょう」和藤はルウ子を指した。「橋本ルウ子。本日をもってあなたを局長の任から解きます。そして引き続き、名誉顧問として私たちの活動を陰からサポートしていただきます」

「まわりくどい言い方はやめなさいよ」

「そうですね。要するに、あなたは予備リザーブです」

 ルウ子とアルが関わる太陽光発電は、今の段階では未知数だ。資源枯渇などの非常事態に備えて確保しておきたいのだろう。

 和藤は続けた。

「従っていただけないなら、今度は本当に二人をりますよ?」

 ルウ子は伏し目でふっと微笑み、そしてンーッとのびをした。

「働きづめだったから、しばらく休ませてもらうわ」

 和藤は退屈そうにため息をついた。

あのひとの言ったとおりの結果になったわ。それにしても、ずいぶんと丸くなったものね」

「……」

 ルウ子は知らん顔だ。

「せいぜい脳味噌にカビが生えるまで休むといいわ。連れて行きなさい!」

 二人の戦闘員がルウ子の腕を取った。

「待ちなさい!」

 爆撃のようなルウ子の一喝に、厳つい男たちはハッと手を放した。

「バクとミーヤの解放が先。下手な真似したら……こうよ!」

 ルウ子はそばにいた男の腰からさっとナイフを奪うと、切っ先を自分の喉もとに向けた。

 その据わった目に、和藤は息を呑んだ。

「い、いいでしょう。二人とも、さっさと出ていきなさい!」

 ルウ子は二人に最後の辞令を下した。

「バク、ミーヤ。本日をもって君たちを、解雇します」

 バクは部屋を出る瞬間とき、ルウ子に一瞥をくれた。ルウ子は敵に捕まったというのに、なぜか肩の荷が下りてほっとしたような、場違いな表情をしていた。地下の狩人が現役を退くとき、よくそういう顔をしたものだ。バクはそれが気がかりでならなかった。


 NEXAの敷地を囲むコンクリート壁沿いの道を、バクとミーヤはあてもなくうろついていた。壁の高さは十メートルほどあり、道路の向こう端へ寄らないと内部の様子はほとんどわからない。

「クソ!」

 バクは壁を蹴った。

「バク……」

 ミーヤはバクの二の腕をそっとつかんだ。

「ルウ子の仕事がこれからってときに、孫の野郎、なにを企んでやがる……」

「儲けを独り占めにする気かな?」

「……」

 バクは長大な城壁の向かいに立ちならぶ、朽ちかけたビルの一つに目をやっていた。

「どうしたの?」

「走れ!」

 バクはミーヤの手を引くと、近くの路地へ駆けこんだ。

 間一髪、バクが蹴ったばかりの壁に矢があたって跳ね返った。

 二人はでたらめにひた走り、ビルのすき間を縫っていった。

 追っ手や待ち伏せはなかった。敵は一人のようだ。

 バクは見通しの悪い路地に入ると足を止め、壁にどっともたれかかった。

「ハァハァ……危なかった」

 ミーヤは両膝に手を置き、肩で息をしている。

「ハァハァ……武警かな?」

「ちがうな。俺たちはもう地下賊じゃない。これでも三十分前まではNEXAの職員だったんだ」

「じゃあいったい……アッ!」

 ミーヤが路地の奥を指すと、バクはそちらに顔を向けた。

 それまで誰もいなかった袋小路に、黒ずくめの大男が立っていた。

 袋小路を形作っている三方の廃墟を含め、この界隈は高いビルが密集している。見つかるはずは……。

 バクは視線を上げていった。

 屋上からだと!?

 バクはさっと身を起こしてミーヤをかばうように立った。

 黒ずくめは腰の左右からナイフを引き抜いた。

 この男……どこかで……。

 バクの脳裏に一年前の記憶が駆けめぐった。

「あ! あんたは……」バクは男を指した。「俺とニッキを狙い撃ちした……」

 ミーヤはバクの脇へ進むと、怒りに声をふるわせた。

「未来ある子供たちを……お腹に赤ちゃん……いる子だっていたのに」

 バクはうつむき、拳をぐっと握った。

「そうか……百草せんせいが言ってたのは、こいつのことだったのか」

 男は冷えた溶岩のようだった表情をかすかに崩した。

「今は後悔している。賊狩りはもう、二度とやらん」 

「なら、それはなんの冗談だ」

 バクは男の手もとに向けて顎をしゃくった。

「……」

 男はじれったいほどゆっくりと、ナイフを鞘に収めていった。眉間に幾筋もの溝が走る。淀んでいた瞳が揺らぎ、淀み、揺らぎ、そしてまた淀んだ。刃が半分収まったところで男は手を止めた。

「すまん」

 男は二刃を放った。

 バクとミーヤは動けなかった。男の迷いが災いした。

 と、ここでバクの時間感覚がいきなり何百倍にも延びた。

 ナイフは少しずつ、だが確実に迫ってくる。

 ちくしょう! せめてミーヤだけでも……。

 気持ちだけは百万回身を挺したのだが、手足にかかる重力は百億倍だった。

 諦めかけたそのとき、バクの脇をにゅっと草色の影がすり抜け、視界の前方へ割りこんでいった。影はやがて人の形となり、敵の姿を遮った。

 と、ここで現実の流れにもどった。

「お、おまえは……」

 男の顔を覆っていた溶岩に亀裂が走った。

 つぎはぎ迷彩服の女は、左右の指先だけでナイフを受け止めていた。

 バクは思わず叫んだ。

「昭乃!」

 ミーヤが続く。

「どうしてここに?」

 昭乃は二人を背にしたまま言った。

「おとといのことだ。石林の中でひと際高くそびえる塔に、黒い稲妻が落ちる夢を見た。それがどうしても忘れられず、偵察に来てみたらこれだ」

「昭乃……綺麗になった」

 男は昭乃のことを、身内を懐かしむような目で見つめている。

 昭乃の目つきは、縄張りを見まわる鷹から、物憂げな少女へと変わっていった。

熊楠くまくす先生。なぜ黙って出て行ったのですか! どうしてこんな人殺しの仕事なんか……」

「今語ることはなにもない」

「先生!」

「……」

「どうしても話していただけないのですか?」

「……」

「言葉がダメなら……」

 先ほど受け止めたナイフを両手に、昭乃は胸もとでさっと腕を交わすと、地を蹴った。

 銀光の対が男の首をはねようとしたとき、男は女の持ち手にひたと手を触れた。

 二刃は空を舞って地に墜ちた。

 女はハッとして飛び退く。

 熊楠は大喝した。

「自惚れるな!」

「ク……」

 昭乃は傷ついた顔になった。

「おまえの命はもう、おまえだけのものではない。私のことはかまうな。それから、皆に一つ忠告しておく。NEXAには……二度と関わるな」

 熊楠は高く跳び上がると、窓枠のわずかな出っ張りを伝い、あっという間にビルの屋上へ躍り出た。

「先生! 私、本当は……」

 熊楠の姿はすでになかった。

 昭乃は天を仰いだまま、枯れ木のようになってしまった。

 乾いた風が路地へと吹きこむ。壊れた窓、崩れた壁、すき間というすき間が共鳴しあい、不気味なオーケストラを奏ではじめた。

 バクは少しためらってから昭乃に声をかけた。

「その……また借りができちまったな」

「……」

 昭乃は小さく首を横にふるだけだ。

 彼女の頭の中は今、再会の喜びと、変わり果てた師への戸惑いと、砕かれた自信のことでいっぱいなのだろう。

 昭乃はため息をついた。それを境に、いつもの警備隊長の顔になった。

「私とおまえとはなにか因縁があるようだ」

「『因』は余計だろ?」

「そう思わせたいのなら、村でしっかり働くんだな」

「え? だって俺は……」

「私にあたえられた暇はあと半日しかない。遅れるな!」

 昭乃は路地を駆けた。

 仲間も住処も失ってしまったのだから、一も二もない。バクとミーヤは、疾風船はやてぶねが放った浮き輪にしがみつくしかなかった。

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