06話 ~とある勇者の殲滅戦~
〇 ~三人称~
「つまりこの村の住人は全員魔族ってこと?」
白の騎士は、真顔で問う。いつもの余裕がある表情は、既に消えていた。
「そう、ですわ」
三人は分かれて、しばらく村の周辺を探索した。そうして導き出された結論があまりに衝撃的だったのか、黒の騎士は黙ったまま顔を伏せていた。
この場所は村の入り口。
さびれた看板と共に、『ようこそ』と書かれた薄汚い聖女像がある。
その聖女像を、ロサは思いきり殴り。そうするとまるで砂の様に崩れ去り、そうして一枚の紙のみがその場に残された。
「魔法残紙。間違いなく魔族の結界がありますわ。どんな魔法なのかまでは知らないけれど」
「ここは、人間のフリをしている魔族の村か。まぁ、勇者に『倒されない』ためには得策だろうが」
「相手が悪かった、ね」
白と黒は、顔を見合わせる。努めて明るく振舞ってはいるが、その顔はやはり暗い。
理由は明確だ。
今しがたの少女を、今すぐ『殺さなくては』ならないのだから。
「いくぞ。これ以上、躊躇すると、きっと二度と前には進めない」
「……レン。待ってくれ」
「なんだアル」
白は大きく深呼吸する。そうして、やはりまだ気の迷いが見られる黒の目をしっかりと見つめる。
「君は、『倒されないため』と言った」
「あぁ」
「違うだろう。ここにいる人間モドキを、僕たちはすべて『殺す』んだ」
「……あぁ」
「行けそうか?」
「……当たり前だ」
勇者は、魔に連なる者を狩る。
その勇者に付き従うと決めていた二人には、既にその覚悟があった。
「まさか、こんな事になるなんて。すっかり騙されていました。魔族に対して少しでも感謝してしまいましたわ」
「……いや、きっとあの子の心は正しいよ。ただの善意で、僕たちを助けてくれたんだ」
そう言いながらも、白は腰に帯びた剣を引き抜く。
同じく黒も。
「……きっと、偽善者ですわ」
そう言い捨てるロサには、もう迷いはないように思えた。
相手が魔族と分かれば容赦はしない。
それが、勇者として培われた唯一の『教え』だった。
「アル。正面から行くのか?」
「あぁ。せめて、正攻法でいきたい」
「……久しぶりに、気が合うな」
「っはは。レンと気が合う日は、ロクでもない日ばかりだね」
そう言いながらも、白と黒は村へと歩みを進めた。もちろん、真正面から。
二人の後ろを、ロサもついていく。
日はいつの間にかに落ちかけていて。この国特有の、あまりにも鮮やかな夕陽が三人を照らす。
その姿は、まるで返り血を浴び続け。そうして決して拭い落とせない『赤』に染められたようだった。
「こんにちは。ここはパルネ村で――」
――シュトン。
まるで果物を真っ二つに切ったみたいな、そんな快活な効果音と共に、村人の首は黒の一閃により斬り落とされた。
勢いよく飛び出る緑色の血を、二人の騎士はあえて被る。
その身に、己の業を刻むかのように。
〇
「タバネには魔族のことばれちゃったし、ちょうどいいかな」
「ん? 何が?」
私は家でお菓子を作っていた。つい先ほど店長の様子を見に行ったら「おわびよぉ」と、たんまりと食材を貰った。
その中には、大きな街でしか手に入らないお菓子の材料もあって。
でも店長はそんなものをどこから手に入れたんだろう。お父さんの話が正しいのなら、村人全員この村から出られないはずなのに。
「魔族はね、成人になると魔獣を一体飼う決まりがあるんだ」
「……え、なにペット? だめだようち狭いし」
「いやいや、ペットじゃないよ! お父さんにも、ほら」
と言って、お父さんは軽くパチンと指を鳴らす。すると父の胸から、真っ黒な球体みたいなものが出てきた。
申し訳ないけど、かなり気味の悪い光景だった。
「この子はバク。基本的に僕の中で寝てる魔獣だよ」
「……そんな子知らなかったんだけど」
「た、タバネにはやっぱり色々隠してたから、ね?」
許して、と言わんばかりに頭を下げるお父さん。この調子だと、まだ隠していることがありそうだなぁ。
確かに私は村以外のことはほとんど知らない。だから、私の知っている知識はすべて、村人や時々来る宿屋のお客さまから教えてもらったものだった。
バイトし始めたのはつい最近からだし、客も少なかった。つまり十六年も生きてきたのに『この異世界』についてほとんど何も分からないってことになる。
まぁ、別にいいかな。
分からないことは、少しずつ知っていけばいい。
「そういえば、魔獣と一緒にいるってことは冒険者だってことも嘘なの?」
「……あ~、えっと。うん」
「もう。いいけど、だったらお仕事なにしてるの?」
「そ、それは。えっとぉ」
これはまたお茶を濁される感じかな。宿屋の一軒があって、一気に牙城が崩れてる感じだなぁ。
「もういいよ。……で、なんの話しだったっけ?」
「そう、魔獣だよ魔獣!」
水を得た魚の様に、話題を切り替えられると思ったのかお父さんは目を輝かせてはしゃぐ。
「タバネ。君には、絶対に盟約を結んでもらいたい魔獣がいるんだ」
「……その丸いのみたいなのやだよ?」
「バ、バクかわいいよ!?」
かわいいって言っても、ただ丸いだけの何かなんだけど。
そこらへんのボールのほうがよほど愛嬌があると思う。
「タバネには、A級魔獣であるユニコーンを受け取ってもらいたい」
「……え」
あの子が、『人間』が魔法を使うために必要だって言っていた。確かユニコーンだったはず、だけど。
あぁ、そして理解してしまった。
今日珍しくお客さんが多かったのは、そのユニコーンのせいか。
「ユニコーンは魔獣の中でも特殊でね。何故だか人間の『純潔の女性』にしか懐かないんだ」
純潔って。つまりは、そういうことだよね。
自分の子供に向かって、そんな恥ずかしいことをまったく動じずに言ってしまうのがお父さんだからなぁ。
分かってはいたけど。
「……仕方ないなぁ。分かったよ。でも、それってつまり馬だよね?」
「うん、馬だね」
いやそんなの、どうするつもりなの。
「そういえば魔獣と魔族って意思疎通できるの?」
「基本的にはできるよ。あ、でもユニコーンはちょっとむりかも」
「え、それどうするの。お父さんどうにかしてよ?」
「む、無理だよ! 相手はA級だよ?」
だよ?じゃなくて。そんな危ない代物を私に宛てがおうとしてたのですか。
「もうわかったよ。で、そのユニコーンとやらはどこにいるの?」
「…………庭?」
なんで疑問形。
というか、もしかしなくても脱走したでしょその子。
誰かに見られて、その噂を聞きつけた冒険者こんな田舎来るくらいだし。
「……それでね。そのユニコーンと一緒に、タバネには王都の学校に行ってもらおうと思っているんだ」
「学校? なんで急に」
少し前から思っていたけど、今日のお父さんはなんていうか『らしく』なかった。
優柔不断というか、なさけない雰囲気はいつも通りだったけれど。何故だか焦りみたいなのを感じた。
「タバネは、この何もない村にとって本当に大切な子供なんだ。だから、今まで外の世界のことをひた隠しにしてた」
「気にしてるの? もう別に怒ってないよ」
「ちがうんだ。タバネの言う通り、怖かったんだ。僕たちがタバネと違う存在だと気づいてしまって、君がいなくなってしまうことが」
「……」
いつにもなく、真剣な表情に私はただ黙ることしかできなかった。
窯の中に入れていたお菓子の、香ばしい匂いが漂う中でお父さんと向かい合う。
「でも、決心したんだ。タバネには、外の世界を知ってほしい。もしかしたら、僕たち魔族のことが嫌いになってしまうかもしれない。もう二度と帰ってきてくれないかもしれない。それでも、行ってきて欲しい」
「……そこまで、思ってくれてて。それでも?」
「うん。どうしようもなくこの世界は、不条理なんだ。そのことを知ってほしい。神様から将来の啓示があるのだから、本来は学校なんて必要ない」
「だったら、なんで学校なんて」
「いるんだ。『特別』な役割を担う人間が。学院都市アルサイユには『鏡の聖女』がいる。その子のスキルは、不特定多数の人間に変化をもたらすんだ」
……つまりステータスに、変化を与えてくれるってこと?
唯一不変のこの世界に。そんな存在がいただなんて。
「城塞都市ヴェーゼは、『愛の聖女』がいる。その子のスキルは万人を癒す。そして、その力で魔族と戦争してる。ヴェーゼは戦争の最前線なんだ」
戦争。確かに、知らないことばかりだった。聖女様がいて、神様みたいな存在がいるってことも知ってはいたけれど、具体的な話を聞いたのは初めてで。
嫌でも理解させられる。私が何も知らないという事実を。
さっきまで、別にそれでもかまわないと思ってた。
でも父の言葉は、私に確かな焦りを覚えさせた。
「魔族とは違って、人間は基本的に城壁に囲まれた『都市』でしか生活してないんだ。『聖女』や『勇者』が守る都市のほうが圧倒的に安全だから。もちろん、このパルネ村みたいな小さな村はたくさんあるけれど」
村に街、そして都市があることは知ってる。でも、私たちのような生活が、一般的だと思ってた。
いまのお父さんの言いぶりからして、村での生活はあくまでアブノーマルなんだろう。
きっとこの世界は人間にとって。思っている以上に、生きずらい。
「ね? 知らないことばかりでしょ。世の中には、知らないほうがいいことのほうが往々にして多いけど、それでもタバネは外の世界を知るべきだ」
「……私って、やっぱりじゃまなのかな?」
「――そ、そうじゃないよ! 村のみんな、タバネのこと大好きなんだ。だから、本心としてはどこにも行ってほしくない」
「……ごめん。今のはいじわるだったね」
外の世界、か。
村から出たことのない私にとって、そこは全くの未知の世界なんだろうなぁ。
どうしてかな。少し、胸がドキドキする。
自分の心臓の音が聞こえる。激しく、脈打っている。
こんな気持ち、久しぶりだ。
……ん?
「――外、なんか騒がしくない?」
「……ほんとだね」
ほんの少しではあったけれど、声が聞こえた。
叫びごえ、なのかな。
私たちの家は、村の中央から随分と離れたところになる。だから、周囲に家なんてないのだけれど。
「――タバネちゃん!」
「て、店長?」
バタンと家の戸をけ破るようにして現れたのは、汗だくになった店長だった。もちろん魔族としての姿ではなく、いつも通りの。
「どうしたんですか?」
「――今すぐ逃げて! あなただけでも、逃げて」
私に駆け寄り、もたれかかるようにして店長は抱き着いてきた。その顔は必死で、今まで見たことのないような表情だった。
私の袖を強く握りしめる店長の手は、震えてて。
どうしようもなく悪い予感を、私たちに与えてくれた。