黒魔術師とパーティー組んだら魔女王の娘だった件:後編
すみません、また長くなりました。この話が物語において大きな句読点になると思います。改行を多めにした方が読みやすいという要望を頂いたので使ってみました。
〈エンド・オブ・ソーサラー〉を倒し、〈還魂墓地〉を攻略したハイド。彼が先程ボス部屋でアイテム整理を済ませ、帰還しようとしていた時に現れた小柄な少女。深めに被ったとんがり帽子の下で揺れる前髪は滑らかで、斜めに切りそろえられている。肩は露出し、長めのスカートのような薄手のローブに身を包む中学生ほどの背丈をした女の子がそこにはいた。ハイドとその後ろを追随する形で歩く魔女風の少女は、ハイドとともに〈還魂墓地〉から出てミド平原を歩いていた。ハイドはお互い無言になっていることに気づいたのかどうにも決まりが悪いと思ったらしく、落ち着きがない。それもそうだろう。現実でのハイドはコミュ障でまともに他人とコミュニケーションが取れない上に今は近くに女の子がいるのだ、彼に落ち着いて物見に耽っていられるほどの精神力は持っていない。まあ、彼女が現実の姿も女性であるという確証はハイドにはないのだが。そして夜空に輝く星々が浮かぶ広大な草原のど真ん中で、お互い無言という気まづい雰囲気を気にしたハイドは少女に声を掛ける。
「今さらいうのもアレですけど、俺は『ハイド』って名前です。あの、『シュリル』って呼んでいいかな?」
ハイドは何か話さなければと思うばかりに分かりきった質問をしてしまう。そんな情報は相手の頭上を見れば瞬時にわかることだろう、と彼は聞いた後に後悔する。すると、ぼーっと夜空や平原に生息する野生動物を見ていたらしいシュリルと呼ばれる少女は今さらのように慌てた様子で質問に答える。
「…へ?あわわわっ、、、はい!私は『シュリル・キューザック』って言います。『シュリル』って呼んでくだしゃい。って、言わなくても分かりますよね。ごめんなさいっ!」
いきなり質問されたことで緊張しているのか噛み噛みな返答をするシュリルは自分の着ているローブをはたき、身なりを整えている振りをしている。その様子を見たハイドは自分と同じ分かりきった質問をし、なんなら自分より人見知りなのではないかと思われるシュリルの態度に安堵する。
「その、シュリル…?はこのゲームは初めてなんですよね。操作方法とかはわかりますか?」
「はい、beta版はプレイしてたので」
「そうなんだ、それなら問題ないか」
ハイドは少し羨ましそうに目を向ける。なぜならハイドはbeta版プレイ期間の二週間、駅の階段で足を踏み外し、前途二週間の怪我と重なってしまい、プレイできなかったのだ。そんな事はつゆ知らず、相変わらず興味津々で周りの景色に夢中のシュリルと言われる少女。するとシュリルは帽子の下から警戒心むき出しの視線をハイドに向けると、恐る恐る話しかける。
「ハイドさん。あの、このゲームってプレイヤーネームの変更はできないんですか?」
「うーん、そうだなあ。基本的には初期のキャラメイク以降は不可能だと思いますよ。でもどうして?」
「実は、ゲームを始めようと思ったら名前と職業、アバターまで決められていて、変更できなかったんです」
「え、」
実際、それは本当にこのゲームで起きた事だった。シュリルはハイドに事の経緯を語る。
それはハイドたちの〈還魂墓地〉での戦闘から数時間前の出来事だった。とても清潔感あふれる台所。色々な音が混ざっている。水道の蛇口から水の流れる音、何かをゴシゴシ擦るような音、そして誰かの鼻歌。そこにはエプロン姿で髪の後ろを結んだ状態で皿洗いをする小柄な少女がいた。使い終わったスポンジを置き、最後の皿を洗い終わったのかそれらを一枚一枚を丁寧に布巾で拭いていく。すると洗濯カゴに服が入った状態で部屋に入ってくるエプロン姿の女性がいた。その女性は少女の姿を見るや否や驚いた様子で
「すいません、病み上がりなのに。あとは私がやっておくので紗凪さんはお休みになってください」
「いえいえ、いいんです。十分寝たので」
その女性は怪訝な目を紗凪と呼ばれる少女に向けながら、恐る恐る聞く。すると紗凪は女性の予想よりも気の抜けた笑顔で
「お身体の調子はいかがですか?」
「だいぶ良くなりましたよ」
そういって微笑みを浮かべた紗凪を見ると、その女性も自然と表情が柔らかくなった。紗凪は食器を拭きながら考え事をしていた。家政婦の美智子さんはやっぱりいい人だ。こんなに私は休んでいるのに、嫌味ひとつ言わずに接してくれる。美智子さんは私の数少ない理解者の一人であり、素の状態で話せる一人だ。
にしてもあれ、どういうことなんだろう。紗凪は二週間ほど精神的な疲労のせいで入院していた。二日前に退院して部屋に戻ると、携帯にあるメッセージが届いた。携帯の画面にある送り主を見ると、クラスの女子からだった。
『紗凪、大丈夫だった?私たちすごく心配したんだよ。紗凪の代わりがいなくて寂しかったの。来週こそは学校に来てくれるよね?みんなで待ってるよー(笑)あと、無視すんなよ』
紗凪はそのメールの送り主たちが、私を本心から心配してはいないことを知っていた。なぜなら彼女らは紗凪を日頃からいじめている張本人たちであり、送り主はその主犯格ともいうべき女子だった。入院中も何回か送られた彼女たちからのメッセージを紗凪は見ないようにしていたが、無視したことへの彼女たちからの応酬が急に怖くなり、見てしまったのだ。そのメッセージを見たせいで寝込んでいた。数時間前、久しぶりににネットゲームをしようと思い、紗凪はあのダンボールの上にあった新作ゲームを起動させた。インストールが済んで始めようと思ったら、画面に不可解な数字が表示されていた。『00:37:21』その右端の数字が1秒ずつ減っていくのを見ると、それがタイムリミットだと分かった。その残り時間を見て、紗凪は訳が分からず困惑したが、すぐにその疑問は消えた。画面左上に表示された『ゲーム開始まで』の文字。なるほど、これはゲームを始めるのに必要な時間なのだと紗凪は理解する。しかし、なぜこんなことをする必要があるのだろうか。しばらく頭を悩ませる。
「んー、どうしよ。待てばゲームができるのかな?」
そうして悩んでいたら夕飯の支度ができたことを家政婦の美智子さんから告げられたので、部屋を出て夕食を摂ったわけだが。インストール自体は住んでいるはずなのに、ゲームができないことに対する不信感がどうにも拭えない。これが終わる頃にはできるかな、そんなことを考えているうちに全て拭き終わり、紗凪は拭き終わったお皿を食器棚に戻すことに意識を向け始める。
しばらくしてPC画面の前で正座をしてじっと画面を眺めるていた紗凪。先ほどまで画面に表示されていたタイムリミットが終わり完了の合図を知らせるシステム通知とともに、ゲームを起動する。紗凪はふふんと鼻を鳴らしながらスタート画面から、さっそくキャラメイクに取り掛かる。まずはプレイヤーネームの登録。紗凪はbeta版の時と同じくサナギにしようと考えていた。そうすればかつてのパーティメンバーに気づいてもらえるようだろうと。そう思った矢先におかしなことが起こった。そこには通常、空欄になっているプレイヤーネームの欄なのだが、なぜかすでに別の名前が入っていたのだ。
「なんだろ、しゅりる、きゅーざっく?」
『シュリル・キューザック』そこにはこう書いてあった。名前を変更しようとその欄にカーソルを合わせる。だが不思議なことに何度押してもその名前の変更ができない。
「なんで、どうして」
全く反応しないため、状況がうまく飲み込めない紗凪は仕方なく決定ボタンを押してみる。すると今度はアバターが出てきた。
「え…私?」
しかし紗凪はその姿を見て驚いた。そこには自分とよく似た見た目の女の子がそこにいたのだ。ますますわけがわからない紗凪。それに一番上にあった〈髪型〉の欄を押してみても依然反応がない様子。だが一番不可解なのはその次の項目、〈職業選択〉の画面だった。先ほどと同じようにまた自分の職業が設定されていた。そこにはなんと通常ではあり得ない職業名が記されていた。『モンスター〈魔女王の娘〉』それにアバターの服装、一見、魔女のようにも見えるその全身黒装束の風貌に紗凪は困惑をあらわにさせ考え込む。見た目だけなら魔法使いのそれだが、魔女とはこのゲームにおいて一体何者なのか、敵モブなのか、はたまたかつての権力者か。それにここまで具体的な職業名ではゲームのNPCみたいだ。
「魔女王の娘ってなんだろ。私〈僧侶〉にしたかったのになあ。まあ、この服可愛いからいいか。」
いろいろ考えた紗凪だが、結論はこのゲームがプレイできさえすればいいというゲーマーにしてはこだわりが薄いように思える答えに至った。
「名前は後で変更できるかもしれないし、魔法使いも面白いかも」
そうして初期設定をすませると、リスポーン地にキャラクターが転送された。紗凪の記憶によれば最初のリスポーン地は始まりの街〈ノスタルジア〉その中央の教会区に位置する大教会〈church of Requiem〉にある〈再起の祠〉のはずだ。込み上がる興奮を抑えながら待機すると、目の前の暗闇が徐々に消えていくにつれて目に入る光が視界を安定させる。しかしそこには紗凪の想像とはまるで違った景色が広がっていた。
「え、ここって確か…」
紗凪はこの風景に既視感を覚えた。部屋を照らす無数の松明、元は整然と並んでいただろう石柱は瓦礫と化している。苔の青臭さと埃が舞っているためか少し匂いが鼻につく。彼女にとってこの場所は、以前「ALF」のbeta版で紗凪が「サナギ」というプレイヤーネームでこのゲームをプレイしていた際に訪れたことのある場所だった。かつてパーティメンバーとともに〈エンド・オブ・ソーサラー〉と獅子奮迅の戦いを繰り広げた地〈キューザック家:墓地〉多少の見た目の変化やオブジェクトの損傷等はあるが、まさしくその地だった。感慨深げにその部屋を見回していると、前方に片腕のない細身の青年が自分に背を向けて歩いており、まさに部屋を出ようとしているのが見えた。紗凪はこのゲームの経験者ではあるが、この異様な状況では右も左もわからない状態だったので、勇気を出してその男に話しかけることにしたのだった。
「なるほど、それは困ったな…」
その経緯を聞いたハイドは驚いた様子で考える。バグにしては致命的すぎるな。いっそ〈ALF〉のカスタマーセンターにでも連絡した方が良かったのではないだろうか。確かにこのゲームには最近不可解なことが多すぎる(主に俺の運の無さに関係することが)。それにしても、彼女の職業が最初から決まっていたとなると一つ気に掛かることがある。初期ステータスやスキルの有無だ。通常、システムによってそれぞれのジョブにある程度均一の強さになるように数値が割り振られたりスキルが与えられたりするはずだが。ハイドがそんなことを考えていると、彼らの前方に街が見えてきた。ハイドは先ほどの苛烈な戦闘があったせいか、本能的に安全を求めて気持ち足どりが早くなる。
街を出る際に経由した南門から始まりの街〈ノスタルジア〉に入っていくハイドとシュリル。門の内部に入ると自動的に体力が完全に回復し、消えていた左腕が白い光とともに再生する。シュリルは街の活気と建造物の壮大さに感嘆しているのか口を半開きにして街を眺めている。近くの広場まで行くとハイドの方からシュリルに話しかける。
「着いたよ、ここが始まりの街〈ノスタルジア〉って、まあbetaをやってたシュリルに言うのはお節介かもだけど」
「いえいえ、そんなことないです。ありがとうございました!私一人だと迷ってたかもしれないし」
ここまでくればもう大丈夫だろう。この後は今頃、再起の祠から復活したであろうバニラに結果を伝えに行くとするかな。そう考えたハイドはシュリルに別れの言葉を告げる。
「じゃ、俺はあっちの教会区に用があるから。頑張って、このゲームは人気相応の楽しさがあるしきっとシュリルも楽しめると思う。また何かわからないことがあれば会ったとき聞いても構わないから。何だったらフレンド登録してもいいし」
いろいろと謎の多いシュリルという少女、小柄なその少女の全体はフードに隠れて見えないが時々とんがり帽子の隙間から見える顔はかなり可愛い上に美しい。きっとこの子は容姿端麗でさぞ数多くの男を魅了する可愛さに違いないとハイドは考える。何だったら俺のパーティメンバーにでも…、でも案外中身は中年のおっさんかも。なんてことを想像しながらその場を去ろうとすると、その後を早足で追いかけてきたシュリルがハイドに向かって不可解なことを口にする。
「あの、ダンジョンからの帰り道でいろいろ調べてみたんですけど。なんだか私、あなたの仲間になってるみたいです」
「んん⁉︎それはどういう…??」
シュリルの方に向き直り、腕を組み考え込むハイド。どういうことだ?なぜ俺が彼女にとって仲間なんだろう。シュリルとは確かに一時的に行動を共にしたが、それだけで仲間として認めてもらえたのか。にしては言い回しがおかしい。あるいはその行動をシステムがシュリルをパーティメンバーになったと判断し自動的にメンバー登録されたのか。あるいはもしかして彼女なりの遠回しに俺とパーティーを組みたいという意思表示なのだろうか。うん、それはないな。思い上がりもいいとこだ。そういう一時的な期待は後からそれ以上の失望で返されることは俺の非リア人生で証明済みだ。童貞たちの人生に幸あれ。
「そういう訳なので、その、よろしくお願いします…」
「あれー、バグでパーティに登録されちゃってるのか?少し待ってね。今すぐ【君を解除】するから」
そうだよな、これは前者だよな。おかしいな、本当にここ最近バグが多いな。ここまで多いと不覚にもこの子がパーティメンバーになることを夢見た俺の心が完全に折れてしまう。そうなる前にこのゲームのカスタマーセンターに問い合わせてみるか。うん、そうしよう(半分は個人的な恨みなのだが)。
そんな心のやりとりをしていたことを知らないシュリルは先ほどのハイドの言葉を聞いて
「え…。あ、ごめんなさい。レベルの低い私なんかが仲間になっても役に立ちませんよね。はは…」
なんとシュリルは目に涙を浮かべ始めた。その反応を見たハイドはますます状況がわからなくなり混乱する。
「あ!あー、そうか!パーティーになりたかったのか。悪い悪い。いまパーティ申請送るから!ついでにフレンド申請もしとくぞ。これでいいのか?」
「ううぅ…ぐすん……ぐすん…。」
くそ、ますますわからない。これだな?この答えでいいんだな?これだから恋愛シュミレーションゲームは難しいんだ。ハイドはシュリルに柔らかい笑顔を浮かべ慰めるように答える。そしてハイドは急いで申請のメッセージを送る。まずはパーティー申請でシュリルをメンバーに登録する。
しかし、その動作はシステムからの謎のウィンドウによって無効にされる。その文はこう述べている。
『※モンスターをパーティメンバーにすることはできません」
???全く理解不能だ。何度押してもそのウィンドウに阻害される。シュリルがモンスター⁉︎一体全体どうなっているんだ。ハイドは頭をかきながらどうしたものかと思案するが解決策が全く浮かばない。とりあえずここは正直にシュリルに謝ろうと頭を下げる。
「ごめん!理由はわからないけど、いま君をパーティメンバーにできないみたいだ。ちょっと待っててくれる?一旦ログアウトして〈ALF〉のカスタマーセンターに問い合わせてみるから」
するとシュリルから衝撃の言葉が告げられる。
「……いえ、私はあなたにテイムされているのでとっくに仲間になってますよ?ってあれ、私を〈契約解除〉するんじゃなかったんですか?」
「ええええええええええええええええ⁉︎」
とうとうハイドは言葉を失ってしまった。プレイヤーをテイム?そんな馬鹿げたことを真に受けるほどハイドも素直ではない。相手の意図を探るため、シュリルの表情を観察する。一方シュリルの方も先ほどの冷静さからかけ離れたハイドの反応に違和感を感じたのか、首を傾げて相手を見つめている。
「あははは、シュリルは面白いこと言うな。もしかして天然さんなのかな?」
ハイドは度重なる混乱の最中、まさかそんなことはあるまいと思いつつ念の為、自分のウィンドウから〈テイムモンスター〉の欄を確認してみる。すると、確かに〈テイムモンスター:『シュリル・キューザック』〉と登録されているではないか。どういう原理なのかは不明だが、これもバグの一種だとしたらこのゲームがリリースされて以来の大問題だ。これではゲームシステムの前提から覆されてしまう。ハイドはより詳しく調べるためモンスターのステータス画面を表示させる。種族は『特殊カテゴリー:魔女』、レベルは17、〈還魂墓地〉攻略現時点でのハイドのレベルは15だから2レベルシュリルの方が上だ。ステータス面は典型的な魔法使いのそれとさほど変わらないが、MPだけが通常の魔法使いの二倍以上はある。これも魔女という異質なジョブの特徴なのだろうか。ハイドはそれらの証拠を目の前に提示され、彼女の発言が出まかせについた嘘ではないことを確認する。その過程で一つの疑問が思い浮かぶ。ハイドが見ているシュリルのステータス画面、シュリル側からはどう見えているのだろうか。それはつまり、モンスター側から見た自身のステータスや操作画面、装備欄やアイテムポーチの有無だ。他にも通常のプレイヤーと同じように蘇生したり、商店での売買、装備品の着脱、アイテムやスキルの使用などがどこまで適応されるのか。
そしてハイドは色々考えた後、最後にシュリルのスキル画面を見てみた。スキル欄にはレベル17の通常の魔法使いが取得するような相応のスキルが並ぶ。中には特異なものもあった。〈魔女王の還魂術〉というもので還魂墓地に出現するモンスターを召喚し支配権を得る※ただしボスエリアのモンスターは対象外、と。
「はあ⁉︎敵モブ使えるってことかよ!」
なんてぶっ飛んだスキルだ。強力すぎるスキルだがもちろんデメリットもあった。どうやらこのスキルはMPに召喚コストが依存するようで、召喚数とMPの変換比率は記載されていないためどの程度召喚できるのかは定かではない。
ハイドは驚きを隠せない中、他の欄も覗いてみると興味深いパッシブスキルがあった。〈エクストラスキル:『魔女の申し子』〉というスキル。なんでも魔女王?のスキルスロットを初期状態で取得できるというなんとも異質なスキルだ。エクストラスキル?そんなワード聞いたこともないな、という風にハイドは腕を組み顔をしかめる。普通に考えれば通常のスキルスロットとは別に追加されたスキルだと考えるが、魔女という前代未聞の種族に由来するものなのか。
ある程度、シュリルのステータス画面という個人情報を勝手に閲覧したハイドはシュリルとの先ほどまでのやりとりの意味を理解した。まだ理解できないことは数多いが、どうやら誤解していたのは俺の方だったようだ。だからシュリルは【解除する】というワードに対してあんなに過剰に反応したのか。それはテイマーがモンスターとの関係を解消するということであり、ハイドがブラッドとの還魂墓地でのボス戦で遭遇した事だった。
「すまん、契約は解除しないよ。お互いこのゲームのバグの影響に振り回されてるみたいだ」
「そうみたいです、でもこの【エクストラスキル】っていうバグ、理由があって起こるみたいですね」
「え?そうなの?」
「はい、図鑑のワードが増えてて、〈魔女王の申し子〉の欄があったんですよ」
「へえ、そんなのあったかな」
「ちなみに私は、beta版の時に発生したみたいです。そうだ!今私の画面を見せますね」
どうやらシュリルもハイドが発言の真偽を調べている間に、自分なりにこのゲームで起きている事について調べていたらしい。彼女は自信ありげに『ALF』のシステムにある相互閲覧機能を使ってシュリルの画面がハイドにも見えるよう設定する。
「あの…、こっちに来てもらえますか?」
「ああ」
小柄な彼女と横並びになるとハイドとの身長差がはっきりと分かる。ハイドはシュリルに接近すると、急に身体が縮んだ。それに普段、ハイドは女の子に接近する機会がないためか、高鳴る胸の鼓動を抑える必要があった。まずい、近い。帽子から出ている髪は瑞々しく美しい。それに露出した肩に自分の肩が触れそうだ。たとえこの子の中身が男だとしても、この状況になれば男なら必ずと言っていいほど緊張するだろう。男かもしれないけど!けど!ますますシュリルの美しさを実感するハイド。自分の通知画面に表示された確認事項をハイドは承諾すると、最初はモザイクがかっていた画面がパッと視認できるようになる。ハイドは図鑑からシュリルが操作する画面を見ながら、エクストラスキルである〈魔女王の申し子〉が記載されている欄を発見する。
「私の場合はbetaの時に〈キューザック家:墓地〉のボス部屋前にある墓石の側でアイテム〈形見の指輪〉を落としたことが原因みたいですね」
「キューザック家?そんなエリアあったのか」
「ええ、ハイドさんも知ってるところだと思いますよ?このエリア確か、製品版では〈還魂墓地〉って名前に変わってますけど」
「ああー、あそこのことか。となるこの墓石は…あそこか」
ハイドがいうあそことは、彼が今回のボス〈エンド・オブ・ソーサラー〉と戦う前にバニラと初めて遭遇した大広間。その中でもバニラがハイドを尾行していた時に隠れていたあの墓石のことを指していた。
「確か〈形見の指輪〉と言えば、そこのボスの撃破報酬だったけど。シュリルはこのゲームのbeta版の時にそれを落としたって事?」
「は、はい…。アイテム整理の時に間違えて捨てちゃって」
「あらら、そりゃ残念」
俯きがちにその経緯を語るシュリルに同情するハイド。少しの間、その場に沈黙が流れた。すっかり夜が更けた南門前は街の街灯と噴水の水が流れる音だけがその場を支配した。お互いがどこか、もの寂しげにそれらの音に耳を澄ませる。しばらくの沈黙を置いて、シュリルがおもむろに口を開いた。
「ハイドさんはどうですか?」
「どうって?」
「【エクストラスキル】です。私が〈魔女王の申し子〉で魔女になってしまったように、現在その私がハイドさんにテイムされてる状態ってことは、ハイドさんにも私に対する何かしらの影響を与える力が働いてると考える方が自然ではないでしょうか?」
「確かにそうだな」
いかにも聡明そうな疑問を投げかけるシュリル。リアルでは学問の面で成績優秀な彼女だからこそ、その疑問に至ったかは指し置いて、その可能性を考えるハイド。
「ステータス画面、確認してみたらどうでしょう」
「分かった、シュリルも見てみるか?」
「いいんですか?それじゃあお願いします」
「うん」
さっき勝手に彼女のステータス情報を見た分もあるし当然、自分も見せるべきだろうとハイドは先程シュリルがやったように相互閲覧機能を使ってシュリルに画面を見せる。ハイドは再び距離が接近し緊張するのを抑えながら、図鑑をスクロールする。すると、新しい項目が更新されているのに気づいた。【魔女使い】:〈テイマー専用〉魔女王の娘をテイムすることができる。
「魔女王の娘…」
「だから私、テイムされてるんですね」
その下に表示された特殊条件を見る。〈特殊条件:還魂墓地において、職業【テイマー】がフロアボス【エンド・オブ・ソーサラー】をソロで撃破する〉。
「なるほど、あの時か」
ハイドは還魂墓地で激戦を繰り広げた記憶を想像する。確かにボスにとどめを刺したのは俺だが、それはバニラやブラッドの奮闘があってこそだ。これをソロ攻略といっていいのだろうか。それにこの達成条件には〈エンド・オブ・ソーサラー〉は記載されているが、その精鋭である〈ガーディアン・オブ・スケルトン〉が含まれていない。
「てことはこれ重要なのは倒した時にソロかどうかってことか」
「そうみたいです」
ハイドはまたしばらく考え込む。すると、いきなりシュリルが
「ふにゃ〜〜〜〜あ」
「え?」
シュリルのあくびだった。小さい口を大きく開き、口元に手をかざす様子はさながら猫のようだ。目に涙が浮かんでいる。確かに街に帰ってから随分と時間がったようだ。朝が近いのか少し空が明るい。鳥が鳴く声がする。ハイドにとっても、眠気を強く感じる時間だ。
「そろそろ落ちようか」
「はい…あの、また明日ここで会えますか?」
「え、ああ、もちろん!」
シュリルに涙目で上目遣いで言われてどきりと胸が鳴るのが聞こえたハイド。
「それじゃあ、失礼しますね」
「ああ、お疲れ」
シュリルはウィンドウを操作して、ログアウトする。残ったハイド一人思案している。
「魔女使い、か」
魔女使い、その名はこのゲームにおいてどんな意味を持つのか。エクストラスキルとは一体何なのか。このゲームの攻略スピードとしては他のプレイヤーに比べてかなり遅いハイドだが、これからの攻略はシュリルと進めていくことになるだろう。ハイドは今日、シュリルという少女と話していてひとつ気になったことがあった。それは彼女がなんらかの闇を抱えているのではないかという疑問だ。彼女はハイドと話している時のみなのかは不明だが、どこか何かを恐れている節がある気がする。そう表したのには理由があった。普通、彼女の様子を見れば、少し暗いだけ思って終わりかもしれない。しかしシュリルのその挙動や態度は、ハイドも経験があった。それは彼が少し前の中学生まで感じていた『人の反応や態度の変化を恐れている』様に思えた。今でもそれが原因で人と関わることが億劫になったり、避けてしまっているからだ。まあ彼女の事情に首をつっこむわけにもいかないのでハイドはそこで考えを止める。今彼は何はともあれ【Another Lives Fantasy 】という謎の多いゲームが楽しくて仕方がないのが率直な想いだった。そう、ハイドの目標は初めから変わってなどいない。それはこのゲームを楽しみ、いつか強いモンスターをテイムし、最強のテイマーになることだ。
やっとタイトルの題に至ることができました。最初は趣味程度の感覚で執筆してたんですけど、結構のめり込んでます。