13話 ~エフニーカの追憶~
☆ ~エフニーカ視点~
あたしがうまれたのはね、ちいさなむらだったの。
おそとには、こわいマジューがいっぱいいて。だから、ボーケンシャにまもってもらってた。
あたしたちのむらには、かみさまがいたの。
それはね、ヒのセイレーさま。
ヒにはね、セイレーさまがいるんだって。だから、あたしたちのかみさまは、ヒなんだって。
あかくてあつくて、きれいなの。
でもね、マジューがいっぱいむらにきたの。
おねーちゃん、イケニエ?になって、みんなをまもるんだって。
ヒのセイレイさまがおねーちゃんのちかくでおどってたの
からだぜんぶ、まっかできれいだった。おねーちゃんの、かみみたいに。
おねーちゃんがね。たすけてくれたの。こわいマジューから。
でもね、そのあときたね。
こわーい、おじちゃんたちに、いっぱいいじめられてね。
あしたはね、ドレーになったの。
――ッ。
寝てた。いや、一時間も経ってないはず。これくらいなら罰はない。
あれから、もう十年は経つのに未だに夢に出てくるなんて。
おねーちゃん、元気にしているかな。
なんて。
本当は、分かっているの。私にはもう、家族なんていない。これから先、ずっと独りぼっち。
普通に暮らせていれば、昨日はおねーちゃんの誕生日だったんだっけ。今年で十六……十七歳? あれ、うまく思い出せないや。
おねーちゃんの顔は、もう覚えていない。微かに覚えていることと言えば、いけにえとなった時、おねーちゃんの髪の毛が緋色に染まったという光景だけ。
私は今年で、十三歳。
奴隷として十年間、何とか生きてこられたけれど。あと一年もしないうちに、私は『女性』として別の場所に出荷されるんだろうなぁ。
おっぱいも、最近大きくなってきたし。大人の人がいやらしい目で見てくるようになった。
……やだなぁ。
でも、そうしないと。私は生きていけない。
異世界からやってきたっていう勇者さまたち。
誰でもいい。誰でもいいから、こんな私を助けてよ。
……なんてね。
勇者さまには、期待なんてしないほうがいい。あの人たちは、エゴの固まりなのだから。
勇者さまは並外れた力か、神に寵愛されたとしか思えない特別な力を持ってる。だから、自然とお金と権力を持つようになる。
お金を持て余した勇者さまを、私は何度もこの奴隷都市で見た。
一人は必死に助けを請う私を、小汚いと足蹴にし。一人は偽善で私たち全員を解放し、その後放置された結果たくさんの奴隷が死んだ。
奴隷には市民権がなかった。所有者がいなくなった奴隷は、ただの動物。
殺そうが捕えようが、自分の性の欲求を満たすための道具にしようが、誰も咎めない。
一時期、奴隷都市は無法地帯となり、血の匂いがしない夜はなく。そうして私たちは再び奴隷になることを懇願した。
勇者さまは、そんな人ばかりだと聞いている。
だったらこの世界は、誰が救うんだ。
きっと誰も救えない。むしろ、誰も救いを求めてなんていないのかもしれない。
勇者さまの悪評はいくらでも聞くけれど、魔王の悪事なんて聞いたことがない。ただ魔獣をばら撒いて、人間が都市にしか住めないような世界にしたという、根拠も証拠もない罪だけ。
魔王なんて見たことのない存在より、人のほうが怖い。
「出ろ、エフ」
ずっと漆黒だった空間に、光が差し込む。いつも壁しかない地下室に閉じ込められている私は、仕事があるときだけ外に出される。天井に設置されている蓋のような扉が開くと、そこから顔中傷だらけのターバンを巻いた大男が顔をのぞかせる。
「晴れ舞台だ。せめてオシャレしとけ」
梯子を上り、唯一の出入り口から外へ出る。すると、まるで娼婦のような卑猥な布切れを投げ渡される。
薄いピンク色の、透けた下着のような。
……あぁ。そういうことね。
ついに私も、オークションに出される時が来たんだ。最近は食事もまともで、肉体労働もしなくてよかったから、嫌な予感はしてたんだ。
せめて、良い人にもらわれたいな。
でも、そうすると。私は純潔ではなくなる。
昔から恋焦がれていたユニコーンに、私は二度と乗れない。
小さいころから、夢があった。
それは、ユニコーンの騎手になるということ。自由に魔法を使って、いろんな場所を駆け回り、困っている人を助ける。
幼いころに一度だけ出会った、あの騎手のように。
そんな到底かなわない夢を抱いていた。
……決別だね。今までの自分とは、もうさよなら。
貞操観念が強かったからか、それとも私たちの教えがそうだったからか、こんな境遇でも私は初めてにはあこがれを抱いていた。
まさか初恋よりも先に……。
「今更逃げ出すとは思わないが、それに着替えて奥で待機しておけ」
「……はい」
「それと。せめてもの……いや、なんでもねぇ。とりあえず奥に行ってみろ」
そう言って、彼は薄暗いある場所を指さす。
ここは、大きなテントのような場所。檻のようなケースがたくさんあるとにかくじめじめした場所だ。こんなところには、『商品』しか運び込まれないのに。
いったい何だろうか。
〇 ~主人公視点~
暗いなここ。
それに、少し獣臭い。
まぁ、それは仕方ないことなのかな。檻に入れられているのは普通の人間。それと、動物のような姿をしたちょっと変わった風貌の人も。
加えて何故だか魔獣もいた。
捕らえるのはユニコーンだけじゃなかったんだ。
ギャーギャーとまるで猿のような奇声も聞こえるし、普通に人間の声も聞こえる。
……まるで動物園。
まぁ、その中に自分がいることはしっかりと自覚している。
私は今、馬だし。
「……ぁ」
ふいに自分の檻の前に、小さな少女が現れた。
手に枷があり、色香のある薄い絹の肌着を一枚着たかわいらしい女の子。
その姿が、少女はどんな奴隷なのかを知らせてくれた。さっきの勇者じゃないけれど、こんな小さな子に。
無作法に伸びきった茶髪。まるで死人のような、光のない大きな瞳。
……と思ったけれど、私の姿を見た瞬間、その瞳は燦然と輝きだした。
まるで信じられないような光景を目にしたかのように、目を見開いたかと思うと、ボタボタと粒の大きな涙を流しだす。
「……うそ。ユニ、コーンだ。ほんもの、だ」
そんなに感激するほど、珍しいものなのかな。
まぁA級魔獣だし、そりゃ珍しいだろうけれど。
「ありがとう。神さま。最後にこんなプレゼントをしてくれて。あなたの姿が見れただけで」
……あれ。なんだろう。
私、この子のこと、知ってる。
なんでだろう。でも、確実に知ってる。名前は、エフ……ニーカ?
エフニーカだ。
「私は、もう満足です」
――!
その泣きはらした顔で、満面の笑みを浮かべる少女の顔を見た瞬間、私の中の何かが揺れ動かされた。
「私はね、これから純潔をささげるの。私を買ってくれた人に」
……そんな。だから、そんな恰好を。
「あなたには、嫌われちゃうね。もし、来世があるのなら」
この子を守れと、魂が言っている。
……え。どうして。
知らない、こんな子。私は初めて見た。もしかして、前前世で?
いや、嘉島行汰もこんな少女は知らない。
だったらいつの記憶なんだ、これは。
「君の背中に、私を乗せて」
――思い、だした。
私の、妹だ。
私は、タバネという少女の魂を乗っ取ったりなんて、してなかった。
キチンと、この世界の赤子として生まれて育ったんだった。
そうして、村を襲った魔獣から皆を守るために、『赤の魔獣王』と契約を結んだんだ。
その時に、私の髪は真っ赤になった。
これは、お父さんに拾われる前の記憶だ。間違いない。
「エフ。出番だぞ」
野太い声に呼ばれ、少女は再び暗い表情へと戻る。
まるで、世界の終りのように。
……思い出した。確かに思い出した。だから何だっていうんだ。
私は見送ることしかできない。
「はい」
まって、行かないで。
……喋れない。なんて歯がゆいんだろう。
エフニーカは振り返り、そうして静かに微笑み。
そうして、男のもとへと消えていった。
>【キャラメイク】使う?
英知。
それって、どういうこと。
>言ったでしょ。命を吸収して、命を形どるものなの。
だからって、何だっていうの。
今の私はユニコーン。吸収って、ここにいる奴隷の誰かの命を奪えばいいの?
冗談じゃない。
>ううん。ちがうよ。スキル【キャラメイク】は、もっと凄い力。うちに任せて。
そういう英知。
いや、今のはただの八つ当たりだ。
この子がいい子だってのは、もう知ってる。
ここは身を任せてみよう。
>【キャラメイク】発動
視界に、緑色のアイコンのようなものが映る。
これがスキル。
今まで使ったことがなかったけれど、こんな感じなんだ。
>>魔獣
>>人間 →はい
>>>女 →はい
なんか、勝手に選択されて行ってるけれど、大丈夫なんだろうか。
>キャラメイクを開始します。
そんな柔らかな女性の声が聞こえたかと思うと、ユニコーンだったはずの自分の体は霧散した。
という感覚に陥っただけで、実際どうなったかなんて分からなかったけれど、気づけば二本足で立っていた。
裸だけど。
でも、この体は。
>そーだよ! タバネをイメージしてつくったの! まぁ、額から角生えてるけど。
ほんとだ。なんか生えてる。しかもご丁寧に、折れてるし。
あと決定的に違うところと言えば、銀髪になっているくらい。それ以外は、前世の私そのままだった。
顔はどうだかわからないけれど、見慣れた体だった。
>さ。蹄じゃなくなったんだから。救いを求めて伸ばされた手くらいは、しっかり握ってあげないとね。
あ、聞いてたの。
なんだか恥ずかしいな。でも、ありがと。
>んーん。だってうちは、あいぼーのあいぼーだから!d(‘ェ’*)
やっぱり英知。
この愛いやつめ。




