02話 ~とある少女のアルバイト~
「お待たせしました、エールでございます」
躊躇する暇もなく私は着替え、店長が適当に注いだ並々のお酒を冒険者一行へ運んでいた。
木の独特な、心地よい匂いがする場所だったそこは一転して男臭く、かなり汗臭い場所に変わっていて。すこしだけ顔をしかめてしまった。
「……え? ぅっひょぉぉ!! コイツぁ驚いたぜ」
お客様は全部で九人。四人の団体様が最奥の丸テーブル。三人は玄関付近、そして二人はカウンターに座っていた。
一番ガラの悪い最奥へと配膳しに来たのだけれども、相手の男たちは私を見た瞬間に目の色を変えた。
「んな田舎に……いやぁ、たまには趣向を変えたクエスト受けるもんだなぁおい」
いやな予感がしたからお酒を置いて足早にその場を離れようとした。――けれども「待てよ」と、スキンヘッドの冒険者が明らかにいやらしい目つきで私の手首を掴む。
「――ッ!」
ビックリしたけど、下手に嫌がってはいけない。
あくまで接客業なんだから。
私が男の時は何にも思わなかったけれど、やっぱり男性って女の子からしたら怖い。大きいし、無駄に声はでかいし、何より力が強いから。
「……追加のご注文でしょうか」
そんな訳あるわけないと分かっていながら、顔を引き付けながらそんな質問をする。
「ッチげぇよ! わかんだろぉ?」
ですよね。
げっへっへと、ずいぶんと下卑た笑い声で私に詰め寄る。立ち上がり、掴んでいた私の腕を思いっきり引き寄せる。
『STR:1』の私にはどうしようもなくて。完全になされるがままになっていた。
こういうことは、今までなかったわけではない。最近始めたこの仕事だけれど、むしろ茶飯事だった。
もうほとんど覚えていないけれど、私が前世で死んだときに、美少女に生まれ変わりたい~みたいなことを願った記憶が微かにある。
こんな目に多く会うのは、そんな私欲まみれのお願いを神様がかなえてくれたってことだよね。
……嬉しいやら悲しいやら。
「――やめろ屑ども」
と、頭の中でいろいろと考え事をしていたらカウンターに座っていた一人が立ち上がり、そう言い放った。
漆黒のローブに黒のブーツ、金の刻印が描かれた黒のプレートに、黒い瞳、黒い髪。
中二病?って思うほどに真っ黒な男の子だった。
歳は、たぶん私と同じくらいかそれよりも若い。
「んだとガキぃ! およびじゃねぇんだよ」
「……その子の手、放せよ」
あ、私を助けようとしてくれているのか。
なんかこれって、よくあるシチュエーションだよね。まさか私がヒロインみたいな役どころになるなんて、人生分からないものだなぁ。
「――まじなんなんだよお前。言っとっけど俺のレベルは15だぞ!?」
意外と低い。
でも、店長が言ってたっけ。
確か、この世界の平均レベルは10に届かない。普通より少し強い……て感じかな。
四人パーティなところも、個々のレベルの低さを補うためだろう。
「はぁ? あんま言いたかねぇけど、それ自慢できねぇぞ」
黒の騎士は、心底驚いたようにそう切り返す。
今の口ぶりからして、この男の子はそれ以上のレベルなんだろう。
「――ッ!! 殺す。今すぐ殺してやる!! 外出ろやァ!!」
激高するスキンヘッドの冒険者。パーティメンバーであろう他の人たちは傍観するようにご飯を食べていたけれど流石に頭に来たのか一緒に立ち上がった。
冒険者は、基本的に気が短い。
この人たちも例に漏れずってことだろう。
と、思ったけど「……まぁまぁ、少し落ち着いて」と、黒に騎士の隣に座っていた男性が立ち上がり仲裁に入る。
黒い人とは対照的に、この人は真っ白だった。
金色の文字が描かれたプレートに、白いブーツ。金色の瞳に、白みがかった金髪。なにより、男の人にあまり興味のない私でさえうっとりするほどのイケメンさんだった。
長身でスラっとしていて、垂れ目なところが温和な雰囲気を醸し出している。
「このお店に迷惑かけちゃうし、そこの可愛い女の子もおびえちゃってるしね」
と、私にウインクする白い人。
なんだろうか、この人少しちゃらい。
「だぁかぁらぁ、表出ろっつってんだろ!」
「ん~、だとしても君らが痛い目見るだけだろうし。それに時間の無駄だよ?」
「――はぁぁぁあ!?」
仲裁に入るかと思ったら、まさかの油を注いだだけ。
まったく冒険者って人たちは。
みんなお父さんみたいに温厚ならいいのに。
「僕、加護【鑑定A】持ってるんだ。レベルとか全部見えちゃうわけ。君たちのレベルだとレンにはどれだけ束になっても勝てないよ」
白い人は、そう興味なさげに黒い人を指さしながら言い捨てる。鑑定の、しかもAだなんて。この人、いったい何者。
私はこの世界についてあまりにも無知。村から出たことないし、知ろうとも思わなかった。
でも世界のシステムについては、十数年生きてきたのだから何となく知ってる。
人には神様から加護が与えられてる。言わば特殊能力だ。
鑑定は、そんな加護の中でも特別で、人のステータスを盗み見ることができるらしい。
「こーやってよーく見ると君たちのステータスも加護も見え……」
と、指でオッケーのジェスチャーを作ったかと思うと、それを覗き込む白い人。初めて見たけど、鑑定ってあんな簡単にできるんだ。
四人を凝視ししていた白い人だったが、私のところでピタッと止まった。
「……は?」
今までの美声とは異なる、素っ頓狂な声をあげた。
「え?」と、私。
「Lv:1に、すべてのステータスが1、なんだね君」
あぁ、そんなことですか。
そんなのもう言われ慣れている。
「そうですけど」
「いや違う。差別してるわけじゃないんだ。あり得ないんだ、すべてが『1』だなんて。レベルは1上がるごとにステータスが1伸びる。レベル1でも人には平等に、『信じる神さま』から60の数値を頂ける」
えっと、つまりどういうことなのかな。
普通は、Lv:1でも、STRやDEFが10はあるってこと?
……あぁ、そういえば。
あまりに興味なくて何も思わなかったけど、この村にいる同じLv:1の人。確かに私みたいにすべてのステータスが1ってわけじゃなかったっけ。
さっきまでのさわやかな雰囲気は一転し、真剣に考えこむ白い人。だがそんなことは心底どうでもいいスキンヘッドの冒険者は、待ちきれずに黒い人に食って掛かっていた。
腰に着けていたサバイバルナイフのような形状の短刀を引き抜いて、駆け出し一気に距離を詰める。
さっき言われた束になっても勝てない、っていうセリフが気にくわなかったのだろう。単身で突撃していた。
が。
まるで未来が見えているように紙一重で鮮やかに躱し、足を引っかけ転ばせる。勢い余ってずっこけたスキンヘッドの手を思いきり踏みつけ、そうして手放した短剣を蹴飛ばす。
強い。動きに全くよどみがない。
少なくとも、お父さんよりかは高レベルだ。
白い人が言っていたことは、嘘ではなかったってことだろう。
「――こっち向けやオイ!」
「こら、やめなさい!」
と、黒い人に見入っていたら事態はより悪化していた。
瞬殺されたスキンヘッドの仲間たちが、どこから連れてきたのか小さな女の子を手首を掴み動けないようにしてから千枚通しのような尖った鉄を少女の首にあてがっていた。
「――お嬢!!」
声を荒げたのは白い人。黒い人も同様に驚いた様子だった。
お嬢とよんでいるのだから、二人の雇い主なんだろうか。
ピンク色のふわふわとした髪に、高貴なドレスとでも言い表したいいのだろうか。あまりに場違いな真っ白の衣服を身にまとっていた。
そして小柄なのにおっぱいが大きい。
捕まえている冒険者たちも、そこにくぎ付けだ。
「オイテメェら、汚ねぇ手でその子に触れてんじゃねぇぞ」
「あぁあ? お前立場分かってんのか殺すぞ」
その殺す、という言葉は彼らに向かって言った言葉ではない。もちろん、今人質になっているピンクの少女を指している。
二人に先ほどまでの余裕はなく、ぐっと顔を顰める。
その時、私は過去を思い出していた。
あぁこんなこと、前世にもあったなぁと。
そうして私は死んだんだ。
「おい、止そうじゃないか。今までの非礼は詫びるよ」
白い人がなだめるようにそう言うが、事態は収まらず。
完全に頭に血が上っているこの人たちには届かなかった。「うるせぇ動くな!」と、凶器を少女にさらに近づけ、少女の首からツーっと鮮血が垂れる。
「私のことはかまわないわ。レン、やりなさい」
「……構うに決まってんだろ」
黒い人は腰に下げていた黒い剣を捨てる。
そうして自分が無抵抗であるということの意思表示なのか、両手を挙げた。
……いけない。
もとはと言えば、私のせいだ。
私が、どうにかしないと。
「……」
カウンターの奥でぶるぶる震えている店長を一瞥する。と、それだけで分かってくれたのか、両手で大きく丸い輪を作ってくれた。
少し手荒にしても大丈夫っていう合図だ。
「――のやろぉが!!」
いつの間にかに目を覚ましていたスキンヘッドに、思いきり殴られる黒い人。そうして吹き飛び、寝転がったところを何度も蹴られていた。
防御すらしない、まったくの無抵抗で。
私を助けてくれた時点で分かってはいたけど、この人は、ビックリするくらいいい人なんだろう。
私は、偽善は嫌いだった。可哀そうなものを見る眼で、色んな人から何度も助けてもらった。その実、私をさげすんでいたくせに。
けど生まれ変わって、いつの間にかにそんな考えは変わっていた。
傍観して何もしない善より、偽善のほうが百倍かっこいい。
「――ッ、何してんだこのアマァ!!」
ケタケタと笑いながら黒い人をいたぶる姿を見ていた男たちから、私はそっと腰に下げていた剣を盗んだ。その数ざっと五本。
あともう少しのところだったんだけど、さすがに気づかれてしまった。
でも、もう大丈夫だ。残る凶器は、あの千枚通しだけ。
「――っこぉの!!」
っと、小太りの男が私に向かって突進してくる。私のレベルが1だと聞いて完全に油断しているんだろうけど、そう甘くないよ。
黒い人の動きをまねて、躱して足を掛ける。
転ばせ、すぐにターゲットを切り替える。ピンクの人を人質にしている冒険者は、あてがっていた鋭い太い針を振り上げていた。
そうして振り下ろし人質を突き刺す。――っていうことは、予測していた。
私は思いきり跳躍し右腕を伸ばし、少女の首にそれが刺される前に自分の腕を犠牲にした。激痛が私を襲う。焼けるように痛くて、今にも泣きだしてしまいそう。
けど、死んだときの痛みに比べたら……耐えれる。
手首に刺さっているそれを引き抜き捨てる。ドバドバと血が流れているけれど、アドレナリンドバドバなせいか、体は軽い。
私は身を翻して冒険者たちに向かい合った。
みんな一様に唖然としていた。けど白と黒の二人は違ったみたいだ。
お嬢と呼んでいたピンクの人の身の安全が確保されたと見るや否や、私の何倍もの速度で駆け出し、粗暴を働いた冒険者四人を瞬殺した。
いや、殺してはいないし武器も使ってはいないけど、瞬殺という言葉が一番適切だと思う。
Lv:1の私とは、それこそレベチってやつだった。
「――おい! 傷見せろ!」
と、黒い人が私に駆け寄る。その場にへたり込んでしまった私の右手を掴み、静かに「すまねぇ」と呟き彼が腰に巻いていた道具袋から白銀のポーションを取り出した。
「これ使え」
「――い、いただけません! そのような高級品」
それは、霊薬にも等しい一級品の代物だった。
美しい細工が施された小瓶に微かに発光している液体。入れ物だけでも何Gするか分からない。
「いいから受け取って。本当にごめんね」
と、白い人が黒い人からポーションを取り上げ、私の傷口に垂らす。
すると見る見るうちに痛みが引いて、いつの間にかに傷口もふさがっていた。
「傷、残ってしまうかも。こんなにも美しく可愛らしい少女の身に傷をつけてしまうなんて、僕はなんて無力なんだ」
「うぜぇどけ」
と、今度は黒い人が白い人からポーションを奪い。そうして四分の三以上余っている小瓶を私に差し出した。
「やる」
「……傷は治していただきました。これ以上は本当に」
「――いいから受け取っとけ! ったく、無欲なやつ」
そうして押し付けられたポーションを、私は受け取ってしまった。
これ、本当にいくらするんだろう。お父さんの一年分の稼ぎくらいじゃないかな。
冒険者がたまに来るこの宿屋に勤めてから知った。
この世界における回復アイテム『ポーション』は一人の人物しか作り出せないらしい。
特別なスキルを持った、『愛の聖女』と呼ばれる人物。それにこれは、その中でも最高級品だ。
……加護【鑑定】といい、こんなバカげたアイテムと言い。さっきの常人離れした強さといい。
この人たちは、いったい。
そして。
「本当に、申し訳ございませんでした」と、ピンクの少女が私に抱き着きながらそう言った。
そんな人に守られているこの子は、いったい何なのだろう。