12話 ~とある馬は捕まる~
目が覚めると、私は荷馬車の中にいた。
馬が馬に引かれるってのもおかしな話だけれども、サーカス団がトラでも収容するかのような鉄の檻に私は詰め込まれていた。
日はさんさんと照り付け、もう正午を回っていることを悟らせてくれた。
賑わうバザールのような露店のど真ん中を、まるで取ってきた獲物を見せびらかすように悠々と進む荷馬車。
あぁ、これからどうなるんだろう。奴隷都市?に出荷する、みたいなこと言っていたけど、最悪馬刺しになっちゃうのかな。
ユニコーンっておいしいのかな。
確かに食べてみたい気はしないでもないけれど。
舗装されていないからか、ガツガツと揺れる檻。気分は最悪だけれど、天幕がないから、外の世界を自由に見ることができた。
一目見て分かったことは、ここの住民は貧しいのだろう、ということ。
子供を抱えた母親が、裏路地に横たわっている。なのに誰も助けようとしない。もしかしたら、もう息はないのかもしれない。
それがさも当たり前のように、人々は暮らしている。
草一本生えていない、砂まみれの場所。建造物は石やレンガでできたものばかり。まるで中東やエジプトの風景を想起させた。
街か、どこかの都市なんだろうな。
それこそ、ここが奴隷都市という場所なのかもしれない。
――ッガツン。
ヒヒーンという馬の鳴き声と共に、荷馬車が急停車する。
「っざけんじゃねーぞ!!」
人々の罵声が聞こえる。何事かと思ってよくよく前方を見てみると、縮こまって倒れている少女が五人いた。
それが、荷馬車の進路をふさいでしまったようだった。
どの子も茶色い布一枚。裸同然の格好をさせられ、首には錆びた鉄製の首輪。ここまで『いかにも』な奴隷がいるなんて、思いもしなかった。
というより、この世界には奴隷制度が存在したんだ。
一体何があったのかは分からないけれど、馬子の男は激怒し、手に持っていた馬をしばく鞭で、一切の容赦もなくまだ子供のはずの少女をたたき上げた。
バチンという効果音と共に、少女の皮膚が真っ赤に晴れ上がり、皮もめくれあがり肉がえぐれる。
「――いやぁぁぁああああああ!」
少女の泣き叫ぶ声が、耳を揺さぶる。ビクビクと震える少女たちは、みな一様に目に涙を蓄えていた。
何なんだ、この最低な場所は。
助けてあげたい。けど、そんな力は私にはなくて。こんな蹄では、助けを求めて差し出された手すらも掴み上げられない。
通り過ぎる通行人は、いつものことだといわんばかりに横目で見ながら無視をする。
誰か。誰か、まともな人はいないの。
「……やめなさい」
いた。
黒髪の、青い華美な鎧を身に着けた成人くらいの男性。中肉中背といった感じの、柔和な顔の男だった。
「君、こんな往来で何をしているですか」
「ゆ、勇者さま?」
え?
今なんて。
今にも二度目の攻撃を加えようとしていた馬子は、その手を止めて平伏する。
勇者は複数人いるってのは何となく察していたけれど、こんなエンカウント率が高い勇者なんて……なんかやだ。
「君、大丈夫だったかい?」
そう言いながらも、傷を受けてしまった少女に鞄から取り出したポーションを振りまいた。
背中に受けていたひどい傷も、一瞬で回復してしまう。あれは、勇者御用達の最高級ポーションだ。
おそらくは、勇者で間違いないんだろうな。
「ゆ、勇者さま? ありがとう」
「ううん。いいんだよ。こんな小さな子供が……かわいそうに」
そう言いながら、少女の枷に触れた黒髪の勇者は、驚いたことにそれを引きちぎってしまった。
特別な力を使った形跡もなく、ただの腕力だけで。
「――タカシさま!」
トタトタと駆け寄ってきた10歳くらいの少女が、タカシと呼ばれた勇者に抱き着く。
この場所に似合わない、綺麗な赤の洋服を身に着けた美少女。
勇者のパーティーメンバーなのか、ずいぶんとなつかれている様子だった。
「また人助けですか?」
「う~ん、どうだろう。でもちょうどよかった。ティナ、今お金持ってる?」
「あ、はい」
と、茶袋を少女から受け取るとタカシはそれを馬子に投げつけた。
「この子達、君の所有物? なら、そのお金で僕が買います」
「し、しかし勇者さま!」
「足りない?」
「い、いえ。十分です」
「それじゃあいいですよね。おいで、君たち」
少女五人は目を輝かせて、勇者のもとに駆け寄る。
あぁ、なんてすばらしい光景なんだ。
大多数の通行人は、そう思っているのかもしれない。
でも、なんでだろうか。ものすごく嘘っぽい気がしてならない。
私の性格がねじ曲がっているせいなのかな。
「勇者さま~!」
「んー。確かに僕は勇者ってことになっているけど、田井中隆志って名前があるからね。タカシって呼んでくれると嬉しいな」
……日本、人?
今の名前。それにあの顔つき。髪の色、瞳の色。どうして今まで気づかなかったってくらいに。
あれは、私の故郷の人間じゃないか。
そういえば、時姫だってそうだ。これは推測にしかならないけれど、地球からやってきた人間って、私の予想以上に多いんじゃないんだろうか。
目の前の男のように。
「それじゃ、いこっかそんな恰好じゃかわいそうだ」
そういって、少女たちを引き連れて立ち去る勇者タカシ。まるで嵐のような人間だなと、心底ため息が出てしまう。
そして、私が感じていた違和感の正体にも気づいてしまった。
奴隷は、今助けた少女五人だけじゃない。そこら中に似たような境遇の人はたくさんいたはずだった。この場所に来る最中にもきっと、鞭で打たれていた人はいるはずだ。
けれども、勇者は他に奴隷を引き連れていない。
現に今、目を輝かせて救いを求めている奴隷たちを、彼はまるで視界に入っていないかのように無視をした。
勇者に助けてもらいたい一心での演技なのか、それとも本当なのか。重い荷を運んでいた成人女性がその場で倒れても。男の子供が、主人に蹴られていても。
彼の瞳には、かわいらしい少女しか映らないようだった。
……異世界チートを楽しんでいる日本人。私も同じ立場だったら、えり好みをして助けていたかもしれないし。
人のことをとやかく言えるほど、できた人生を送ってきたわけでもない。
何もしないよりかは万倍まし。
でも、あの人は勇者だと言っていた。
だったらすべてを救うくらいの気概を、見せてほしかったな。
馬の私は、何もしゃべれないから。
せめて心の中で罵倒することにするよ。
……このロリコン勇者。




