08話 ~とある勇者の対決~
〇 ~主人公視点~
俺の目の前は、もう真っ赤になってた。
これは夕陽だけのせいじゃない。
たぶん、眼が真っ赤に充血しているから。
ようやく現状を自覚し始めた俺は、そのあまりにも強い怒りの感情のせいで、瞳から血の涙を流していた。
騎士たちに切り裂かれた村人たちは、ピクリとも動かない。おそらくもう助からないだろう。村長も、リウヒルくんも、死んだと思う。
ピンクの少女は、焼かれた民家から出てきた大人、子供、女性。一切の区別なく、矢のような魔法で全てを射殺した。
もう、大半の村人は死んだ。
人はわりと簡単に死ぬって、分かってはいた。俺自身、そうだったから。
けれども。だとしても。誰かを殺した人間が――誰かの幸せを奪った人間が、何の罰も受けずにのうのうと生き続ける事だけは許せない。
せめて一撃。その身に、罪を思い返せるだけの傷を刻み、そうして散っていった人たちと一緒にこの地で戦い抜こう。
あぁ。また、死んだな。俺は、黒と白の騎士に立ちふさがりながらも静かにそう思っていた。
予感はあったんだ。LUC:1の俺が、こんなに幸せに生きていけるわけがなかったんだ。
「――はぁぁぁあ!」
「あめぇよ」
俺の攻撃は、相手にとって時が止まっているくらい遅く感じているのか、一太刀も届かない。
手に持っていた木の棒は、名工が作り上げたであろうその剣で、真っ二つに切り伏せられる。
五秒後に、黒い騎士が左手に持っている剣を右手に持ち帰る。そうして一度フェイントを入れてから、右斜めに回転を入れつつ切り裂く。
俺の前世からの特殊能力で、先読みは出来ていた。
この力で、剣道大会でも勝利を刻み続けた。全日本ジュニアで優勝もした。
けど、そんなのただの『お遊び』だった。
「――ぁぁ!!!!」
躱しきれずに、背中に鋭い一撃を浴びてしまう。
重症とはいかないまでも、骨に届くほど深く斬られた。
痛い痛い痛い痛い。あまりに強い痛みは、脳がマヒして感じないっていうけど、そんな痛覚のギリギリを味わってしまったのか。俺が味わった中で一番の痛みだった。
今日は、ほんとになんて日なんだ。
腕は刺されて、胸は引き裂かれて。
そうして今、殺されかけている。
「アル!」
「分かってるよ」
追撃してきた白に、もう一撃。けれども迷いがあったのか、胸を突かれず、右足の腱を斬られた。
「――ああああああああああああああ!!」
それは、逆に残酷だ。
もう、いっそのこと殺して。
痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて。
倒れて泣き叫ぶことしかできない。
「……っ」
「余計なこと考えるな! レンの雑念がこっちに入ってくるんだよ!!」
なんでだろう。
二人とも泣いていた。
あぁ。そういえば。
人間の血は赤いって言っていた。今流している血は、まぎれもなく赤だ。
つまり、彼らは俺が人間だって、とっくに気づいてるんだ。
「――タバネ! 逃げて! お願いだから、逃げてくれぇ」
お父さんも、その場に倒れながらも大粒の涙を流していた。その顔は、あまりにも悲痛。もう握力もなくなっているのか、俺に伸ばす手は小刻みに震えていた。
泣かないでよ。俺は、そんな顔、見たくなかったよ。
そうか。全部、俺のせいか。
俺は、また間違えたんだ。
「……ロサ、アル。本当に、殺すのか。分かってるのか、この子人間だぞ」
「殺すわ。勇者ですもの。魔に与するものを許すつもりはありません。……そのためにまずは、魔王を殺しましょう」
殺す?
お父さんを、今ここで?
気づけば地面は、私や村の皆の血液で赤や緑に染められていた。まるで、抽象画のように。それは書きなぐった絵画のように。
ぴちゃりぴしゃりと、血の水たまりを歩む――勇者と自称する少女。
待って。
お願いだから、殺さないで。
「……タバネ」
「お、とう、さん」
お互い倒れたまま。伸ばす手は遠い。もう、本当にダメなの?
「知ってたよ。タバネには、別の人生を歩んだ記憶があるんだよね」
「……」
「それでもお父さんは、君の父親だ。そして、タバネは変わらない。優しいタバネのままだ」
「し、ってた、の」
「うん。でも、魂っていうのは。変わらない」
「……ぇ」
「君の心は、美しい。正しくて清廉で高潔で。……そんな君を、僕はまりたかった。ごめん、ごめんね。まもってあげ――」
血しぶきが舞う。
父の首は、胴と離れ。そうしてピンクの少女は、その手で父の首を持つ。
真顔で。何のためらいもなく、まるで作業のように。
「お、とう、さん」
死んだ。
終わったんだ。
俺も言いたかった。ごめんなさいって。
そして、俺の名と。それでもあなたの子供だったっていうことを。
ありがとうと。
幸せだったと。
「……さて、次はあなたですわ。王国の条例で魔族に与する人間は死刑と決まっていますわ。知らなかったのならお気の毒に」
「ココロは、とっくのむかし、にきまってる。ころ、して……」
俺は最後の力を振り絞り、正座の体制となる。
せめて最期くらい、昔憧れたかっこいい武士のように死にたい。
「驚いた。殺すには惜しいですわ。あなたの気高き魂に最大限の謝意をもって――」
少女は手を翳す。今しがた父の首をはねたように、魔法なのか手は黄色に光り、彼女の手のひらを覆った。
俺の二度目の人生は、こうして幕を閉じるのか。
もう、いっそのこと殺してほしかった。痛くて、辛くて。もう、心も体もボロボロだったから。
全てをあきらめ、瞳を閉じ。
そうして、全てが暗転するあの時の感覚を今か今かと待つばかりだった。
……。
………。
首を差し出し、死ぬことを覚悟していたのに、一向にその時は訪れなかった。
「目を開けないか。せっかくの美人が台無しだぞ」
俺の好きだった声が、耳の奥を揺らす。
カキンと、金属同士がぶつかりあった甲高い摩擦音が聞こえ、恐る恐ると目を開ける。
風になぜる長い銀髪が、くすぐるように頬を撫でた。少女は振り返る。あの日とまったく同じ表情で。
「……間に合わなくて、すまなかった」
☆ ~時姫視点~
「君らには、今すぐ【王国都市】に戻ってもらいたい。もちろんあのバカ三人に気づかれないように」
私は村を出たのち、周囲を探っていたとある『勇者御一行』を遠目から見つけてしまっていた。
特に厄介なのはロサだ。何も持たなければただの力のない小娘なのに、媒介を使うと化け物と化す。
彼女の才はそのすべてが魔法へと向けられている。
せっかくの『同郷』なのに、頭が悪いのと残念な性格だから敵対するばかりだしな。
だがアイツらは仕事が早い。夕刻には、この村は全滅させられるだろう。
そうなっては、多分あの少女もタダでは済まない。
それだけは、何としてでも阻止したい。
罪を、償いたいんだ。
「勇者様は、どうなさるおつもりですか」
「もちろん止める。でも君らには念のために書状を持っていってほしい。それに、君たちも勇者同士の争いに巻き込まれるのはごめんだろう?」
すこしピクリと反応する部下たち。
表情の読めない三人だと思っていたけれど、どうやら図星だな。
それに、こいつらは信用できない。
所詮、監視役だ。
「要するに、厄介払いというわけですか?」
三人とも同じような恰好。緑のローブに鉄の胸当て、鎖帷子。けれども一人だけ、目がぎらついたやつがいた。
それがこいつ。
名前もよく知らない。でもわかる。感覚で、だ。
こいつは割と強い。
「体よく言えばな」
「そうですか。だとしたら、私たちも引き下がるわけにはいきませんね」
……そういいながらも、向けてきたのは剣の切っ先。
敵対する気満々じゃないか。
くそが。この時間のない時に限って。
だから信用ならないんだよ。誰もかれも。
勇者といっても、人間ばかりに敵を作ってしまう私は、落第生だろうな。
「……お前ら、痛い目を見るけれど覚悟はあるかい?」
〇
「……二番目の勇者さん。いったいどういうつもりですの?」
「それはこっちのセリフだ。この子は人間。私たちが守るべき存在だ」
相対する二人の少女。どちらも幼く、しかしその眼は深く鈍く輝き、純真なる少女の瞳とは異とするものだった。
まるで汚いものを、見続けてきたみたいに。
「どういう経緯だったのかは知りません。しかし、その子は魔王の娘ですわ。殺すべきでしょう」
「……べき、とか。お前は神にでもなったつもりか。勇者が命をないがしろにしてどうする。それとも、殺し過ぎて命の価値もわからなくなったのか」
「おかしなことを言いますわね。あなたも勇者なら、魔に属する人間を幾人も屠ってきたでしょう」
「お前と一緒にするな。私は人間を殺したことなどありはしない」
瀕死の少女をめぐって、押し問答を続ける二人。血を流し続けながらもその場に姿勢正しく座り込むタバネは、薄れゆく意識の中、その会話を見守っていた。
「……こうして意見が違えることは多々ありました。けれども今回ばかりは笑い話では終わりませんわ」
ロサは腰に巻いていた小さなポーチから、血塗られた紙を複数枚取り出す。それは、魔法を使うための媒介。
今しがた魔王を討った魔法を、目の前にいる『勇者』に使うと意思表示でもしているのか、取り出した紙を銀髪の少女に差し出した。
「闘うのか?」
「……いいえ、一方的に殺しますわ」
きっぱりと答えたロサに、銀の少女はニヤリと笑い、自らの直剣を取り出し構える。
だがその表情は硬く、その笑みすらも余裕からではなく、『死ぬかもしれない』という最悪の想定を容易にイメージできた結果だろう。
「――ブレイブネク!」
九番目の勇者は叫ぶ。すると、言葉を交わすまでもなく勇者の騎士二人がまったく同じタイミングで駆けだした。
魔王と対峙した時のように挟撃する。
が、その戦法を知っていたのかそれとも察知したのか、銀の少女は白の騎士目掛けまっすぐ走り出した。
「ブレイブコネクト。九番目が持つ特別なスキル。厄介だが、弱点もある」
白の振りかざした剣と、銀の少女が薙ぎ払った直剣とが重なり合う。ギィンと甲高い音が木霊し、二人は鍔迫り合いとなる。
「アルフレッドは納得しているのか? 年端も行かない少女を殺して、お前の正義は本当に正しいと言えるのか」
「……黙れ。あまり僕に話しかけないでくれ」
ギギギと、お互いまったく譲らず、剣と剣は一切の動きを止める。二人は、まったく同じSTRなのかもしれない。
「私からみたら、その子は人より優しく、そして強い意志を持った女の子だ。悪の心などまったくない、純真そのもの。鑑定持ちのお前ならとっくに分かっているだろう」
「だから黙れと言っている。……これ以上、僕の心を乱さないでくれ」
白の力が、一瞬緩む。しかし黒い騎士が遅すぎるフォローに入り、その場にいる全員は、一度間合いを取った。
「……レン、お前」
「さっきアルも言ってたじゃねぇか。沸騰しそうなほど熱いお前の雑念が、めちゃくちゃに入ってくるんだよ。痛いほどに」
「そう、なのか。ごめん、謝るよ」
ブレイブネクは、AとBの意識や思念を繋げるものであるようだ。
最低限の言葉で息の合った攻撃ができていたのは、そのスキルによるものだろう。だから銀の少女はあえて相手をかき乱すような言葉を、リスクを背負いながらも放ったらしい。
「切り替えるぞ」
「そう、だね。僕らは、ロサのために剣を振ろう」
明らかに表情を変えた二人を見て、ッチと舌打ちする銀の少女。額から脂汗が流れ、いよいよまずいといった苦しそうな顔つきになる。
どうやら、銀の少女は戦う前から随分と疲弊しているようだった。加えて体力を回復させるアイテムすらない。
それからは、防戦一方だった。すさまじい速度でけん制する黒騎士の攻撃を、紙一重で躱し続け。だが、ロサの魔法により、逃げ道の選択肢をつぶされる。
そうして少女が行きつくであろう場所を白騎士は予測し、左拳で重い一撃を入れた。
喉を突かれることを避けるために両腕で首筋を守る。けれども、グギリと鳥肌が立つような効果音と共に、銀の少女の両腕はあらぬ方向へ曲がってしまった。
「――ぃ。ッくそ!」
普通の人間ならのたうち回るほどの痛みであるはずなのに、一瞬表情を歪めただけですぐさま臨戦態勢へと戻る。
だが落としてしまった得物を再び握れる腕はなく、ただ構えるのみになっていた。
「終わりですわ」
「あぁ。そうかもしれないな。まさか魔王じゃなく、勇者に殺されるなんて夢にも思わなかったな」
「……あなたは最弱魔王と闘い、敗れ殺された。そして私が、敵をとった。そういうシナリオにするつもりですわ」
「まぁ、そうだろうな」
「長かったあなたとの因縁も、ここでおしまいですわ」
「……だな」
銀の少女は周囲をきょろきょろと見渡す。そうして、その時になって初めて、自分が救おうとした赤い髪の可憐な少女がその場から消えていることに気づいた。
すると苦虫を嚙み潰したような険しい表情は、心底安心した優しいものへと一転した。
逃げてくれたか。そう呟き、あきらめたように臨戦態勢を崩す。
ロサは一歩前へと踏み出し、ポーチから一枚の紙を取り出した。
それは特別なものなのか、金色の洋紙に鮮血が塗りたくられていた。
「さようなら、日本の勇者さん」
彼女の手に収まっていた金色の紙は、まるで鳥のようなものへと変化した。神々しくも、どこか不気味さを覚えさせられる、金色の大鷲。
ピィィィ――っと鼓膜を突き破らんほどの甲高い雄たけびを上げながら、銀の少女へとまっすぐに。
「……長かった。ようやく、あなたのところへ行けますよ。行汰さん」
眼を閉じる銀の少女。
……。
…………。
「今度は、立場が逆になってしまったね」
「え?」
ヒヒィィンと鳴く雄々しい白馬に乗った赤き少女。今にも死んでしまいそうな、そんな苦しそうな表情でそう告げた。
銀の少女には、窮地に駆け付けてくれる白馬の王子にでも見えたのか。
それとも、恋焦がれた誰かとその姿を重ねたのか。
毅然とした態度ばかりだったその少女の瞳に、僅かばかり涙が溜まった。