10話 ~とある馬への生まれ変わり~
>また死んだの? 君も懲りないね。
私の記憶にかすかに残る、真っ白で真っ暗な世界。
何もないようで、何かあるような。
ぷかぷかと浮遊感のみ感じていた私の頭に、そんな言葉が流れ込んできた。
「私だって、死にたくて死んだわけじゃない。でも、あなたには言っておきたかった。いい来世をありがとね」
>……? なに一人で終わった気になってるの?
「はい?」
>続くよ。物語は。エピローグにはまだ早い。
「え、どういう。私は確かに、死んで」
>さぁ、続けるよ。今回も君にはプレゼントをいくつか贈ろう。
>>困難と苦難。
>>>でもきっと、乗り越えられる。
>>>>せめて、君の歩む人生に
>>>>>幸あれ。
〇
気づけば私は、草原を駆け抜けていた。
時刻は、おそらく真夜中。
木々すらなく、ひたすらに暗い夜道を何かにせかされるように。
動く体躯に違和感を感じるには、ものの数秒もかからなかった。
……四つ足で駆けている。
これは、馬なの?
パカラッパカラっと私の足音が刻む効果音は、まるで昔テレビで見た時代劇のよう。
自分自身の体が、おそらくは馬になっていた。
いや、間違いなく馬になっていた。
なんだこの状況。
『うま』れ変わったら『うま』でした。
……笑えない。
でもなんだろう、時間がたったからかそれとも冷静になれたからか、ようやく背中に違和感を感じた。
誰か乗っているのかな。
「……ごめんね」
震えた声で、そうつぶやく声が聞こえた。
あ。
いつもみたいな覇気もなく、雰囲気も違ったから確信はないけれど、時姫の声かな。
ってことは。この状況は、私が死んだあのシーンの続きってこと?
この体は、馬でもなんでもなくて。ユニのものってことなのかな。
そうだとしても、訳が分からない。
どうして私がユニになってるんだろ。だとしたら、無力な私を助けてくれたユニはどうなったの。
>お答えしましょーか(Ο-Ο―)
え。誰ですか。
頭の中に響く声。今しがたの謎の人物のようで、どこか気味悪ささえ感じさせた。
>英知Aです\(^o^)/
いや誰ですか。
私にそんな素っ頓狂な名前の知り合い居ません。
>またまた~。ひどいなあいぼーはぁ。 ゜(゜ノ´Д`゜)ノ゜。 ウワーン
誰が相棒ですか。
……まさか、だけど。死んだ時に会ったあの人が言っていた、プレゼントって。
>いえす!加護【英知A】です(●´ω`●)
いらない。猛烈にいらない。
>えぇ?∑(゜◇゜///)
英知の加護を持っている人は大変だなぁ。
こんなのが永遠と脳内で再生されるんだから。
ノイローゼになりそう。
>ずばりですねー。あいぼーのスキル【キャラメイク】が発動したんですよ(*´`*)
……えっと、どういうこと。
>ようやく聞く気になってくれましたか! あいぼーはやっぱり優しいお方!(=‐ω‐=)
世事いらないです。
>【キャラメイク】は命を吸収して、命を形どるもの。それは自分が吸収した命の様相を成すの(´∪`*)
ちょっと待って。
その理屈が正しいのなら、私は。
私は、ユニの命を奪ったってこと?
いや、それより醜い。それじゃ乗っ取りじゃない。
……そして。
タバネの、命も。見ず知らずの女の子の命を。
>待った待った! 勝手にブルーにならない。
私が、命を乗っ取った?
そんなことまでして、私は生きたかった訳じゃ。
>どう考えるかはあいぼー次第だけど、そうおっくぅな考えだと命をあげた本人もかわいそうだよ。過去は変えられないし(´・ω・`)
えっと。
……その、とおりだね。
ごめんね、あなたのこと邪険にして。教えてくれてありがとう。
>ううん。いいの。だってうちはあいぼーの力になりたいの(*´?`*)
うわ。普通に、いい子だ。
なんだろう、体の中でペットを飼っている気分だ。
とか思っていたら、暗がりの中から明かりが見えてきた。
一面草原地帯だったけれど、炎の灯りに照らされたものすごい大きな壁が見えてきた。
形を察するに、円形。これがもしかして、都市ってやつなのかな。
予想以上に大きい。パルネ村の百倍はあるんじゃないんだろうか。
「ん。ここでいい。すまないな、本当に世話になった」
都市の形に見入ってしまっていたのか、気づけば私は足を止めていて。
時姫は飛び降りるように、私の背からいなくなっていた。
「……君、言葉は通じる? もしよかったら、私と一緒に」
と、言いかけたところで時姫は喋るのをやめた。
さっきまで泣いていたのか、目の周りは真っ赤で。やっぱりこの子の心根はあの時から変わっていないんだなって。少し安心した。
「いや、なんでもない。君は彼女のユニコーンだ。もう一度改めて彼女の墓に参るから。その時にでも一緒にいこうね」
ありがとう、時姫。
わかったよという合図の代わりにヒヒーンと、わかりやすく鳴いて見せる私。
言葉が喋れないんだから仕方ないけど、これだと意思疎通は無理だろうなぁ。
「それじゃ、私は帰るね」
そう言いながら踵を返し、見上げるほど大きな白い壁に向かって歩き出した時姫。
これでお別れなんて、寂しい。
でも、ユニコーンになった私がついていくわけにもいかない。
「あ、自己紹介しておくね。私、久野時姫っていうの。大好きなある人に救われて、そうしてこの世界にやってきた異世界人。また今度、会おうね」
これが彼女の素だ。
いつも意地を張って、高慢な態度をとっているけれど。本当は優しくてびっくりするくらい普通な女の子。
どうして君がここに。
そんな言葉も、馬の私には喋れずに。
ただ彼女を見送ることしかできなかった。




