04話 ~とある勇者の魔族討伐~
さんざ店を荒らした四人組の冒険者は、何も言わずに宿屋から出て行った。カウンターの椅子は倒れて、料理も無茶苦茶に散らばっていて、まさに嵐の後の店内となっていた。
「すみません、お騒がせしました」
店長と共に、お店に残ったお客様三人に謝罪し。そうして私は、箒を片手に散らかしてしまった店内を片付けようとしていた。
「いえ、かまいません」と、まるで感情のない様子の三人は、そう告げてから食事に戻る。その時にカランと鈴を鳴らしてお店の扉を開いた人がいた。
「いらっしゃいませ」
私は顔も見ずに、条件反射でつい頭を下げる。
ふわっと蜜のような、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。それだけで来店者が女性だということが分かった。
「……なんだこれは。このお店は世紀末なのかい?」
高い声をわざと低く、威厳を持たせようと無理をした感じの声。
どうしようもないほどに、聞き覚えがあった。
まさか、ね。
そんなこと、絶対にありえない。
「どうしたんだい?」
頭をあげるごとに見えてくる女性の姿は、まるで前世に焼きついた思い出。
意を決して、『この子』の顔を見た。
「……なにをボケっとしているんだ。私は客だ。ちょうどそこにいる三人は、私の部下」
レースのあしらわれた真っ赤なスカート。黒いスパッツのような、細かい花の細工が施されたズボン。
ゴシック調の黒の上着。小さな体躯にあいまって、まるで人形を着飾ったかのようだった。
その真紅の瞳は息が止まるほどの美しさ。
雪の様に白い銀の髪は、床についてしまうほど長い。
見間違えるわけがなかった。
私の脳裏に染み付いた、最後の記憶。
「……ちょ、タバネちゃん」
ぼーっとしていた私を気遣うように、店長が私の肩を優しく叩く。
「――! 申し訳ありません。お荷物お持ちします」
「……ん、いやいい。こいつらに持たせるから」
と、手に提げていた小奇麗な鞄と腰に巻いていた細長い直剣を、すぐさまテーブルから立ち上がり跪いていた冒険者に手渡す。
「それより喉が渇いた。水をもらえないかい」
「は、はい。ただいま」
私が命を賭して助けた少女が、何故だかそのままの姿でそこにいた。
いや違うか。あの時より随分と成長していた。
今の私と同じ年齢くらいかな。
「はぁ~い。お・み・ず☆」
すぐさまカウンターの奥で水を水差しに注いできた店長が私に手渡す。
それを受け取り、カウンターに置かれていたグラスと共に急いで銀の少女が腰を下したテーブルに。
「お待たせいたしました」
「あぁ、ありがとう」
私がグラスに注いだ水を、上品に飲み干す。
やっぱり似てる。
いや、似ているなんてものじゃない。まったくの同一人物だと思う。
そういえば、考えたこともなかった。
この世界が『何』で、どうして私がここにいるのか。
この子は、異世界に転生した私と違って。
異世界に転移した存在なのかな。いや、でもまさかそんなご都合主義がまかり通る世界なのかな。
……いや、考えてもどうせ分からないのだから、どうでもいいかそんなことは。
「ん……やっぱりぬるい。久しぶりにキンキンに冷えた飲み物が飲みたいものだ」
グラスを持って、少しため息をつく銀の少女。
そういえば、冷やすのを忘れていた。
「失礼します、お客様」
私は水差しに両手をあてがい、心の中で念じる。
冷たくなれと。
スーっと冷気が充満して。水差しの水は、凍るまではいかないけれどかなり冷たくなったはずだ。
一番得意な氷魔法も、魔力も1である私にとって水を冷たくする程度が限界だった。
が、しかし。
そんな私を、まるで幽霊でも見たかのような表情で見つめる銀の少女。
「……君、今何をした?」
「すみません。お水を冷たくさせていただきました」
と、少女はすぐさま水差しをグラスに注ぎこみ。そうして同じように飲み干した。
「つめ、たい。君、媒介を持っているのかい。どうしてこんな村娘がそんな高級品を」
「ばい、かい?」
「……? 魔法を使うためには必要だろう。まさか、知らないのか」
言っている意味が分からなかった。
そういえば、私以外が魔法を使うところなんて見たことがない。
お父さんに『村人以外に決して見せてはいけない』と、くぎを刺されていたことを、今になって思い出す。
もしかして魔法って、私の知っている便利なものとは、違うのかな。
「魔法を使うためには、ユニコーンの背に跨るか、『魔法の聖女』が作った媒介を使うかの二つしかないだろう」
ユニコーン?
魔法の聖女?
さも当たり前のように銀の少女は言う。
でも私には本当に訳が分からなくて。
「……この村は、どこかおかしいとは思っていた。あぁ、次第に分かってきた」
と、少女は冒険者に渡していた直剣をもぎ取り勢いよく鞘を抜き取ると、切っ先を私の喉元に近づける。
「君は、本当に人間か?」
「え?」
「魔法ってのは貴重でね。聖女がもつ特別な力を借りるか、魔獣が秘めてる魔力を使うしかない」
あぁ、そうか。お父さんが私が働くことに対して熱心に反対していたのは、私が世界にあまりに無知なのと。
何か特別な事情を隠すためだったんだ。
「だがね。魔族は違う。人間と違い魔獣に好かれるアイツらは、魔獣と盟約を結べる。そうして魔法が使えるようになるんだ」
「――っちょ、お客さまぁ! 困りますってぇ」
店長がカウンターの奥から走って来て、仲裁に入ってくれる。
「……君も、おそらく人間じゃないな。私は察知AAを持ってる。うまく擬態出来てはいるが、やっぱり根本が違うんだ」
「…………」
「……てん、ちょう?」
押し黙る店長。その顔は、何か事情を知っていて。それでいて銀の少女の言っていることが、図星だといわないばかりに顔を伏せる。
「あなた、一体何なの?」
その口調は、いつもと違っていた。ドスが効いたその声には、いつもの店長の優しさは感じられなかった。
「勇者だ。まぁ、二番目のな」
「――っ。タバネちゃん、急いで君のパパを呼んできて。そして、あなただけは逃げて」
「お父さん、を? え、なに。なんなの」
「逃がすと思っているのかい?」
いつの間にかに、護衛であろう冒険者が三人で私たちを取り囲む。
「……お願いがあるの。タバネちゃん、少しの間目をつぶってくれる? 私、あなたには嫌われたくないの」
店長が、そう言う。
だが、私が目を閉じる前に、私の知っている店長は、もう目の前にはいなかった。
般若のようなひどく醜い顔。体の表面は赤く、その体は湯気のように熱い熱気を放っていた。
それが店長であるということを理解するのに、随分と時間がかかった。
「やっぱり魔族か。さしずめここは、魔族が人間に擬態した姿で暮らす『気持ちの悪い村』といったとこか」
「――ウガァァァァアアアア!!」
血よりも赤く染めあがった店長は、右腕を振り上げ奇声を放ちながら少女に襲い掛かる。
しかし。
あっけなく切り伏せられ、緑色の血が店内に飛び散った。
「魔族と人間の違いは多々あるが、君たちの様に擬態している場合はこうして血を出させるのが一番手っ取り早い。人は赤で、魔族は緑だ」
その場に蹲る店長。「ウガガ」と、何かを言っている。
分かるよ。きっと、必死に『逃げて』と言ってくれている。
「さて、『君の血の色』は何色だい?」
そうして緑色に染まった剣先を私に向ける。
標的を、完全に私へと移したようだった。
「いいのだよ。今しがたの彼のように、本性を見せても。それとも何かい? 君の可愛らしい姿が魔族の様になってしまうのが嫌なのかい」
「……ぅる、さい」
「っは、そんなわけないか。所詮、魔族は魔族だ。その醜い姿も、君ら自身だからね」
「――うるさい!」
先ほどとは違って、嫌味っぽく饒舌に語る銀の少女。たぶんだけど、魔族とかいうのに相当な恨みを持ってるんだろう。
でも、それがどうした。
店長を傷つけていい理由には、一切ならない。
「帰ってよ、もう」
「帰らない。この村の魔族すべてを殺すまで」
「殺して、何になるの」
「私は勇者だからな。魔族と魔獣と、そして魔王を殺す義務がある」
「何も、悪いことをしていないのに、それでも殺すの?」
「あぁそうだ。魔族は、かつてから人を殺してきた。だからすべてを殺さないといけない」
「だったら人間は、どうなの? 誰かを殺したことが誰かを殺していい理由になるのなら。この世界は、きっと悲しいものになる」
「すでに悲しい世界は誕生している。だから私が救うんだ。勇者だから」
「あぁ、そう。でも、きっとあなたが救った世界には、エゴと欺瞞が満ちている」
「……面白いことを言う」
そう言ってから、直剣を構える。
避けないし、立ち向かわない。その一撃を、すべてこの身で受けてやる。
「君は、私の恩人に似ている気がする」
「そう。私も思ってた。あなたは私の大切な人に似てる」
これは、運命だったのかもしれない。
彼女はきっと、神様が遣わした、私の『死神』。
「……きっとあなたも、その恩人も『偽善者』だ」