07話 ~とある魔王の防衛線~
〇 ~主人公視点~
「何があったんだセシリー」
お父さんも、尋常じゃないことを察したのか店長に駆け寄る。そうして肩を貸して、落ち着かせるために木でできた椅子に座らせた。
「勇者がこの村に」
「……二番目か? それならさっきタバネから聞いた」
「ち、ちがうの! 九番目みたい! あなたも早くタバネちゃんと一緒に逃げて!」
勇者。あの子のことかと思ったけど、どうやらそうではないみたいだった。
二番目とか九番目ってことは、複数人いるのかな。
「そいつは今どこにいる」
「む、村の中央の井戸あたり。みんなを、無差別に……」
店長は私の顔を見るや否や、その先を口にすることをやめてしまった。
無差別に――殺している。
そういう、ことなの。
「今すぐ行く。セシリーはタバネと一緒に村から逃げろ」
「だ、ダメよ! あなただけは立ち向かったらダメ!」
「……僕には、使命があるんだ。この村の全員を守る、王としての使命が」
……王?
お父さんは、気になる一言を言い残して駆け出して行った。
「……」
「タバネちゃん。どこに行くつもりなの?」
私も、すぐさまその背を追おうとした。けれどもやっぱり、店長が私の手首を掴んでそれを引き留める。
「お父さんの、ところに」
「――ダメ!」
それは、そうだよね。けど逃げるとか、じっと待ってることだけは我慢できない。
Lv:1の私にいったい何ができるのか。そんなの、何もできないに決まっている。
分かってる。
でも、それでも私はいかないと。
「ごめんね、店長」
私は、行かせまいと力強く握る店長の手を、思いきり振り払って。そうして父の後を追うために、開けっ放しになっていた家の扉を駆け抜ける。
「――待ってタバネちゃん」と、悲痛な声が背に聞こえたが、迷いを振り払うために一度顔を左右に振り。
そうして全力で走った。
あぁ、そういえば前世もこんな感じだった気がするなぁ。
せっかく止めてくれた親友の静止も聞かずに飛び出して。
そして殺されたんだっけ。
〇
「あなたが、村長? それとも、魔王って呼んだほうがいいかしら」
「前者は違うけど、後者は間違ってないよ」
お父さん、いた。
店長の言っていた通り、今朝水を汲みに行った井戸の近くに父と数人のシルエットを確認できた。
「……今すぐこの村から立ち去ってくれないか」
「それは、聞けませんわ」
「僕たちは、平穏に暮らしたいだけなんだ。お願いだから、出て行ってくれ」
「魔王がそんなに謙るなんて。本当にここは変わった村ですわ」
――宿にいたピンクの人。それに、黒い人と白い人もいる。
私は咄嗟に近くの民家の陰に隠れてしまった。まさか勇者とかいうのが、あの人たちだったなんて。
いや、それは嘘だ。
何故だかわからないけれど、そんな予感はあった。ただ者じゃないっていうことも、知っていたし。
でもあの人たちが、村の皆を傷つけるとも思えないのだけれど。
それにしても、何を話しているんだろう。
「君は、魔族のことを何にも理解してないみたいだ」
「してますわ。人に仇名す人類の敵」
「まったく、何も理解してないじゃないか」
「……別に、知ろうとも思えません。私が勇者である限り、敵であることは間違いなのですから」
「勇者は、知りもしない相手を容赦なく殺すのか。それだと、どっちが魔王かわからないじゃないか」
「――黙りなさい!」
「黙らないよ。君たちは、いったい何人の魔族をその手にかけてきた。その魔族に、家族や友人、恋人がいなかったとでも思うのか」
「……『何人』ですか。人間みたいな数え方はしないでくさいます?」
「変わらないんだよ。人も魔族も。僕は、そのことを一番知ってる」
ピンクの人が声をあらげたから、少しだけ聞こえた会話。魔族、王、そして魔王。
お父さんが、魔王だっていうの。
私でも勝てるのに。
「話しになりませんわ。アル、鑑定を」
「あぁ、分かったよ」
Lv:35
STR:6
DEF:18
AGI:10
INT:40
MND:10
LUC:10
名前【ゼン】 適職【魔王】
加護【連撃C】 【不屈A】
「スキルもない、ステータスもそこそこ。やっぱり、例の最弱魔王だ」
「……ですか。これは打ち取ってもそれほどの手柄にはなりませんわね」
「勝手に話を進めないでもらえるか。僕は殺されるつもりもないし、ここの村人全員守り抜くよ」
「それは、土台無理な話しですわ」
「……?」
「だって。ここに来る途中で、かなりの魔族を殺しましたもの」
「……」
殺したって。今、そう言ったよね。
店長の言葉尻から、そんな気はしてた。でも、そんなことはないってどこかで決めつけてて。
……嘘、だよね。
「――ッ!」
お父さんは、一気に駆け出した。
武器も持たず、ただただ愚直に。
「お前らは!! お前らは、本当に人なのか? どうしてそれほど平然と殺せる??」
父は、村の中央で佇んでいたピンクの人に突進する。さっき見せてもらったバクとかいう魔獣が輝き、豪華絢爛な黄金の籠手となりお父さんの腕に絡みつく。
そうして振るわれた一閃は、あっけもなく黒い人の片手で止められてしまった。
「……それは私が『勇者』だから、ですわ」
「勇者という役職が、どんなことでも許される免罪符になるとでも思ってるのか!?」
「なりますわ。私たちは、魔族並びに魔王を殺すために神から力を与えられているのですから」
黒い人は、まるで子供をあやすかのように父の腕を持ち上げ、そうして力任せに放り投げた。
腕力で圧倒的に劣っているのか、父は成すすべなく吹き飛ばされる。
すぐさま白い人が追撃をかけ、納屋を壊して中にぶち込まれた父に鋭い人たちを浴びせようとする。
突き立てられた一太刀を、ギリギリのところで躱す父。
……。
父の素性は嘘だらけだとは思ってたけど、私との立ち合いで手を抜いていたわけじゃなかったみたいだ。
お父さんの拳から激しい炎が巻き起こる。きっとあれが、本来の魔法。
お父さんの武器はきっと、拳と魔法だ。
そもそもの土台が違う。この成長しない世界で、不得手の武器を扱っても何の意味もないことだから。
だからと言って、劣勢は明らかで。もう何大刀も、騎士たちの剣をその身に入れられていた。
「――倒れねぇな。さっき致命傷与えたはずだぞ」
「まぁ、それが不屈Aの効果だろうね。彼はきっと、大切なものを守るために闘ってる。死ぬまで向かってくるだろう」
「……なんで、俺は」
「迷うな。迷えば剣が。そして決意が鈍る」
「わぁってるよ」
白い人と黒い人は、息ピッタリに両翼から父に攻撃を仕掛ける。
まるで互いの意識を共有しているかのように。
「スキル【ブレイブネク】」
原因はあの子か。一歩下がった位置で、馬を叩く鞭のようなものを取り出し何かを唱えてた。
スキルって言っていたし、何か特別な能力を使っているのかな。
「――ッチ。やっぱ人の姿だとやりずれぇ」
「いや、それだけじゃない。あの魔王、次第に僕たちの攻撃を見切り始めてる」
「……はぁ? どういうことだそれ」
「つまるところ、戦闘中に『成長』してるってことだろうね」
「……いや、まさかだろ。この場に鏡の聖女さまでもいるってのか?」
「さぁ。どうだろうね。でも、時期に終わらせられる」
あと、一分後。
恐らく父は殺される。
挟撃を避けきれず、対の刃に胸を突かれて。
……覚悟を決めよう。私は、ここでの生活は嫌いじゃなかった。
むしろ、前世より何倍も幸福で。
――だから、ここのみんながいなくなるくらいなら、死ぬ覚悟だってできる。
物陰から意を決して飛び出そうとした、その時だった。
「――ゼェェェン!!」
「加勢に来たぞ!」
村長に、あれは鍛冶屋のテトルさん。リウヒルくんも。それ以外にも、ぞろぞろと何十人も。あぁ、よかった。村長さんたちは無事だったんだ。
何人もの村人が、手にクワやピッチフォークを持って父に駆け寄る。
「――ダメだ! 今すぐ逃げなさい!」
「そう言われて、引き下がれるか。俺はこの村の長だぞ。お前ばかりに負担はかけさせられな――」
「――ッフ」
一瞬だった。黒い騎士が後を振り向いたかと思うと、その斬撃が、村長の持っていた得物ごと、彼の首を引き裂いた。
「テメェェェェェェ!!」
隣にいた村人たちは、激高する。そうして、いましがたの店長の様に異形へと姿を変えた。
姿を変えていった村人を、バサリバサリと。まるで作業の様に、切り伏せる騎士たち。
死んでいく。
大切な人たちが、目の前で。
それを私は、どこか現実じゃないような。スクリーンの光景を見ているかのように、呆然と眺めていた。
「――やめろ! ……やめてくれぇ」
「――ダメ!!」
父は油断したのか、背後からすさまじい速度で迫る光る矢じりに気が付かなかった。
ぶすりと、お父さんのわき腹に刺さる。
ぶすり。ぶすり。
合計三発も、その身に受けてしまった。そして、役目を終えたと言わんばかりにその矢は霧散する。
ピンクの人だった。手には、真っ赤な液体で描かれた魔法陣ような紙が。
あれが、魔法なの。
……行け。
今行かないと、お父さんが死んじゃう。
――思い出せ。私は一度死んでるんだ。怖くない。
あの時の、記憶。感情を。
――『俺』は、例え死んでも守りたかったんだ。
優しい父を。大好きな村の皆を。
「――ぁぁぁぁああああ!!」
恐怖をかき消すために、大声で奇声をあげながら駆け出す。
ちょうどよく落ちていた木の棒を拾い上げて、そうして膝をついていた父にとどめの一撃を加えようとしていた黒騎士に突進する。
「――ッ、お前は」
LV:1の村娘に転生した俺は、最弱ながらも闘うことを選んだ。勝ち目なんてありはしない。
あぁ、この状況。前世で死んだ時とまったく一緒じゃないか。
人生は繰り返すというけれど、最期まで同じシチュエーションにしなくてもな。
「……お父さんから、離れろ」
「たば、ね? ど、どうして。早く逃げろ!!」
「ごめん、お父さん。それでも俺は、みんなと一緒に死ぬことを選ぶ」
愕然とした様子で、項垂れる父。それでも生きてほしかった。そうつぶやく声が、俺の胸をチクリと刺す。
「……容赦はしない。覚悟はとうに決めた。お前も、いいな」
「あぁ」
そう返事をした刹那。閃光のように振り下ろされた一撃が、俺の肩をかすめる。
間一髪で躱すことができたけれど、やっぱり基本スペックが違いすぎるんだ。
俺の数字が1だとしたら、相手は100。つまり100倍強いってことになる。
が、しかし。俺が斬撃を躱したのがあり得ないとばかりに、黒い人は目を丸くする。
「アル。こいつのステータス、もう一回見てくれ。加護も、スキルも最奥までだ」
「……あぁ。わかった」
Lv:1
STR:1
DEF:1
AGI:1
INT:1
MND:1
LUC:1
名前【タバネ】 適職【村娘】
加護【不屈A】 【予測AAA】 【好守A】 【集中B】 【察知AAA】 【工匠A】 【天眼S】 【聖書AAA】
スキルレール【赤】
スキル【キャラメイク】 【リステータ】
アビリティレール【剣】 【魔法】
アビリティ
「予測と察知のトリプルA。加えてどんな攻撃をも見切るって噂の天眼持ち。そりゃ俺の攻撃も躱されるわけだ」
「ありえないだろ。LV:1なのに、なんだこの数の加護。SやAAAばかり。それに、バイブルにないスキルまで。それも複数」
白い人は、顔を指で作った輪っかで俺の瞳を覗き込む。
が、気持ちを切り替えたのか、両手でその血に染まった白銀の剣を握りしめた。
「スキル持ちが魔族側にいるだけでも厄介なのに、それが見たことのないレアスキルを複数も持っている人間だなんて」
「ここで、確実に殺すぞ」
「……わかってるよ。最悪の気分だけれどね」