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01話 ~とある少女の誕生日~

 

 「お父さんってさ、いっつも棒切れ振ってるよね」


 私の村にも、ようやく温かい季節が来た。緑は生い茂り、陽は燦燦と照り付ける。そんな中、私のお父さんは相も変わらずに、汗をきらめかせながら丸太の様に太い棒を懸命に振るっていた。


 「あぁ。そうだよ。いいかいタバネ。人は努力した分だけ変われるんだ」

 「……うん」


 そんなことは、あり得なかった。

 私たちのレベルは、絶対に不変。


 どれだけ努力しても、私たちは世界の作ったルールにはあらがえない。そんな当たり前のこと、お父さんもわかっているはずなのに。


 それでも父は、その棒切れを振るうことをやめはしなかった。


 「タバネ、だからお前も……努力という言葉を忘れないでおくれ」

 それは、父の口癖だった。


 私たちの能力はステータスという形で数値化されている。これは、あらかじめ決められていて決して伸びはしない。

 神から授かった私たちの力は、唯一にして不変。だから努力なんて言葉は、この世界にはありはしないのに。


 それでも父は、その棒切れを振り続ける。

 この世界に抗うように。


 「うん。分かったよ」


 私のステータスは、この世界において最底辺。


 そんな私を気遣っているのか、それとも認めたくはないのか。人は変われると、父は毎朝のように言い続けていた。


 Lv:1


 STR:1


 DEF:1


 AGI:1


 INT:1


 MND:1


 LUC:1


 与えられた名は『タバネ』、与えられた職業は『村娘』。


 この世界は、残酷なほどに能力主義で。加えて自分がなるべき仕事も、あらかじめ決められている。私は、このパルネ村に来た人を持て成し、この地で一生を過ごす『運命』にあるらしい。


 そうしてこの村にいる誰かと結婚して、子を成して。

 年老いて死ぬまで、私は一生この場所に縛られ続ける。

 そんな人生に、意味なんてあるのかな。


 こんなことなら、日本にいた前世のほうがまだましだったのだと、そう思える。


 「タバネ」


 私の名を呼びながら、父は木でできた一本の模擬刀を放り投げてきた。

 それを私は目視せずに、空中で受け取る。


 「今日も、立ち合いをお願いしたい」


 「うん、いいよ。ぼこぼこにしてあげる」


 これも、いつものことだった。


 私の腰ほどある長い赤髪を、風が撫ぜる。


 若草が生えていた裏庭は、私たちがいつもこうしてチャンバラしているから、そこだけ禿げて砂の地面地面が顔を出していた。


 父は棒切れを構える。その姿は凛々しく、すごく『様』になってる。

 だけど。


 「――っふん!」


 私は一直線に振るわれた父の一撃を軽くいなして、模擬刀でその棒切れを思いきり叩き。そうしてバランスの崩れた父の頭に、軽くコツンと刀をあてがった。


 「っはは! やっぱりタバネは強いなぁ」


 「いつも言ってるでしょ。大切なのは間合いなんだって」


 「うん、ごめんごめん。お父さん、全然『成長』しなくて」


 それは、仕方ないことだ。


 努力と同様、成長といった言葉もこの世界にはありはしない。ただ人や植物などの背丈が伸びることのみをその意味とする。


 「……タバネを見てると、本当にうれしく思うんだ」


 「どうしたの、急に」


 「実はね、タバネがLv:1で、この先にどれだけの困難があるんだろうって。タバネの今後を憂いて泣いてた」


 「……うん」


 「確かに最初は失敗ばかりだった。料理も洗濯も。誰もそこから何も学ばないし、決して上手になることなんてない。でも、タバネは違った。」


 今日の父は、少しだけ饒舌だ。


 それは、今日が私の誕生日で。――そして母の命日だからだろうか。


 「タバネは、僕の希望なんだよ。生まれてきてくれて、ありがとう」


 その言葉に、私は少し罪悪感に苛まれた。

 違うんだよ、お父さん。私は日本っていうところで、生まれて死んだ。どうしようもない出来損ないの『転生者』なんだ。


 そんな一言を、言えるはずもなく。


 「……うん」

 私はただ、頷くだけだった。

 

     〇

 

 「タバネ! 16歳の誕生日、おめでとう!」


 「タバネちゃん、日に日にべっぴんさんになるねぇ。私の若いころにそっくり!」


 「なぁにいってんだ。似ても似つかねぇべ。ほんと、タバネはこの村の宝だべさ」


 父と一緒に朝食を済ませた後、いつも通りに村の中央にある井戸へ水くみにやってきていた。麻で出来た薄茶色の服に、割烹着に似たエプロン姿のまま、私は小一時間ほど村人たちに捕まっていた。


 誕生日を祝ってくれるのはとっても嬉しい。


 けれどさっきよりもどんどんと人数が増えていっていると思うのは、気のせいかな。

 この調子なら村人全員と会うことになりそうなんだけれど。


 「――タ、タバネ!!」


 「あ、リウヒルくん」


 同じ歳の、唯一の男友達であるリウヒルくんが、何故だか緊張した面持ちで村人たちの中を掻きわけて私の前へと進み出てきた。


 「た、誕生日おめでとう!!」


 「ん、うん。ありがとう」


 「タ、タバネも今日で16歳。そ、その。結婚できる歳に、なったな」


 「え? うん。そうだね」


 ヒューヒューと、近くにいる村人たちは煽る。それだけで、私は何となく察してしまった。リウヒルくんは美しい黄色の花束を持って、それを私に差し出す。


 「タバネ! 僕と、結婚を前提としたお付き合いを――」


 「――ごめんなさい!!」

 「即答!?」


 勢いよく頭を下げる私。リウヒルくんはがっくしと肩を落とし、しょげた様子で引き下がり。「やっぱテメェにタバネちゃんは無理だって」と、友人である男友達数人に絡まれていた。


 「そーそー! この村の至宝だぞ? 抜け駆けは許さねぇって」

 「っばっか。タバネちゃんは次期村長である俺の嫁だって!!」


 んー。聞こえてる。私も中学生くらいの時おんなじノリで女子と会話してたっけ。男の子って声が大きいから丸聞こえなんだよね。


 リウヒルくんで、この村の同世代の男性全員に告白されたことになる。もう半ば遊び半分度胸試しみたいになっているんじゃないかって、自分で理解している。


 あまりに拒絶するからいつの間にか、誰が私こと『鉄壁の城塞』を打ち崩すかで競争になっているって聞くし。


 でも。申し訳ないけれど、男の人とお付き合いするなんて考えられない。身も心も前世とは違う。記憶はただ『ある』だけ。それでも私は、未だに本当の意味で『タバネ』にはなり切れていないのかもしれない。


 とぼとぼとした足取りでリウヒルくんは引き返す。

 昔はリウヒルくんも含めて、Lv:1だから随分とイジメられていたけれど、私はいつの間にかに村のマドンナのような扱いをされていた。


 人と人との関係『だけ』は、不変のこの世界でも変えることができるんだなぁ。そんな皮肉じみたことを思いながら、私は皆からの祝賀の言葉を受け取っていた。


     〇 


 「……ん~」


 大きく背伸びをし。そうして今しがた作り終えた料理を手に、お父さんがいる中庭までそれを配膳する。

 それにしてもどっと疲れた。結局お昼ごはんの時間まで解放されなかったし。


 「はい、お父さん」


 「ありがとう、タバネ。今日の晩は僕が作るから」


 「……え、いやいいよ。お父さん、料理下手でしょ?」


 私たちの昼食は、晴れていれば基本的に外だった。二重四角形みたいな木造の家の、中央だけ切り抜かれ、そこに円形のテーブルと椅子が三つ。


 綺麗な花がいくつも植えられていて、地面は芝生になっているおしゃれなテラスみたいになっていた。

 実はというと、私と母のお気に入りの場所で。だからこうして、未だにこの場所で昼食を食べていた。


 「やっぱり、そう思う、よなぁ。料理スキルは最初から皆無だったし、タバネみたいに上達もしなかったからねぇ」


 「誰にだって得手不得手はあるよ。だから、任せて」


 「……うん、わかったよ。その代わりお金は出すから!」


 「ほんと? だったらお菓子でも作ろうかな」


 この村で、お菓子を作れるのは私だけだった。何故だか村のみんなは料理がへたっぴで。

 だから村の皆にかなり喜ばれる。


 「え!? 本当!? お父さんタバネの作るお菓子大好きなんだ。特にあれがいいよね、まどれぇる?だったっけ」

 「あはは。仕方ないなぁ。作ってあげるよ」


 だったら仕事先の店長に頼んで食材を買ってもらおうかな。

 この村ではあまり手に入らないし、外の街にはあるかもだけど、お父さんに村から出ることは禁止されているから。

 私、一度もこの村から出たことないけど。魔獣や色んな危ないものがあるんだって。

 過保護な父は私を外へと出したがらない上に、外の人とも関わらせようとしなかった。


 「……あ」


 いけない、もうすぐ仕事の時間だ。

 本当は今日お休みだったけど、少し不安だったから手伝い程度に昼過ぎから出向くと言ってあるんだった。

 

 でも、最近ようやくお父さんにお仕事をする許可がもらえたのだった。

 といってもただのアルバイトだけど。


 「仕事行ってくるね」

 「あ、うん。行ってらっしゃい。……さて、僕も仕事に行こうかな」


 父の職業は『冒険者』らしい。主に魔獣を狩って、魔石を取り出しそれを売って生計を立てる仕事。その他にも護衛やに運びなど、依頼があれば何でもこなすと聞く。

 

 父のレベルはこの村で一番らしく。

 そんな父だからこそ、冒険者という職業が与えられたんだろうな。

 

     〇  


 「こんにちは」


 かくいう私は、村唯一の宿屋兼酒場。ガラの悪い外の人と関わる機会も多いこの仕事をすることに、父も最初は渋っていたけれど、以前から懇意にしてもらっていた恩人のお店でもあるからと許可がもらえた。


 「――あぁ! タバネちゃぁん! 助かったぁ」


 お店の裏口から入ると、店長がクネクネと体を唸らせ珍妙な走り方で駆け寄ってきた。名前はセシリーさん。めちゃくちゃにゴツイ体躯にはち切れんばかりの胸筋。それをエプロンのみで隠している、とっても変わった人だった。


 ちなみに言葉遣いも名前も女性みたいだけど、列記とした男性である。


 「どうしたんです?」


 「んもうねぇ、ちょっと怖い冒険者さんの団体さんが突然来てねぇ。すっごい人手不足ぅ」


 「……え、冒険者? こんな田舎に?」


 「ワタシもおかしぃとはおもったんだけどねぇ。この近くでA級の魔獣が出たんだってぇ」


 「――え、A級!?」


 それってかなりまずいと思うんだけど。

 レベルの高いお父さんでも、B級と戦って死にかけたって言っていたし。


 「――おい! 酒はまだかよ!!」


 と、酒場の方から怒号に似た声が聞こえた。


 「んまぁ魔獣のことは冒険者様にまかせましょう! 今はお仕事お仕事! さぁ、着替えてちょーだい!」


 そう言って、店長はどこから取り出したのか黒を基調としたゴシックテイストな服を私に押し付けた。


 「あ、はい。分かりました」


 ここの制服、やたらフリフリとしているから着ることに抵抗があるんだよねぇ。やっぱり男だった時の記憶が無意識のうちに拒んでいるのかな。

 

 







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