09話 ~最大限の謝意~
〇 ~主人公視点~
初めは生意気なガキだと思ってた。
どこかの令嬢か知らないけれど、年端も行かない子供のくせにやたら上からな態度だし、口調までまるでどこかの王侯貴族みたいな感じだった。
どんな出会いだったか、今では覚えてない。けど、次第に仲良くなって。
その子の表の強さとか、裏の繊細さとか。守ってあげたいと思うほどの凄惨な過去だとか、その行動すべてが強がりであることとか。
いろんな面を知った。
その子の名前は、久野時姫。
負けず嫌いで頑張り屋さんで意地っ張りで、引っ込み思案でさみしがり屋でただひたすらに優しい。
普通の女の子だった。
成長したら、たぶん目の前のような美人になるんだろうな。
……死なせたくない。
父も、村人も、何もかもを無くした。
でも、今でも前世の記憶で燦然と輝くこの子だけは、死なせたくない。
俺の予測が正しいのであれば、五分を満たない内に敗北し、殺される。
決して少女が弱いわけじゃない。むしろ、一対一なら絶対に負けないだろう。でもどうしてか、彼女の戦いを見るのは初めてなのに。
初めから疲れ切っていたように見えた。
痛みには慣れてきた。ようやく思考も回復してきた。
何か手を、考えないと。
――そうだ。
確か、店長の店に置き忘れてきたポーション。
超一級品の回復薬。あれさえあれば。
「――ッ」
右足は、もう使えない。おそらく一生動かないだろう。
俺は、匍匐前進のように体を進める。幸い店長の店はここから近い。このスピードでも五分以内に戻ってこれるはずだ。
……ズリ、ズリ。もうすでに、体は地面に広がったみんなの血で染まっていた。酸っぱいような、そんな独特な臭いが俺に涙と嗚咽を催させる。
あと、少しだ。
あと少しでたどり着く。
「どうしてそんなに頑張るの?」
……誰?
なんだろう、直接頭に響くかのような、そんな不思議な声だった。
「見えないの? こっちだよこっち」
「……どっち?」
右から聞こえた気もするし、左だった気もする。
「こっちだよ。きみの、目の前」
そうして、懸命に首を上に向ける。
まるで今しがたの少女のような、美しい銀の体躯。
……ユニコーンだった。
けれども、その証たる角は折れており、どちらかというと馴染み深い馬のように見えた。
「……あなたが、ユニコーン?」
「そうだよ。きみに興味があってね。会いに来た」
「俺に?」
「うん。ずっと見てた。そして決めたんだ。私はきみのものになる」
「どういう、こと」
「つまり、きみの力になりたいんだ」
とても可愛らしい声だった。幼女のような、小気味いい快活な感じの。
いつもなら「そんなものは必要ない」と、一刀両断するところだった。けれど、今はどんな藁にもすがりたかった。
「……たす、けて」
「きみの傷を癒せばいいの?」
「ちがう。あの子を。あの素直じゃなくて、けれど俺のために一人で闘っている、あの子をたすけて」
「……うん。いいよ。けれど――」
「けれど?」
「きみの命をもらうよ」
「……構わないよ」
「そう言うと思ったよ。きみを見て分かったことがある。……きみはね、正確に言えば人じゃない。むしろ私たちと同種」
「……」
「あの少女を助けたいのなら、私だけの力じゃむり。だからきみのすべてをもらうね」
ユニコーンの言葉は、正直よくわからなかった。
俺が人間じゃない。
そんな言葉は、右から左へと流れていった。
でも上等だ。俺はLv:1の村娘。何の力もなくて、いつも負けてばかりで。
そんな自分が特別なのだとしたら。それは、どこかのおとぎ話のヒーローみたいじゃないか。
「きみのすべてをもらう代わりに、私のすべてをあげるね。次があれば、きっとあなたは私だから」
「……よくわからないけど、君の力を貸して」
「……うん。わかった。――私の名前はユニ。愛しき【赤の魔獣王】の命令とあらば」
〇 ~三人称~
「角はないが、それはユニコーンなのか? どうしてここに。というか君、逃げたんじゃ」
角を無くした白馬から降りた少女は、足を切り裂かれているためその場にへたり込む。
それを支えるために、銀の少女は抱き着くように体を支えた。
「助けに、来た。さぁ、この子に乗って早く」
「ばか。どうして戻ってきた」
「……ポーションを。あと少ししかないけど」
「――話を聞け! その前にポーションがあるのなら何故自分に使わない!」
「どの道俺はもう、助からない。さぁ、行って」
じれったいと思ったのか、タバネはポーションが入った小瓶を銀の少女に振りまく。すると、見る見るうちに折れ曲がった腕すらも、元通りの形に修復された。
「――馬鹿!! 自分に使えと」
「俺は、そのユニコーンと契約を結んだ。俺の命は、もうもたない」
「な、に」
「だから、早く行って。逃げて」
「――逃がすとでも、思いましたか?」
ロサは、ポーチからありったけの紙を取り出し、そうしてそのすべてを光の矢へと変えた。
無数の矢が、まるで雨のように降り注ぐ。
……しかし、角の折れたユニコーンを中心に広がる薄い膜に、すべて消滅させられてしまう。
「魔法を、消した? まさか本当に。命を、代償に……でも、そんなことって」
タバネの体は薄い青色の光に覆われる。
すると胸を押さえて苦しみだす。仕舞には、血反吐を地面に吐く始末だった。
「……お願いがあるんだ」
「――っ。あぁ、なんでも言ってくれ」
「君の、名前を教えて欲しい」
「……」
二人で窮地を抜け出す作戦かと思っていたのか、銀の少女は肩を落として落胆する。
「……時姫だ」
「は、はは。やっぱりね。そうじゃないのかなぁって。でもそんな奇跡はないだろうなぁって、決めつけてた」
「な、にを言って」
「あぁあ。死ぬつもり、だったんだけどなぁ。死にたくなくなった」
「――じゃ、じゃあ一緒にこのユニコーンに乗って逃げよう!」
「でも、むりだよ」
どの道、俺は死ぬのだから。吐き捨てるようにタバネの言った一言に、時姫は押し黙ることしかできなかった。
「もう一つ、お願いしていい?」
「……あぁ。何でも言ってくれ」
「君の剣を、貸してくれないかな?」
「……。これは、とある名工が作ったものすごぉく高い剣だぞ」
「うん。きっと来世があったのなら、返すから」
タバネの一言で、時姫は何も言わずに地面に転がっていた直剣を拾い上げ、そうして手渡した。
「約束だ。きっとそれを返しに来い」
「あはは。無理だって、分かってるくせに」
何度も何度も放たれている光の矢をユニコーンが防ぐたびに、タバネは苦しそうに血反吐を吐く。
彼女がもう長くないことを、時姫は『察知』してしまっていた。
「ユニにも、お願いしていい?」
「うん。いいよ」
「あと1分だけ。時姫が逃げ切れるだけの時間を稼ぐ力が欲しい」
「……わかったよ」
「ごめんね。弱くて頼りない主人で」
「……それでも、私の主は一生きみのままだよ。きみには期待してるから。がんばってね」
「ありがとう。さぁ、いって」
撫でるようにその馬の体躯を叩く。
銀の少女に銀の馬。
あまりにも釣り合った一頭と一人は、走り出す。
「――君の!」
「……」
「君の、名前を教えてくれぇ!!」
「……タバネだよ。パルネ村の村娘。ただのタバネだ」
追いかけようと思ったのか、今まで静観してしまっていた黒と白の騎士は剣を握りしめて駆け出した。
特に黒のスピードはすさまじく、馬の速度をも凌ぐ速度で地面を蹴る。
「行かせる訳、ないだろ」
キィンと、心地のよさすら感じさせる金属音。黒の振りかざした一撃を、タバネはその黒剣で受け流したのだった。
「……お前、なんなんだよ。ほんとに」
困惑した表情で足を止める黒。同じように、追いついた白もタバネに向かって一呼吸おいてから剣を翳す。
「……世界最弱の村娘だよ」
「ちがうだろう。普通の人間だったら、そんな血まみれで闘おうとはしない」
「そうかも。でも、俺――『私』は、この瞬間だけは最強だから」
時姫の剣を握りしめるタバネ。そうして、何度も何度も何度も打ち合う。
予測と察知。それを繰りかえし行い、二人の連撃をまるでワルツを踊るかのように躱し続ける。
――スキル【ノクターン】を獲得しました。
そう脳内に響く声。タバネは、その音声に聞き覚えがあった。
前世で死ぬ瞬間、聞いた声だった。
「――あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
だが半狂乱で剣を振るうタバネには、まるで気にも留めなかったらしい。
例え相手の攻撃を躱せても、ダメージは一切与えられなかった。
それどころか、二人の連撃の精度は増す一方で。
次第に切り刻まれる少女の体。
それでも、剣を振るい続けた。
いつしか腕はもがれ。目は潰され。
けれど、少女は残った片腕で剣を握りしめ毅然と立ち尽くす。
「――なん、なんだよ」
「……ぅ、あぁ」
対する二人の感情は、もう無茶苦茶らしい。意識がつながっている両者の感情が、入り混じっているみたいだった。
「どきなさい。二人とも」
ロサが、前へと躍り出る。
すべての媒介を使い切ってしまったのか、その手には無骨な斧が握りしめられていた。
――ドサ。
たったの一撃。
思い切り振るわれた容赦のない一撃は、可憐な少女の首を真っ二つに切り裂いた。
「この程度の人間に、何を苦戦しているのですか」
そうしてタバネの首を持ち上げ。
悪趣味なことに、村の中央に置かれていた彼女の父親の首の隣に並べた。
「これで、二人とも幸せですわね。最大限の謝意、ですわ」
〇 ~三人称~
……数時間たったその村に、一人の人影があった。
村の中央の、井戸の前に置かれた二人の生首。
その前に、座り込んで嗚咽をつき続ける大男。
泣きじゃくりながら、壊れた人形のように「ごめんなさい」と繰り返すばかりだった。
「……ゆる、さない」
セシリーは、ゆったりと立ち上がる。その顔に、いつものひょうきんな優しさは感じられなかった。
「ゼンさん。タバネちゃん。こんなところにごめんね。きちんと、みんなと一緒に弔うから」
残った村人は、十人も満たなかった。
けれども、生き残った魔族たちは死者を悼み、一つずつ墓標を作っていた。
「……」
そんな場所に、一人の少女が現れた。
時姫は、顔を伏せ。そして、二人の死体に手を合わせた。
勇者が隣にいるのに、セシリーたち魔族はまるで気にした様子もなく、その姿を見守っていた。
そんな視線に気づいたのか、時姫は立ち上がる。
「……帰るの?」
「あぁ。私がここにいては、君たちも居心地がわるいだろう」
「そんなこと、ないわ」
セシリーは、時姫に向き直り。そして生き残った村人たちも、全員その場に集まった。
「ありがとう。タバネを、守ろうとしてくれて」
その場にいる魔族はみな、同様に頭を下げた。
一人は涙を流しながら、一人は本当に感謝した様子で。
「な、にを。私は、勇者だぞ。君たちの天敵だろう」
「そうだとしても。タバネは、私たちにとって大切な子供だったの。その子のために、死ぬ寸前まで戦ってくれたあなたに、最大限の謝礼を向けるのは当然のことよ」
セシリーはそう言い、もう一度頭を下げた。
その様子を見ていた時姫は、形容しがたい感情に襲われていたのか、踵を返し何も言わずにその場から立ち去ろうとする。
が、しかし。
「私も、すまなかった。……勇者、やめるよ。魔族はもう、襲わない。私は、悪い人をやっつけて、弱い人を助ける、本当の『勇気ある人』になるよ」
「……そう。私も、そうだと嬉しいわ」
そう言い残した時姫は、村から立ち去った。




