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11話 ~とある馬の災難~


 焼け焦げた臭い。


 私は前世の職業柄、こういう臭いを嗅ぎ続けていたけれど、結局最後まで慣れることはなかった。

 

 今、パルネ村から漂う臭いは、木が焼けた臭い。食料が焼け焦げた臭い。そして……人の焼け焦げた臭い。


 時姫を見送った後、夜中十駆けまわりようやくたどり着いた故郷は、もはや跡形もなかった。

 あるのは、そこに誰かがいたという残骸だけ。


 人……魔族一人、見つけることはできなかった。


 村の正面。簡素な門から入り、そうして中央へ向かう。

 向かう途中は、緑色の地で地面が染まっていたけれど、死体は一つも見かけなかった。


 その時点で分かっていた。

 誰かが、弔ってくれたんだっていうことを。


 村の中央にたどり着いて、ちょうど大きな井戸のあるこの場所には簡素な墓が無数に広がっていた。

 無骨な石だけれど、丁寧に磨かれて、そこには生きた年数と名前が丁寧に彫られていた。


 あぁ、みんな死んじゃったんだ。

 

 あらためて思い知らされる。ついさっきのことなのに、どこか現実離れしたような。

 自分の体も、こんなのになっちゃったし。


 ふいに、朝日が墓石に差し込んだ。


 暗かったが明けた。


 雲の隙間から、立った一筋の光が。まるで後光のように。


 差し込んだ光に照らされた墓標は、私と……お父さんのものだった。

 

 『偉大なる優しき我らが魔王・ゼン。その娘・タバネ。ここに眠る。800-840.824-840』

 

 やっぱり、許せないよね。

 特にあのピンク色の髪をした、勇者。


 あの子なんか、宿屋で助けるんじゃなかった。そんな黒い考えさえ浮かんできた。 


 でも、すべてはもう後の祭りだ。

 これから、どうしようか。本当にすべてを失った。

 

 体すら人じゃない。残ったものは、薄汚い憎しみだけ。


 

 そういえば、弔ってくれた人がいるっていうことは誰かがまだ生きているってことになるのかな。

 このお墓の数からして、数人かもしれないけれど。でも、全滅ってわけじゃないはずだ。


 そう考えるだけで、幾分か救われる。


 でも、こんな姿になって、どういう顔で会えばいいのか。というよりも、言葉が喋れないから意味がない。


 しばらくは一人、ひっそりと生きよう。


 ユニに貰ったこの命だけれども、もうすべてがどうでもいい。何もしたくない。

 時姫の力になりたい気持ちはあるけれど、それを上回るほどの虚無感が私を襲っていた。


 それに、時姫だって勇者だ。彼女といたら、魔族を殺す手伝いをしてしまうかもしれない。私にとって、魔族も人間も全然変わりのない存在だから。そんなことは絶対にしたくない。


 ……あ。


 私たちの墓標の目の前にささっている剣。美しい直剣。これって、時姫のじゃなかったっけ。

 

 私の血なのか、真っ赤に染まったまま地面に突き刺さっているそれは、それでも悠然と輝いて見えた。

 

 そういえば返すって、約束したっけ。でも、私の手は、もう剣を握ることはできない。

 このまま置いていこう。


 >加護【剣聖S】を使う?


 ……英知。


 その加護も、新しくもらい受けたものなの?


 >そう! 【剣聖S】は剣と名の付くすべての武器を吸収して、糧とできるんだよ。槍聖、斧聖、杖聖。いろいろあるけど、あいぼーしかもっていないレア加護だよ◝(●˙꒳˙●)◜


 そうなんだ。あの人、本当にいろいろな贈り物をしてくれてたんだね。


 でもやめておこうかな。吸収ってことは、返せなくなる。


 >大丈夫だよ~。取り出しも可能だから!


 なんだその雑な加護は。


 まぁでもいいかな。そういうことなら貰っておいて、そしてまた出会った時に返せばいい。


 ……どうやって使うんだろう、その加護。


 心の中で叫べばいいのかな。


 【剣聖】!


 ……そんな訳なかった。使い古された漫画の中の設定でしかありえないよね。


 とか思っていたら、急に目の前の直剣が光り輝いて、青色の細やかな粒子となって私の中へと吸い込まれてしまった。


 いいんだ、そんな簡単で。


 +2160exp


 視界に、そんな文字が浮かぶ。レベルが変動しないこの世界で、この加護って最強なんじゃないのかな。

 いや、深く考えるのはやめよう。


 もうなんか、疲れたよ。

 自分の体じゃないからか、それとも加護とかスキルとか、今まで使ったことのなかった力を知ってしまったせいか。


 急にここが、本当に異世界なのだということを自覚してしまった。


 それも、相当にファンタジーな世界だ。


 私は、これからこんなところでユニコーンとして、生きていかなきゃいけないんだ。

 


     〇


 村を出て、草原をあてもなくとぼとぼと歩いていたら、綺麗な小川が流れていた。


 見ると小さな動物たちも、結構いる。

 あ、でもこれ動物じゃなくて魔獣なのかな。私が知っているような犬とか猫みたいな生物は一体もいなかった。


 でも丸っこくてぶよぶよした、スライムみたいなのもいる。

 ……かわいい。


 もう少し、近くで見てみたい。そういえば、なんだかんだで村から出たのも初めてに近い。今まで知らなかった外の世界だ。興味がわかないわけがない。


 パカラッパカラっと、ピンク色の体をした半透明の生物に近づいてみる。

 水辺の近くで獲物でも狙っていたのか、私が近づいてもピクリとも動かなかった。


 「――! びっくりした」


 え?


 急にスライムが振り向いたかと思えば、まるで黒い点のような瞳をこちらに向けてきた。

 っていうか、今喋ったよね。


 「それはしゃべるよ。いや、しゃべりますよ」


 ぷにぷにと体を震わせながら、まるでドリブルされるバスケットボールのように跳躍して、あちらから私のもとへとすり寄ってきた。


 「王。お目覚めになられて16年。お目にかかれて光栄です」


 王?


 そういえば、ユニもそんなことを言っていたような。

 え、つまりそういうことなのかな。


 何の変哲のない村娘に転生したと思ってたけれど、実は魔獣の王でした、みたいな。


 「ん~。ちょっと違います。でも、王は何にも知らなくていいのです。赤の陣営に赤の魔獣王がいてくれる。それだけでいいのです」


 言っていることがさっぱりわからない。


 ま、別にいいかな。二度死んでまだこうして生きてるってだけで、十分私が異常な存在ってことは理解してるし。

 それが何者だろうと、かまわない。


 「そのお姿。今はユニコーンなのですね。凛々しいです」


 あ、うん。ありがとう。


 「そうだ。王がいらっしゃったこと、みんなに伝えてきます。きっとよろこび――」


 パシャ。


 まるで水風船がはじけ飛ぶように、唐突に目の前のスライムははじけ飛んだ。その体の中から出てきた、極小の魔石が草原へと転がり落ちた。


 あまりに急すぎて理解が追い付かなかったけれど、原因は射られた一本の弓。


 どうして、私の近くは、こうも簡単に命が奪われるんだろう。


 「いたぞユニコーンだ! ――罠に誘い込め!」


 もう日は完全に上っていて、その姿を確認するのは簡単だった。むしろ、こんな開けた場所でどうして今まで気づかなかったのか不思議なくらいに。


 あれは、宿屋でからんできた冒険者たちだ。


 そういえばユニコーンを狩るために、パルネ村まで来たんだったっけ。


 そしてその標的は、今や私。狙われるのも当然か。


 あぁ。本当に、最近は不幸なことばかりだ。


 そう思いながらも、急いで駆けだす私。ごめんね名前も知らないスライムちゃん、弔えもできずに。


 「撃て撃て! けど絶対に当てるな! 貴重な商品だからな!」


 スキンヘッドの男が指揮を執る。そうして他の仲間たちは、私をある地点へ誘導するように弓を射てくる。


 丸聞こえなんだよね。おそらくこの先に、何かしらの罠があるんだろう。

  

 今のうちに反転しよう。今の言葉から察するに生け捕りだろうし、無茶に体を狙ってくることはないと思う。


 一度止まり、そうして逆方向へと猛ダッシュする。

 流石はユニコーンと言わざる負えない。車で高速道路を走っているくらいの感覚だ。

 時速100キロは出てるんじゃないだろうか。


 あっという間に、あの冒険者たちを置き去りにできた。

 あとはもう、ゆっくり進んでも大丈夫かな。


 そう思い、足を緩めた瞬間だった。


 首筋に、ぷすりと何かが刺さった感触がした。


 針? ……まずい、これ、吹き矢だ。


 ってことは。


 だんだん、体がしびれてきた。まさかの即効性のマヒ薬。


 「だからあいつ等はあめーんだよなぁ。……っち。こいつ角折れてんじゃねーか。ジャンク品だな」


 物の数秒かからずに、バタリとその場に倒れてしまう。結構勢いよく倒れてしまったけれど、草原が幸いしたのか、それとも痛覚すらマヒしているのか。あまり痛みを感じなかった。


 「これは奴隷都市行きだな。学院都市に出荷するのにはちと出来が悪い」


 「――アニキ! すぃやせん!」


 「っ馬鹿野郎ども。ユニコーン一体がどれほどの値打ちかわかってんのか。こんなジャンクでも一年は余裕で遊んで暮らせる」


 やばいなぁ。視界がかすんできた。


 アニキと呼ばれていたごつい体の、金の長髪を揺らした大男。たぶん相当の手練れなんだろうな。

 

 どうしよう。はやく、逃げなきゃ。


 こいつらに捕まったら、どうなってしまうか。


 ……そう心から思っていても、体は言うことを聞かなくて。

 気づけばいつの間にかに、視界は真っ暗になっていた。 

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