05話 ~とある少女の憤慨~
緑色の血を塗りつぶすかのように、私の鮮血が舞う。
不思議と痛くはなかった。
でも、びっくりするくらい熱くて。冷たかった。
――ドサ。
大の字になって、その場に倒れる。どうやら少女の直剣が私の胸を割いたらしい。
「なん……で」
辛うじて保っていた意識。その中で、少女の絶望に染まった呟きが聞こえた。
どうやら、私は魔族とやらではないらしい。
そんなことは端から知っていた。十何年もこの体と付き合っているんだ。自分の血の色くらい知っている。
「おい、しっかりしろ! しっかり……してくれ」
ぼやけた視界に映るのは、真っ青な顔をした銀髪の少女。悲痛な顔をして、私の体を持ち上げる。
「……どうして私はいつも。――おい、早くポーションを!」
温度すらわからない液体が、私の体を濡らす。スーッと、制汗剤を使ったような心地のよい清涼感と共に、だるくて動かせなかった手足が、次第に元通りになった。
「……ん、い、たた」
ようやく痛みを感じた。ヒリヒリと、それでいて棘で刺されたような、そんな気分の悪い痛みを。
「おい大丈夫か!」
あ、また。
従者であろう冒険者が持っていたのは、先ほど黒い人たちがくれた最高級品のポーションだった。まさかこの人たちも持っていたなんて。
「――ッ、店長!」
頭がボーっとしていたけれど、血まみれの店内を見て我に返る。
ウググとうなり声を上げて倒れている店長を、私は抱きかかえる。「ごめんね、いたかったよね」と、ポッケから先ほど譲り受けたポーションを取り出し彼にかける。
「おい何をしてるんだ!」
「黙ってよ!」
「確かに君は人間だった。けどそいつは……」
「魔族とか何だとかは知らない。けど、それでも私にとっては店長だから」
白く発光したその液体は、店長の傷をあっという間に癒してくれた。
こんなものを作り上げてしまうのだから、愛の聖女はすさまじい人だ。
「あり、がと。ふふ、やっぱりタバネちゃんはタバネちゃんね」
いつの間にかに、その姿は私の知っているいつもの店長になっていた。
そうして大きな手のひらでゆさゆさと頭を撫でられる。
「あり、えないだろう。何なんだお前たちは。魔族と、人間なんだぞ。相容れるわけがない」
「確かに。人と、私たちの確執は大きい。でもね、私も今確信した。きっと共存はできるわ」
と、店長は私をぎゅっと抱きしめ「この子みたいな人もいるから」と続けた。
「ごめんね、タバネちゃん。私たち、あなたをだまし続けていたの」
「……ううん、いいの。別に、何かが変わったわけじゃないから」
言い放つと、店長は大粒の涙を流した。
「ほんとに、あなたはこの村の『宝物』よ」
私的には、すべてが大団円に終わったつもりだった。けれども青い顔のまま立ち尽くす銀の少女は違うらしい。
「は、はは。じゃあなにか、良い魔族もいて。人間のお前はずっとここで、そいつらと暮らしてたのか」
「うん。たぶん、そうだと思う」
今思えば、幼い頃いじめられていたのは、別にレベルだけが理由じゃなかったのかもしれない。
私だけが人間で、この村にとっては『異物』だったから。
「……そうか。言い切るのか」
「私、魔族とかそういう言葉知らなかったけど。でも、たぶん私たちと変わらないんじゃないのかな」
「だったら勇者はどうなる。何のために勇者は存在している」
「……私はね、勇者とかそんなのも知らない。けど、悪い人をやっつけて、弱い人を助ける『勇気ある人』が、勇者なんだと思うよ」
「……まさか。こんな田舎の小娘に、私の価値観を全否定されるとはな」
そう言葉にしたものの、銀の少女は出会ったときよりもさわやかな顔をしていた。いや、本来こんな柔らかい顔だった気がする。
前世でであった彼女は。
「帰る」
「……え?」
踵を返し、扉へと向かう少女。
「今回は見逃してやる。だがやはり魔族は敵だ。私の気が変わらないうちに避難することだ」
そういい残した少女は、足早にお店から出て行ってしまった。
まったくもって、今日は嵐のような一日だ。
○
「と、いうことがありました」
「は、はい」
私は家へと帰ると、お父さんを正座させて座らせていた。
母の命日だから、きれいなお花を買ってきたよ~と無邪気な顔で帰宅してきた父を、問答無用で怒鳴りつけて。
「私はとっても怒ってます。理由はわかりますか?」
「……魔族のこと隠してたから?」
「少し違います」
「村のみんなが、タバネとは違う魔族だから?」
「違います」
「お、お父さんがふがいないから?」
「それはあるかもしれない」
「え、えぇ~。教えてほしいな。タバネが怒っている理由」
分からないのかな。
「……何も言って、くれなかったから」
「え。そ、それは――」
「仕方がない? 違うよ。たぶん、怖かったんだよね」
図星とばかりに顔を伏せる父。
「店長がまったく別の姿になったとき、すごく驚いたよ。言ったらあれだけど、私から見たらすごく怖かった」
「……」
父は私の言葉に、さらに気落ちした顔になる。今にも泣き出しそうなほどに。
「でも、それがなんなの。いまさら嫌いになる訳ないよ。教えてくれなかったってことは、私を信じてくれてなかったってことじゃない」
「ち、ちが」
「ちがくないよ。それにお父さん。私にまだ何か隠してるよね」
「……」
うすうす気づいていたんだ。この村の違和感の正体は、さっき分かった。やさしい嘘だらけのこの村には、もうひとつだけ隠し切れない偽りがあった。
「私たち、本当の親子じゃないよね」
「――そ、それは」
父はさっき、口を滑らせたんだ。『村のみんなが』って。つまりお父さんも魔族ってことになる。
「正直に、言ってほしい」
「……そのとおり、なんだ」
やっぱり、そうなんだ。
父は顔をしかめて、まるで死刑執行される直前の死刑囚のような顔をしていた。断罪されるのを、待っているかのような。
でも、嘘をついていたのは父だけじゃない。
私も、とても大きくて決していえない『嘘』を抱えていた。
いい機会かもしれない。
「タバネはね、信じられないかもしれないけれど泉のほとりにいたんだ」
「え? それって、捨て子ってこと?」
「正直わからない。でも、五歳くらいだったタバネは、ピクリとも動かずに、そこにただ立ったままだった」
五歳、くらい?
小さいころの記憶は確かにないけど、そんなことって。
「僕が声をかけても、しばらく死んだ人みたいだった。ようやく喋るようになったのがその一年後くらいかな?」
「つまり、どういうこと?」
「うん。お父さんにも分からないってこと」
そ、そんなばかな。抜けているとは思っていたけど、一切事情の分からない私を今まで育ててきてくれていたなんて。
お人よしが過ぎるよ、お父さん。
「でも、そんなタバネだったけどお母さんは溺愛してた。子供、いなかったしね。それでタバネが人間の子だって分かって。お父さんとお母さんの力で、村の人を人間らしく見せる結界を張ったんだ」
「そんなすごいことできるの?」
「あぁ、うん。そして、村人全員と協力して、タバネを育てた。バレないように、外の世界とのかかわりを断って」
そっか。そうだったんだ。
私が世界に対して無知なのは、そう育てられたからなんだ。
「――そういえば私って、どうして魔法が使えるの?」
「そ、それは分からないよ。魔族だって、魔獣の力を借りないと魔法は使えない」
分からないのかい。ますます謎は深まるばかり。もしかして、私が『転生者』であることとなにか繋がりがあるのかな。
「でもきっと、タバネは特別な存在なんだと思うよ」
「そんな。私は」
「きっといつか、魔族と人間をつなげて結んで、束ねてくれる。そう信じてる」