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黒魔術師とパーティー組んだら魔女王の娘だった件:中編

今回は少し長いので、気軽に読むには適さないかもしれません。すみません。

 左足を掴まれる感触、ある種の執念を感じさせるその異様な感覚に、バニラはたまに見る悪夢での状況に似ていると思った。

この世界では〈トレジャーハンター〉である〈バニラ〉だが、現実では女子高校生の『葉原栞』という名前で生活している。

彼女はクラスでいつも明るく、気の強さを感じさせる態度とその大雑把さから多くの友達が彼女を好いていた。

姉貴気質で上下関係をあまり気にせず、ゲーム好きということで多くの人脈を持っていた。

彼女の普段の学校での成績自体はそれほど良くなく、不良な生徒から支持される程度には真面目とは少し路線がずれていた。

そんな彼女だが実は以前はそれらの面影は感じられなかった。今の親しみやすい彼女になったのは中学の頃の、あるある出来事から彼女は変わってしまったのだ。

その出来事が彼女の周囲への大らかな気遣いや性格の荒削りさを生み出したが、緻密な人間関係を避けたがる原因にもなった。彼女はその事件以来、たまに悪夢を見るようになったのだ。

時々、彼女自身も今の自分のキャラクターに疑問を持つほどその影響は大きかった。

それほど彼女の深層心理に影響を与えたのは、周囲からの『嫉妬』という感情だった。

もともとは生真面目で熱血派、全ての物事に全力という性格だった彼女。

栞は中学時代、柔道部に所属していた。

さらにその部のエースになった彼女は人以上に努力することを求められた。だが彼女からしてみれば、いつも自分と競い合う部員との練習は厳かで、緊迫したものに感じるその雰囲気が嫌いだった。

その空気の中にいると、首を絞められていいるような感覚になるのだ。

 もともと栞の中学校は柔道部が強く、周辺地域では有名だった。

中でも女子柔道部は県の強化選手を多く輩出する県大会の常連校だった。

栞は中学から柔道部に入った初心者であるのも関わらず、一年の新人戦では個人戦で県大会二位になるほど柔道というスポーツのに対して適性が高かった。

もともと運動神経が優れていることから友達からはスポーツ面での期待は大きく、栞自身もスポーツに関しては人以上の自信を持っていた。

だがその新人戦での勝利はそれ以来、彼女がその部で活動する度に他の先輩や部員から冷たい態度を取られることが増えた。

彼女の華々しい戦績やその生まれ持った才能は、彼女の周囲からの嫉妬心を買ってしまうほど十分な戦績になってしまったのだ。

もちろん同期の部員や、先輩の中には彼女を誇らしく思う人もいたが、それ以上に影は濃かった。

つまり一箇所に当たる陽が強くなれば、その分周りの影は濃くなってしまうということだ。

 その嫉妬心は時に形として現れ、ある日彼女に牙を剥いた。

それを初めて実感したのは試合後の普段の練習でのことだった。

普段通りの部活の練習中、今までは自分たちと切磋琢磨していたはずの先輩部員の何人かが彼女の後ろの方で談笑しているのに気づいた。

栞は少し気に掛けながらもいつもの練習メニューの一つである、技の打ち込みに励んでいた。

すると、新人戦で県大会で一位の成績を修めた選手であり、この部の部長でもある女子生徒が彼女たちに気づいたのか、近づいていった。

栞はあまり彼女たちにいい印象は持っていなかった。彼女たちは部長に対してその嫉妬心を向ける一番の標的としていたからだ。

おそらくいつものように彼女たちを叱りつけるつもりだろうと栞は思った。

最近、こういう状況になることは多いのだ。

そのたびに彼女たちは部長にしかめっ面をすると、舌打ちをする。

「あなたたち、練習する気がないなら帰ってくれない?真面目に練習してる人たちのために」

いつもに増して今日はかなり強気に出たなと栞は思った。

部長の威厳を感じさせる無機質な表情や態度を見て、その部員たちは少し怯んだように身を固くした。

するといつもはそこで嫌々練習に戻る彼女たちだったが、しばらくしてその中の一人であるリーダー格の女子が急に相手を馬鹿にするような薄笑いを浮かべる。

彼女は強気な態度で一歩前に踏み出すと、部長に言い放った。

「確かに、私たちが真面目にやったって団体戦のレギュラーにはどうせなれないし?あんたらに投げられるためにやってると思うとやる気無くすのも仕方ないよね」

「何よその態度!そんなのただの妬みじゃない!!!」

「は、はあ⁉︎…ま、まああんたには『ご自慢の後輩』もいるみたいだし?前にも増してこの部も偉くなったわね」

そう言い放つと、彼女を筆頭に何人かが各々更衣室に入ってくと、ドアが力強く閉められる。部長と栞はその様子を不安げに見ていた。彼女は今確かに言った。

『ご自慢の後輩』と。

つまり彼女の発言はレギュラーメンバーたちだけでなく、その後輩にも向けられているのだ。

もちろん、彼女の後輩である栞もそのメンバーに入っている。

だから彼女は自分も含まれていることを知って緊張した。

さらにその発言の後、彼女は栞の方を一瞬見ると目が細くなり眉間にシワが寄った顔になった。

嫉妬心や怒り、妬み、そして執着心さえ感じられる視線で彼女を睨んでいた。

それを見た栞は反射的に目を背ける。

しばらくすると彼女たちが出てきた。学校の制服に着替えていた。

「これからゲーセンでも行かない?」

「いいね、行こ行こ」

「あなたたち、どうなるかわかってるの!」

そんな言葉は届くはずもなく、口々に話しながら女子部員たちは早々と部屋を出ていく。

去り際にさっきの女子がこちらを一瞥するとそのまま部屋の外に出る。

それを見ていた部長はその場で一人歯を食いしばり、両手を強く握りしめたまま立ち尽くしていた。

誰もがその様子を見ていたのだろう、練習はいつの間にか中断し、沈黙の波が流れていた。

すると後ろで見ていた副部長の女子が部長に駆け寄り

「大丈夫だから。ほんとあいつら、何がしたいの?」

そういって背後から部長の両肩を掴み慰めた。

その時、チラリと見えた俯きがちに歯を食いしばる部長の目には、小さな雫が浮かんでいた。

「葉原さんもあんなの気にしなくていいからね?みんなも…」

 それからその女子たちは、後日も普段通り嫌々ながらも練習に参加するようにはなったが、部員全体のモチベーションは確実に下がっていた。

そこに謝罪はなく、一ヶ月ほどギクシャクした空気は続いた。

その出来事以来、彼女たちは私や部長を見ると、仇でも見るような目つきで睨みつけてくるようになった。

まるで仇でも見るような鋭い視線だった。

その後も先輩たちが引退する最後の最後まで彼女たちの目は変わらなかった。

栞はその後も団体戦のレギュラーとして活躍したが、中学で柔道は引退した。

 栞はその事件以来、時々悪夢を見るようになっていた。

それは部活で自分が必死に練習していると、黒い人型の怪物に突然、自分の足を掴まれる夢だ。

彼らは実体を持っておらず、黒い塊のような、忌むべきものが形を持ったような生き物だった。

その手はひどく冷たく無機質で、妬みと怒りが籠っていた。

その腕に掴まれると栞はいつも夜中に飛び起きた。

冷や汗をかき、その夢の度に栞は苦しくてたまらなくなった。努力をすることは罪なのか。

才能を持つことが罪なのか。

あの先輩たちの居場所を奪ってしまったのは私なのではないか。

才能は時に凡才を殺してしまうのだ。

 その絶望の手がいま、ここにある。確実に心臓に迫り来り、近づく相手のロングソードの切っ先。

それを見るとバニラは酷く焦り、どうしようもない恐怖に襲われた。

『誰か、誰か助けてお願い』

そう心の中では言いつつ、ついに目を閉じてしまう。

『怖い。怖いよ、もういっそ早く殺して…』

その時、バニラの耳にグサリっと何かが刺さる音がした。

終わった、とバニラは確信しながら目蓋をゆっくりと持ち上げる。

これが夢の延長なのかと。

だんだんと部屋にある松明の照明がぼんやりと映る。

 すると誰かが自分の前に立っているのが見えた。

その大きく力強い背中はどこか寂しげで、少し猫背になっていた。

バニラはその背中を以前見た覚えがある。

さっきまで一緒に戦っていた時に横から見ていたその背中。

そんなまさか、とは思ったがその人物の一人はそこにいた。

「あんた、何で…」

慌ててハイドの横に回って様子を見てみると、ハイドの右手にロングソードの切っ先が深く突き刺さり、貫通していた。錆びたロングソードの切っ先、その先を自らの左手で受け止めていたハイド。

「あっぶねー、なんとか間に合ったか」

その声は暖かく、バニラは救われた気がした。

刃が貫通しているのも関わらず彼の後ろから見えた小さく笑うその横顔は、冷や汗でびっしょりと濡れていた。

左手の先から、徐々にオレンジ色の粒子となって消えていく。

「あんたそれより、手が…」

心配してバニラがそれを言い終わるより早く、ハイドが横目にバニラに伝える。

「ブラッドが後ろのそいつ、倒しといたってさ。感謝しとけ」

「え?」

自分の足元を見ると、自分の足がすでに自由になっていることに気づく。

するとハイドは右手に刺さった刃を力一杯に押し戻す。

それにあわせてスケルトンも後ろに後退する。

「それじゃ、あと任せた」

俯きがちに顔を赤らめ、感謝の言葉をかけようとしたハイドに唐突に任され、戸惑うバニラ。

「ちょっと!あーもうっ」

バニラは後退したスケルトンの方へ走り出し、ツルハシを振りかぶる。

するとあの時と同じように銀杏色の黄色いエフェクトを発したツルハシをスケルトンの頭部に叩き込み〈ランバー・スライド〉が炸裂する。

バニラの進行方向とともに、そのままスケルトンは吹き飛び、後ろに転がる。

するとハイドの代わりにヘイトを集めていたらしいブラッドはレーザーを避けながら旋回してそのままこっちに向かってくる。 

ブラッドはトパーズの様なオレンジ色の輝きを放ちながらが転がるスケルトンに向かって〈ビーク・スラッシュ〉を食らわせる。胴体に直撃したスケルトンは、無数の骨片を撒き散らしながら消滅する。

ふう、と額の汗を腕で拭うバニラ。

「はいよ、お疲れさん」

ぽいと放り投げられた緑色の瓶を両手で受け取るバニラ。右手が消失したブラッドとバニラの二人は回復ポーションを飲みながら前方の様子を眺める。

「最後は、あいつね」

「そうだな、アレさえ来なければ楽に勝てるんだけどな」

「それってあいつの持ってる〈高速詠唱〉のこと?。HP残量が少なくなるほどレーザーが早くなるのよね」

「ああ、それもあるがもう一つ…」

言い終わるより早く〈エンド・オブ・ソーサラー〉のレーザー攻撃が来る。ハイドとバニラの立っている間を分かつようにレーザー攻撃が迫る。

二人は回復ポーションの空き瓶を投げ捨て、両方向に分断される形で回避し、それぞれが展開する。

両方向からソーサラーに接近し、まずハイドがソーサラーの大杖での殴り攻撃を、持ち前の敏捷力で避ける。

その間にソーサラーの死角を縫って接近したバニラの攻撃が肩にヒットする。

即座にバニラの方へソーサラーの飛ばしたレーザーが迫るが、すぐ近くにいたブラッドが自分の回避バフスキルである〈慧眼の見切り術〉を発動させる。

水色の輝きを伴うエフェクトがバニラにかかる。

攻撃を、バニラは少しだけ体を捻るだけで自動的に横にスライドする回避で避ける。

そのままツルハシで追撃を加えるバニラとブラッド。

ヘイトを引くハイドで分担して攻撃する。

いつの間にか連携ができてきていることで、ハイドは自然とまた少し口角が上がった。

ハイドとバニラは依然として激しい攻防の最中だ。

ブラッドの回避バフでレーザー攻撃を避けつつタゲを取るハイド、その合間に豪快な攻撃でダメージを稼ぐバニラ。

「かなり詠唱が早くなってる。一旦離れるぞ、ブラッド」

「ピイイイ」

ハイドとブラッドはレーザー攻撃に注意しながら、後退する。ハイドはバニラにもその趣旨を伝えようと声をかける。

「バニラ、少し攻めすぎだ。距離を取れ」

すると予想に反してバニラは好戦的な返答を返してきた。

「まだよ、もうちょっとで倒せるはずなの!」

それは彼にも分かっていた。

だがこういう状態だからこそ危機管理がなにより重要なのだということを、幾度となく敗北を重ねたことで誰よりもそれを知ってるつもりだ。

ましてやあの攻撃、〈天堕とし:偽〉なるスキルがいつ来るかわからない状況なのだ。

このダンジョンで初めて目にした〈エンド・オブ・ソーサラー〉のあのスキルは、簡単にパーティーを全滅させかねない。

運良く今まで彼らはその場面に遭遇していないが。

だが、ハイドとしてもそれを恐れていては攻略できないことを知っている。

だからこそ今攻める時なのかもしれないが。

「分かった、でも一旦そっちにブラッドを寄こすから、それまで耐えろ」

「うん!」

 ハイドはブラッドに命令してバニラの方へ向かわせるつもりだった。

しかし、いつの間にかブラッドが消えていることに気づいた。

焦りながらも必死に目を凝らし、部屋の隅々まで探すがどこにも見当たらない。

そこでウィンドウからハイドのステータス画面を表示させる。

すると、テイムモンスターの欄からブラッドが消えているではないか。

どういうことか理解できなかった。冷や汗が滴り落ち、それが地面に落ちる瞬間、ある考えが浮かぶ。

「くそ!もしかして、契約関係が切れているのか⁉︎」

 テイマーとモンスターには信頼関係がある。

それは現実の人間関係でもあるようなものだが、このゲームにおけるその関係は〈親密度〉というパラメーターで表示される。

通常、テイミングしたばかりのモンスターは初期の親密度が〈1/1000〉の状態だが、レベリングしたりモンスターと過ごす時間が増加するごとに親密度が上がるようになっている。

親密度が高いとお互いの弱体耐性が最大10パーセント上がったり、モンスターが命令を遂行する確率が高くなるのだ。

しかし逆に親密度が低くなるとモンスターが命令を聞きづらくなり、弱体耐性が下がる。

親密度が下がる要因としては、例えば草食系モンスターに肉系素材を与えたり、モンスターが死亡するなどが原因だ。

だがハイドは知っていた。もう一つのデメリットを。

親密度が100以下の時に起こる最悪の事態を。

それは〈モンスターとの契約解除〉だった。この現象が起こる確率はまずないと言っていいほど低い。

だが、親密度が低いほど起きやすいそれを、ハイドは軽視していた。

実際にステータス画面を見ると、〈37/1000〉だった。

幾度も敗北を重ね、その度に戦い続けたせいで親密度が下がりきっていたことに彼は気づかなかったのだ。

 落胆し、ついに両手を床についてしまったハイドの様子を見たバニラは、駆け寄ろうとする。

「どうしたの!何かあった⁉︎」

「待て、今俺が行くから待ってろ!」

その時、バニラの足元に黒色の重圧な風が吹いた。

その風は瞬く間に凝縮し、大きな円になった。

何が起きているのか分からず呆然とするバニラにハイドは駆け寄る。

「バニラ、逃げろ!」

「え、何なのこれ…」

くそ、間に合わない。まさかこのタイミングで来るとは。

にしても詠唱から発動までのインターバルが短すぎる、どうやってあんなの回避すればいいんだ。

ブラッドさえいてくれれば。

 ハイドがそんなことを考えている間にバニラの足元から天井めがけて暴風が巻き上がる。

バニラはその範囲外に出ようと前に飛び出すが、半身を飲み込まれてしまう。

「バニラあああああああああっ!」

黒色の風は天井まで届いた途端、すぐに拡散し、黒い粒子を散らしながら虚空へと消えていく。

あの時と同じように、またしても逃れられなかったことへの後悔の念でハイドの胸を燃やす。

前のめりに倒れこむバニラを両手で受け止めるハイド。

バニラの身体は腰から下がほぼ消失していた。

断面からオレンジ色の粒子となって少しづつ消えていく。

これではもう戦えないだろう。

「ごめん、また、防げなかった」

「それはこっちのセリフよ、ごめんなさい。あんな攻撃があるなんて」

「そうなんだ、あのスキルで俺たちは何度もやられた」

「…それより、残念ね。ブラッドのこと」

「ああ、そうだな」

バニラは知っていたのだ。

ブラッドというハイドのモンスターががもうここにはいないことを、〈契約解除〉されてしまったことを。

ハイドに心外だったようで、少し驚いたような顔になる。

なぜならそれを知っているのはテイマー職に接点のある人間に限るし、そもそもモンスターとの契約解除なんてマニアックな特性を知っているテイマーすら少ない。

そもそもこのゲームは発売日までほとんど公式な情報が出ていなかったのだ。

beta版があったとはいえトレーラー映像やシステムの基本情報のみで多くのユーザーを得たのだから恐ろしい。

ハイドはその時、不慮の事故で二週間の療養生活でbeta版には参加できなかったのだが。

きっとテイマー職の人に聞いたのだろうと容易にハイドは考える。

するとバニラが

「あんなスキル、初めて見た」

「そうなのか?」

「ええ、実はここのボスはパーティで何度か挑んだことがあるのよ」

「初めて戦う時にも情報を集めたけど、あんなスキル聞いたことすらないわ」

「…」

あのスキルは相当レアなスキルなのか、あるいはバニラたちが遭遇しなかったのは幸いからか。ハイドは少しの間、思案するが結局答えは出なかった。

ハイドは前方に佇む巨体、暗い紫色のローブを身にまとう〈エンド・オブ・ソーサラー〉の方を見る。不幸中の幸いか、あのスキルを発動してから追撃は来ていない。

流石にあれだけのスキルを発動すると次までの動作までが長いらしい。

「私はもう戦えないけど、絶対勝ちなさいよ?絶対だからね」

「この状況でそれ言うか」

「当たり前よ、報酬はちゃんともらうんだから。だ、だから…その…もし勝てたら一緒に。ぱ、ぱーてぃ…」

「ん?なんか言ったか」

「な、何でもないわよっ!」

バニラの損傷具合を確認していたハイドが今ごろ気づいたように顔を向ける。

顔を赤く染めていたバニラは腕で口元を覆うと、横目に言った。

バニラは先程の言葉が聞こえていないことに安心したのか、ハイドをまっすぐ見つめる。

「頑張ってね」

「お、おう」

 そうこうしているうちにソーサラーのレーザー攻撃がきた。バニラを抱えたままハイドはそれを避けると、そっとその場にバニラを下ろし、最後の敵でありフロアボスの〈エンド・オブ・ソーサラー〉を見つめる。

黒い瘴気を纏うその巨体が無機質で冷酷な視線をハイドに向けると、ハイドたちは身が竦むような感覚を覚える。

バニラは次の攻撃が来る前にウィンドウから〈死亡して拠点に戻る〉を選択する。

ちなみにこの機能は通常、ウィンドウ上に表示されていない。

なぜならこの機能が使えるのは相手の攻撃によって部位破壊された時に限り、さらにシステムが戦闘続行不可能と判断した場合のみに使用できる機能だからだ。

当然相手にタゲを向けられている中で使用すればすとどめを刺されてしまう。

バニラは周囲にまばゆい白い光のエフェクトを発しながら消えていく。

その様子を見届けたハイドは自分の装備を確認する。

「さーて、どうやってあいつを倒すかだな」

武器は手持ちの短剣である〈蜂針の短剣〉、投げナイフ二本、逃走用の煙幕二つ。

それに先ほどの損傷で右手はとうに消えていた。

傷が大きかったためか部位破壊を受けたらしい。

心許ない上この上ないが、この状況では贅沢は言えない。

だが今はなきブラッドやバニラのためにも負けられない。

彼らとは短い間だったが、多くの思い出を共にしたブラッド、そしてこのゲームで初めてのパーティメンバーでになったバニラに感謝する。

短剣を構えるとソーサラーに向かって一直線に走り出す。

幸いなことに先程までの戦闘でソーサラーはボロボロだ。

後もう少しで倒せることをハイドは確信している。

前方から迫るレーザー攻撃を左右に蛇行しながら持ち前の敏捷性で何とか避ける。

石柱が崩れ、埃や石の破片が飛び散る中、縦横無尽にソーサラー目がけて走る。

ある程度接近すると、ソーサラーは左手に持つ大杖を振るう。

床に叩きつけるように迫る攻撃は当たれば致命傷は免れない。

それを横に飛んで避けると、瞬く間にソーサラーの懐に入り込み、ハイドは左手に構えた短剣で大きなローブの側面を切りつける。

「グアアアアア」

ソーサラーは怒りを露わにし、大きく吼える。

ソーサラーが横を通り抜けるハイドの方に向き直ろうとする。

ハイドは短剣を口にくわえ、装備のショートカット機能で投げナイフをに二本取り出すと、それぞれを指の間に持つ。ソーサラーの振り向き際に持っていた投げナイフを二本投げる。

一本はソーサラーの顔の横を通り過ぎたが、もう一本が右腕に突き刺さる。

フシューという空気の抜ける音が口から聞こえる。

ハイドはそのまま奥まで走り抜けると、急旋回し、至近距離に迫るレーザー攻撃を避けつつ半円を描くように敵の前方に回り込む。

その動きを読んでいたらしいソーサラーは大杖を大きく横に振る。

「まずい、避けられない!」

『後少しのはずだ、せめて弱攻撃をあと三撃、いや二撃当てさえすれば確実に倒せるはずなんだ。

いまやるしかない。たとえこれが最後の攻撃になろうとも』

ハイドはダメージを食らうことを承知の上で、持っていた短剣を思いっきり投げる。

その直後にソーサラーの大杖が力強くハイドの脇腹に直撃する。

「がはぁっ⁉︎」

流れるように横に吹き飛ばされ、部屋の壁に激突するハイド。

大きな土煙と埃、粉塵が舞いその周囲を包む。

だが投げた短剣はまっすぐにソーサラーの頭部めがけて一直線に迫る。

狙いは完璧だ。

その様子倒れたハイドはぼんやりする視界の中見ていた。

勝利は必至、のはずだった。

 だが、そう簡単にはいかなかった。

ソーサラーの左手に持つ大杖の上方についた宝石のアメジストを思わせる淡い紫の光が一気に増した。

すると、半透明な白いベールがソーサラーの眼前から大きく広がる。

驚くことにその白い膜のようなものはハイドの投げた短剣をいとも容易く弾いてしまった。

そんな未知のスキルを目の当たりにしたハイドは目を見開き、呆然とすると

「あははは…、チートかよ」

ただただ笑うしかないという表情でそれをみる。

さらに運の悪いことにハイドの投げた〈蜂針の短剣〉、その弾かれた短剣は上方に反射し、石造りの天井に深々と突き刺さった。

今のハイドでは再び取りに行くことはできない。

スケルトンは弾かれた短剣の様子を眺めると、大杖を構え直して再び詠唱し始めた。

もうダメかもしれない、そんなことを考え絶望するハイド。

しかし相手はその絶望を楽しんでいるように、嘲笑うように追い打ちをかける。

輝く杖の先端から大きなレーザー攻撃が繰り出される。

土煙が晴れてきた崩れた石壁に一直線に攻撃を浴びせる。

ついに終わってしまった。

やはり倒すことはできなかったのだと、この状況では誰もがそう思うだろう。

 しかし、直撃寸前に何かが砕ける音がした。

すぐ近くに黒い煙が大きく広がった。

ソーサラーはその煙を見つめる。

するとその煙の中から何かがソーサラーめがけて飛んできた。

それは細長い筒状の瓶だ。先程の砕けた音の正体はこの瓶だったのだ。

黒い何かが詰まったそれはソーサラーの顔に向かって接近する。

それを意に介す様子もなく再び詠唱を始める。

案の定、その瓶は眼前の半透明の膜に当たり、そのまま砕けてしまった。

しかし、その中にあった黒いものが大きく広がり、ソーサラーの眼前を覆い尽くした。

するとソーサラーは、再びあのスキルを発動するつもりなのか自分の前方に広がる煙をさらに重い粒子の風で吹き飛ばす。

〈空堕とし:偽〉それが発動するまでにはほとんどタイムラグがない。

大きな円を描いて天井まで一直線に黒い奔流が覆い尽くす。

その狙いは正確に先程煙に包まれていた場所を射抜く。

だが、その中にハイドは居ない。

直後、この部屋のボスである〈エンド・オブ・ソーサラー〉の頭上から何者かの咆哮が聞こえる。

暗く冷たい髑髏の目が瞬時に上を見上げる。

その中から瞬く間に誰かがソーサラーの頭上に飛び出てくる。

「どうやら、最後はお前の負けみたいだ」

 その男は全身が打撲や切り傷で傷ついていた。

右腕の殆どが無く、武器を失ったはずの左手には錆びたロングソードが握られていた。

それを躊躇なく〈エンド・オブ・ソーサラー〉の額に突き刺す。

その男は先程倒れていたハイドだった。

「アアアアアアアアア」

「対応してみろよ。お前のそのスキルは『飛び道具による物理ダメージを無効化、あるいは軽減するスキル』だろ。なら直接この剣をその顔面にぶっ刺すまでだ」

紛れもなくその攻撃はソーサラーにとって致命傷だった。

深々と突き刺さるその額は、圧力に耐えきれなくなったように亀裂が入り、瞬く間に広がる。

額の亀裂から黒い瘴気が漏れ出すと、頭からボロボロと音を立てて崩れだす。

それに合わせてハイドも床にどっと倒れこむ。

「はあ…はあ…。まさか、バニラが帰還した際にレアドロップの〈魔女騎士の直剣〉を置いてくとはな。にしても、最後にあのスキル使われた時は死ぬかと思ったぞ…」

ハイドは〈エンド・オブ・ソーサラー〉の攻撃を食らった際、横にあったバニラの死亡地点を告げる白十字アイコンの近くに武器が落ちているのに気づきいた。

そこで一つ目の煙幕を投げてそこまで移動し、最後の煙幕をあえて飛び道具を反射するだろう魔法の壁に投げつけた。それで相手の視界を奪い、ハイドはそこへ飛び込んだ。

奥の手として未知のスキルを隠し持つという、ここまで抜け目ないソーサラーなら自分の前方にあのスキルで壁を作り防御すると読んだハイド。

だがもし接近戦を仕掛けようとして、相手に攻撃を仕掛けられた際を考慮して、あえて煙が晴れる数秒前にあの煙幕から飛び出した。

だから狙いは彼の感性を頼りにするしかなかった。だが何より問題なのは、ハイドにはあのスキルが『飛び道具を無効化、あるいは軽減する』という効果である確信はほとんどなかったことだろう。

にも関わらずハイドは無謀にも、憶測から導き出されたその一片の可能性にかけたのだ。

 

『Floor completed』


 ハイドは仰向けに天井を向き、このダンジョンを攻略したことを告げるメッセージと効果音を耳にすると、安堵のため息をつく。

まだ緊張が完全に解けないのか、彼の指は先の方まで強張ったままだ。

「てか、これバニラが俺らの跡つけてるときに倒したレアモンスターのドロップ品だろ。はははっ…こんな物に救われるなんてな」

ハイドは左手に持つ所々の箇所が腐食し、錆びついた一振りのロングソードを眺める。それはバニラがハイドのために置いていったものだった。

ハイドは部屋の細部まで見えるほどたくさんの松明が取り付けられた壁を見る。

「また次のモンスター、テイムしなきゃな。…今度はもっと、強くなっていたい」

ブラッドは彼よりレベルが高かかった。

彼はその実力を過信しすぎたあまり、負け続けた。正直ブラッドという規格外のモンスターを引き当てた自分に酔いしれていたのだ。

まともにパーティを作り、戦えていたらと彼は後悔する。

それに今回はバニラがパーティに参加してくれたお陰でなんとか勝てたが、次回の戦闘でもハイドと一緒に戦ってくれる保証はない。

今回だって彼は何度バニラに助けられたかだろうか。

だが彼は所詮は孤独なコミュ障ソロプレイヤーなのだ、やり場のない自己嫌悪が胸を満たす。

そんなことを考えているうちハイドは、もう一つの疑問に目を向ける。〈エンド・オブ・ソーサラー〉、そしてこのダンジョン〈還魂墓地〉。

最後の〈エンド・オブ・ソーサラー〉のあのスキル。

あれほど強力なスキルをほぼ待ち時間なしで使うとは、最初の街周辺にあるダンジョンにしては難易度が高すぎるのではないだろうか。

それにバニラが言ってたあのスキル〈空堕とし:偽〉を彼女はこれまで見るどころか一度も聞いたことすらないという。

一体、このゲームで何が起きているのだろうか。

しばらくそんなことを考えていた彼の鼻に不意に届く苔の青臭さ。

壊れたオブジェクトと部屋中に散った埃の匂いがこのダンジョンの違和感を伝える。

 「よし、アイテム整理してから帰るか」

ハイドは起き上がると、ここのフロアボスの報酬が気になったのか、ウィンドウを開き真っ先にドロップ品の欄を見る。

そこには先程手に入れた武器〈魔女騎士の剣〉や骨系素材、粗末な防具、バックラー。

加えて〈スケルトン・ファイター〉のスキルである突進系スキル〈スラスト〉のスクロールなど、主にこのダンジョン内のスケルトンからドロップする素材や武器が多かった。

下の欄までいくと、一際目を引くものがあった。

アイテム名は〈形見の指輪〉:「装備時に魔法攻撃耐性を少し上昇させる」というものだった。

少し、という表現に少し違和感を感じずにはいられないが、それは実際に魔法攻撃を受けてみないと分からないだろう。

それに加えてこの指輪に描かれた大鷹のような紋章、このダンジョンの入り口にあった石像と同じなのではないかとハイドは思った。

「この指輪、まるでブラッドがこのフロアを攻略した人への記念の象徴みたいでいいな」

ハイドはこの指輪に愛着が湧いたような気がして、バニラに渡すのが惜しくなった。

だが報酬は報酬だ。

まず彼女がいなければこのアイテムどころか攻略自体、達成するのは不可能だったのだから。

むしろ彼はバニラに感謝すべき立場にあるのだ。

そんなこんなで彼はしばらくアイテム整理をしたあとすっくと起き上がり、アイテム欄からダンジョンの外に出るために歩き出そうとする。

ここのフロアボスを倒したので敵が現れる可能性はまずない。

帰ろうと思えば転移アイテムで戻ることもできたが、ハイドはあえて使わなかった。

それは今までブラッドと一緒に歩き、最も長い時間共に過ごしたこのダンジョンの最期を見て歩きたいと思ったからだった。

今の彼の心にはこのエリアのフロアボスをようやく倒したことで得た達成感や長い時間、自身と冒険を共にしてきたブラッドを失った喪失感とが混ざり合い、実に複雑な心境だった。

 ハイドは空いていたボス部屋の大扉から外に出ようとした時、いきなり後ろから声をかけられた。

「あ、あの!すみません、その…ここ、どこですか?」

突然聞こえた人の声に、ハイドは本当に驚いたのだろう。

うわあっと声を上げながら尻餅をつく。

「びっくりした!ど、どうしてここに?ここは〈還魂墓地〉ですけど」

「わからないんです。初めてこのゲームを始めようと思ったらここにいて」

「そ、そうですか」

そこにはすらりとした小柄な少女が周囲を興味深げに見回していた。

少女は魔法使いが着るようなとんがり帽子を深めに被り、肩の露出した薄手の黒いローブを着ている。

その少女はある程度景色を眺めると、帽子の隙間からつぶらな瞳をハイドに向けると怪訝な目で彼を見つめる。

 このゲームには確かに魔法使いのジョブがあるが、その黒装束に身を包んだ容姿はまるで黒魔術師のようだ。

MMOとはいえ、戦闘中はボス部屋に他のパーティが入る事は出来ないことを知っていたハイドは困惑した。なぜここにいるのか訳が分からない。見方によっては魔女を思わせるその風貌に敵モブの可能性も考慮したが一向に攻撃してくる気配はない。

もし本当にプレイヤーなら、なんらかのバグが起こり初期スポーン地点を間違えたのだろうか。

焦りを隠せずにいたハイドだが、少女のキャラクターの上に表示されたプレイヤー名を見ると『シュリル』と書いてある。

次にプレイヤーキラーを疑ったが、待っていても一向に攻撃されないのでとりあえずは相手に敵意がないことがわかる。

そこでハイドその少女に声を掛ける。

「そ、それなら外への出口とかわからないと思うんで、とりあえず街まで送りますよ。ここはダンジョンなので敵が来たら危ないですし」

「は、はい。よろしくお願いします」

お互いコミュ障なのか、会話にぎこちなさが残る。

そうしてハイドは状況が飲み込めず混乱しつつも、ぎこちない足取りで自分の後に控えめについてくる小柄な少女を連れてダンジョンを後にした。

次はいつも通りの分量に戻ります。ご安心ください。

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